兄の結婚相手③
リリアンヌ視点
「…手伝いは不要と申した手前、大変恐縮なのですが」
ガブリエルが、申し訳なさそうに口を開いた。
「ですが、リリアンヌ殿下しか頼れる方がおらず…本当に申し訳ありません」
「ガブリエルお義姉様。もう謝らないでください」
リリアンヌは正面に座るガブリエルに、にっこりと答えた。
「頼ってくださって、とても嬉しいです」
今日は、ガブリエルと二人、馬車でお出かけだ。
…正確には、私の護衛と、ガブリエルの侍女を含めた四人だけれど。
「わたくしに伝手がないばかりに…リリアンヌ殿下には、ご迷惑をおかけします」
ガブリエルは、それでも謝り続けた。
「まずはアヴェリーン殿下にご相談してみたのですが、町のことは、リリアンヌ殿下の方が詳しいからと」
「詳しいかは分からないけれど…お義姉様の希望に合いそうなお店が見つかって、良かった」
これから行くところは、家具職人の店だ。
貴族御用達の家具屋はいくつもあるし、一から理想の家具を造ってくれる職人もいる。
だけどガブリエルは、気に入る家具も、安心してお願いできる職人も、なかなか見つからなかったらしい。
そこで、良い家具店を知らないかと手紙を貰った。
すぐに、ひとつの店を思いついた。
十二塔に通うようになってから、第二城壁の南門を使うようになった。
閑静な屋敷街を抜けた先、南の金鐘通りに、家具の並んだ店がある。
自分で家具を買ったことはないけれど、店先から見える家具に、密かに心惹かれていた。
ステファンに相談して、事前に訪問する旨も伝えてもらった。
今日は、ガブリエルと私だけの貸し切りだ。
馬車が店の前に止まると、すぐに中から壮年の男性が出てきた。
綺麗に手入れされた、革の前掛けを着けている。
「リリアンヌ様、ガブリエル様。本日は、ようこそお越しくださいました」
馬車から二人が降りると、男性が深々と頭を下げた。
「私は店主のチャップマンと申します。このような小さな店ですが、どうぞごゆっくりご覧ください」
柔らかい表情で微笑むと、店内へと案内した。
「わぁ…!」
足を踏み入れた瞬間、思わず感嘆の声を上げた。
棚やテーブル、椅子、それからランタンなどの調度品がずらりと並んでいる。
深い色合いの木に、丸みを帯びた脚。
縁には、草花の細かな模様が彫られている。
どれも重厚なのに、どこか可愛らしい。
やっぱり、好きだ。
「こちらにあるのは、中古品です」
チャップマンはそう言うけれど、どれもよく磨かれていて、中古に見えない。
「とても…素敵ですね」
隣では、ガブリエルが真剣に家具を見つめていた。
呟く声も、ほんのり明るい気がする。
良かった。
ひとつひとつ丁寧に見ていると、チャップマンがそっと声を掛けてきた。
「奥に工房があり、製作中の家具もあります。ご覧になられますか?」
「ええ、お願いします」
ガブリエルは、すぐに頷いた。
奥の扉を出ると、細い路地を挟んだ向かいに大きな工房があった。
中へ入ると、作業をしていた職人たちが一斉に手を止めた。
「チャップマン。皆さんに、気になさらず作業を続けるようお伝えください」
「かしこまりました」
チャップマンの合図を受け、職人たちは再び作業へ戻った。
家具を削る者、磨く者。
その中でひとりだけ、何か小さな部品を細工している職人がいた。
「……」
リリアンヌはその職人にそっと近づき、後ろから覗き込んだ。
家具に取り付ける部品だろうか。
小さな金具に細い棒を当て、金槌でその棒を細かく叩いている。
「わぁっ…!」
ふいに職人が振り向き、びくりと肩をすくませた。
「あっ、ごめんなさい…!」
リリアンヌは慌てて一歩下がった。
「あ、いえ…こちらこそ、大変失礼しました」
職人が、モノクルを外して立ち上がった。
作業をしているのは、女性だった。
「私の妻の、アデレードです」
近づいたチャップマンが、職人の隣に並んだ。
「アデレード…細かい作業をしているところを邪魔してしまって、本当にごめんなさい」
もし失敗してしまったら、大変だ。
「こういった細工に、ご興味がおありで?」
アデレードは、気にしていないようだった。
「ええ、とても興味があります」
リリアンヌは、こくんと頷いて答えた。
「家具につける部品を作っているのでしょうか?」
「はい。これは、棚の把手です」
アデレードは再び腰を下ろすと、細工していた把手をよく見えるよう手前に置いた。
「とても綺麗…」
蔓と小さな葉が絡み合うような形だ。
小さな宝石まで埋め込まれていて、目を引く。
「家具以外も、ご注文いただければ、どんなものでも作ります」
アデレードが言いながら、机の奥にある棚をがさがさと漁った。
「おい、アディ」
チャップマンが、さっと口を挟んだ。
「リリアンヌ様…申し訳ありません。妻は、興味を持ってもらえたことが嬉しいようで」
「チャップマン、気にしないで。すごく楽しいから」
リリアンヌは、くすっと笑って答えた。
「私は、金属や宝石の細工を主にやっています」
アデレードが、棚から出したものを机の上に並べていった。
「うわぁ…っ」
指輪にブローチ、腕輪に小物入れ…
細い金属で描かれた花や蔓の間に、色とりどりの宝石が丁寧にはめ込まれている。
すべて好みだ。
「…ねぇ、アデレード」
「はい」
「注文したら、なんでも作ってくれるの?」
「…はい!」
アデレードは、勢いよく頷いた。
「例えば…ここに着ける、大きめの飾りとかはできるかな?意匠は、お任せしたいのだけれど」
「ええ、もちろん」
「それから…この宝石の色に近いもので、小さな飾りを作ることは可能?」
「絵に描いていただければ、大丈夫かと思います」
「本当…!」
リリアンヌは、嬉しそうに微笑んだ。
「リリアンヌ殿下」
「…あ」
後ろから呼ばれて、はっと振り向いた。
今日の主役は、私じゃない。
「ガブリエルお義姉様、ごめんなさい…盛り上がってしまって…」
「欲しかった家具が、見つかりました」
ガブリエルは、小さく微笑んでいた。
「本当ですかっ?」
自分のことのように嬉しい。
「あの棚です」
ガブリエルが指した方向には、大きな本棚があった。
重厚な造りで、上部は柔らかな弧を描いている。
縁には蔓と葉が絡むように彫られ、ところどころに小さな花まで隠れていた。
「一目で気に入ってしまいました」
「私が彫ったものです」
ガブリエルの言葉に、アデレードが嬉しそうに返した。
「これから仕上げに入りますので、一か月後には、問題なく納入できると思いますよ」
ガブリエルの傍にいた職人が、補足するように言った。
「良かったですね、お義姉様」
本当に、良かった。
ガブリエルに良い家具が見つかったことも、アデレードと出会えたことも。
「わたくしは、店の方で詳しい話をしてきます。殿下は、このままお話しされていきますか?」
「ええ、そうですね。アデレードとの話が終わったら、お店の方に戻ります」
まだ、話は途中だ。
ガブリエルが侍女を伴い、工房をあとにした。
リリアンヌは工房の入り口でアランフォースを待たせたまま、アデレードとの話を進めていった。
羊皮紙を借りて、作ってほしいものをその場で描いた。
自分の下手な絵を、アデレードが興味深そうに眺めているのがとても恥ずかしい。
一か月後までに欲しいという急なお願いも、快諾してくれた。
店の方へ戻ると、ガブリエルがテーブル一式も購入していた。
これもまた、自分好みな家具だった。
「お義姉様。素敵な家具が見つかって良かったですね」
帰りの馬車の中で、リリアンヌは、にっこり笑いかけた。
「ええ、本当に…。何もかも、リリアンヌ殿下のおかげです」
ガブリエルはそう言うと、ぐっと口を結んだ。
「…リリアンヌ殿下。このあと、お時間はありますか?」
「?はい、大丈夫です」
今日は、一日予定を空けてある。
「もしよろしければ…わたくしの家へいらっしゃいませんか?ここから近いのです」
「えっ…」
どうしよう…
とても行きたい。
ガブリエルと、ゆっくり話したい。
でも、勝手に貴族の家へ行ってもいいのだろうか。
「……」
リリアンヌは、ちらりと隣を見上げた。
アランフォースが、静かに目で頷いた。
「…お義姉様、喜んで」
顔を前に向け、にっこり頷いた。
「…わたくしの家には、母がおりません。幼少の頃に亡くなりました」
ガブリエルは、言いづらそうに続けた。
「そう…なのですね」
「それから…父も兄も、王城で働いております」
「…?はい、存じています…」
どうしてガブリエルは、不安そうな顔をしているのだろう。
「家には、使用人しかおりません。リリアンヌ殿下の満足のいくおもてなしが、できるかどうか…」
「ガブリエルお義姉様…!」
リリアンヌは、ぎょっと目を丸くした。
「娯楽も何もない、つまらない家です。本当に、小さな屋敷でして…」
「お義姉様…何も気になさらないでください」
王族が行くことで、恐縮しきってしまっているのだろうか。
受けてしまったけれど、もしかして、社交辞令だったのかもしれない。
「精いっぱいのおもてなしはさせていただきますが、何卒ご容赦ください」
「……」
リリアンヌは困惑の表情を浮かべ、頭を下げるガブリエルを見つめた。
嫌われている…わけではないみたいだ。
けれど、まだまだ距離があるようで、寂しい。




