兄の結婚相手①
リリアンヌ視点
「リリィ!四日もお前に会えなかった」
「お兄様、お帰りなさい…!」
サイラスは玄関広間へ入るなり、出迎えたリリアンヌをひょいと抱き上げた。
額へのキスを受け、下ろしてもらう。
これが、最近の兄との挨拶だ。
「今日は、何をしていた?」
「今日は、立ち居振る舞いの授業でした」
リリアンヌは、小さく苦笑して答えた。
背中が痛くなるほど、何度も姿勢を直されてしまった。
「…あっ」
ひとり佇む女性を見つけ、慌てて顔を上げた。
「…大変、失礼しました。サイラスの妹、リリアンヌ・エラドリオールです」
リリアンヌは女性に向かい、習ったばかりのお辞儀をした。
「リリアンヌ殿下、お初にお目にかかります。リチャードの娘、ガブリエル・ヒュージライと申します」
ガブリエルは、さらに丁寧なお辞儀で返した。
茶色い髪を、高い位置でひとつにまとめている。
襟の詰まった深緑のドレス姿は、どことなく教師のようだった。
「ガブリエル様…私は、妹となる者です。どうぞ、リリアンヌとお呼びください」
「それでは、リリアンヌ殿下もガブリエルとお呼びください」
「…ガブリエルお義姉様。今日のお食事会、とても楽しみにしていましたの」
「ご期待に添えるよう、精いっぱい頑張ります」
ガブリエルは、ぴしっと言い切った。
「……」
「すまない、緊張しているようだ」
サイラスが、リリアンヌの耳元でそっと囁いた。
「…緊張?」
「お前にだ。許してやってくれ」
「お二人は、大変仲良しなのですね」
囁き合う二人の横で、ガブリエルがよく通る声で言った。
「わたくしにも兄が一人おりますが、あまり話すこともありませんので、羨ましいですわ」
「ごめんなさい…こんなところで長話をしてしまいました。お兄様、お義姉様を食堂へご案内してください」
二人に道を譲るように、壁際へ一歩下がった。
「そうだな、行こう」
「!?」
サイラスはリリアンヌの手を取ると、自分の腕に回した。
「お兄様、違います…!」
リリアンヌは、慌てて手を引いた。
抜けない。
「私ではなくて、ガブリエルお義姉様をエスコートしてください…っ」
「気にするな」
「お気になさらず」
なぜか、ガブリエルにまで言われてしまった。
「お気にします…!」
「いいから、行こう。父上と母上が待っている」
「お、お義姉様!本当に、ごめんなさい」
リリアンヌは、歩きながら後ろに振り向いた。
「いいえ。仲が良くて、羨ましい限りです」
後ろからついてくるガブリエルが、真顔で返した。
…最悪だ。
嫌われてしまったかもしれない。
これから夫婦になるのに、妹がこんなに兄にくっついていたら、きっと嫌だろう。
せっかく、家族が増えるのに。
仲良くなりたいのに。
食堂の入り口をくぐると、一番奥に座るロデオが、ゆっくりと立ち上がった。
「ようこそ、ガブリエル嬢」
「ガブリエル嬢、お久しぶりね。そして…あなたたちは、一体何をしているのかしら」
アヴェリーンが続いて立ち上がり、見当はずれのエスコートをしている子供たちを睨みつけた。
「ロデオ総長、アヴェリーン大公妃殿下、お久しぶりです」
ガブリエルはまったく気にせず、二人に向かって綺麗なお辞儀をした。
「…リリアンヌ。こちらへ来なさい」
アヴェリーンが笑顔のまま、隣の椅子を指し示した。
「は、はい…」
リリアンヌは、慌てて母の横に並んだ。
「ガブリエル」
サイラスは、ようやくガブリエルの手を取って席まで案内した。
「お嬢様、どうぞ」
「ありがとう」
ビッケが静かに椅子を引き、リリアンヌを座らせた。
家令のもとで従者修行を始めてから、十か月。
私から見ても、もうビッケは完璧にこなしているように思えた。
「……」
正面に座ったガブリエルが、じっとビッケを見つめている。
その眉間には、皺が寄っていた。
「……」
リリアンヌは、そっとガブリエルから目を逸らした。
獣人族がここで働いていることは、まだ誰も知らない。
驚かせてしまったのかもしれない。
…でも、あと二か月で、私もビッケも出ていく。
何も気兼ねなく、ここで住んでほしい。
料理が並べられ、穏やかな食事会が進んでいく。
主に父と母が話を振り、ガブリエルは丁寧に答えていった。
「ガブリエルお義姉様のお父様は、法務長官でいらっしゃるのですね」
リリアンヌは、そっと会話に加わった。
「ええ。よくリリアンヌ殿下のお話も聞いておりました」
「え?私の話を?」
法務長官とは、一度も会ったことがないはずだけれど。
いや…私が知らないだけで、どこかで会ったことがあるのだろうか。
「父は、ルイージ宰相と懇意にしておりますので」
「!そうなのですね」
それはそれで、ルイージと、私のどんな話をしているのか少し気になった。
「ガブリエルは、リチャード法務長官のもとで文官として働いている。彼女はとても優秀だ」
サイラスが、くいっとワインを飲んで言った。
「へぇ…!」
働く貴族女性はたくさんいるけれど、女性の文官がいるとは知らなかった。
「お義姉様、すごいです…!女性文官だなんて、初めて聞きました」
「国のために働いていらっしゃるリリアンヌ殿下に比べたら、足元にも及びません」
「…っ、いいえ。私は、好きなことをしているだけですから」
「結婚しても、仕事を続ける予定なのかしら?」
アヴェリーンが、さっと質問を挟んだ。
「はい。子ができても、仕事は続けられますから」
ガブリエルが、はきはきと答えた。
「私の娘たちは、働き者だな」
ロデオが、ははっと笑って言った。
ほんのり顔が赤い。
「お父様…文官の方と私を一緒にしては、失礼です」
働いているつもりは、一切ない。
「ええ。リリアンヌ殿下のおっしゃる通り、わたくしなど、まだまだ力不足です」
ガブリエルが、こくりと頷いた。
「!?ち、違います…!そういう意味で言ったつもりでは――」
「そうだ。リリィは、可愛くて強くて賢いからな」
もはや、兄に関しては何を言っているのか分からない。
「……」
リリアンヌは、視線で隣に助けを求めた。
「ガブリエル嬢は、いつここへ越してくるのかしら?」
視線に気付いたアヴェリーンが、そっと話題を変えた。
「二か月後に控える結婚式の前までには、越してくる予定です」
ガブリエルが姿勢を正し、丁寧に頭を下げた。
「いろいろとご迷惑をおかけすることと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」
「まぁ…ガブリエル嬢、気にしないで頂戴。西館は、あなたたち二人で自由に使いなさい」
「はい。ありがとうございます」
「お義姉様…何か手伝えることがあったら、おっしゃってください」
「いいえ、リリアンヌ殿下にお手伝いをしていただくわけにはいきません」
間を置かず、言葉が返ってきた。
「…いつでも力になりますので、遠慮せず、おっしゃってください」
それだけ言うと、リリアンヌは静かに料理を食べ進めた。
やがてデザートまで食べ終えると、サイラスが席を立った。
「…ガブリエル、明日も仕事だろう。屋敷まで送る」
「ええ、ありがとうございます」
二人が、入り口の方へ向かっていく。
リリアンヌはすぐに立ち上がり、二人を追いかけた。
「お見送りは結構です」
入り口の手前で、ガブリエルがリリアンヌへ手を向けた。
「今日は、お邪魔しました。温かい皆様の家族となれることを、心より嬉しく思います」
そのまま振り返ると、三人に向かって深く頭を下げた。
「では、今後ともよろしくお願いいたします」
顔を上げ、サイラスと共に扉から出ていった。
足音が遠のき、去っていく――
「…ふぅ」
「…お母様」
リリアンヌはくるりと振り返り、困り顔を向けた。
「あら…ごめんなさい」
アヴェリーンは頬に手を当てて謝ると、再び席に着いた。
「しっかりしていて、良い子だ」
ロデオが苦笑しながら座り直した。
「ええ、それは分かっているわ。私は、この子とうまくいくかが心配なのよ」
「お母様、大丈夫です」
リリアンヌは自席に戻ると、こくりと紅茶に口を付けた。
「お父様とお兄様が選んだ方です。何も心配していません」
「まあ…結婚相手としての条件に、問題はない」
ロデオが、グラスを持ち上げて呟いた。
「サイラスが連れてきた時は、本当に驚いた」
「お兄様が、ガブリエルお義姉様を連れてきたのですか?」
初耳だ。
「む…まあ、そうだな。ほとんど本人たちで話を進めていた」
「…そうなのですね」
あまり、聞かない方がいいのだろうか。
でも兄も、ガブリエルについてあまり教えてくれない。
条件に問題がないということは…ヒュージライ家は、保守派ではないのだろうか。
ずっと前にルイージに派閥の話を聞いたきりで、いまいち分からない。




