変わり始める気持ち①
リリアンヌ視点
マルは、広間から繋がるテラスにいた。
長椅子に座って、こちらに背を向けている。
「…マル」
「…あ、リリィ」
マルは両膝を抱えたまま、はっと振り向いた。
「その扉から出たら、いいとこあった」
「…うん。良い場所だよね」
リリアンヌは、そっとマルの隣に腰掛けた。
菜園の奥には、木漏れ日の揺れる森が広がっている。
背中の方からは、子供たちの声が聞こえていた。
「リリィ」
ふいに、マルが口を開いた。
「ん?」
「ここに連れてきてくれて、ありがとう」
「…うん」
「いらいを受けてくれて、ありがとう」
「……」
「オレを助けてくれて、ありがとう」
「…うん」
口をぎゅっと閉じ、涙を堪えた。
マルは、耐えているのだから。
「でも、本当はここに、母ちゃんも連れてきたかった」
「……」
「母ちゃんと一緒に、ずっと暮らしたかった」
「…っ…」
泣くな。
謝るな。
「ねぇ、リリィ」
「…なあに?」
「人って死んだら、どうなるの?」
見つめるマルの目は、真剣だった。
「母ちゃんは、どこに行ったの?」
「……」
リリアンヌは、ゆっくりと空を見上げた。
「お母さんは…空に行ったの」
「空?」
「そう。お母さんは、星になった」
この国では、亡くなった人は精霊として生まれ変わると言われているけれど。
でも今は、そうじゃなくて。
「星になってね、マルを見守っているの」
「じゃあ、夜になったら、オレのこと見てるの?」
「太陽が明るいから見えないけど、昼も星は空にあるんだよ」
「へぇ…!じゃあ、ずっとじゃん」
「うん、そう」
リリアンヌは、優しくマルに微笑んだ。
「お母さんは、ずっとマルを見守ってくれているの」
「こんなに人がたくさんいるのに、オレのこと見つけられるの?」
「もちろん」
「でもさ、オレ、ここに来ちゃったし」
「どういうこと?」
「母ちゃん、まだオレのこと、あの家にいると思ってるかも」
「ああ…大丈夫。それでも、お母さんは必ず見つけるよ」
「でもさ、この中に入ったら、見つけられないでしょ?」
「それも、大丈夫だけれど」
リリアンヌは、くすっと微笑んだ。
「それなら…ここにいるよって、知らせようか」
「どうやって?」
「そうだなぁ…」
奉納祭のように、みんなで騒ぐのは少し違う。
ただ祈るだけなのも、違う気がするし…
「…歌って、知らせるとか」
「歌なんて、知らない」
マルはすぐに首を振った。
「リリィは、歌知ってるの?」
「ん?う~ん…うん。今度、教えてあげるね」
「え?いま教えてくれないの?」
「えっ、今?」
「だって、母ちゃんにいますぐ伝えないと」
「…そうだね」
マルは、真剣だ。
ここで誤魔化しちゃ、駄目だ。
「じゃあ…マルのお母さんに向けて、歌おうか」
それに、私だってマルのお母さんを弔いたい。
「母ちゃんへの歌ってこと?」
「うん、そう。星になった、お母さんのための歌」
やっぱり思い浮かぶのは、前世の歌ばかりだ。
「わぁ…オレ、祭りのほかで歌を聞くのなんて、はじめて」
マルは、嬉しそうに目を輝かせた。
「…あまり、うまくはないけれど」
リリアンヌは苦笑いを浮かべ、再び空を見上げた。
よく晴れている。
今なら、本当に天まで届きそうだ。
そっと目を閉じて、ひとつ、大きく息を吸う。
――優しい声が 今も響いて
あなたの笑顔を 思い出す
静かな風が 頬をなでて
あなたのぬくもり 運んでくれる
遠く離れて 見えなくても
あなたをずっと 忘れない
夜空に光る あの星が
今日もわたしを 見守っている
涙がいつか 乾いたら
笑って空を 見上げるから
この歌が あなたに届きますように――
最後の歌声が、静かに消えていく。
リリアンヌは、そっと目を開けた。
「…ね、マル――」
「なに、今の歌!」
「きれーな歌~!」
「もっかい!もっかい歌って!」
後ろから、わっと声が飛んできた。
「わっ…え…!?」
いつの間にか扉から、子供たちが顔を覗かせていた。
「君が歌うのを、久しぶりに聞いた」
その端には、優しく微笑むブライアンが立っていた。
「き、聞いていたのですか…?」
「歌い始めてすぐに扉を開けたからな」
「…うう」
とっても恥ずかしい。
「リリィ、もっかい、歌って!」
「他にも、他にも!」
「あ、わっ…ちょっと待って」
リリアンヌは扉から目を離し、隣に顔を向けた。
「すっごい、いい歌だった」
マルは、にっこり笑っていた。
「…本当?」
「けど、ちょっとながくて、オレには歌えないよ」
「うぐっ」
「でもさ…ぜったいリリィの声、母ちゃんにとどいた」
「…うん、そうだね」
「リリィ。ありがとう」
「うん」
「ここに連れてきてくれて、ありがとう」
「どういたしまして」
今度は、笑顔で返した。
「ここで、みんなと暮らそうね」
リリアンヌは、マルの手をぎゅっと握った。
「あとさ、オレでも歌える歌、教えて」
「え?」
「そうだよ、オレたちにも教えてー!」
「みんなで歌えるの、歌って!」
子供たちが駆けてきて、長椅子の周りに集まった。
「ココも、うたうー!」
寝ていたはずのココまで、起きている。
「…ええと」
どうしよう。
また前世のものを、広めてもいいのだろうか。
もう四塔の孤児院では、とっくに広めているけれど。
「花畑で、二つめに歌ってくれたものはどうだ?」
「ブライアン…!」
「あれなら、歌いやすいし覚えやすいだろう」
ブライアンは扉に寄りかかり、聞く体勢だ。
「う…」
あれもまた、前世の歌だ。
「オレ、毎日ここで歌うよ」
マルが、身を乗り出して言った。
「母ちゃんに、毎日元気だよって知らせるよ」
「…分かった」
言い出したのは、自分だ。
それにもう、いまさらだろう。
やがて孤児院のテラスに、大きな歌声が響き始めた。




