変わり始める場所②
リリアンヌ視点
「ごちそうさまでした」
手を合わせ、子供たちと声を揃えた。
「おいしかったー!」
「こんなに食べたの、久しぶり」
「みんな、食べ終わったら洗い物しよう。お皿を下げてくれるかな?」
「はーい」
「リリィのも、やる」
「!」
マルが、リリアンヌとキリの皿を重ねていった。
それを見た他の子が、ブライアンとアランフォースの皿も持っていった。
みんな、素直で良い子たちだ。
リリアンヌは、端にいるプージに近づいた。
子供たちを目で追っている。
「これを…私が、毎日やるんですか?」
プージは、戸惑った視線をリリアンヌへ向けた。
「はい。それが院長の仕事です」
炊き出しは、落ち着いてからだ。
「で、ですが…畑の耕し方も、料理の仕方も、何も分からない…」
「ですから、私が教えます」
リリアンヌは、当然のように言った。
「明日も、また来ますね」
「えっ」
プージではなく、後ろから声が返ってきた。
「…駄目でしょうか?」
リリアンヌは振り向き、窺うように尋ねた。
「……」
ブライアンは腕を組み、眉を寄せていた。
「…私も来よう」
「えっ」
自分まで声を上げてしまった。
「でも…ブライアンは、仕事があるでしょう?」
「これも、大事な仕事だ」
ブライアンが真剣な顔で言った。
「お、王太子と、精霊の申し子が…また、ここへ…」
プージが、絶望を滲ませた声で呟いた。
その脇から、小さな女の子がリリアンヌのもとへ駆けてきた。
「ねぇ、おねえちゃん!」
「リリアンヌ殿下とお呼びしろ…!」
プージが、慌てて口を挟んだ。
「リリ…でんか?」
「ううん、なんでも大丈夫だよ」
リリアンヌは答えながら、少女の前に屈み込んだ。
「お姉ちゃんでも、リリィでも。呼びやすいのでいいよ」
「じゃあ、リリィ!」
女の子は嬉しそうに笑った。
「あなたのお名前は?」
「ココってよばれてる」
「ココ。どうしたの?」
「ぎゅって、してー!」
「!」
ココが、リリアンヌにしがみついた。
「かっ…可愛っ…」
思わず、ぎゅっと抱きしめた。
「ねぇ、リリィ。ここに、いつまでいていいの?」
「ずっと、ここにいて大丈夫だよ」
一番大きい子でも、ビッケと同じくらいに見える。
まだみんな、小さい。
「もう、食べ物ひろわなくていいの?」
「…うん。これからは、みんなで作るの」
「おとなに、なぐられない?」
「そんなこと、しないよ」
「…リリィ、あったかぁい」
「ココも、温かい」
リリアンヌは、ココをさらに抱きしめた。
「あの…リリアンヌさま」
一番大きな男の子が、おずおずとやってきた。
「どうしたの?ええと…」
「エギー」
「エギー。どうしたの?」
「オレたち…売られる?」
エギーは目を潤ませ、不安そうに尋ねた。
「売る…?そんなこと、しない」
リリアンヌはココを抱きしめたまま、小さく首を振った。
「じゃあ、どうして、こんなに良くしてくれるの?」
「それは…」
「子供を護るのは、国の大事な責務だ」
ブライアンが、エギーの前に屈んで答えた。
「せきむ?」
「…務めだな。責任がある」
「ブライアン。まだ、難しいかも」
リリアンヌは、ふふっと笑った。
「…では、簡単に言おう。私たちが、君たちを護る」
ブライアンは、優しく言い直した。
「わたしたちって?」
エギーの後ろにいる子が尋ねた。
「私と、リリアンヌだ。王族が、君たちを護ると約束しよう」
「ひぃぃ…」
プージの呻き声が、小さく聞こえた。
「リリアンヌさまと、ブライアンさまが?」
エギーが目を丸くして尋ねた。
「私のことも知っているのか?」
「だって、おうたいしって、王子様のことだろ?」
「よく知っていたな。偉いぞ」
「…えへへ」
エギーが嬉しそうに笑った。
「ここにあるもの、使っていいの?」
室内を駆け回っていた男の子が、大きな箱を覗き込んでいた。
「あっ、絵本がある!」
「大丈夫だよ」
リリアンヌは男の子に答えると、ココに目を向けた。
「…あ」
ココが、肩に頭を預けて眠ってしまっている。
「向こうのベッドは、使えるか…」
ブライアンがそっと立ち上がった。
「そこで待っていろ」
「はい」
肩に回されたココの腕をそっと外した。
小さな爪が、ところどころ欠けている。
ろくに食べられていなかったことも、関係しているのだろうか。
「…プージ院長」
「はいっ…」
プージは、勢いよくリリアンヌの横までやってきた。
「明日から、薬を作りましょう」
まずは、体の弱りを和らげる薬を飲ませてあげたい。
何度もシルヴィアのもとで作ってきた薬だ。
「薬の作り方は…」
教えると言いかけて、はたと言葉を止めた。
薬は資格がないと、勝手に作ってはいけなかった。
「そ、それくらいは、私も分かります。こう見えても、以前は薬師だったんです」
プージが、慌てて返した。
「あっ…そうなの?」
だから、薬療院を任されていたのか。
それなら話は早い。
「それでは、薬作りはお願いします」
「材料がありません…」
「……」
そうだった。
さすがに貴重な薬草を、シルヴィアから譲り受けることはできない。
町で、薬草を買うことはできるだろうか。
そういえば、聖院通りの方に薬草商があったはず…
「…少し、考えます」
明日来る前に、寄ってみよう。
「ベッドは使えそうだ。私が運ぶ」
「あ…ありがとうございます」
ブライアンが戻ってきて、ココをそっと抱き上げた。
「どこでも寝るなんて、まるで君みたいだな」
「むっ、村でのことを言っているなら、あれはっ」
「二人は、恋人なの?」
「酔っていて…へっ?」
リリアンヌは、きょとんとした顔をエギーへ向けた。
「……」
ブライアンは何も言わず、子供部屋の方へ向かっていった。
「リリアンヌさまとブライアンさまって、恋人なの?」
エギーが、不思議そうに首を傾げていた。
「ううん。違うよ」
「でも、手をつないでた」
「え?」
「この家に入る前に見た。つないでたでしょ?」
「ああ…」
だけどあれは、手を繋ぐというより、引っ張ってくれただけだ。
「大人同士でも、つなぐの?」
エギーがさらに首を傾げた。
「う、う~ん…」
それを言われると…
それにまだ、私は一応成人前だ。
子供ではないけど、大人でもない。
「…この間ね、私のお兄様と、手を繋いだの」
ふと、兄の顔が思い浮かんだ。
「兄妹で手を繋ぐのは、おかしくないでしょう?」
「うん」
「それに近いかな」
どこか、ほっとする。
心が、落ち着く。
「…先は長いな」
ココを寝かせ終えたブライアンが、いつの間にか後ろへ戻ってきていた。
「ありがとうございます、ブライアン」
他の子たちは思い思いに動いていて、昼寝はしなさそうだ。
「…あれ」
子供たちを見渡していたリリアンヌの目が、ふと止まった。
「マル…?」
マルが、いなくなっていた。




