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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十五章/大好きな人たちと大切な時間を
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知らなかった場所②

リリアンヌ視点



マルの案内で、六塔付近へ向かっていく。


北の商店通りをまっすぐ進み、路地裏を通り、さらに細い道へ入っていった。


その時点で、キリが隣に現れた。



「わっ!」



「大丈夫、私の仲間だから」

驚いて振り向いたマルに、リリアンヌは素早く言った。



スノウが小さく羽ばたき、キリの肩へ移動した。


キリは、すぐにスノウごとマントを深くかぶった。



「…そんなに危ない?」


キリまで顔を隠すほど、六塔付近は危険なのだろうか。



「私は、君といることを知られている」



「そっか…」


後ろを見ると、いつの間にかアランフォースまでマントを深くかぶっていた。


ただ、体格の良さから、騎士ということは丸分かりだ。



再び前を見て、細い道を抜けていく。


少し広い通りに出た。



四塔付近の盛り場も、あまり治安は良くないと思ったけれど…


ここは、柄が悪い。



「ぎゃはははっ!」


「おい、酒追加ぁ!」


酒場だけでなく、道端でも男たちが固まり、酒を飲んでいる。



「お兄さんたち、遊んでかない?」


店の前で女性たちが集まり、くすくすと笑ってこちらを見ていた。



「ガキのお守りしてないでさぁ。兄さん、来てよぉ」


後ろを歩くアランフォースが、呼び止められていた。



「…ったく、しけてんね」


「ていうか…今の、アランフォース様じゃない?」


「ええ?こんなとこ、いるわけないじゃん」


「でも、あの背の高さはさ…」



「……」


さすが、アランフォースだ。


顔を隠していても、気付かれてしまう。



マルは、盛り場の通りをまっすぐ進んでいった。


道沿いには酒場や食堂が並んでいて、通りは混んでいる。


すいすいと抜けていくマルについて行くのに、精いっぱいだった。



帽子を深くかぶっているからか、通りすがりの人たちがちらちらと見てくる。


逆に、何もかぶっていない方が目立たないのではないだろうか――



「なっ…!」

正面から歩いてきた男が、突然、立ち止まった。



「…?」

リリアンヌは顔を上げ、立ち止まった人物を見上げた。



「…えっ!ブライ――むっ」


「その名を、ここで、絶対に呼ぶな」


ブライアンは、ぱっとリリアンヌの口を塞いだ。


そのまま、道の端まで引っ張られた。



「ここで、何をしている」

ブライアンは尋ねながら、後ろにいるアランフォースとキリをちらりと確認した。


町民のような軽装をして、帽子を目深にかぶっている。



「あの子を、追っていて」

リリアンヌは、慌ててマルへ視線を向けた。


マルは気付かずに、どんどん進んでいってしまっている。



「待って…」



「待つのは、君だ」

追いかけようとするリリアンヌの腕を、ブライアンが掴んで止めた。



「ここがどこだか、分かっているのか?それとも、いつもこんなことをしているのか?」



「ブラ…ええと」



「ブラン」



「ブランこそ。こんなところで、何をしているのですか?」



「私の話はいいだろう。君の話だ」



「リリィー?どうしたのー?」

マルが振り返り、リリアンヌに向かって大きく手を振った。


周りを歩く者たちが、興味深そうにこちらへ目を向けた。



「…はぁ」

ブライアンは、額に手を当てて息を吐いた。



「…ブラン、お願い。歩きながら、説明するから」



「…そうだな。とにかく、ここを抜けるべきだ」



「!」


ブライアンはリリアンヌの手を握ると、マルの方へ向かっていった。


人の波を器用に避け、あっという間に追いついた。



「この人も、なかま?」

マルが、歩きながら尋ねた。



「そう…!」

リリアンヌは、ブライアン越しになんとか返事をした。


ほとんど駆け足で、足がもつれそうだ。



途中で曲がり、また細い道を通った。


開けた通りに出たと思ったら、今度は、廃墟だらけだった。



四塔付近の嫌な臭いとはまた別の、すえたような臭いがする。


腐敗臭…だろうか。



「…それで。君がこんなところで、本当に何をしているんだ」

前を歩くマルを追いかけながら、ブライアンが急かすように尋ねた。



「ええと…」


なんと言えばいいだろうか。


隠していることはないけれど、説明するのは難しい。



「友人が、北の商店通りで便利屋をやっていて」



「友人?」

ブライアンが、すぐに険しい表情を向けた。



「…そこに、この子が尋ねてきたんです」


そこで止まられては、話が進まない。



「お母さんを、助けてほしいって…」



「……」

ブライアンは、ぐっと口を結んだ。



「…できることがあるなら、助けてあげたい」


栄養失調なら、白のちからは意味がない。


それでも、近くの薬療院まで連れて行って、薬を貰うことくらいはできるだろう。



「……」



「…あの、ブラン。ここまでで大丈夫ですから」

リリアンヌは、繋いだ手を軽く引いた。



「私もついて行く」

ブライアンは、その手を引き寄せた。



手を繋いだまま、黙って通りを進んでいく。



六塔の貧民区は、数年前の四塔のようだった。


薄暗い廃墟の入り口付近には、ぽつぽつと人が横たわっている。


眠っているのか、それとも――



四塔の貧民区ばかり気にして…


まだ、こんなにひどい状況の場所があったことを知らなかった。



「貧民区に、来たことがあるのか?」

ふいに、質問が飛んできた。



「…六塔の方は今日が初めてですが、四塔近くの貧民区には行ったことがあります」

リリアンヌは素直に答えた。



「…そうか」

ブライアンはそう言うと、再び前に顔を向けた。


マルが、ひとつの廃墟の前で足を止めていた。



「ここ」


入り口の扉は朽ち、中が丸見えだ。


マルを追いかけ、建物の中に入り――



「…それ以上は、近づかないように」


後ろから、アランフォースにそっと止められた。



「…っ」

リリアンヌは中の様子を見て、ぎゅっと口を結んだ。


部屋の奥に、ひとりの女性が横たわっている。



「リリィ!母ちゃん、起こせる?」

マルがその女性に近寄り、体を揺すった。



たかっていた蠅が、ぶわっと飛び回った。



「…リリィ?」



「…マル、ごめんね」



「リリィ。母ちゃんを、助けて」

マルは入り口まで戻ると、リリアンヌの袖を引っ張った。



「…ごめんなさい」

リリアンヌは膝をつき、マルを優しく抱きしめた。



「…母ちゃん、元にもどらない?」



「…うん。お母さんは、戻らない」


もう――


マルの母の体は、腐敗し始めていた。



「…オレ、ひとり?」



「…ごめんね」


サムは…きっと、こうなっていると分かっていたんだ。



…さすがに、この子をエラドリオール邸に連れて帰るわけにはいかない。


孤児院に連れて行くべきだ。


シルヴィアのいる、四塔の孤児院じゃなくて――



「…キリ。この近くに薬療院があるはずなの。場所、分かるかな?」

リリアンヌは、そっと隣に立つキリを見上げた。



「…少し、時間を貰う」

キリが、建物から静かに出ていった。



「薬療院に連れて行くのか?」

ブライアンが後ろから尋ねた。



「はい。貧民区の薬療院には、孤児院が併設されているはずだから…」


四塔、六塔、十二塔の近くに、その施設がある。


ずっと前に、シルヴィアからそう聞いていた。



「母ちゃん、このまま?」



「…お墓、作ろうか」

リリアンヌは体を離し、優しく答えた。



「うん」

マルは、すぐに母の方へ駆けていった。



「…お願い、止めないで」

立ち上がりながら、ちらりと後ろを見やった。



「…あなたでは運べません」

アランフォースが、眉を寄せた。



「…あ」


それは、そうだ。



「…私がやる」

ブライアンが短く言い、奥へ向かった。


マルの母に近づくと、敷き物ごと躊躇いなく抱き上げた。



廃墟から出て、墓を作れそうな場所を探した。


裏手に、柔らかい土の広がる小さな庭があった。



ブライアンが、どこからか持ってきた大きな板切れで穴を掘り、その中にマルの母をそっと横たえた。


マルと一緒に、土をかぶせて埋めていく。



リリアンヌは鞄から小花を取り出すと、できたばかりの墓の上にそっと置いた。



両手を胸の前で合わせ、頭を下げる――


隣にいるマルがその様子を見て、真似して頭を下げた。



この作法は、この国に存在しない。


分かっているけれど、今はこの作法で、マルのお母さんを送りたかった。


前世のことを思い出して、目の奥が、つんと痛んだ。



「…行こうか」


やがて、ゆっくりと立ち上がった。


膝の土を払った手が、すでに土だらけだった。


そのまま手を軽く払い、振り返った。



「…あ」


ブライアンとアランフォースが、じっと見つめていた。



「……」


泥だらけで、引いてしまっただろうか。


でも、もう、いまさらだ。



二人の後ろから、マントをかぶったキリが静かに現れた。


「こっちだ」



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