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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十五章/大好きな人たちと大切な時間を
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兄の大きな変化①

サイラス視点



庭園にあるガゼボの中で、可愛らしい精霊のような少女が座っていた。


横に立つ侍女と何か話し、おかしそうに笑っている。



「リリィ!」


その顔を早く自分に向けてほしくて、彼女を呼んだ。



「お兄様…!」


妹が振り向き、ぱっと満面の笑みを浮かべた。


立ち上がり、ゆっくりとこちらへ向かってくる。


サイラスはリリアンヌのもとまで駆けると、勢いのままに抱き上げた。



「わっ…!」



「久しぶりだな。大きくなった」



「お兄様ったら…二か月会わなかっただけです」

リリアンヌは持ち上げられたまま、くすくすっと笑った。



ああ、この顔が見たかった。


この顔のためなら、なんだってできる。



「今日は、お仕事ではないのですか?」



「お前が数日前に帰ってきたと知ってな。休みにした」

サイラスはリリアンヌを下ろすと、その隣に椅子を並べて腰掛けた。



「そんなに急に、休めるものなのですか?」



「まあ、問題ない」


ナイジェル隊長に何度も溜息をつかれたが、いつものことだ。



侍女は自分の前にもティーカップを置くと、そっとその場をあとにした。


久しぶりに、妹と二人きりだ。



エラドリオール邸内なら、あの物々しい護衛もいない。


生意気な従弟もいない。


肩にいる精霊は…まあ、許してやろう。



「陽に焼けたか?少し、痩せてしまった気がするが」

サイラスは、確認するように妹の頬に触れた。



「焼けてしまったかもしれませんが…ご飯は、たくさん食べていました」

リリアンヌは、くすぐったそうに片目を細めた。



「お兄様こそ。お疲れですか?」



「どうしてだ?」



「隈ができています」

とんとん、と自分の目の下を指で叩き、心配そうに眉を下げた。



なぜ、こんなにもすべての動きが可愛いのか。


こんな愛らしい存在が王都の外へ出て、無事に帰ってきたことが信じられない。



「これは少し、準備が忙しくてな」



「準備…ですか?」



「……」


しまった。


見惚れていて、口を滑らせた。



…違う。


今日は、このことを言うために休みにした。


あとは、旅の話を聞くために。



「…リリアンヌ。旅は、楽しかったか?」


とりあえず、伝えるべきことは後回しだ。



「はい、とっても」

リリアンヌが、にっこりと頷いた。



「山賊に襲われたのだろう?」

サイラスは、くっと眉を寄せた。


結局、自分が懸念した通りになった。



「襲われたのは、ラジャタ村の皆さんです」

リリアンヌはゆっくりと言い直した。



「でも、ブライアンたちのおかげで全員無事だったの」


余計な名が出てきて、舌打ちしたくなるのをぐっと堪えた。



「…精霊を見つけたと聞いたぞ。さすがだな」

誤魔化すように、話題を変えた。



「はい。村の皆さんが協力してくれたおかげです」



「協力とは?」



「村の皆さんが、お祭りを開いてくれたんです」



「…祭り?」

思わず、声が低くなった。



「はい。ええと…聖樹を囲んで、精霊を喜ばせるための奉納祭というものを開催しました」

リリアンヌは気にせず、嬉しそうに微笑んでいた。



「精霊は、楽しいことが大好きだから…きっと、人が集まったことで現れたんです」



「そうか。頑張ったな」


言っていることはいまいち分からなかったが、可愛いから良しとしよう。



「あっ…それから、ビッケが一緒についてきてくれたの」



「…なんだと?」


ビッケとは確か、人攫いに遭った獣人族の子供のことだ。



「私の従者として、これからも一緒にいてくれるんです」



「……」



「お兄様も心配してくださっていたから…ご報告です」

リリアンヌは、ふふっと微笑んだ。



「そうか。よく分かった」


また、この屋敷に余計な男が増えたことが。



「ビッケのお母様が、これをくださったの」


妹の細い腕に、真鍮の腕輪が着けられている。



「これを着けて眠ると、悪い夢を見ないからって…」

言いながら、声が微かに震えた。



「何かされたのか?」

サイラスは、すかさず顔を覗き込んだ。



「えっ?違います」

リリアンヌは慌てて首を振った。



「ミホバ…ビッケのお母様を思い出したら、会いたくなってしまって」

涙目になっている。



「本当に、たくさん貰ったんです…」



「…そうか」


リリアンヌは些細な出会いを大切にし、誰にでも丁寧に接しようとする。


自分には、到底真似できない感覚だ。


同じ親から生まれたはずなのに、なぜここまで優しい子に育ってしまったのか。



「お兄様」

リリアンヌが顔を上げ、ぱちっと目が合った。



「お兄様は、ここへ帰ってこない時はどちらにいらっしゃるのでしょう?」



「…え?」


急に話題を変えられてしまった。



「王城に泊まっているのでしょうか?」



「いや…城に泊まったことはない。…主に、騎士の塔だな」


嘘ではない。


騎士塔の通りにある家を使うこともあるが、今はほぼ町の宿屋で寝泊まりしている。


それを伝える気は、さらさらない。



「あ…そうでしたね」

リリアンヌが、思い出したように頷いた。


何年も前に、騎士の塔について話したことを思い出したのだろう。



「あれ…?でも、それは確か、従騎士だからと…」



「ただ…これからは、エラドリオール邸に帰ってくることが多くなると思う」

サイラスは、優しくその言葉を遮った。


自然と、伝えなければならない話へと繋がった。



「えっ、本当…?」

妹の顔が、一気に明るくなった。



「また、夕食をご一緒できる時間も増えるのでしょうか」



「…リリアンヌ」



「?はい」

こてんと、首を傾げている。


いちいち、可愛い。


このあと、どういう表情をするのか。


にっこり笑うのか、それとも優しく微笑むのか。



「私はな、来年結婚する」



「…けっこん」

首を傾げたまま、固まった。



「そうだ。来年、十二の月。ちょうど一年後だな」

サイラスは、リリアンヌを凝視しながら続けた。



「この屋敷に、私の妻となる者が来る」



「…はい」



「お前は何も気にすることはない。今まで通り、父上と母上と過ごせ」



「…お兄様は?」



「妻となる者と、西館で生活する。お前は関わらなくてもいい」


リリアンヌのことだから、余計な気を遣いかねない。


離れに近い西館なら、会おうとしない限り、婚約者と顔を合わせることもない。



「……」

リリアンヌは、口を薄く開けてまだ固まっている。



予想外の反応だ。


これは…戸惑っているのか。


急に知らない者が住むというのだから、当然だろう。


自分だって、エルフと獣人族が屋敷にいることに、これだけ腹を立てている。



「リリィ。お前が嫌なら」

サイラスは、はっと言葉を止めた。



妹の目から、ぽたりと涙が落ちた。



「…あ」

リリアンヌは、ぱっと目の下を抑えた。


指の隙間から、また、ぽたぽたと涙がこぼれた。



「ご、ごめんなさ――」


サイラスは、すぐに手を伸ばした。


リリアンヌを軽々と抱き上げ、膝の上に乗せた。



「お兄様…!」


顔がよく見えるよう、黒髪を優しく耳にかけた。



「…っ」

リリアンヌは瞼を震わせ、涙を流し続けていた。



「お兄様、私はもう、子供では」



「お前が嫌なら、婚約者はここに住まわせない」



「えっ…!?」



「お前が泣くくらいなら、別に家を借りる」

サイラスは言いながら、妹の目元を優しく拭った。



「だ、駄目です…!そうではなくてっ」



「お前の気持ちは分かる。人が増えることが不安なのだろう?」



「違います…!」



「では、なんだ。お前が嫌がるようなことを私はしたくない」



「そうではなくて…」



「…なんだ?」


何を言い渋っているのか。



「その…」

リリアンヌの顔が、みるみる赤くなった。



「お兄様が結婚してしまうことが…寂しいって、思ってしまって」

顔を真っ赤にして、潤む目を伏せた。



「分かった。結婚をやめる」

サイラスは、即答した。



「駄目です!や、やめないで…!」



「お前が嫌なら、やめる」



「嫌ではなくてっ…!…ごめんなさい」

リリアンヌは、ごしごしと目を拭った。



「お兄様。本当に、おめでとうございます」

そう言って、予想とは違う顔で笑った。



「…私が結婚することが寂しいのか?」

サイラスは顔を近づけ、そっと尋ねた。



「…はい。とても嬉しいけれど…寂しい」

リリアンヌは目を合わせ、寂しそうに微笑んだ。



「でも…同じくらい、新しい家族が増えることが楽しみです」

今度は、ふふっと目を細めて笑った。



「お相手は、どういった方なのですか?」



「…そうか」



「…最近別れが続いて、感傷的になっていただけです。それ以上に、嬉しいです」



「でも、お前は寂しいのだな?」



「もう、お兄様…!」

リリアンヌは、怒ったように頬を膨らませた。



「…はははっ!」


堪らず、大笑いした。



「ど、どうして笑うのですか?」

顔を真っ赤にして、困っている。



「くくっ…すまない、お前を笑ったわけではない」

サイラスはリリアンヌの背を優しく寄せ、抱きしめた。



「お前とは…ほとんど一緒にいられなかった」


妹とは、七歳離れている。


彼女が歩けるようになった頃には、自分はもう騎士を目指し、屋敷を出ていた。



「あまり、兄らしいこともしてやれなかった」



「いいえ…この間も、一緒にお買い物をしました」



「二人で出かけたのは、あれが初めてだっただろう」


あんなことで満足されては、困る。



「それでもお前は、私が結婚することを寂しいと感じてくれるのだな」



「…当たり前です」

どこか拗ねたような声が、耳元をかすめた。



「だって…私の、たったひとりのお兄様ですから…」



「…そうだな。お前も、私の可愛い妹だ」

サイラスは、愛おしそうに妹の髪を撫でた。



ただひとりの、唯一無二の妹。


誰よりも可愛く、強く、愛おしくて堪らない、自慢の妹――



「…でも、おかげで、決心がつきました」


ふいに、不穏な言葉が落ちた。



「…何がだ?」

サイラスは、撫でる手をぴたりと止めた。



「私…エラドリオール邸を出ます」



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