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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十四章/リリアンヌを知るとき
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変わりゆく少女

エドガー視点



ノックの後、アランフォースが扉を開いた。



「!伯父上…!」

リリアンヌが、慌てて部屋へ駆け込んできた。



「遅くなってしまったでしょうか?」



「呼び出したうえに、遅刻か」

ソファに深く腰掛けたレックスが、ゆったりと言った。



「……」

エドガーは扉の脇で、呆れを押し隠した。


よく言う。


リリアンヌたちは、定刻通りにやってきた。


レックスが早く来ただけだ。



「失礼します」

台車を押す使用人たちが入ってきた。



「本当に、ごめんなさい」

リリアンヌはレックスの脇まで近づくと、深々と頭を下げた。


その間に、使用人たちが速やかに茶器をテーブルに並べていった。



「図書室で調べ物をしていたら、遅くなってしまって…」

頭を上げる頃には、使用人たちが退出するところだった。



「お前は、本当に分かりやすいな」


レックスもまた、分かりやすい。


睨んではいるが、ただ寛いでいるだけだ。


きっとこのあと、二人でいつものような掛け合いをするのだろう。



「…あ」

リリアンヌは困ったように首を傾げた後、思い立ったようにお辞儀した。



「伯父上、本日はお忙しいところ――」



「何を調べていた」



「…う」



「何を、調べていた」



「…精霊について、です」

リリアンヌの声が、上擦った。


嘘なのだろう。


心配になるくらい、相変わらず分かりやすい。



「三年前に、飽きるほど調べただろ」



「どれだけ調べても、飽きません」



「昨日の、何が心配だ」



「…え?」



「まず、座れ」



「…はい」

リリアンヌは頷くと、レックスの対面のソファに浅く腰掛けた。



「それで、何を調べた」



「…ですから」



「ネウロを呼ぶぞ」



「…世界の歴史について、調べていました」

リリアンヌは、頬を膨らませながら答えた。



「あ?昨日の件と何の関係がある」



「関係なくては、調べてはいけませんか?」


見るからに不貞腐れている。


三年前には、見られなかった表情だ。



「ネウロに、何か余計なこと言われたか」

レックスが、鋭い口調で尋ねた。



「あのあと、あいつはエラドリオール邸に向かったな」



「…!いいえ!ネウロは、関係ないです」


関係があって、そして、何か余計なことを言われたのだろう。



「あの…伯父上。今日は、お願いがあってお呼びだてしました」

リリアンヌは、おずおずと話題を変えた。



「…お願い?」

背もたれに置いたレックスの手が、ぴくりと動いた。



「はい。ええと…」

リリアンヌの目が一瞬、扉の方へ向いた。


…こちらを見ている。



「退出させるか」



「…いいえ。いてほしいです」



「……」

エドガーは、わずかに目を瞬かせた。


意外な答えだ。



「…あの、伯父上」

リリアンヌは姿勢を正し、レックスに向き直った。



「私が目覚めた時にお願いしたことを、覚えていますか?」



「…あ?」



「その…二人で話した時のことです」



「……」

レックスは、ソファの背もたれを指でとんとんと叩いた。


何の話だったか、思い出しているのだろう。



「…お前、あれ、本気だったのか」


その指を、ぴたりと止めた。



「準備をしておくと、おっしゃってくださいました」

リリアンヌは、困ったように眉を下げた。



「旅に出て、忘れでもすれば良かっただろ。必要性を感じない」



「忘れません。それに、必要かもしれません」


二人が何の話をしているか、まったく分からない。


分からないが…良い予感は、一切しない。



「…本当に会う気なら」

レックスはゆっくりと身を乗り出すと、扉の方へ親指を向けた。



「あいつを、説得してみろ」



「…へ?」

リリアンヌはその指先を目で追い、きょとんとした声を上げた。



「おい、アランフォース。リリアンヌが、ブルックに会いたいだと」

レックスは、リリアンヌに顔を向けたまま言い放った。



「…は?」


部屋の温度が、一気に下がった。


久々に、アランフォースから強い殺気が放たれた。



ブルック――


聖守護騎士団(サークラグラディウス)の、元団長。



三年前に、ザンビア砦で謀反を起こした主犯格のひとり。


ただし…すべてを自白したことにより、処分は保留され、今も拘禁されたままだ。



「アランフォース。勝手なことを言って、ごめんなさい」

リリアンヌは、慌てた様子でアランフォースに顔を向けた。


自分が怒られているとでも思ったのだろう。



「でも、その…」



「なぜあなたが、あれと会う必要があるのでしょう」



「それは」



「あれは、あなたを害そうとしました」



「そんなことは――」



「ない、とは言わせません」


相手の話を、聞こうとしない。


この状態のアランフォースを、三年ぶりに見る。


あの時も、ブルックが関わっていた。


その前となると、まだ従騎士だった頃だ。



「でも…直接何かされたわけではありません」

リリアンヌは、小さな声で反論した。



「…本気で言っているのですか?」

アランフォースの声が、さらに低くなった。



ブルックは、リリアンヌに会うたび、王族相手とは思えない態度を取ってきた。


ザンビア砦では「悪魔」と罵られたと、ブライアンやフーリンから聞いている。



それから…アランフォースに宛てた手紙を、奪われた。


十分、直接何かされている。



「それに、ブルックだん…ブルックは、今はもう正気なのでしょう?」

リリアンヌは、怯まずに続けた。



「そういう問題ではありません」



「どうして?」



「…どうして?」


また、部屋に不穏な空気が流れた。



「自ら、感情を揺さぶられに行くつもりですか」



「…!」

リリアンヌは、はっと目を見開いた。



「あなたは、本当に昨日の話を理解しているのですか」

アランフォースは構わずに続けた。



「…分かっています」



「それなら、あれと会おうなどという考えが出るはずないでしょう」



「…だから」



「到底、賛成できません」



「…話を、聞いて!アランフォース!」

リリアンヌは拳を握り、膝をどんっと叩いた。



「意味があるかもしれないから、会おうと思っているの」



「あれに、そんな価値はありません」



「ブルックは唯一、瘴気を送られたのに無事でした」



「……」

アランフォースが、ようやく言葉を止めた。



リリアンヌが三年の眠りから目覚めて、ヌシカがザンビア砦で使ったちからの正体が分かった。


聖守護騎士団(サークラグラディウス)やザンビア兵たちは瘴気を送られ、操られていた。


誰も正気に戻れぬまま、虚ろ人となった。


ただし――



「瘴気を送られた時の状況と…あと、どうして正気に戻ったのか、確認したいのです」

リリアンヌは、必死で訴えた。



「…もしかしたら、全然関係ないかもしれないけれど」


自信がなさそうなのは、相変わらずだ。



「唯一じゃないだろ」

ずっと黙っていたレックスが、口を開いた。



「えっ?」



「お前も戻った」



「…私は、瘴気を送られていた時のことをよく覚えていません」

リリアンヌは、悲しそうに目を伏せた。



「だから…できればブルックに、どんな状況だったかを聞ければ…」

徐々に声が小さくなった。


心なしか、右手が震えている気がする。



「…つらいことを思い出してまで、あれに会う必要があるのですか」

アランフォースは低い声で尋ねた。



「…瘴気を送られた者にしか、分からないことがあります」

リリアンヌは俯いたまま、ぽつりと言った。



異形の存在(ゼノプーパ)の討伐の際は、嫌でも気持ちが暗くなる。


瘴気に近づいているからだ。



直接、その瘴気を送られれば…


一体、どれほど心が乱されるのか。


どれほど、正気を失うのか。



実際、ザンビア砦で瘴気を送られた八百人近くのうち――


正気に戻ることができた者は、リリアンヌとブルックだけだ。



「…出過ぎた真似をしました。申し訳ありません」



「あ、謝らないで…!」

リリアンヌは、慌てて顔を上げた。



「アランフォースが本当に駄目と言うのなら、やめます」

膝の上で、拳をぎゅっと握った。



「でも…何か少しでも手掛かりが掴めるなら、私は会いたい」



「……」


ああ…


良かった。



彼女に、言葉は届いている。


自分なりに、負ったものに向き合おうとしている。



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