自分の正体
リリアンヌ視点
「え…ええと…ちょっと、待って」
リリアンヌは、混乱しながら口を開いた。
「私は、人族じゃないの?」
問題は、そこからだ。
「ええ、違いますよ」
ネウロは、あっさりと頷いた。
「殿下はそのことを、ご存じではなかったのですね?」
「もちろん。だって、お父様もお母様も、人族…のはず」
改めて聞いたことはないけれど、他の種族の特徴を二人は持ち合わせていない。
「ロデオ総長や陛下は、間違いなく人族ですよ。
あなたの御母上が仮に人族ではないとしても、ロデオ総長が人族である以上、本来なら人族とも見えるはずなのですが」
「…そもそも、私は何族なの?」
「ひとつではありません。あなたは、多くのものと混ざり合っています」
ネウロが、左目を青く光らせながら答えた。
「混ざり合っている…?」
『姫さんは、いろんなもんと混ざりやすいの』
すぐに、ルゴット院長の言葉を思い出した。
「“精霊”と見える時もあれば、“ま族”と見える時もある」
「…ま族って、何?」
リリアンヌは、きょとんと目を瞬いた。
「分かりません。字も、分かりません」
ネウロは静かに首を振った。
「…そう」
…ま族。
…魔族。
この世界に…魔族?
「それから、“じゅぼく族”と見える時もあります」
「…じゅぼく族?」
また、分からない種族の名前が出てきた。
「これは、僕の予想ですが…樹の牧人で、“樹牧族”ではないでしょうか」
「…?」
まだ、分からない。
「要は、聖樹のことかなと」
「せ、聖樹っ…!?」
慌てて、自分の口を塞いだ。
大声を出せば、多くの衛兵たちが入ってくることになる。
「…どうして、聖樹?」
「分かりません。僕がこの目を貰った時には、もう混ざった状態でしたから」
ネウロは、淡々と続けた。
「精霊と出たことには、驚かれないのですね」
「あ…それは多分、分かる気がするから」
「ええ。傷跡の件が関係しているのでしょう」
ネウロもこくりと頷いた。
「それ以外については、何か思い当たることはありますか?」
「……」
思い当たること。
精霊に、ま族に、樹牧族…
そして、人族ではない…
精霊と出るのはきっと、左肩にヌシカがいるから。
聖樹も、また――
――聖樹は、溶け合い、混じる
私に、混ざった。
…ま族は?
まさか、前世の記憶があることが関係ある?
この世界を“物語”として知っていることが、何か関わっている?
人族じゃないのは…もしかして、それのせい?
「…その様子だと、思い当たることがありそうですね」
「でも…本当に、私も分からない」
ずっと、自分は人族だと思って生きてきた。
「…私は、何か人族と違うのかな?」
「精霊でしたら、大違いでしょうね」
ネウロはさらりと答えた。
「…聖樹でもきっと、大違いだよね」
「聖樹に関しては、もう別格でしょう。どちらも、エルフより長命です」
「……」
でも、それは、天寿をまっとうすればの話だ。
「…別に、僕は詮索したいわけではありません」
優しい声が静かに落ちた。
「何が関係しているかまだ分かりませんから、分かったことは共有しておきたかっただけです」
「…うん」
リリアンヌは、そっと頷いた。
『人族として生きるなら、愛する者たちと過ごすべきだ』
『人族として生きていく以上…君は、何度でも心を揺さぶられる』
「…オーリア様はきっと、何か知っているはずだよね」
何度も、人族“として”と、強調していた。
「ええ。精霊王は、まだ多くを隠しています」
「そこまで分かるの?」
「はっきり分かります。…そしてそれは、殿下も同じです」
ネウロは、ふっと寂しそうな笑みを浮かべた。
「あなたが大きなことを隠していらっしゃるのは、分かっています」
「…今は、オーリア様のお話でしょう?」
そっと、話を逸らした。
「…そうですね。精霊王は、隠していることを言うつもりはないのでしょう。だからこそ、僕にこのちからを目覚めさせたのかもしれません」
「自分で、考えなさいってことかな」
「仲間たちと、考えなさいってことでしょうね」
「仲間…」
リリアンヌは、はっと顔を上げた。
「僕は、とっくに仲間のつもりでいましたが。違いますか?」
ネウロはまた、寂しげに微笑んでいた。
「…ううん、違わない。一緒に考えてくれて、ありがとう」
とても心強い。
「それから…誰にも言わないでくれて、ありがとう」
もう…これ以上、周りを心配させたくない。
「…ただし、あなたに危険が及んだ場合は、僕は迷わずお伝えします」
ネウロは、真剣な表情を浮かべて言った。
「危険って、私の感情が一線を越えたらという話のこと?」
「それもそうですが…また精霊王に連れて行かれそうになったり、とかですかね」
「私は、デューゼの森で暮らすつもりはないから大丈夫」
「…そういうことではないのですが」
なぜか、困ったように笑われてしまった。
「…まずは、ま族について調べてみる」
リリアンヌは宙を見つめたまま、ぽつりと続けた。
「あと…何か対策できないか、考えてみる」
「対策…ですか?」
ネウロが、わずかに目を見開いた。
「え…?うん、対策…」
何を驚いているのだろう。
「いえ…前向きなお考えなら、それで結構です」
「…ええと」
今は、否定的なことを口にしていないつもりだ。
「僕も、もちろん協力しますよ。こちらでも、調べてみましょう」
「…うん、助かります」
「まだ話していたいところですが…衛兵に捕まる前に、帰るとしますか」
「ネウロ、お疲れのところ、本当にありがとう」
リリアンヌはソファから立ち上がり、扉へ向かっていくネウロに続いた。
今朝、王都へ戻ってきたばかりだ。
それなのに、国王と精霊王の謁見に付き合わせた。
さらにエラドリオール邸まで来て、自分のための話にまで付き合ってくれた。
「こちらこそ。王城の部屋を、ありがとうございます」
「結局、もうひとつの噂って、何だったんだろう」
はたと、思い出した。
私が王城に住んだら、流れるかもしれない噂。
父は、最後まで教えてくれなかった。
「そうですねぇ…では、ひとつヒントを差し上げましょう」
ネウロは、扉の前でくるりと振り向いた。
「王城でしか受けられない教育が、二つあります」
「王城でしか受けられない教育…?」
そんなの、聞いたこともない。
「ひとつは、帝王学ですね」
「…だから、私は王位を狙っていないもの」
「それから、もうひとつ。こちらは何か分かりますか?」
ネウロは気にせずに尋ねた。
「んん…?」
だいたいの教育は、ここにいても受けることができる。
作法や学問も、馬術や護身術も…
「…どうしよう。全然、分からない」
「全然、分かりませんか」
ネウロは、ふふっと笑った。
「教えてはくれないの?」
「ええ。はっきり言ってしまったら、僕は、いろいろな人に問い質されることになりますから」
「…ええ?」
「あなたのお母様は、分かると思いますよ」
ネウロはそう言うと、ゆっくりと扉を開けた。
扉の外には、二人の衛兵が見張りのように立っていた。
良かった。
大量の衛兵を、本当に送り込んだわけではなかったようだ。
「遅い時間まで、ありがとう」
リリアンヌは扉をくぐりながら、衛兵たちに礼を言った。
「いえ、とんでもありません」
「誰か呼んできましょうか?」
「いいえ、大丈夫。このまま、玄関広間まで行ってくるね」
衛兵たちに手を振り、ネウロと並んで廊下を進んでいった。
「…リリアンヌ殿下は、環境が変わることに抵抗はないのでしょうか?」
ネウロが、ふいに尋ねた。
「ん?王城に住みたいって話のことかな?」
「ええ、そうです。短い時間見ていただけでも、よく分かります。ここの使用人や衛兵は、殿下に慣れている」
「それは、否定しないかな」
思わず、苦笑がこぼれた。
ここと同じように王城で話しかけても、戸惑われるばかりだ。
「王城に住めば、また一からやり直しですよ?」
「…でも本当は、使用人や護衛に話しかけては駄目なのでしょう?」
「いまさらなことを言いますねぇ」
呆れるように言われてしまった。
「王族はまず、旅に出たりしませんよ」
「それを言ったら、ネウロだってそうでしょう?」
ネウロだって、侯爵家の長男だ。
本来、護衛も従者もなしに、うろうろしていい立場ではない。
「僕は、変わっている自覚はありますし、変える気もありませんから」
ネウロは、けろりと答えた。
「だから、殿下も無理に変える必要はないでしょう」
「うん、そうだね。それに、一年後にはビッケも――あっ」
リリアンヌは、はっと言葉を止めた。
「どうしました?」
「…キリとビッケに、王城に住みたいってこと伝えてない」
私が王城に住めば、きっと、二人はついてきてくれる。
環境が変わることになるのは、私だけじゃない。
「それに…アランフォースにも」
ついてもらう時間も、ぐっと増えることになるだろう。
「私、自分のことばかりで…どうしよう」
「…それは、要らぬ心配ですが」
ネウロは、くすっと笑みを浮かべた。
「まずは、ロデオ総長の許しを貰うことの方が先ではありませんか?」
「うん、そうだね」
父が答えを出すまで、どれだけ時間がかかるかも分からない。
「そういえば、あのあと、ビッケ君はどうなったのです?」
「お父様に正式に許可を貰って、私の従者になることになったの」
「おや、それはおめでとうございます」
「だけど…今日から従者の修行だって、離されちゃって…」
つい、肩が下がってしまった。
「それは、当然ですねぇ」
「一年もかかるの…」
「王族の従者になるのなら、それでも早い方です」
「…私の従者でも?」
正直…ビッケがどんな従者でも、傍にいてくれれば、それでいい。
「従者は、主の鏡ですからね。従者が何か問題を起こせば、それがそのまま主の評価になってしまいます」
「…逆は?」
自分のせいでビッケの評価が下がるなら、分かる。
「逆は、まずありませんが。ビッケ君なら、それでも構わないと言いそうですね」
ネウロは、ふふっと笑って答えた。
「離されたと言っても、同じ屋敷内にいるのでしょう?」
「…うん」
きっと今も、誰かについて働いている。
「…王城に移る件は、三人とも何も問題ないとは思いますが」
ネウロは歩きながら、そっと続けた。
「事前に相談しておいた方が、きっと嬉しいと思いますよ」
「うん、そうする」
また、先走ってしまった。
まだ今日、自分の抱えた枷を知ったばかりだ。
焦って何かを変える必要はないとは思うけれど…
…まずは、“ま族”についてだ。
明日、早めに王城に行って、図書室で調べてみよう。




