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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十四章/リリアンヌを知るとき
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動き出した男たち②

ルイージ視点



「…だから、お前までリリアンヌの信者になって帰ってきたのか」



「否定はしませんが。その言い方は、なんか嫌ですねぇ」

ネウロが、ふっと苦笑いをこぼした。



「リリアンヌ殿下のおかげで得たこのちからを、僕は殿下のために使う。それだけです」



「…その場面を、王都にも出入りしている吟遊詩人に見られたのか」

レックスはいつものように、指で机をとんとんと叩いた。


考えごとをしている時の癖だ。



「まあ、千里眼のちからとまでは知られていないですし。特に問題はないかと」



「…そもそも、精霊の目を持つ者の子って、何なんだ」

ルイージは、机の前からネウロへ目を向けた。



「なぜ、その呼び名を精霊王は知っていた?」



「正確には、子孫という意味でしょうね。推測ですが、精霊王は、最初に千里眼のちからを授かった男を知っていたのでしょう」

ネウロは、淡々とルイージに答えた。



「遠い昔、パルミア一族の男が、千里眼のちからを持つ精霊を助けたそうです。精霊は加護を授ける代わりに、デューゼの森を未来永劫護るよう頼んだ。それ以来、パルミア一族は森の護り手となった――そんな言い伝えがあります」



「鑑定のちからを持つ者が多く生まれることからそう呼ばれると思っていたが…違ったのか」

ネウロの横に立つブライアンが、腕を組んだまま呟いた。



「千里眼のちからを持った者は、数百年生まれませんでしたから。その話は、伝わっていなくて当然でしょう」



「精霊王がその呼び名を知っていたならば、今の話はすべて事実なのだろうな」



「ええ、僕も驚きましたよ」

ネウロが、大して驚いていない表情で続けた。



「あんな人たちが、まさか、本当に精霊の目を持つ一族だったとは」



「ここにいたか」

ロデオが、ノックもなしに執務室に入ってきた。



「お前、ネウロと言ったな」

入るなり、ネウロをぎろりと睨みつけた。



「一体、何を企んでいる」



「何がです?」



「リリアンヌに、どうして近づいた。なぜ旅について行ったりした」



「…精霊の目を持つ一族として、精霊に興味があったからですよ」

ネウロは、ふっと笑って答えた。



たった今、精霊の目を持つ一族と思っていなかったと白状したばかりだ。


相変わらず、適当な奴だ。



「そいつを連れて行くと最終的に決めたのは、リリアンヌだ」

レックスが、机を叩く指を止めて言った。



「それに、精霊王直々の指名だ」



「分かっているが…」

ロデオは小さく溜息をつくと、どかりとソファに腰掛けた。



「本当に、お前の一族は関係ないんだな?」



「ええ。ご心配でしたら、縁を切りますよ」



「お前は、長男だろう」

ルイージは、眉を寄せながら口を挟んだ。



「お前は、侯爵家の嫡男だ。パルミアの名を潰す気か」



「僕には、優秀な弟がおりますので。僕には似ず、とても貴族らしく良い子です」

また嘘くさい答えが返ってきた。



「…嫡男のくせに、家を出ようとしているのか」

ロデオが呆れたように言った。



「ですから…もう、いいのです」

ネウロは、ふっと薄く笑った。



「リリアンヌ殿下のおかげで、目が覚めました。僕は自由に生きます」



「……」

ロデオは、今にも頭を抱えそうだ。



「あ、変な気持ちはまったくないので、ご安心ください」



「あ?」

ロデオはレックスそっくりの顔で、ぎろりとネウロを睨みつけた。



「先ほども言いましたが、僕は婚約者を愛しています。他の女性には、一切興味がありません」



「…その婚約者だって、一族が用意した女だろう」



「いいえ、僕自身が決めた女性です。ずっと反対されていたので、ある意味ちょうど良かった」



「はぁ…?」

思わず、声を上げた。


一族に反対されるような婚約など、聞いたこともない。


勝手にこいつが婚約者と呼んでいるだけか。



「…それでも、エラドリオール邸には住まわせないぞ」

ロデオは、しかめ面のまま続けた。



「これ以上、娘に関する噂を流されて堪るか」



「…それは、無理だろう」

また、つい口を挟んでしまった。



「なぜだ」



「…どうしたって彼女の行動は目立つ。今ももう、城下町は彼女の話題ばかりだ」

ルイージは、静かに事実を突きつけた。



――精霊の申し子が、また精霊を見つけたって?


――獣人族と、協力したらしい


――山賊までやっつけたらしいぞ



「…そういう噂は、もういい」

ロデオは、諦めたように溜息を漏らした。



「私が言っているのは、貴族や官僚どもだ。どうせ、すぐに会議を開きたがる」



「そのための会議は開かないし、説明する気もない」

レックスが素早く返した。



「枷の件は、必ず隠しきる」


ようやく本題に入った。



「ですが、リリアンヌ殿下がザンビア砦で肩に怪我を負ったことは、有名な話ですよ?」

ネウロがすぐに口を開いた。



「鋭い刃が肩を貫いた、と歌われていますからね」



「だが、誰もどんな傷跡かは知らない。俺もだ」

レックスが面白くなさそうに言った。



「ロデオ。お前は、傷跡を見たことがあったか」



「…いや、ない。ただ…アヴェリーンから、目を逸らしたくなるような傷跡だとは聞いていた」

ロデオは渋面を浮かべて答えた。



「それから…アイラ殿は知っていると思うが…」


アイラは、リリアンヌが眠る三年間、ずっと白のちからを送り続けていた。


体の様子もよく知っているだろう。



「あとは、侍女たちか」



「全員に口止めさせておけ」



「…そうだな」

ロデオは小さく頷いた。



「リリアンヌは、傷跡を隠していない」


ふいに、窓の方から声が聞こえた。


レックスの座る奥の小窓から、キリが軽やかに入ってきた。



「おお、キリさん、格好良い登場ですねぇ」

ネウロがのんきな声を上げた。



「どういうことだ」

レックスが鋭く尋ねた。


もはや、誰も彼の不法侵入については触れない。



「言葉のままだ。村でも、ビッケの母に見られていた」

キリはそのまま、レックスの後ろの壁に寄りかかった。


エルフがやることは、すべてが絵になる。



「私たちにも隠していない」



「…待て、どういうことだ」

ロデオが、静かにソファから立ち上がった。



「傷跡を見たことがある」



「お前っ…」



「ここが、深く抉れている」

キリが、自分の左肩をとんと叩いた。



「抉れた傷跡が、黒く硬く変色している。見た目は、瘡蓋が張りついているようだった」



「…随分とじっくり見ているな」



「それが、例の異形の存在(ゼノプーパ)が分裂したものなのかは分からない」



「おい、これだけは教えろ」

無視して話し続けるキリを、ロデオが指さして止めた。



「私たち、とは、お前と他に誰だ」



「ビッケだ」

キリがすぐに答えた。



「……」



「さすがに、僕たちは見ませんよ」



「当たり前だ」

ロデオはネウロを睨みつけると、再びソファに腰掛けた。



「そんな状態でも…本当に、痛みや違和感はなかったのでしょうか」


抉れている、ということは初耳だ。



「そんな仕草をしたことは、一度もない」

キリが小さく首を振った。



「その傷が、リリアンヌに瘴気を送るのか。不気味だな」



「おい、言い方に気を付けろ」

ルイージは、さっとレックスを睨みつけた。



「…分かってる」

レックスはいつもの鋭い目で、宙を睨みつけていた。



「…リリィはもう…普通の人生を歩むことができない」

ロデオが俯き、わずかに声を震わせた。



「あんなに青くなって、震えて…くそっ」

悔しそうに、ダンッと自分の膝を叩いた。



「……」

先ほどの光景を思い出し、思わず自分まで俯いた。



『ヌシカは、リリアンヌの体を支配しようとしている』


『支配されてしまえば…リリアンヌは、異形の存在になる』



俺は、ヌシカを話にしか聞いていない。


だが…今日、初めて精霊王に会って、


あの側近なら、間違いなく危険な奴だと理解した。



あんなもの…何百人と束になろうが、勝てやしない。


あれと同等のものを…リリアンヌは、ひとりで倒した。



三年間を犠牲にしただけではなく、


さらに、異形の存在になるかもしれないという大きな枷を負った。



あまりにも…容赦がなく、残酷だ。



『私が王都にいるのは…危険ではないですか?』


『…私が、生きているのが――』



「…あいつは、分かってねぇ」

レックスが、誰に言うでもなく呟いた。



「あいつはまだ、理解していない」



「なぜか、途中から受け入れていましたからね」

ネウロが、不思議そうに首を傾げた。



そうだ。


リリアンヌはなぜか、自分が異形の存在になることを前提に話していた。



これからの話をしようとするレックスやブライアンを、


異形の存在に絶対ならないと言い切ったアランフォースを、


ずっと、困惑した表情で見つめていた。



「…分からせますよ」

ブライアンが、静かに口を開いた。



「リリアンヌに、分からせます。死ぬ選択など思いつかないくらい、幸せにしてみせます」



「おお、格好良いですねぇ」

ネウロがまた、いらない茶々を入れた。



「茶化すな」



「茶化していませんよ。求婚の言葉かと思ったくらいです」



「ブライアン殿下。今のは、そういう意味ではないな」



「結局、リリアンヌは今まで通りにしてもらうしかないのでしょう?」

ブライアンは、ロデオを無視した。



「…成人するまではな」

レックスが、意味ありげに答えた。


今だけは…こいつが何を考えているか、手に取るように分かる。



「…兄上。リリィを、結婚させる気か?」



「当たり前だろ。王族を独り身でいさせる気か」



「そうではなく…それもまた、リリィの感情を不安定にさせるきっかけにならないか?」

ロデオは慎重に言葉を選んで続けた。



「相手も、相当あの子の状況を理解する必要がある」



「……」


もし、結婚するのなら――


相手は、彼女の枷の件を知っている者でないと無理だ。


そのうえで、彼女の感情を揺さぶるようなことをしない人物でないといけない。



それは…相当、限られてくる。



「好意を寄せる者と、結婚させないのか?」



「…あ?」

レックスは、ぎろりと後ろを見やった。



「本人の意思は、尊重しないのか?」

キリは、淡々と尋ねた。



「この国の王族や貴族は、政略結婚が常識です。恋愛結婚は、ほぼあり得ません」

ルイージはすかさず答えた。



「…人族は面倒だな」



「…好きな奴がいるのか?」

ロデオの低い声が、室内に落ちた。



「リリィに、好きな奴がいるのか?」



「……」

キリは、もう口を開かなかった。



「…おい」

ロデオはそのまま、視線をブライアンとネウロの方へ向けた。



「……」

二人は、ロデオと目を合わせなかった。



ふいに、扉の向こうからノックが聞こえた。



「失礼します。アランフォースです」



「入れ」

レックスがすぐに返した。



「……」

アランフォースは入ってきた途端、訝しげに足を止めた。



「…なんでしょうか」


全員が、アランフォースへじっと視線を向けていた。



「お、おい…まさか――」



「ブライアン」

ロデオが言い切るより先に、レックスが息子の名を呼んだ。



「…はい」

ブライアンは、ゆっくりとレックスに向き直った。



「あと、二年と一か月ある」



「……」



「それまでに、お前が変えさせろ」


何を、と言わなくても分かった。



「分かりました」

ブライアンは、しっかりと頷いた。



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