山積みになった課題
リリアンヌ視点
「すまないが、まだ隠してくれないか」
玉座の間から出てすぐに、ロデオがビッケに向かって言った。
「はい」
ビッケは、すぐに頭からマントをかぶった。
「お父様…」
「…分かっている」
ロデオは言いながら、すっと腕を差し出した。
リリアンヌはその腕に手を添え、二人で並んで廊下を進んでいった。
後ろから、アランフォースとキリとビッケが続いている。
途中ですれ違った使用人や近衛隊の兵たちが、驚いたような顔を向けた。
ドレスではなく、旅帰りの装いだ。
綺麗な床を汚してしまっているようで、なんだか申し訳なかった。
「…ビッケの件は、お前の好きにするといい」
「…本当ですか?」
リリアンヌは、ぱっと顔を上げた。
「成人前とはいえ、お前が主だ。その意味は分かるな?」
ロデオが、言い聞かせるように続けた。
「はい。何があっても、私の責任です」
「少し違うが…まあ、いい。必ずステファンから指導を受けろ。お前について回るなら、まず仕事を覚えさせるんだ」
「……」
リリアンヌは、ちらりと後ろへ視線を向けた。
ビッケがしっかりと頷いた。
「分かりました」
再び顔を前に向けて、父に答えた。
「ステファンの許可が出たら、人前に出ることを許そう」
「…分かりました」
それもきっと、ビッケのためになることだ。
ロデオは王城を出ると、エラドリオール家の紋章が入った馬車へ向かった。
「屋敷までは、馬車で戻れ」
「でも…汚れてしまいます」
マントも靴も、土埃だらけだ。
「そんなことは気にするな」
ロデオは小さく溜息をついた。
「いいか。お前は、王族だ」
「…はい」
レックスと同じことを言われてしまった。
「お前は少し目を離した隙に、より警戒心がなくなってしまった」
「……」
それも、同じようなことをアランフォースに言われた気がする。
「自覚は、あるな?」
「はい…」
「いくら好きなことをしていいと言っても、自分の立場を忘れるな」
「…分かりました」
久しぶりに父から説教されてしまった。
馬車の前で、ロデオはそっと腕を解いた。
「また夜にな。気をつけて帰れ」
娘の額に口づけすると、すぐに城の中へ戻っていった。
四人で馬車に乗り込み、エラドリオール邸へ向かっていく。
「ホ~」
リリアンヌは、窓辺へ飛んでいくスノウを目で追った。
そのまま、窓の外をぼうっと見つめた。
旅から帰ってきた途端――
課題が、たくさんできてしまった。
左肩のことを、ゆっくり考えたい。
だけど…
どうして私は、こんなに冷静なのだろう。
異形の存在になると、分かっているのに。
どうして左肩は、ちっとも痛まないのだろう。
『瘴気を送られても。また、私があなたを助けます』
「……」
ザンビア砦で、ヌシカに瘴気を使われた。
感情が一線を越えれば、同じように瘴気を送り込まれる。
あの時は…自力では戻ってくることができなかった。
ひとりでは、絶対に無理だ。
そういえば…
瘴気を送られて無事だった人が、
私以外に、もうひとり――
「…リリアンヌ殿下。着きました」
「…あっ」
リリアンヌは、はっと思考を止めた。
いつの間にか馬車の扉が開き、アランフォースが手を差し出して待っていた。
キリもビッケも、とっくに降りている。
「…ごめんなさい」
リリアンヌは慌てて手を取り、馬車から降りた。
「お帰りなさい」
「お疲れ様でした」
門番たちが、門を開けてくれていた。
「ただいま帰りました」
自然と肩の力が抜けた。
やっと、帰ってきた実感が湧いてきた。
門を入ったところで、アランフォースとふたりで足を止めた。
「アランフォース。先ほどは、ありがとうございました」
「……」
何も返ってこない。
「その…必ず助けると言ってくれて、嬉しかったです」
リリアンヌは、構わずに続けた。
「ええと…それで」
「本当に、分かっているのですか」
「…え?」
きょとんと見上げた。
「精霊王の言葉の意味を。陛下が、精霊王へ伝えたことを。本当に、分かっていらっしゃるのですか」
アランフォースは、険しい表情を浮かべていた。
「…分かっています」
リリアンヌは、口をきゅっと結んだ。
「ですから、アランフォース。お願いがあります」
「…なんでしょうか」
「また、伯父上と話す時間が欲しいです」
「…陛下と?なぜでしょう」
アランフォースはさらに眉を寄せた。
「お願いしたいことが…あるから」
「……」
「それで…できればアランフォースにも、傍にいてもらえればいいなって」
「それは、もちろんです」
声が、少しだけ和らいだ。
「良かった」
リリアンヌは、ほっと息を漏らした。
「急いではいないので、伯父上のご都合がいい時にお願いしたいです」
「…恐らく、陛下はすぐにでも機会を設けるでしょう」
「いえ、すぐにはきっと無理です。伯父上は、忙しいから…」
思わず、苦笑いがこぼれた。
すでに、十分時間を使わせてしまっている。
そのまま、わずかな沈黙が流れた。
「…あの、アランフォース。明日なのですが」
リリアンヌは、そっと切り出した。
「出かけるつもりはないので、護衛は大丈夫です」
「……」
「まずは、伯父上とお話ししてから考えます」
ふっと微笑んで、姿勢を正した。
「長旅、お疲れ様でした。また、これからもよろしくお願いします」
言い切ると、屋敷の方へ振り向いた。
そのまま足を踏み出し――
「リリアンヌ殿下」
すぐに呼び止められた。
「…はい」
リリアンヌは、ゆっくりと振り返った。
「あなたは、望みを叶えるべきです」
アランフォースは、まっすぐな目を向けていた。
「…分かっています」
分かっている。
だからこそ――
確認を。




