床の上の話し合い②
リリアンヌ視点
「…それなら、今まで通りだな」
レックスの声が、沈黙を破った。
「だが、精霊探しはしばらくやめておけ」
「えっ」
リリアンヌは、ぱっと顔を上げた。
「どうしてですか?」
「精霊王の言葉を、お前が無視するんじゃねぇ」
レックスは、ぎろりとリリアンヌを見やった。
「でも…私の望みには、精霊を探すことも入っています」
「焦るなと言っていただろ」
「リリアンヌ。私も、すぐに精霊の反応を見つけることはできない」
キリが素早く言い添えた。
「……」
私は…精霊がどこに現れるかを、知っている。
今から五年も後の話だけれど、ラジャタ村にだって精霊はいた。
「…今のうちに、好きなことをしておけ」
「…あ」
リリアンヌは、はっとレックスに顔を向けた。
「お前は、王族だ」
「…はい」
それは、分かっている。
「成人を迎えれば王族としての仕事もある。ずっと望むことだけをできるわけじゃない」
「あの…それも今まで通りですか?」
「あ?」
「私の傷のことを知れば…誰も、私に近づこうとはしません」
王族の仕事とは、きっと要人たちを相手にすることだ。
いつ異形の存在になるかも分からない私と、誰が話そうとするだろう。
「お前の傷の件は、ここだけの話にする」
「えっ」
「言いたい奴がいるのか?」
レックスは苛だたしげに尋ねた。
「そうではなくて…危険ではありませんか?」
「何がだ」
「ええと…私が異形の存在になる可能性があることを、隠しておくのは」
「絶対に、なりません」
きっぱりとした声に、遮られた。
「……」
リリアンヌは、そっと後ろに振り向いた。
「何があっても、あなたを護り、助けます」
アランフォースは、まっすぐに言い切った。
「…格好良いですねぇ」
ネウロの場違いな呟きが、そっと耳に届いた。
「…そういうことだ。お前は、異形の存在にならない。だから言う必要もない」
レックスは不機嫌そうに付け足した。
「…お母様とお兄様にもでしょうか?」
「絶対、言わない方がいい」
ロデオはすぐに首を振った。
「お前の新しいちからの件もだ」
レックスは、ネウロに目を向けた。
「でも僕は、リリアンヌ殿下のためには使いますよ」
「そうだな。状況も常に確認しろ」
「ネウロ…ごめんなさい」
余計な仕事を、増やしてしまった。
「そういうことですので…僕を、殿下のお傍にいさせてください」
ネウロが、にこりと言った。
「ん…?ええと…毎日ついてきてくれるってことかな?」
「そうではなくて、僕を、エラドリオール邸に住まわせてください」
「……」
リリアンヌは、ちらりと隣を見上げた。
決める権利は、自分にはない。
「……」
ロデオは、眉間を押さえていた。
「お傍にいないと、リリアンヌ殿下の状況を確認できませんよ」
「…分かっている。分かっているが、問題だらけだ」
ロデオは顔を上げ、ぎろりとネウロを睨みつけた。
「なぜでしょう?お抱えの療師のようなものだと思っていただければ」
「まず、お前は、独身の貴族男性だ」
ロデオは、言い聞かせるようにゆっくりと言った。
「そんな奴がエラドリオール邸に住んだら、どんな噂が立つと思っている」
「僕には、婚約者がいますから」
ネウロは、あっさりと答えた。
「それに、キリさんだってエラドリオール邸に住んでいるではありませんか」
「彼は、エルフだ」
「僕も、似たようなものです」
「まったく違う。お前は、貴族だ」
「それなら、僕はパルミア家を抜けますよ」
「ネウロ!」
思わず、叫んだ。
「そんなことは、お前らであとで話し合え」
レックスは、ぎろりと三人を睨みつけた。
「それに、お前にやった部屋のひとつでも使わせればいいだろ」
「えっ、いいのですか?」
「好きにしろと言ったはずだ」
「…待て、兄上。部屋とは何だ」
ロデオがすぐに割り込んだ。
「こいつには、城の最上階を全部やった」
「…はぁ?」
「お前、また勝手に…」
ロデオとルイージは、同時に顔をしかめた。
「なぜ、リリィが城に部屋を持つ必要がある!」
「王族が城に部屋を持つことの、何が問題だ」
「問題だらけだろう!リリィはまだ、成人前だ」
「どうせエラドリオール邸は、もうすぐサイラスが――」
「あ!兄上、待ってくれ」
ロデオは、さっとレックスの言葉を遮った。
「その件は、本人からこの子に伝えさせる」
「…まだ伝えてねぇのか、あの馬鹿は」
レックスが呆れたように言った。
「…お父様、何のお話ですか?」
「む…まあ、サイラスが近々、お前に話す」
ロデオは、そっとリリアンヌから目を逸らした。
「……」
「とにかく、お前は今まで通りだ」
レックスが、話を戻した。
「…はい」
リリアンヌは渋々、顔を前に向けた。
今は、どうやっても教えてもらえなさそうだ。
「エラドリオール邸でも城でも、住みたい方に住んで王都で好きなことをしてろ」
「…本当に、いいのですか?」
「ただし、どこへ行くにも必ず護衛をつけろ。それから、毎日ネウロに状況を確認させろ」
「…お手数を、おかけします」
「…違うだろ」
ビッケが、つんと服を引っ張った。
「え?」
「そうじゃないだろ」
「…あ」
そうだ。
また、同じことを繰り返すところだった。
「…伯父上、ありがとうございます」
リリアンヌは、その場でぺこりと頭を下げた。
「変わらず私を受け入れてくださって、ありがとうございます」
「…あ?」
レックスは眉をひそめた。
「一緒に背負うと言ってくださって、とても嬉しかったです」
「……」
「それから、ブライアン。私のこれからのことを考えてくれて」
「待て、リリアンヌ」
ブライアンがさっと手を向けた。
「全員に礼を言う気なら、止せ」
「え?どうしてですか?」
「…せめて、二人の時にしてくれ」
「…ええと」
それでは、礼を言えない人もいる。
「話が進まねぇ。全部、あとにしろ」
レックスから声が飛んできた。
「……」
全部とは、何だろう。
「…報告は、もういい」
「報告…?」
リリアンヌはゆっくりと首を傾げた。
「お前が村で何をしたか、報告の途中だっただろ」
「…そうでした」
すっかり、忘れていた。
「もう、今日は帰れ」
レックスが胡坐を解き、腰を上げた。
それに合わせるように、全員が立ち上がった。
「ブライアン、ネウロ。お前らは残れ」
「はい」
「分かりました」
すぐに二人が返事をした。
「お父様は、屋敷に戻られますか?」
「いや、私はまだ仕事がある」
ロデオは、苦笑いを浮かべて娘に答えた。
「…あ、そうですね」
いろいろあったけれど、まだ朝だ。
「さすがのお前も、今日はもう出かけないだろう?」
「はい」
リリアンヌは素直に頷いた。
「あ…お父様。ビッケを、従者として雇ってもいいですか?」
「…その話があったな」
ロデオは眉を寄せた。
「それから、ネウロの件ですが…」
「それも…あったな」
今度は、頭を抱えた。
「…どちらも、夜に戻ったら話そう」
「分かりました」
「お前は、夜にエラドリオール邸まで来い」
ロデオがネウロを指さして言った。
「じゃあ、リリアンヌ殿下。またのちほどですね」
ネウロが、ひらひらと手を振った。
「うん、そうだね。ブライアン、ネウロ、長旅お疲れ様でした」
「ゆっくり休め」
「はい。ブライアンも、ゆっくり休んでくださいね」
「…ブライアン、か」
いつの間にか玉座に戻ったレックスが、静かに呟いた。
「伯父上。いろいろとありがとうございました」
リリアンヌは玉座へ向かい、深々と頭を下げた。
「ルイージ宰相もエドガー団長も、お話を聞いてくださり、ありがとうございました」
「いいから、出ろ」
追い払うように言われてしまった。
「はい。失礼します」
もう一度お辞儀して、玉座の間を後にした。




