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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十四章/リリアンヌを知るとき
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枷の正体

リリアンヌ視点



「…っ」

隣で、レックスが身じろぎする気配がした。



「なんだ…!?」

ルイージが、後ろで声を上げた。



「う、動けない…」

ビッケの呻くような声も聞こえる。



「…?」


後ろで、何が起こっているのだろう。


なぜか、振り返ることができない。


オーリア様から――目が離せない。



「それほどの覚悟を持って、聞いてほしいということだ」

オーリアはいつもより鋭い目つきで、室内をゆっくりと見渡した。



「ここにいる者たち、全員。覚悟は、あるね?」



「……」


なんだろう。


オーリア様は…怒っている?



…違う。


怒っているというより――



「…リリィ!駄目だ!」


リリアンヌはロデオの声を無視して、ゆっくりと歩き出した。


スノウが羽ばたき、手のひらから離れていった。


静かに、玉座の前の階段を上がっていく。



「…オーリア様」

玉座の前で、リリアンヌは足を止めた。



「とても…つらそうです」



「…まだ、この伝え方で合っているのか、分からない」

オーリアは、ふっと目を伏せた。



「それは…私の負った枷の話でしょうか?」



「…そうだね」

小さく頷くと、そっとリリアンヌに目を向けた。



「ここにいる者たちは…君の選んだ味方なのだろう?」



「はい」

リリアンヌは即答した。



「そう」

オーリアは、優しく微笑んだ。



「君は、そこに座って聞いていてくれないかな」



「…!」


体が、ふわりと浮いた。


風のちからだ。



リリアンヌはそのまま、玉座の後ろの席に下ろされた。



ここは確か、王妃や王子の座るところではなかっただろうか。


一同が、よく見える。


床に縫い付けられたように、誰もが動かない。



全員の目が、こちらに向けられている。


先頭に立つレックスが、何かを訴えるように強く見つめていた。



「ヌシカが異形の存在(ゼノプーパ)となり、リリアンヌの左肩を攻撃して貫いた。そこまでは、いいね?」



「……」

レックスの視線が、玉座へ移った。


ここからでは、オーリアの顔は見えない。



「リリアンヌの傷は消えず、黒い跡となって残っている」


まるで、傷跡を見たかのような言い方だ。


全員が自分の左肩を見ているような気がして、どこか居心地が悪かった。



「これは…ヌシカの、“分裂のちから”によるものだ」

オーリアの声が、さらに低くなった。



「ヌシカは、リリアンヌの体の中で――まだ、生きている」



「…!」

リリアンヌは、はっと息を呑んだ。




『お前が、憎い』




「…正確には、異形の存在になったヌシカが、リリアンヌに入り込んでしまった」

オーリアは、ゆっくりと言葉を続けた。



「そして…ヌシカは、リリアンヌの体を支配しようとしている」



「…あ」


ああ…なるほど。



「支配されてしまえば…リリアンヌは、異形の存在になる」


だから“リリアンヌ”は、異形の存在になった。


瘴気を取り込もうが、関係ない。



結局、“物語”と同じだ。


結局――同じ未来が待っている。



「支配されない方法が、あるんだろ」



「……」

リリアンヌは、ゆっくりと視線を上げた。



「ヌシカに奪われない方法があるから、今、俺たちに話している。違うか」

レックスは、鋭い目をまっすぐにオーリアへ向けていた。



「…ヌシカは、“黒のちから”と呼ばれるものを持っていた」

オーリアは、その問いに答えなかった。



「瘴気を自由に操ることのできるちからだ。今の我のちからで封印していようが、関係ない」



「…関係ない」

誰かが、力なく呟いた。



「このちからを、リリアンヌは受け継いだ」


黒のちから――


聖守護騎士団(サークラグラディウス)やザンビア兵を操り、虚ろ人へ追い込んだちから。



「そして…同じく、ここにいるヌシカも、黒のちからを使うことができる」

オーリアの右手が、小さく動いた。


自分の左肩を指したのだろう。



「ヌシカは、瘴気をリリアンヌに送ろうとするだろう。

そうして、彼女が瘴気に飲み込まれることを待っている」


急に、左肩がずしりと重くなった。


まるで、左肩だけが自分のものではなくなってしまったようだ。



「リリアンヌが瘴気に飲み込まれることと、ヌシカに支配されることは同じことなのか?」

レックスの後ろから、ブライアンが尋ねた。



「その通り。リリアンヌが瘴気に飲み込まれれば、ヌシカに支配され、異形の存在となる」

オーリアは静かに頷いた。



「ただし、ヌシカが黒のちからを使えるのは…リリアンヌの感情が、ある一線を越えた時だけだ」



「一線を…越える?」

リリアンヌは、そっと眉をひそませた。



「感情が、自分でも抑えきれないほど強くなる…と言った方がいいかな」

オーリアは、前を見たまま答えた。



「左肩が痛んでいないなら、今までは一度もなかったということだ」



「……」


感情が一線を越えるとは…何だろう。


ラジャタ村でも、たくさん悩んで、何度も泣いた。


そういうことじゃないのだろうか。



「…我が何を言いたいか、分かるかい?」



「リリアンヌの感情を昂らせないようにする」

レックスがすぐに答えた。



「そう。それ以外に…今のところ、解決策がない」



「…っ」

オーリアの言葉に、ぐらりと目の前が揺れた。



いつ、その一線を越えてしまうか分からない。


何をきっかけに越えるのかも、自分では分からない。


けれど、そうなった瞬間、ヌシカが黒のちからで瘴気を送り込んでくる。


瘴気に飲み込まれれば…異形の存在となる。



「…リリアンヌ」

オーリアは、音もなく玉座から立ち上がった。



「これが――君が負った、枷の正体だ」


悲しそうな顔で、こちらに振り向いた。



「…この傷を、消すことは」

リリアンヌは、小さな声で尋ねた。



「…消し方は、我には分からない」



「…じゃあ、やっぱり…封印されている瘴気を、私が――」



「まだ、駄目だ」

言い切る前に、オーリアは首を振った。



「今の君では、まだ無理だ」



「…でも」


いつでも突然、自分が異形の存在になってしまう可能性がある。


あの巨大な異形の存在(ゼノプーパ)が、また現れたら…



――キィィィィンッ…!


不意に、甲高い音が耳をつんざいた。



「…っ!」


目を瞑った、ほんの一瞬で――


一面が、真っ白に包まれていた。



「つらければ…我と共に、デューゼの森へ行くかい」


オーリア以外、何も見えない。



「人族として生きていく以上…君は、何度でも心を揺さぶられる」



「…心を揺さぶられることが、一線を越えるということですか」

リリアンヌは、静かに尋ねた。



「正確には、その先にあるものだ。ただ、いつ一線を越えるかは我にも分からない」



「でも…今までは、そんなことありませんでした」



「今までとは比べものにならないほどつらいことが、君を待ち受けているだろう」


その言葉が、胸の奥まで沈んでいった。



「…想像もできません」


今までだって…苦しい時もあった。



「そうだな…例えば…」

オーリアは、ゆっくりと口を開いた。



「我が、今からこの場にいる皆を――消し去る」



「…!」

咄嗟に、強く首を振った。


勝手に右手が震え出した。



「すまない…例え話だ」

すぐにオーリアが屈み、優しくリリアンヌの手を握った。



「こんなこと、例えでも言うべきではなかったね」



「だ、大丈夫です…」


もし本気を出せば、私も含めて容易に消し去ることができるのだろう。


…でも。



「オーリア様は、絶対にそんなことはしません」



「…もちろん。君が悲しむようなことは、絶対にしない」



「…でも、よく分かりました。これからそういったことがあれば…ヌシカは、私に瘴気を送るのですね」



「その通りだ」



「……」


大切な人が、目の前で傷つく。


それを、助けられない。


そんなこと…私には――



「デューゼの森で、我や精霊たちと一緒に、何も考えず一生を過ごしてもいい」

オーリアは、そっとリリアンヌの手を引き寄せた。


右手に着けた腕輪が、微かに揺れた。



「…君が、本当に望むなら」

なんでも見通すような目で、こちらを見つめた。



「わ、私は…」


スノウやナナたち、それに、この間見つけたポピーたちと、


そして心優しいオーリア様とデューゼの森にいれば――



誰かが傷つくところも、


誰かを助けられないことも、



何も見なくていい。


何も、考えなくていい。



なんて…魅力的な提案なのだろう。



…だけど。


すべてを捨てて…?



今まで経験してきたことも、


知り合ってきた人たちも、


私のことを仲間と呼んでくれる人たちも、


すべてを、捨てて?



…でも。


いくら私が望んでも、いつ牙を剥くか分からないこんな存在を、


一体、誰が抱えるというのだろう。



それなら、


いっそのこと、今のうちに――



「――返せ」



――ダァンッ…!



「…!」


椅子が大きく揺れ、びくりと肩が震えた。



「リリアンヌ殿下を、返せ」


アランフォースが椅子の背を掴み、オーリアを見下ろしていた。



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