いきなりの呼び出し
リリアンヌ視点
「今すぐ、精霊王を呼べ」
「…えっ?」
「俺に話があるんだろ。それなら、ここに呼べ」
レックスは、頬杖をついたまま言い放った。
「え…今?」
リリアンヌは、きょろりと辺りを見渡した。
「…待て、レックス」
ルイージが、玉座の後ろから口を挟んだ。
「まだ、話の途中だろう」
「だいたいの話は聞いた。ブライアンから報告は受けていた」
レックスの言葉に、左隣に立つブライアンがわずかに身じろぎした。
「…では、私の報告に意味はあったのでしょうか」
リリアンヌは、むっと口を尖らせた。
「あっただろ。釣りや湖の主の話は聞いていない」
「精霊探しに、一切関係ないことでしょう」
ブライアンが、さっと言い返した。
「関係なくとも、お前が村で何をしでかしたか、すべて聞く必要がある」
レックスは玉座から、じっとリリアンヌを見下ろした。
「どうやったら、王都までお前の噂が届くんだ」
「…どんな噂でしょうか」
「山賊に襲われた村をあなたが救い、獣人族と協力し、精霊を見つけたという噂です」
ルイージが代わって、リリアンヌへ答えた。
「……」
微妙に合っているところが、なんとも言えない。
「まあ、おおむねその通りです」
ネウロが後ろから、けろりと言った。
「強いて言うなら、聖樹と湖の主も助けた話が足りませんねぇ」
「そういう問題ではないと思うけれど…」
ラファエルが王都に戻り、また歌にして広めたのだろうか。
てっきりあのまま、ドーガ国へ行ったものと思っていたけれど…
「それに…返したはずの獣人族の子供が、なぜそこにいる」
レックスの目が、ビッケに移った。
ビッケは緊張しているのか、姿勢を正したまま隣で固まっている。
「ビッケは、私の従者になりました」
「はっ?」
「あっ」
リリアンヌは、声を上げた人物へはっと顔を向けた。
「お父様。ビッケを、従者として雇ってもいいですか?」
「…はぁ?」
離れたところに立つロデオが、眉をしかめた。
「お父様…お願いします。お給金は、私が払いますから」
「あとでやれ」
レックスが鋭く遮った。
「さっさと精霊王の話を進めろ」
「…はい」
話が、戻った。
「お前の、左肩の話なんだろ」
「…はっきりとは言われていませんが、恐らくそうです」
リリアンヌは目を伏せ、こくんと頷いた。
「どうする。聞かれたくないなら、ここから全員追い出すか」
レックスは、ぐるりと室内にいる者たちを指さした。
「えっ」
「お前に任せる」
「…ええと」
…どうしよう。
どうして王都に帰ってくるなり、こんな試練が待ち受けているのだろう。
朝早く、城下町を抜け、第二城壁内の厩舎まで戻ってきた。
そこに伝令が駆けつけ、すぐに玉座の間まで来いとの王命を告げた。
馬や荷物は、兵たちに任せたままだ。
久しぶりの王都を味わう暇もなく、ここにいる。
何があったか、お前の口からすべて報告しろと言われ…
その途中で、オーリア様を呼べと言われた。
「どうするんだ」
レックスが、急かすように言った。
「……」
そんなことを言われても。
左肩の件以外にも、何か話す気かもしれない。
それが聞かれてもいい内容なのかも、分からない。
「…まさか、僕を追い出したりしないですよね?」
「…え」
後ろからの囁き声に、そっと振り返った。
「僕は、あなたを助けるためにちからを得たのですよ?」
ネウロが、いつもより真剣な表情を浮かべていた。
「でも…それと、左肩のことは」
「関係ないとは、言わせませんよ。それに、精霊王の話を聞いて、あなたに報告しなくてはいけないこともあります」
「報告…?」
「私は、同席したい」
答えを聞く前に、別の声が上がった。
「えっ」
リリアンヌは、ビッケの奥にいるキリへ目を向けた。
「精霊王の話を、私は聞きたい」
キリは、淡々と続けた。
「…!」
右手を小さな手に引っ張られ、視線を落とした。
ビッケが、じっと見つめている。
この場に残るということだろう。
「私も聞きたい」
今度は、左隣から声が聞こえた。
「同席させてくれ」
ブライアンが力強く言い切った。
「……」
リリアンヌは、ちらりと振り返った。
「お傍にいます」
すぐにアランフォースから返ってきた。
「後ろの二人はどうする」
「…あ…えっ?」
慌てて、顔を正面に戻した。
「こいつらは」
レックスが、くいっと後ろを指した。
「……」
リリアンヌは、じっとルイージとエドガーを見上げた。
心配そうに見てくれているこの二人を、自分の意思で追い出したくない。
「あの…オーリア様が、どんな話をするかは分かりません」
おずおずと切り出した。
「もし…お二人が、聞く必要がないとお考えでしたら――」
「もちろん、残ります」
「私も残ります」
言い切る前に、ルイージとエドガーが素早く答えた。
「…分かりました」
あと…ひとり。
リリアンヌは、離れて立つロデオへ目を向けた。
「私は、お前の父親だぞ」
まさか追い出さないよな、とでも言いたそうだ。
「…はい」
誰も…追い出せない。
考えることを、いったん諦めよう。
「…話の途中で、考えます」
「精霊王を呼んでから考えるということか?」
「はい。オーリア様が話しづらそうにしたら、その時また考えます」
リリアンヌは言いながら、肩にとまるスノウを手のひらへ移した。
「分かった」
レックスが、玉座から立ち上がった。
それに合わせるように、ルイージやエドガーも短い階段を下りてきた。
「…えっ」
全員が、自分の後ろへ下がっていってしまった。
「早く呼べ」
レックスだけが隣に並んだ。
「…はい」
もう、仕方ない。
なるようになれ、だ。
「…スノウ。オーリア様を呼んでくれる?」
「ホ~」
スノウが小さく鳴くと、辺りが白く光った。
徐々に緑へ変わり――玉座の間が、眩い光で溢れた。
「…人族の王よ、三年ぶりだね」
「…オーリア様!」
光が薄れ、玉座にゆったりと座るオーリアが現れた。
足を組み、肘掛けに腕を置いている。
私が同じ仕草をしても、ここまで神々しい姿にはなれないだろう。
「その席に躊躇いもなく座るとは、いい度胸だな」
「…!?」
リリアンヌは、ぎょっと隣を見上げた。
「ああ…ここは、君の席だったかな?すまない、座り心地が良さそうだったから」
オーリアはふっと微笑み、レックスに答えた。
「まあ…我には、少しばかり狭いようだが」
「呼びつけるような真似をしなかった分、それくらいは許してやろう」
「まさか。君たちをデューゼの森まで呼びつけたら、お互い無駄な時間を過ごすことになるからね」
「…?…??」
いきなり、王たちが口喧嘩をし始めた。
しかも、軽快に。
「すでに、俺の貴重な時間を浪費している。さっさと本題に入れ」
「君の言う通りだね。挨拶は、この辺りにしておこう」
オーリアはそう言うと、リリアンヌへ視線を向けた。
「あっ…オーリア様。今日は、わざわざありがとうございます」
やっと挨拶ができた。
「リリアンヌ。左肩の傷は、一度も痛んでいないかい?」
「えっ…?はい…」
痛みは、ない。
よく古傷が痛むなんて聞くけれど、そういったこともなかった。
ただ…見た目が、少し不気味なだけだ。
「…そう」
オーリアは、何か考え込んでいるような表情だ。
「…今日は、リリアンヌが負ってしまったものについて話しに来た」
やがて顔を上げ、静かに切り出した。
室内にいる者たちを、ゆっくりと見渡している。
「人族の王よ」
その目が、隣で止まった。
「君の答えが、我の望むものでなかったら…」
ふっと目を細めた――その瞬間。
「――我は、リリアンヌを連れて行く」
空気が、一気に張り詰めた。




