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リリアンヌ視点
「眠そうだな、姫さん」
「…おはようございます」
あまり…眠れなかった。
「帰り道は長いぞ。気を付けなさい」
「はい」
リリアンヌは姿勢を正し、その場で深くお辞儀した。
「ルゴット院長。本当に、お世話になりました」
彼のおかげで、多くのことに気付き、知ることができた。
「それは、こっちの台詞だな」
ルゴットが、優しく微笑んだ。
「姫さん、旅は楽しかったか?」
「はい。とても楽しかったです」
「つらいことも、あったの」
「でも…今は、楽しさしか残っていません」
「それを、忘れるなよ」
ルゴットは、こくりと頷いた。
「楽しかった思い出が、姫さんを助ける」
「それは、つらい時が来た時の話ですか?」
喜怒哀楽の話をした時のことだろうか。
「少し、違うな」
ルゴットは、ふむ…と顎をさすった。
「姫さんは、これからいくつも大きな山を登ることになる」
「ええと…それは」
「人生の話だ。実際に山を登る話じゃないぞ」
尋ねる前に返ってきた。
「その山は決して、ひとりでは登れん」
「…そうなのですか?」
「ああ。そんなことをしたら、途中で息絶える」
「……」
これは、どこまで抽象的な話なのだろう。
それとも、まさか本当に息絶えるのだろうか。
「今いる仲間たちを、頼れ」
ルゴットはそう言って、扉の近くに立つ者たちを指さした。
「姫さんの隠しごとは、ひとりで抱えてはいかん」
「…あの、ルゴット院長は、一体どこまで」
「儂は、何も知らんぞ」
ルゴットは、ふっと笑みをこぼした。
「当てずっぽうだ。だが、これがよく当たる」
今度は、かかかっと楽しそうに笑った。
「そう…ですね」
本当に…何か知っているのかと思った。
「さ、もう行きなさい」
「はい」
ルゴットと並び、みんなの待つ入り口の方へ向かった。
アランフォース、ブライアン、キリ、ビッケ、ネウロと共に、扉をくぐっていく。
「儂が生きているうちに、また来てくれよ」
「はい。必ず、すぐ来ます」
リリアンヌは、力強く頷いた。
もう一度ルゴットに礼を言い、聖院を後にした。
「院長は、すごいんだ」
隣に並んだビッケが、そっと口を開いた。
「村一番の長老だし、いろんなことを知ってる」
「そうだね。本当に、多くのことを教えてもらった」
ルゴットと、出会えて良かった。
きっと、彼に貰った言葉はずっと忘れない。
「リリアンヌ様ー!」
「ひめさまー!」
厩舎へ向かう道の途中で、子供たちが駆けてきた。
「ロミ、ナーラ!」
リリアンヌは、飛び込んできた二人をそのまま抱きしめた。
「リリアンヌ様、またな」
「また来るんだろ?」
トウガやクァンたちが、続いてやってきた。
「うん、必ず」
リリアンヌは、こくんと頷いた。
「子供たちに抜かされちゃったねぇ」
「気を付けて帰りなね」
さらにその後ろから、女性たちがやってきた。
「リリアンヌ様、これ。帰り道みんなで食べな」
「あんたたちが、持つんだよ」
大きな籠や包みが、キリとビッケとネウロに手渡された。
「しばらく、食事には困らなさそうですねぇ」
ネウロが、籠の中を覗いて嬉しそうに言った。
「本当に…いろいろと、ありがとう」
リリアンヌは、女性たちに向かって丁寧にお辞儀した。
「だから、礼を言うのはこっちだって」
「本当だよ!精霊王まで見れちまったしね」
「リリアンヌ様のおかげで、楽しかったわ」
女性たちは嬉しそうに返した。
「ビッケも、あんた、頑張るんだよ」
「たまには、ミホバさんとこ戻ってきなよ」
「もちろん、リリアンヌ様とね」
どっと、笑いが起こった。
「気を付けなね」
「またね」
「じゃあねー!」
女性たちと子供たちに見送られ、その場を後にした。
見えなくなるまで、ずっと手を振ってくれていた。
厩舎の前では、兵たちがすでに馬を引いて待っていた。
近づくと、全員が手を止めてこちらに向き直った。
「お待たせして、ごめんなさい」
多くの人たちと話していて、すっかり出立が遅れてしまった。
「帰りにみんなで食べてって、お土産を貰ったの。お願いしてもいいかな?」
「ええ、もちろんです。…ドュニ、ジェイソン、マーク」
副班長のバッシュが、手際よく指示していった。
籠や包みが、兵たちによって運ばれていく。
「…昨夜は、楽しめましたか?」
「…!」
後ろから囁かれた言葉に、思わずアランフォースへ視線を向けた。
今は、ブライアンや兵たちと何か話している。
「…おかげで、聖樹には挨拶に行けました」
「ふふふ…よほど良い挨拶ができたのですねぇ」
「何が言いたいの?」
リリアンヌは振り返り、きっと目を細めた。
「いいえ。ふたりが、また穏やかな雰囲気に戻って嬉しいだけです」
ネウロは肩をすくめると、自分の馬の方へ向かっていった。
「……」
そんなに、ぎすぎすしていただろうか。
「…あっ」
リリアンヌは、はっと隣に顔を向けた。
「キリ。昨日も、ずっといなかったでしょう」
「食事はしている。近くにもいた」
キリが、ビッケと馬の準備を進めながら答えた。
「でも、ビッケの家に行く時も…聖樹に行く時も、いなかった」
「…いた方が良かったのか?」
キリは、ちらりとリリアンヌへ視線を向けた。
「…!」
「君が楽しければ、それでいい」
「…た、楽しかった、けど」
「…?聖樹に行ったの?」
ビッケが首を傾げて尋ねた。
「あ…うん。昨日の夜、最後の挨拶に行ってきたの」
「へぇ…ああ、なるほど」
ビッケは納得すると、再びキリとの作業に戻った。
「…なるほど?」
「リリアンヌ殿下」
「あ、はいっ」
アランフォースに呼ばれて、慌ててロックのところへ向かった。
「門の前で、村長たちが待っているようです」
「じゃあ…まだ、ロックに乗らない方がいいかな?」
「そうですね。歩きましょう」
「…はい」
リリアンヌは歩き出すと、そっと視線を上に向けた。
アランフォースは…いつも通りだ。
また今日から、同乗する日々が始まる。
行きはどうやって乗っていたか、思い出せない。
…違う、違う。
今はもっと、大切なことが待っている。
もう、あの門を出たら最後なのだから。
大きな門が、完全に開いている。
その前に、村の男たちがずらりと並んでいた。
「リリアンヌ殿下。どうぞ、また来てください」
中央にいたイライジャが、口を開いた。
「いつでも歓迎いたしますぞ」
「イライジャ村長。いろいろと、ありがとうございました」
かなり勝手をしてしまったのに、一度も止められなかった。
とても懐の深い村長だ。
「ブライアン殿下…昨日は遅くまで付き合わせてしまい、申し訳ありませんでした」
イライジャと話す横で、ラガーグが申し訳なさそうに謝っていた。
「いや。私も、大変勉強になった」
ブライアンは、一切疲れを見せていない。
「リリアンヌ殿下も。またすぐお会いしましょう」
ラガーグの目がこちらに向いた。
「はい…!王都の案内は、任せてください」
「…王都の案内?」
ブライアンが眉をひそめた。
「王都に来ていただいた時は、私が案内すると約束したんです」
「…流れで、行くと約束しました」
リリアンヌとラガーグがそれぞれ返した。
「…私の苦労は、一体」
「えっ…どうしたのですか?ブライアン」
なぜか、顔を手で覆ってしまった。
「…まあ、リリアンヌ様だし」
「そうですよ。ブライアン様は、よく頑張ってくださいました」
「いや本当。話を聞いてくださって、ありがとうございました」
獣人族たちが、口々にブライアンを慰めた。
「…私は何か、余計なことを言ってしまいましたか?」
リリアンヌは、不安げにブライアンを覗き込んだ。
「…いや。君には敵わないということが、よく分かった」
ブライアンはこちらをちらりと見ると、真剣な顔で村人たちに向き直った。
「皆と話したことは、必ず報せる。待っていてくれ」
「頼みます」
「ありがとうございます」
「待っています」
まったく何の話か分からなかった。
「リリアンヌ様」
ラガーグの後ろから、ふいにミホバが現れた。
「…ミホバ!」
気付いたら、抱きついていた。
「会えないかと思った!」
「ふふ…見送らないわけないでしょう」
「ミホバ…本当に、お世話になりました」
「ええ…寂しいわ」
「必ず、ビッケとすぐ来るから」
ゆっくりと体を離して、二人で微笑み合った。
「実の息子が先じゃねぇのか」
飛んできた声に、男たちがどっと笑った。
「あ…ごめん、ビッケ」
リリアンヌは、気まずそうに振り返った。
「いや…オレは、昨日挨拶したし」
「そうね。気を付けて行ってらっしゃい」
「リリアンヌ殿下に、迷惑をかけるなよ」
ミホバとラガーグは、その場でビッケに声を掛けた。
「えっ…終わり?」
「そんなもんですよ」
「まあ、今生の別れじゃないし」
ぽかんとするリリアンヌに、獣人族たちが小さく返した。
「えええ…」
「リリアンヌ様…失礼します」
「え?」
ミホバはリリアンヌの右手を持ち上げると、かちゃりと何かをはめた。
「これを着けて眠ると、悪夢を見ないと言われています」
「…綺麗」
細い真鍮でできた腕輪に、繊細な模様が刻まれている。
「…貰っていいの?」
「ええ。リリアンヌ様の行く道が、明るい未来であることを願っています」
ミホバが、優しい笑みを浮かべて言った。
「…ありがとう」
リリアンヌは、もう一度ミホバを抱きしめた。
「本当に、ありがとう」
「こちらこそ」
「ミホバ、大好き」
「…私もです」
「おい、ビッケより親子みたいだな」
「ビッケ、お前は何か貰ったか?」
「…貰ってない」
「まあ、そんなもんだよな」
「リリアンヌ様だからなぁ」
周りの声を聞きながら、必死で涙を堪えた。
「また、ミホバのカレーが食べたい」
リリアンヌは体を離すと、ぐずっと鼻をすすった。
「いつでも、食べに来てください」
「また、お弁当も作ってくれる?」
「ええ、もちろん」
ミホバが、困ったように笑った。
「もう、行くぞ。いつまでも出られないだろ」
ビッケが近づき、リリアンヌの手をそっと引っ張った。
「ラガーグ、ミホバ。必ず、ビッケを幸せにするから」
「だから、それやめろって」
「頼みます」
「はいはい」
ラガーグとミホバが、微笑んで返した。
一行はその場で馬に乗り込み、門へと進んでいった。
「道中、お気をつけて」
「また、いらしてください」
「ビッケも、また来いよ」
後ろから、すぐに声が届いた。
「また、必ず来ます!」
リリアンヌはアランフォース越しに身を乗り出し、大きく手を振った。
門を通り過ぎ、
開けた道を、ゆっくりと進んでいく。
リリアンヌは、何度も後ろを振り返った。
門が見えなくなると、今度は、右手を持ち上げてじっと見つめた。
「…綺麗ですね」
「はい…また、大切なものが増えました」
胸がじんと熱くなり、また泣きそうになった。
「旅は…楽しかったですか?」
アランフォースが、ルゴットと同じようなことを尋ねた。
「はい。とても楽しかったです」
リリアンヌは、同じように答えた。
「でも、早く王都に帰って、やりたいことも多くあります」
「ええ、そうですね」
「戻ったら会いたい人たちも、たくさんいます」
「あなたの帰りを待っている人たちも、大勢います」
「でも…やっぱり、寂しい」
一週間と少ししかいられなかった。
でももう、ラジャタ村のみんなが恋しかった。
「また、必ず会えます」
優しい声が、耳元をかすめた。
「しばらくは…思い出として、しまっておきましょう」
「…はい」
思い出として――
本当に…いろいろあった。
村に到着した時は、最悪な状況だった。
山賊に神経毒を撒かれて、門を壊されて、家も燃やされて。
白のちからを使って、二日も寝て。
切られた聖樹に白のちからを送ったら、腕を掴まれて、みんなで大慌てだった。
毎日ミホバに弁当を作ってもらって、聖樹に白のちからを送り続けた。
女性たちと炊き出しの準備をして、子供たちと釣りに行って、葡萄摘みまでした。
奉納祭では、成長した聖樹をお披露目して、そして精霊を見つけた。
オーリア様が、ネウロの千里眼のちからを開花させた。
それから、不思議な吟遊詩人と一緒に湖の主を助けて、甲羅に乗せてもらった。
最後に…アランフォースと、聖樹の記憶を見た。
何もかも新鮮で、驚きの連続で、楽しかった。
初めはつらいことや悲しいこともあったけど、それ以上に、たくさん笑った。
つらいことを乗り越えて、みんなで成長した。
“物語”とはまったく関係ない、私の物語。
大好きな人たちとの、大切な旅。
思い出として、そっと胸にしまって――
『人族の王に、君について伝えたいことがある』
次の、物語へ。
第十三章・完




