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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十三章/ラジャタ村
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忘れられない記憶②

リリアンヌ視点



「…!」

アランフォースの重ねた手が、ぴくりと動いた。



「……」

リリアンヌは目を閉じ、じっと記憶の続きを待った。



場所は――ここだ。


目の前と同じ聖樹が、そびえ立っている。



聖樹の周りには、色とりどりの光が浮かんでいる。


光は、動物、昆虫、小人…いろいろな姿だ。


精霊たちが、思い思いに戯れていた。



記憶の端から、ひとりの旅人が現れた。



人族…だろうか。


頭からすっぽりとマントをかぶっていて、その顔は分からない。



旅人が、聖樹に手を伸ばす――


見えた手は、すらりと細かった。


女性だ。



その女性の指先から、優しい白い光が溢れた。


光はどんどん広がり、辺りを包んだ。



聖樹の鼓動が、低く響き渡った。


周りを飛ぶ精霊たちは、ふわりと光を膨らませた。


聖樹も精霊も、喜んでいる。



「…ふふっ」

女性が、マントの下で嬉しそうに笑った。



…なんて綺麗な光景なのだろう。


これは――



――聖樹は、記憶を与える


これは、聖樹の記憶だ。



唐突に、そこでぷつりと途切れた。



「ホ~…」


スノウが肩に戻ってきた。


ここは、現実だ。



「……」

アランフォースは、リリアンヌの手をそっと聖樹から離した。



「アランフォースも…見ましたか?」



「…ええ。今のは何でしょうか」



「恐らく、聖樹の記憶です」



「…聖樹の記憶?」



「きっと…何百年も前のもの」


精霊と人間が共生していた時代のものだ。


もしかしたら、もっと古い記憶かもしれない。



「なぜ…そんなものを?」



「…それは、分からないけれど」


でも、きっと――



「昔は、当たり前のように白のちからを聖樹に送っていたのかな」

リリアンヌは、そっと振り向いた。



「精霊がここにたくさんいたことを、私たちに伝えたかったのかも」



「……」

アランフォースはしばらく、黙って聖樹を見つめていた。



「…あなたは、いつもこれを見ていたのですか?」

その視線が、ゆっくりとこちらへ向いた。



「え?いいえ、初めてです」



「…ですが、驚いていない」



「う~ん…慣れた、かな?」


ビッケと同じようなことを言ってしまった。



「…そうですね。もっと不思議なことを経験してきました」

アランフォースは、ふっと笑みをこぼした。



「……」



「祈りは、しないのでしょうか」



「あっ…そうですね」

リリアンヌは、はっと聖樹に向き直った。


右手で額に円を描き、胸の前で両手を組む――



…また、必ずここに来ます。


また、白のちからを送るから。


その頃には、精霊だってきっともっと増えているから。


だから…どうか、寂しがらないで。



「…よし」

顔を上げて、手を前に伸ばした。



「またね」

最後に聖樹にそっと触れて、離した。



「…もう、いいのですか?」



「え…?駄目ですか?」


どうして驚いているような顔をしているのだろう。



「…いえ。終わったのなら、戻りましょう」



「…?はい…」


首を傾げながら、歩き出したアランフォースに並んだ。


最後なのに、あっさりしすぎただろうか。



「てっきり…また、何時間も祈るものと思っていました」



「…あ!」

はっと、アランフォースに顔を向けた。



「だから、朝だと難しいと言ったのですか?」


往復で二時間もかかるうえに、祈りの時間もあるから。



「…そうですね」

アランフォースは小さく頷いた。



「さすがに、時間と空気くらい、読めます」

リリアンヌは、小さく口を尖らせた。


こんな夜に、いつものように長い時間祈るつもりは初めからなかった。



「……」



「…どうして、賛同してくれないのでしょうか?」


そこで黙られると、まるで空気が読めない人間と言われているようだ。



「……」



「…あの」


だんだん、ひとりで話していて虚しくなってきた。



「…ふっ」



「!」



「…すみません」

アランフォースは小さく咳払いすると、再び前を見て進んでいった。



「…何も面白いことは、言ってないと思うけれど」


顔を、背けなくてもいいのに。



「いいえ。嬉しかっただけです」



「?どうしてですか?」



「あなたが、前より様々な表情を見せるようになったことが、嬉しい」

ちらりとこちらを向いた顔は、微笑んでいた。



「…!」

リリアンヌは、ぎゅっと言葉を詰まらせた。



「そ、それは…アランフォースの方でしょう…?」



「…そうでしょうか?」



「それに…私はもともと、こういう表情です」



「ええ。分かっています」

アランフォースは、再び笑みを浮かべた。



「ですから、それを私にも向けてくださっていることが嬉しいのです」



「……」


それは…本当に、こっちの言葉だ。


やっと…笑ってくれた。



静かな森を、ふたり並んで歩いていく。


やがて、樹々の向こうに岸が見えてきた。



アランフォースは舟に片足をかけ、手を差し出した。



「気を付け――」

ふいに言葉を止め、視線を湖に向けた。



「…?」

リリアンヌは手を取ったまま、アランフォースの視線を追った。


暗い水面に、ゆっくりと波紋が広がり――ざぱりと盛り上がった。



「きゃぁ…っ!」

ぎゅっと、手を強く握った。



「湖の主ですね」

アランフォースが冷静に言った。


水面から、大きな亀が顔を覗かせていた。



「…び、びっくりした…」


まだ、心臓が早鐘を打っている。



「また運んでくれるのでしょうか」



「でも…舟をここに置いていってもいいのかな」


リリアンヌに応えるかのように、湖の主が岸に体を寄せた。


舟が、ゆらりと甲羅の上に乗った。



「…もしかして、舟ごと乗せてくれるの?」


顔を出した主が、ゆっくりと瞬きした。



「すごい…!そんなこともしてくれるの?」

リリアンヌは、ぱっと顔を綻ばせた。



「…すっかり、懐かれましたね」

アランフォースは、小さく苦笑を漏らした。



「あ…でも、ゆっくりでお願いします」


さっきの速いのも楽しかったけれど、叫べば、また耳の良い獣人族たちが集まってしまう。


分かったよ、とでもいうように、主は甲羅をぐらりと揺らした。



「…乗りましょうか」

握ったままだった手を、アランフォースが優しく引いた。


ふたりで、甲羅に乗った舟の上に腰を下ろした。



「まさか…旅の最後に、こんな思い出ができるなんて思わなかった」

リリアンヌは、ふふっと笑みを浮かべた。



「…そうですね」

アランフォースが、優しく相槌を打った。



湖の主がゆっくりと岸から離れ、


ふたりを乗せた舟は、静かに水面を進み出した。



「涼しい…」


火照った頬に当たる風が、心地よい。



「…ここに来て、本当に良かった」

リリアンヌは湖に顔を向け、ゆっくりと笑みを広げた。



「今回の旅で、いろんなことを経験して、たくさん成長した気がします」



「ええ。あなただけではなく、全員が変わりました」



「…えっ、全員?」

きょとんと、正面に顔を向けた。



「…気付いていませんか?」

アランフォースは、困ったように眉を上げた。



「あなたが、変えました」



「…全員って?」



「旅の同行者たちも、村人も、騎士たちも、全員です」



「…わ、私が変えたって、どういうこと?」


まったく身に覚えがない。



「…説明するのは、少し手間ですね」

アランフォースは、そっと目を逸らした。



「面倒くさがらないでください…」



「…ネウロ殿が、きっと喜んで説明してくれます」



「そんなぁ…」


本当に、説明してくれなさそうだ。



「…じゃあ、せめて、私がアランフォースをどう変えたのかだけでも教えてください」

リリアンヌは、ちらりと見上げて尋ねた。



「…それは、言えません」


顔まで逸らされてしまった。



「気になることだけ言って、何も教えてくれない」

むうっと、思わず頬が膨らんだ。



「…ははっ」



「…!」


今度は――はっきりと笑った。



「…すみません。あなたの怒り方は、随分可愛らしいなと」

アランフォースの口元には、まだ笑みが残っていた。



「…お、怒る時は、しっかり怒ります」


よく分からないことを口走ってしまった。



「…出立した日に話したことを、覚えていますか?」



「…加護仲間の話ですか?」

リリアンヌは、恥ずかしそうに答えた。



「その前です」



「…遠慮をしないでという話?」



「もっと前です」



「……」


いろいろ話しているから、すぐには思い出せない。



「あなたは、私に怒りの感情を一度も持ったことはないと話しました」



「あ…はい」


手紙の件でお互いに誤解していたことがあったから、咄嗟にそう言った。



「ですが…今も、あなたは私に怒った」

アランフォースは、嬉しそうに目を細めた。



「これは…でも、本気ではありません」


怒りの感情と、怒ることは違う。



「ええ、分かっています。それでも、旅の前には見せることのなかった一面です」



「そう…だったかな」


本当は…分かっている。



昨日、酔った勢いのままアランフォースと言い合いをして…


それが、楽しかった。


だから、つい我儘みたいなことを言った。


さっきも、今も。



「…呆れましたか?」

リリアンヌは、おずおずと視線を上げた。



「…何を聞いていたのでしょう」



「…ほら、呆れてる」



「これは、今のあなたにです」

アランフォースはふっと笑うと、視線を横に向けた。



「…もう、戻ってきましたね」



「あ…」


舟着き場が、見えてきた。


宴はまだやっているのか、治療院の向こうは賑やかだ。



もう、終わってしまう――



「リリアンヌ」



「…はいっ」

びくっと、顔を前に向けた。



「…!」


アランフォースは身を乗り出し、顔を近づけていた。



「先ほどの言葉を、撤回します」



「…え?」



「何も変わっていないと言いましたが、私たちは確かに変わっている」


すぐ近くの顔に、ゆっくりと笑みが広がっていく。



「これからも、傍にいますから…もっと、あなたのことを教えてください」


その知らない笑みから――目が、離せなかった。



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