第一章Ⅶ(仲直りのぎゅ)②
リリアンヌ視点
「シルヴィア、ありがとうございました。とても勉強になりました」
リリアンヌは、その場でぺこりと頭を下げた。
「実際に薬作りをしていきたいところだけど…ごめんなさいね、リリィ。これから来訪があるの」
「あ…そうなの?」
「毎週、この時間に取りに来る人がいるのよ」
「そっか。じゃあ、今日は帰ろうかな」
もう四回も来れば、さすがに気付く。
本来、薬療院側に孤児院の子は立ち入らない。
このまま残っていたら、どうしてここに子供がいるのか、また尋ねられてしまう。
シルヴィアに、迷惑はかけたくない。
「あら…もう帰るの?」
シルヴィアは、わずかに目を見張った。
「うん…今日は、ちょっと早めに帰らないと」
リリアンヌはシルヴィアから顔を逸らすと、ひょいと椅子から降りた。
「…リリィ。帰る前に、ひとつだけお願いしていいかしら」
「え?うん、なあに?」
「この水差しを、隣の二階まで持っていってくれる?」
シルヴィアはそう言うと、テーブルに置かれた水差しを手に取った。
「子供たちが昼寝しているのだけれど、きっと、起きた時に喉が渇いていると思うから」
「あ…うん…」
「こんなことをお願いして、ごめんなさいね。でも、今こちらを留守にするわけにはいかないの」
「ううん…!いくらでも頼んで」
リリアンヌは、慌てて水差しを受け取った。
「ありがとう、リリィ」
「こちらこそ、今日もありがとうございました」
リリアンヌはシルヴィアにもう一度お辞儀すると、裏口の方へ駆けていった。
薬療院の裏口から続く短い石畳を進み、孤児院の裏口を開けた。
一階には、誰もいない。
子供たちは、みんな昼寝しているのだろうか。
広間を抜け、二階へ続く階段に足を掛けた。
その時――
「…ぁううっ…!」
うめくような声が、二階から聞こえてきた。
「…!?」
リリアンヌは、慌てて階段を駆け上がった。
「…うわぁぁんっ…!」
「えぐっ、えぐぅっ…!」
うめき声は、泣き声だった。
子供たちの寝室から聞こえている。
「お邪魔します…」
リリアンヌは胸の前で水差しを抱え、そっと寝室の扉を開けた。
「ユウ、モモ。カヤとゲンが起きちゃうから。泣きやんで」
すぐに、こちらへ背を向けている少年を見つけた。
メルだ。
「あぐっ…!」
「みんな、いるでしょ?こわくないよ」
「えぐっ…メル、ほん、よんでぇ…」
「…オレ、字、よめないもん…」
「…どうしたの?」
「!あ、リリィ…!」
ベッドの脇に座るメルが、ぱっと顔を上げた。
「大丈夫?どこか、ぶつけちゃった?」
リリアンヌは、心配そうに泣いている子たちへ顔を向けた。
「ちがう…ひるねの時間なのに、ユウとモモが起きちゃったの」
メルが首を振って答えた。
「えぐっ…しずかで、こわいよぉ」
「ユウが、ないてるよぉ~」
二段ベッドの下で、ユウとモモが並んで悲しそうに泣いていた。
「メル、ほん、よんで~」
「だから、よめないってば」
メルが、むっとユウに答えた。
「じゃあ、シルヴィよんでぇ」
「シルヴィアは、いそがしいの。めいわくかけないの」
「えぐっ…ふぇぇ~…」
「泣いたって、しょーがないじゃん。だれも、こないよ」
「う…わぁぁんっ…!」
ユウが、ぽろぽろと涙をこぼした。
「しずかにして。ダメだってば」
メルの目が、じわりと滲んだ。
「私が…本、読もうか?」
おずおずと、リリアンヌが口を開いた。
「ほんと~?」
「よんで、よんでー!」
ユウとモモが、ぱっと顔を綻ばせた。
「…リリィ、文字よめるの?」
メルは、きょとんとした顔を向けた。
「うん、読めるよ。どれを読めばいいの?」
「これー」
モモが、両手で絵本を掲げた。
「ドーシュミの、ちいさなぼうけん…へぇ、精霊の絵本なんだね」
「やった、やった」
「ユウ、モモ。読んだら寝てくれるって、約束してくれるかな?」
「うん!」
「する~」
ユウとモモが、同時にリリアンヌに答えた。
「すっげぇ、リリィ、ほんとによめるんだ!」
メルは目を輝かせると、弾むようにベッドへ上がり、ユウとモモの隣に並んだ。
「よんで、よんで!」
「ちょっと、待ってね」
リリアンヌはそう言うと、きょろりと部屋を見渡した。
ベッドの横の棚に水差しを置き、
三人が並ぶベッドの前に、そっと腰を下ろした。
「ドーシュミはね、おとこの子の精霊なの」
「ちがうよ、モモ。こびとだって、シルヴィがいってたじゃん」
「モモ、ユウ、しずかに。ほら、ねようぜ」
三人はベッドにごろんと寝転ぶと、わくわくした顔でリリアンヌを見上げた。
「ふふっ…じゃあ、読むね。…ドーシュミの、ちいさなぼうけん」
リリアンヌは膝の上に置いた本を、ぺらりとめくった。
――むかし むかし
森の すみっこに、
ちいさな こびと精霊が いました。
なまえは ドーシュミ。
ドーシュミは、だれよりも ちいさい子。
でも、だれかを たすけたい
やさしい こころを
たいせつに もっていました。
ドーシュミが
てくてく あるいていると、
人族の まちに つきました。
「いたいよぉ…」
人族の こどもが、
ころんで ないています。
ドーシュミは
そっとちかづいて、
ちいさな ひかりを――ぽわん。
「だいじょうぶだよ」
こどもは びっくりして、
それから にっこり。
「ありがとう!」
そういって
げんきに はしっていきました。
ドーシュミの こころも
ぽかぽかに なりました。
つぎに ドーシュミは
ながいみみの エルフ族に あいました。
エルフは、
しずかに うたをうたっています。
でも こえはすこし、かすれていました。
ドーシュミは なにもいわず、
つめたい しずくを――ぽとん。
エルフは うたをとめ、
しずかに のどをうるおします。
そして、なにもいわずに
もういちど うたいはじめました。
さっきより、
ずっと きれいなうたでした。
ドーシュミは、
それで じゅうぶんでした。
こんどは、
しっぽのある 獣人族にあいました。
獣人は つかれて
むっつりしています。
ドーシュミは
あたたかい かぜを――そよそよ。
獣人は ふうっと いきをして、
かたのちからを ぬきました。
「…ありがとう」
それだけいって、
また あるきだします。
ドーシュミは
ちいさく うなずきました。
さいごに ドーシュミは、
どうくつで ドワーフ族にあいました。
ドワーフは、
おもい いしをはこんで つかれています。
ドーシュミは、
ちいさな ちからを――くいっ。
いしは
すこしだけ かるくなりました。
「たすかったぞ」
ドワーフは
えがおで いいました。
「――たくさんあるいて、ドーシュミも、つかれてしまいました。そこで…!」
リリアンヌは、はっと絵本から顔を上げた。
「……」
いつの間にか、ユウとモモがぐっすり眠っていた。




