第一章Ⅶ(仲直りのぎゅ)①
リリアンヌ視点
「調合は本来、秤を使うのよ」
シルヴィアはそう言うと、テーブルに真鍮製の秤をそっと置いた。
「篩に掛けた薬草を、それぞれ決まった分量に調合する。そうすることで、初めて薬になるの」
「シルヴィアは、どうして秤を使っていないの?」
リリアンヌは椅子に両膝をつき、身を乗り出して尋ねた。
「何万回と作ってきたからかしら。もう、量が体に染みついているの」
「な、何万…」
思わず、こくりと喉を鳴らした。
「主にここで作る薬は、粉薬ね。たまに丸薬や軟膏も作るけれど、期限が短いから、必要になってから作ることがほとんど」
「期限?…あ、前に日持ちする話をしていたね」
リリアンヌは、思い出したように言った。
「粉薬だと、どれくらい持つの?」
「種類にもよるけれど、だいたい半年から一年ほどよ」
「丸薬は?」
「丸薬は、三か月から半年。ちなみに軟膏は、半年ね」
「へぇぇ…」
想像より、だいぶ短い。
「ちなみに白のちからを込めた繋ぎ薬は、もっと短いわ」
「えっ、そうなの?」
「粉薬と軟膏は、二週間ほど。丸薬や煎じ薬は、数日よ」
「ええ…っ!すっごく短いね?」
リリアンヌは、目を丸くして言った。
「ええ。すっごく短いの」
シルヴィアが、くすっと笑って返した。
「ちなみにそれは、初級や中級の霊拝師の場合ね。上級の場合は、倍は持つわ」
「そうなんだ…」
それでも、まだ短い。
「だから霊拝師が作る繋ぎ薬は、あまり王領の外には出ないの。持っていても、領主だけかしら」
シルヴィアは、穏やかに続けた。
「ただ、期限が切れたら廃棄しないといけないから、依頼されて作ることが多いわ」
「…廃棄するの?」
「繋ぎ薬は、そうよ。薬師が作る薬の方は効き目が薄くなるだけだから、廃棄しないといけないということはないわ」
「どうして、違いがあるの?」
「白のちからが、“歪む”からよ。直接相手に送る時との、一番の違いね」
「歪む…」
その言葉が、やけに頭に残った。
「なぜ歪むのか、はっきりとした理由は明かされていないけれど、私はちからの流れが滞るからだと思っているわ」
「この間、シルヴィアと一緒に作った時に感じた流れのことかな」
「ええ、そう。私は、あの流れが滞ることで反動が起こると思っているの」
「…期限切れの繋ぎ薬を使うと、どうなるの?」
「軽度の場合、発熱や嘔吐、まれに錯覚。重度の場合は、失神、痙攣、意識障害が起こるわ」
シルヴィアは、さらりと答えた。
「…うわぁ」
リリアンヌは小さく悲鳴を上げた。
「繋ぎ薬は、廃棄分も含めて厳重に管理されているの」
「廃棄分も?」
「使い方によっては、毒になってしまうから」
「あ…そっか」
「あなたに、勝手に薬を作ってはいけないと言った意味が分かったかしら?」
「はい…よく分かりました」
よく、分かった。
白のちからは、万能ではないのだと。
「薬草でも同じことが言えるわ。調合によっては、危険なものになり得るから」
「うん。薬草は、毒にも薬にもなるからね」
「あら、良い言葉ね」
シルヴィアが、くすっと微笑んだ。
「その通りよ。だから、薬草の調合や精製をしていいのは、霊拝師か、医療学校を出た薬師だけ。それ以外の者がやっては、処罰の対象になるわ」
「えっ」
「資格を持つ者の指導のもとなら、平気よ。あなたは罰せられないわ」
シルヴィアはすぐに付け足した。
「…良かった」
思わず、安堵の溜息が漏れた。
「医療の学校なんて、あるんだね」
「大聖堂内にあるわ。あとは、北と南の大きな都市に、それぞれひとつずつ」
「へぇぇ…ん?」
リリアンヌは小さく首を傾げた。
「どうしたの?」
「薬草商がいるって聞いたのだけれど、その人たちも医療学校を出ているの?」
城下町の聖院通りには薬草商の店があると、ヨセファ嬢が話していたはずだ。
「ああ…ごめんなさいね、説明不足だったわ。薬草を育てたり売ったりするだけだったら、処罰の対象にはならないの」
シルヴィアがゆっくりと答えた。
「調合や精製して、初めて処罰の対象になるということ?」
「そうよ。薬草そのものを扱うことまで制限してしまったら、もっと薬が不足してしまうから」
「やっぱり、薬は足りていないんだね」
「万年不足しているわ。特に、薬療院のない町や村ではね」
「そういうところでは、どうしているの?大きな町まで買いに行くの?」
リリアンヌは、さらに身を乗り出した。
「まずは、治療院で診てもらうわ。どれだけ小さな村でも、聖院と治療院は必ずあるのよ」
「治療院には、メディクスがいるの?」
「あら、療師を知っているのね」
「ボノさんが、薬師と並べて言っていたから。そうなのかなと予想しただけ」
町にいる療師や薬師は、偉そうにふんぞり返っているだけ――ボノはそんなふうに言っていた。
言葉の響きから、なんとなく役割は想像できていた。
「確かに、言っていたわね。でも、誠実な療師や薬師も多くいるわ」
シルヴィアは、困ったように微笑んだ。
「先ほどの答えね。大きな町には療師や薬師もいるけれど、村にはまずいないわ」
「じゃあ、誰が治療院で診ているの?」
「その場合は、助師ね」
「…アーモナー」
新しい言葉が出てきた。
「ふふっ…覚える必要なんてないわ。試験を受けるわけではないのだから」
「そのアーモナーは、どんな職業の人なの?」
「簡単に言えば、療師や薬師の助手ね。一番の違いは、資格がなくてもなれることかしら。大きな町の治療院で経験を積んで、村に戻ることが多いわ。聖院の院長の助手もこなす助師もいるの」
シルヴィアが丁寧に答えた。
「ええと…療師や薬師の補佐役で、村の治療院には必ずいる人なんだね」
リリアンヌは確認するように繰り返した。
「…だけど助師は、薬は扱えない?」
「いいえ。調合済みの薬師の薬なら、出すことはできるわ」
シルヴィアは小さく首を振った。
「繋ぎ薬を出すことができるのは、侍者と霊拝師だけ。薬師でも繋ぎ薬は扱えないわ」
「さ、サーヴァ…」
また、新しい言葉だ。
「ふふ…っ!今日の座学は、ここまでにしましょうか」
シルヴィアはリリアンヌの表情を見て、おかしそうに笑った。




