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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第一章/踏み出した一歩
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善意と同情⑤

リリアンヌ視点



「あっ…!」

リリアンヌは、ぱっと荷車の方へ顔を向けた。


いつの間にか、隣に立っていたはずのギタンがいなくなっていた。



「…てめぇ、じじぃ…またいんのかよ」



「それはこっちの台詞だな。俺は、ここでの炊き出しが始まった時からいる」

しゃがれた声が、唸るハックに答えた。



「いい加減、ここの連中に難癖つけるのはやめろ。そんなことをしても、お前らの小金稼ぎには役立たねぇぞ」



「ああ~?うっせぇな、オレは炊き出しを貰いに来たんだよ」

ハックは、睨めつけるようにギタンに顔を寄せた。



「なら、列に並べ。誰にも迷惑をかけるな」



「あんだと、くそじじぃ。オレに、こんな小汚い奴らと並べってのか!」



「それなら、お前には配れねぇな。そもそも、盛り場の人間がこんなところに来るな」



「うるっせぇなぁ!貧民区の人間が、オレに説教垂れてんじゃねぇよ!」



「…おい、ハック。もう行こうぜ」


「そいつだけには手を出すなって言われてんだろ」


若者たちが、どこか怯えたようにハックの腕を引いた。



「…ちっ。こんなじじぃが、何だってんだ」


ハックはギタンから顔を離すと、「行くぞ」と背を向けた。



「覚えてろよ」


最後に捨て台詞を吐き、小路へ消えていった。



「…すごい」


細かいことは分からないけれど、


ギタンのおかげで穏便に収まったようだ。



「うわぁんっ…!」

レンが、火がついたように泣き出した。



「ぼくのスープがぁっ…」



「あっ…」

リリアンヌは、はっと振り返った。



「…炊き出しは、ひとり一杯までだ」

顔を向けられたサムは、静かに首を振った。



「でも…あれは事故でしょう?」



「それが、掟だ。ボノたちも分かってる」



「ああ、泣くな、泣くな!オレの分やるから、な!」

視線を戻した先では、ボノがレンに椀を渡していた。



「でも…それじゃあ、足りない」


レンにあげたら、ボノは食べるものがなくなってしまう。



「…ね、サム、やっぱり――」



「駄目なものは、駄目だ」



「……」



「…オレを睨んでも、どうしようもない」

サムはリリアンヌの腕を離すと、大鍋の前へ戻っていった。



「ごめん、シルヴィア。代わる」



「…ええ、お願いね」



「……」

リリアンヌはその場で立ち尽くし、顔を俯けた。



どうしてあげたらいいのだろう。


何か買ってきてあげたいけれど、お金なんてない。


それに…さすがにそれは違うということは分かる。



やるせない。


何もできない。



「…リリィ」



「はいっ…」


静かに名を呼ばれ、はっと顔を上げた。



「これは、あなたの分」

シルヴィアは、椀に盛ったスープをリリアンヌに差し出した。



「今のうちに、ギタンのところへ行って食べてきなさい」



「…!」


シルヴィアの言葉の意味を、理解した。



「うん…!ありがとう!」


リリアンヌは椀を受け取ると、すぐにギタンたちのもとまで駆けた。


ギタンは、まだボノと何かを話しているところだった。



「ボノさん…!」



「…ん?ああ、嬢ちゃん、どうした」



「これ…!こぼしてしまった分」


リリアンヌはボノの前で足を止めると、シルヴィアから受け取った椀を差し出した。



「えっ?」



「ボノさんの分が、足りないでしょう?どうぞ」



「待て、待て、嬢ちゃん。そりゃ駄目だ」

ボノは慌てて首を振った。



「これ、私の分なの。だから、遠慮しないで」



「余計に駄目だろ。嬢ちゃんの分がなくなっちまう」



「…大丈夫!だから、受け取って」

リリアンヌは椀を高く持ち上げ、さらに差し出した。



「…嬢ちゃん」



「このままじゃ駄目かな?こっちのお椀に、移し替える?」



「嬢ちゃん、いいんだ。やめてくれ」

ボノは手を突き出し、きっぱりと言った。



「施しは受けても、同情は受けねぇ」



「…ごめんなさい」

リリアンヌは、さっと顔を青くした。



「その、私…」



「嬢ちゃんの気持ちは、受け取った。気にかけてくれて、ありがとな」



「……」



「また、三日後の炊き出しに来るから!な!」

ボノは顔を近づけ、にかっと笑ってみせた。



「そん時は、腹いっぱい食わしてもらうぜ」

そう言って手を振り、先を行く家族のもとへ向かっていった。



「…父ちゃん、ごめん。あたい、ついかっとなって…」


「気にすんな、メイ!何もなかったんだから、それでいいだろ」


「何もなかったって、あなた」


「ほらセイ、前を見て歩け。そこ、気を付けて――」



「……」

リリアンヌは椀を持ったまま、去っていくボノ一家を見つめた。



「…ひとつ、学んだな」

頭の上から、静かな声が落ちた。



「同情…しているのかな」


そんなつもりは、なかった。



いや…どうだろう。


何か食べるものをあげなくてはと思った時点で、同情していたのかもしれない。



同情って…何だろう。


力になりたいと思うことも、同情にあたるのだろうか。



助けることすら、駄目なのだろうか。



「…リリィ、一歩ずつだ。急ぐな」



「!」


ぽんっと、頭に手が置かれた。



「焦ることは何もねぇ。お前の感じる疑問は、お前を成長させていく」

ギタンの撫でる手は、優しかった。



「これから、たくさん学んでいけばいいだけだ」



「…うん」

リリアンヌは、両手で抱えた椀をぎゅっと握りしめた。



いつか、この疑問に答えを見つけられるのだろうか。


いつか――ちゃんと、向き合えるのだろうか。



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