善意と同情⑤
リリアンヌ視点
「よぉ、シルヴィア!」
「!」
ぼんやり見つめていた列に、見知った顔が現れた。
「家族で、飯を貰いに来たぜ」
先日、薬療院に訪ねてきたボノが、数本しかない歯を見せて笑った。
「こんにちは、シルヴィア」
「こんにちは~」
ボノの後ろから、さらに三人の男女が顔を覗かせた。
「こんにちは、メイ、レン。セイあなた、今日は歩けたのね?」
シルヴィアは、ボノの家族たちに優しい笑みを向けた。
「ええ。今日は、とても調子が良いの。シルヴィアのおかげよ」
頬のこけた女性が、嬉しそうに答えた。
「うわ~、今日は豆のパンだ!」
「レン、まずはスープだって。ほら、サムに椀を渡して」
少女が、跳ねる少年の襟首を掴んで言った。
彼女がメイだろう。
サムと歳が近そうだ。
「ほらよ、レン」
「いっぱい、いっぱい!ありがとー、サム!」
レンは、嬉しそうに椀を受け取った。
まだ幼い。
歳はメルくらいだろうけれど、さらに細かった。
「…リリィ、さっきの」
シルヴィアが振り返り、こそりと囁いた。
「…!あ、うん」
リリアンヌは懐から袋を取り出すと、シルヴィアにさっと手渡した。
「おっ、嬢ちゃんか!」
ボノが、にかっと笑顔を向けた。
「…こんにちは」
頭巾をかぶったまま、小さくお辞儀した。
「嬢ちゃんも手伝いか?まだ小せぇのに、偉いなぁ」
「じょーちゃん?女の子なの?」
「お前と一緒くらいの歳だな」
首を傾げるレンの頭を、ボノはぽんっと叩いた。
「ボノ。ほら、あなたが受け取って」
シルヴィアが割って入った。
「ん?ああ、すまん!」
「今日と明日の分が入っているわ。明後日、また受け取りに来て頂戴」
「本当に、ありがとなぁ」
ボノは、薬の入った袋を大切そうに両手で受け取った。
「あっ、母ちゃん。椀はあたいが持つよ。代わりにパンを受け取って」
「…そうね、ありがとう。手の震えは、止められないみたい」
メイは、震えるセイの手から椀を受け取った。
「はい、セイさん」
「ありがとう、ワンス。…それじゃ、またね」
「シルヴィア、また明後日よろしくな」
ボノ一家が、列から離れていった。
「…何の病気なんだろう」
リリアンヌはボノたちを目で追いながら、ぽつりと呟いた。
「…セイは、片方の肺が働いていないの」
「えっ」
「うまく空気を吸い込めなくて、合併症を引き起こしやすい体なの」
シルヴィアは、そっと顔を寄せて囁いた。
「今度、一緒にセイの薬を作ってあげましょうね」
「…うん」
セイだけではない。
炊き出しに並ぶ人たちの大半が、薬が必要そうに見えた。
歯がない人や、足を引きずっている人が多い。
中には、指先が黒ずんでしまっている人もいる。
何より、皆ひどく痩せている。
「――…あっちぃなぁ!くそガキぃっ!」
「…!」
列の後ろの方から、怒号が聞こえてきた。
「…ハックの馬鹿か」
「来たよ…」
サムとワンスの顔が、一気に険しくなった。
「は、ハック…?」
リリアンヌは戸惑いながら、怒号が聞こえた方へ顔を向けた。
並ぶ人たちに隠れ、何も見えない。
「おい、見ろよぉガキぃ!オレの大事な服が、びしょ濡れだ。どうしてくれんだよ!」
「あっ、あっ、あ…」
「あ~あ~、ハック、火傷したんじゃねぇか?」
「した、した。見ろよ、腹が赤くなっちまった」
どうやら、ハックと呼ばれる者たちに子供が絡まれているらしい。
「……」
リリアンヌは荷車の持ち手を離し、サムの隣まで進んだ。
人垣の隙間から、ようやく様子が見えた。
若者たちが、小さな男の子を囲んでいる。
「お前が前も見ずに突っ込むから、オレの腹が大変なことになっちまっただろ」
「す、スープが」
「スープが、じゃねぇよ!ガキ!」
「あっ…!」
リリアンヌは、思わず声を上げた。
絡まれていたのは、ボノの息子――レンだった。
「あんたが、自分からぶつかったんだろ!」
「ああ~?」
「弟に、何すんだ!」
レンのもとに駆けつけたメイが、若者たちに食ってっかかった。
「ばっ、馬鹿、やめろ、メイ…!」
若者とメイの間に、さっとボノが割って入った。
「でもっ、父ちゃん!」
「君たち、すまない。すまなかったな。どうか、この通りだ」
ボノは頭を下げ、必死で若者たちへ謝った。
「謝って済む問題じゃねぇんだよ、おっさん!」
「そうだ、そうだ!まずは、火傷の薬代だな」
「…それなら、薬療院を利用すれば――」
「それから、服代な。これ、一万ラークはしたかな」
ハックは、ボノを遮って言った。
「いっ、一万っ…!?」
ボノの声が裏返った。
「ぶふっ…!」
「そんなするかよ」
ハックを囲む若者たちが、吹き出した。
「うっせぇな!そんくらい価値があるって意味だよ」
「す、すまんが、そんな金は――」
「払えねぇよな~?だから、どうすんのかって聞いてんだよ!」
「…!」
「わっ…待て、行くな!」
駆け出しかけたリリアンヌの腕を、サムが慌てて掴んだ。
「どうして!」
リリアンヌは、眉を吊り上げて振り返った。
「お前が行っても、どうにもならないだろ!」
サムも同じように声を荒げた。
「でも、止めなきゃ…!」
どうして、周りの人たちは見ているだけなのだろう。
どうして、誰も何も言わないのだろう。
「いいから!もう、行ったから」
「え…?」
「――そこまでにしておけ」
ボノと若者たちの間に、マントを深くかぶる男が立っていた。




