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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十三章/ラジャタ村
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刻まれていく記憶の先に

リリアンヌ視点



「ええっ、ほ、本当に…!?」



「ええ。リリアンヌ殿下さえよろしければ、ビッケを今後も同行させてはくれないでしょうか」

ラガーグは、同じ言葉を繰り返した。



「その…同行とは、私についてきてくれるということ…?」



「オレ、何でもするから。お前の傍にいたい」

ビッケは、食い気味にリリアンヌへ答えた。



「ビッケ…」

涙が、じわりと滲んだ。


すごく嬉しい。


…だけど。



「…でも、ビッケはまだ八歳です」

リリアンヌは表情を引き締め、ラガーグとミホバに向き直った。



「まだ、親元を離れるべきではないと思います」



「獣人族の成人は、十二歳です。少し早まったと思えばいいのです」

ラガーグはあっさりと返した。



「それに人族の子も、早ければそのくらいから親元を離れるでしょう」



「そう…だけど」



「…迷惑か?」

ビッケが不安げに尋ねた。



「…違う!」

思いきり、首を振った。



「すっごい嬉しい。これからもビッケといられると思うだけで、私は幸せだけど」



「だけど?」



「…ビッケが幸せになれるかは、分からない」

リリアンヌは、そっと眉を下げた。



「きっと、つらい思いもさせてしまうから…」


王都では、まだ獣人族への差別意識は残っている。


特に、貴族の中では――



「そんなの、オレが決める」

ビッケは、きっぱりと言い切った。



「幸せかどうかは、オレが決めることだ」



「……」


なんだろう、この子は。


言っていることは格好良いのに、とっても可愛い。



「…お前、また酒飲んだな」


どうしてばれてしまったのだろう。



「リリアンヌ殿下」



「あっ…はい」

慌てて顔を前に向けた。



「息子をここまで変えてくださり、ありがとうございました」

ラガーグはそう言って、深々と頭を下げた。



「わ、私は…」


何も…


…いや。



「…私もまた、ビッケと一緒に変わりました」



「リリアンヌ殿下も…?」

ラガーグがゆっくりと頭を上げた。



「はい。ビッケのおかげで、自分に自信が持てました」


何度も、私に言い聞かせてくれたから。



「それに…もう、ビッケがいないと私は駄目なんです」

つい、苦笑いがこぼれた。



想像しないようにしていたけれど、ビッケとの別れは、心が裂けるかと思うほど寂しかった。


きっと本当に明日が最後だったら、帰りの天幕で、毎日泣いていたかもしれない。


だからこそ。



「…本当に、ビッケを連れて行ってもいいのですね?」


こんな短い時間しか一緒にいなかった私でさえ、別れはつらい。


親なら…もっと、つらいはずだ。



「息子がどこにいようと、元気なら、私はそれで十分です」

ミホバは、ふっと微笑んで答えた。



「それに…また来てくださるのでしょう?」



「もちろんです」

リリアンヌはすぐに頷いた。



「もう、ここには…大切なものが、たくさんできてしまったから」


ビッケだけじゃない。


ラガーグやミホバ。


ルゴット院長、村人、子供たちも。


それから聖樹や、湖の主。



大切なものが、あまりにも多くできた。



「ラガーグ、ミホバ。…王都にも、ぜひいらしてください」


気付けば、そんな言葉を口にしていた。



「…!」

二人は、小さく息を呑んだ。



「その…過去に何があったかは、知っています」


獣人族にとっては、王都に良い思い出など何もないだろう。



「でも、獣人族のみんなが、どれほど良い人たちか知らないままなのは、もったいない気がするから…」


本当に…みんな、温かかった。


子供たちなんて、何度も一緒に遊んでくれた。


ラガーグだって村の人たちと関わるなと言っていたのに、今はこうして、たくさん話をしてくれる。



「…いつかは」


ぽつりと、静かな声が落ちた。



「いつかは、行きたいと思っています」



「本当…?」

リリアンヌは、ちらりとラガーグに目を向けた。



「ええ。…やりたいことも、ありますし」

ラガーグが、意味ありげに頷いた。



「それに…あなたが見ている王都を、見てみたい」



「私が見ている王都…?」


どういう意味だろう。



「私が王都へ行くことになったら…あなたが案内してくださいますね?」

ラガーグの表情は、どこか挑戦的だった。



「ええ、もちろん!」

リリアンヌは、にっこりと返した。



「案内するなら、やっぱり中央市場かな?メリーママのパン屋も、欠かせないよね?」



「サムたちじゃないのかよ」



「そうだね。ビッケの友人を紹介しなくちゃ」



「ビッケの友人?」

ミホバが驚いたように尋ねた。



「そう…!たくさんできたの」



「全部、お前の友人だろ」

ビッケは困ったように眉を寄せた。



「でも、もう収穫とか、開業の準備も一緒にしたじゃない」



「それは友人って言えるの?」



「それから、ニアやモアナたちも紹介したいな」



「それこそ、仕事仲間だろ」



「開業の準備…?」


「仕事仲間…?」


ラガーグとミホバが、唖然と呟いた。



「たくさん案内したいところもあるし、紹介したい人たちもいます」


もう、どこを案内するかで頭がいっぱいだ。



「絶対、遊びに来てくださいね」



「…ええ。なんだか、楽しみになってきました」

ラガーグは、ふっと苦笑をこぼした。



「ラガーグ、ミホバ」

リリアンヌは姿勢を正し、真剣な表情を浮かべた。



「大事なご子息を、お預かりいたします」

そのまま、深く頭を下げた。



嬉しいで、終わりじゃない。


これからビッケが王都でどうやって暮らしていくか、私にかかっているのだから。



「…ふふふっ」


小さな笑い声に、ゆっくりと顔を上げた。



「まるでビッケは、嫁ぎに行くみたいね」

ミホバが、肩を揺らして笑っていた。



「えっ、おかしかったかな?」



「絶対、おかしいだろ」

ビッケにまた呆れたように言われてしまった。



「…こちらこそ。息子を、よろしくお願いします」

ミホバは、笑みを浮かべたまま頷いた。



「はい!」

リリアンヌは、力強く頷いた。



「そうと決まったら、ビッケ、みんなに挨拶しないと!村で過ごすのは、今日が最後なんだから」



「えっ、いいよ別に」



「あ、それから、ラガーグ。今日私は治療院の方に泊まるので、家に帰ってください」



「えっ…」

ラガーグは小さく声を漏らした。



「あら、気にしなくていいのに」

ミホバは何気なく返した。



「さすがに、私だってこれくらいは分かります」

リリアンヌは、くすっと苦笑した。



「家族水入らず、今夜は、ゆっくり過ごしてください」



「…じゃあオレ、院長のとこに行ってくる」

ビッケは、ぴょんっと椅子から下りた。



「私も――」



「お前は、いいよ」


「あなたは、十分顔を出しました」


二人同時に止められた。



「まだ、挨拶しきれてないもの」

リリアンヌは頬を膨らませてアランフォースを見上げた。



「明日の朝もあります。治療院でお休みになるなら、荷物を運ぶ必要もあるでしょう」



「家には入れるようになっていますので、どうぞご自由に」



「ミホバまで…」



「子供たちは、とっくに寝ています。明日も早いですし、旅路も長いでしょう?」

ミホバは表情を変えず、淡々と言った。



「…はい」

渋々と立ち上がった。


本当に、母親みたいなことを言う。



「また明日」


「おやすみなさい」



「…おやすみなさい」

リリアンヌはラガーグとミホバに手を振り、その場を後にした。



「あら、リリアンヌ様!もうお休みかい?」


席を離れると、すぐに女性たちの卓から声が飛んできた。



「ええ。明日も早いから」



「あら、私たちも、そろそろお開きにしないとね」


「見送りできなくなっちゃうからね」


「リリアンヌ様、また明日ね!」



「おやすみなさい」


両手を振り、隣の卓の脇を通っていった。



獣人族の男性たちとブライアンが、真剣に話している。


ブライアンと目が合い、ふっと笑みを向けた。


それも一瞬で、獣人族たちとの会話に戻った。



その先では、ビッケが、ルゴット院長とイライジャ村長と話していた。



「おお、姫さん」

ルゴットが気付き、顔を上げた。



「明日、出立前に聖院に来てくれんかの」



「…?分かりました」



「なに、最後に姫さんと話したいだけだ」

ルゴットはそう言って、ひらりと手を上げた。



「呼び止めて、すまんかったな。おやすみ」



「リリアンヌ殿下、また明日」

イライジャも手を上げた。



「はい。また、明日」

最後にお辞儀して、ようやく宴の場を後にした。



アランフォースとふたり、ゆっくりとビッケの家へ戻っていく。


部屋に入ると、干していた服に着替え、帰り支度を整えた。


借りていた民族衣装を丁寧に畳み、ずっと使わせてもらっていたベッドの上にそっと置いた。



この家とも、最後だ。


この可愛らしい家が、大好きだった。



込み上げてきた涙を慌てて拭い、背嚢を抱えて家の外まで戻った。



「お待たせしました」


入り口で、アランフォースが待っていてくれた。


足を踏み出すと、抱えていた背嚢が持ち上げられた。



「自分で持ちます」



「気にせず歩いてください」

アランフォースは背嚢を肩に掛け、リリアンヌを前に向かせた。



「でも…荷物持ちなんてさせられません」



「何を、いまさら…」


今にも溜息をつきそうだ。



「…ごめんなさい」

リリアンヌは、俯きながら足を進めた。



たくさん、迷惑をかけている。


何度も、怒らせてしまった。



「…謝らないでください」


後ろから、小さな声が聞こえた。



「私に、謝らないでください」



「だって…私が悪いから」

前を見たまま、同じように小声で返した。



「悪いと思わなくていいです。先ほどみたいに、我儘を言っていればいい」



「…あれは、やっぱり、酔っていて…その」


顔から火が出るほど、恥ずかしい。



「普段から、あれくらい言い返してくれると助かるのですが」


きっとアランフォースは、呆れたように目を細めているのだろう。



「言い返すというか…」


あれは。



「おもちゃを取り上げられた子供みたいで…恥ずかしい」

歩きながら、思わず頬を両手で隠した。



「…実際に取り上げたのは、酒です」



「分かっています…」


兵たちの前でお酒を取り上げられて、言い返すなんて。


恥ずかしい。


お酒の勢いって、怖い。



そのまま会話が途切れ、ふたりで静かに道を歩いていった。


治療院の手前で、はたとやりたかったことを思い出した。



「…あの、あとひとつだけ。我儘を言ってもいいですか?」

リリアンヌは、くるりと振り返った。



「…なんでしょう」



「明日の朝、出立前に、聖樹へ行きたいです」



「…聖樹へ?」



「はい。最後に、もう一度挨拶したくて…」


昨日は、気付いたら舟に乗っていて、ちゃんとお別れの挨拶ができなかった。


精霊を見つけてくれたお礼も言えていない。


それから最後に、白のちからをもう一度送りたい。



「…相当、早起きすることになりますよ」



「そう…ですよね」



「往復だけで二時間かかります」



「やっぱり、無理かな?」



「……」

アランフォースが黙り込んだ。



「あれ、リリアンヌ殿下。アランフォースさん」



「ん?」


治療院の方から声がした。



「あ、ネウロ」



「その荷物、どうしたんです?」



「ええと…いろいろあって、今日は治療院に泊まるの」



「そうでしたか。それで、何が無理なんです?」

ネウロが、ふたりを見比べながら尋ねた。



「え?」



「話が少し聞こえまして。何か、困りごとでも?」



「あっ…ええと、明日の朝、もう一度聖樹に行きたいなって思ったの」



「ああ、なるほど」



「だけど、私がちゃんと早起きできるか分からないから、難しいかなって」


これ以上、我儘を言って困らせたくない。


仕方ない。


また、次来た時に――



「それなら、今から行ってきたらどうです?」



「えっ…い、今から?」

ぎょっと聞き返した。



「別に、朝である必要はないのでしょう?」



「そうだけど…こんな夜に馬で向かうの?」



「舟で向かえばいいじゃないですか」

ネウロがあっさりと言った。



「ええっ。私、漕げない」



「アランフォースさんが、できるでしょう」



「…そんなこと、いいの?」

リリアンヌは、おずおずと振り向いた。



「…明日の朝よりは、今の方が助かります」



「あの…迷惑なら――」



「いえ。行きましょう」

アランフォースが、背嚢を肩から下ろした。



「頼めるか」



「ええ、もちろん」

ネウロは、にっこり笑って背嚢を受け取った。



「舟を使うことも、院長に伝えておきますよ」



「では、殿下。行きましょう」

アランフォースが舟着き場の方を示した。



「あ、はい…」

リリアンヌは、呆然としたまま歩き出した。



…本当に?


これからアランフォースとふたりで、舟に乗る?


こんな夜に?



そういえば…ふたりきりになるのって、この旅で一度もなかった。


専属護衛となってからも、初日以外、ずっと誰かと一緒だった。



…どうしよう。


キリを、呼ぶべきだろうか。



どうしてキリは、現れてくれないのだろう。



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