にぎやかな宴②
リリアンヌ視点
「リリアンヌ殿下」
女性たちが去った後、今度は騎士が現れた。
「イーデン隊長!」
「すぐに去る」
イーデンの目は、リリアンヌの後方に向いていた。
「え?そうなのですか?」
「ああ、いえ…あなたに一言詫びたく、参りました」
イーデンは言いながら、目の前に跪いた。
「今までの非礼を、お許しください」
「…んん?何も、覚えがないのですが…」
失礼なことなんて、されていない。
「まさか、本当に精霊を見つけられるとは思いませんでした」
「…ああ!」
そういえば、精霊を探す話をした時、
本当に見つかるのかという表情をされた覚えはあった。
「精霊は、いました」
リリアンヌは、にっこりと返した。
「ええ…頭を殴られたような気分です」
イーデンは、小さく苦笑をこぼした。
「あなたがなぜ自由にされているのかが、よく分かりました」
「そんなに…自由でしたか?」
あまり会わなかったアルジャの騎士にまで言われるとは。
「それは、否定いたしませんが」
また苦笑されてしまった。
「ここでリリアンヌ殿下にお会いできたことは、私の幸運でしょう」
初めて会った時に比べて、イーデンの表情は柔らかくなった気がする。
「私も、イーデン隊長とお会いできて良かったです」
旅に出なかったら、他領の騎士と会う機会もなかっただろう。
「…それをお伝えしたかっただけです。私は、これで…」
「あ、騎士の皆様へ、挨拶に行ってもいいですか?」
イーデンに合わせて、リリアンヌも膝を立てた。
「駄目です」
「駄目だ」
「結構です」
すごい勢いで止められてしまった。
まさかの、イーデンにまで。
「どうしてですか」
リリアンヌは、むっと頬を膨らませた。
「アルジャの騎士の方たちは、村の復興を手伝ってくださいました。お礼を言わせてください」
「お気持ちだけ、ありがたく頂戴します。ここから動かない方がいい」
イーデンは、静かに首を振った。
「それでは、誰にも挨拶に行けないじゃないですか」
せっかくの宴会だ。
他の席にも挨拶に行きたい。
「向こうから来ます」
アランフォースがきっぱりと言った。
「そんな…それじゃあまるで、私は偉い人じゃないですか」
「ええ、あなたは偉いのです」
「そう…かもだけど!それだと、兵たちとも話せません」
オルトたちは、絶対にここへは来てくれないだろう。
「話す必要がありません」
「…せっかくの宴会なのに」
リリアンヌは頬を膨らませたまま、手に持つジョッキに口を付けた。
「それは、酒だ」
ブライアンは、さっとそのジョッキを取り上げた。
「ああ…っ!」
せめて、あと一口飲みたかった。
「ほら、リリアンヌ」
ビッケが奥から、葡萄の果汁が入ったジョッキを手渡した。
「むぅ…あ、美味しい」
相変わらず、甘くて飲みやすい。
「…ぐっ」
イーデンが口元を押さえ、顔を背けた。
「…?」
肩が、小さく揺れている。
「…あっ!イーデン隊長、笑っていますね?」
もしかして、私に笑っているのだろうか。
「…本当に自分は、何を懸念していたのか」
「?何のお話ですか?」
「いいえ、こちらの話です」
イーデンはそう言って、さっと立ち上がった。
「我々は、明朝ここを発ちます」
「アルジャの町に戻るのですね?」
「いえ。数日、この辺りを巡回してから戻るつもりです」
「それは、ご苦労様です」
騎士が巡回してくれるなら、村人たちも安心だろう。
「今度は、アルジャへいらしてください」
「帰りに、寄らせていただくと思います」
行きと同じ道程なら、またアルジャの町で一泊するはずだ。
「そうではなく…アルジャにも、遊びにいらしてください」
イーデンは、そっと言い直した。
「…ここへも、遊びに来たわけではないです」
リリアンヌは、小さな声で返した。
魚釣りしたり、宴会したりしているから、強く反論はできない。
「ふっ…そうでした。では、アルジャにも精霊を探しに来てください」
「いいのですか?」
挨拶は駄目なのに、町には行っていいのだろうか。
「その時は、歓迎いたします」
イーデンは一礼すると、騎士たちが集まる方へ戻っていった。
「さすが、隊長さんだなぁ」
あの隊長の部下たちなら、きっと心強いだろう。
…騎士たちの座る方向からは、だいぶ賑やかな声が聞こえているけれど。
「姫さん、飲んでるか」
男たちに囲まれるルゴットが、振り向いた。
「たくさん飲まれたみたいですね」
思わず、ふふっと笑った。
ルゴットの顔が、真っ赤だ。
「姫さんも、顔が赤いぞ」
「ええ?そうですか?」
少ししか飲んでいない。
「エールも、美味いぞ」
村人が、リリアンヌたちの前に三つジョッキを置いていった。
「エールのどこが美味いのか、オレ分かんない」
ビッケが顔をしかめて呟いた。
「子供には、まだ早いの」
ルゴットが手を伸ばし、置かれたジョッキをひとつ持ち上げた。
あと、二つある。
「味見だけ…」
「駄目だ」
リリアンヌの手がジョッキに届く前に、素早く横の二人が持ち上げた。
「…ブライアンは、飲んでいるのに」
「私は、とっくに成人している」
ブライアンは肩をすくめて返した。
「全然酔っていないのですか?」
もう、葡萄酒のジョッキは空っぽだった。
「これくらいでは、酔わない」
「アランフォースも?」
ちらりと、反対側へ顔を向けた。
「…酔う感覚が、よく分かりません」
アランフォースは真顔で答えた。
「え、本当?」
「姫さん。儂らはな、水の代わりに酒を飲む」
ルゴットは、にやりと口を挟んだ。
「それは、姫さんのとこでも一緒じゃないのか?」
「そう…かも」
そういえば父も母も、食事中、いつもワインしか飲んでいない。
「どうしてでしょう?」
「そりゃ、美味いからだ」
ルゴットは、ぐびりと喉を鳴らしてエールをあおった。
「…一口だけ」
リリアンヌは、じっとブライアンを見つめた。
「…せめて、顔の赤みが引いてからだ」
ブライアンはエールを飲みながら、そっと首を振った。
「あの…お二人は、親戚なのでしょう?」
ルゴットの近くに座る人族の男が、顔を覗かせて尋ねた。
「はい、従兄妹です」
リリアンヌは、こくりと頷いた。
「まったく似てませんよね」
「それ、オレも思った」
「ええ?」
思わず、ブライアンと顔を合わせた。
「おい…お前、それは不敬じゃねぇのか」
傍にいた別の男が、心配そうに言った。
「だって、お父様と伯父上がまず似ていないもの」
リリアンヌは気にせず答えた。
「お父様とおじうえって、ロデオ様と国王のことですかい?」
また別の男が、ぎょっとして尋ねた。
「いや…父上とロデオ総長は、似ているだろう」
「え?そうですか?」
父は逞しい体つきだけど、レックスは、どちらかといえば細身だ。
だけど、二人とも迫力があるのは同じだ。
「体型の話ではない」
ブライアンは考えを読んだかのように言った。
「確かに…ブライアンは、エレメア様に似ていらっしゃいますね」
リリアンヌは、じっと顔を近づけた。
髪も瞳も、王妃とまったく同じ色だ。
「君も、母親似だ」
「この瞳は、お父様似です」
どうしても、父のように格好良い目つきにはなれないけど。
「はぁ…すげぇ会話だな」
「改めて、これがとんでもない状況ってのが分かるな」
「本当に。信じられねぇな」
「信じられんくても、姫さんたちは、目の前にいるだろうに」
ぼそぼそと囁き合う男たちに、ルゴットは呆れたように言った。
「もっと、言うべきことがあるだろ」
「……」
男たちは、無言で視線を交わし合った。
「…肩を叩いて、申し訳ありませんでした!」
その中のひとりが、突然頭を下げた。
「…えっ?私?」
リリアンヌは、きょとんと目を瞬かせた。
「そんなこと、されていないけれど」
「リリアンヌ様が、火事の中からナーラを救った時のことです」
「…ええと?」
思い出してみても、記憶になかった。
「そうじゃないだろ」
ルゴットが再び口を挟んだ。
「…私たちを助けてくださり、ありがとうございました」
奥にいた獣人族の男が、丁寧に頭を下げた。
「あっ…門の上で、お会いした方ですね」
彼のことは、よく覚えている。
結構な年上だと思うけれど、犬の耳が可愛らしいと思ってしまった。
「コチャと言います」
「コチャ。どういたしまして」
「コチャのことは、覚えているのに…」
謝った男が、ぽつりと呟いた。
「ダント…残念だったな」
「ダント、ごめんなさい」
リリアンヌは、眉を下げて謝った。
「あの時は、必死で…」
「あっ、違います。そんなこと、どうでもいいんです」
ダントは、はっとまた頭を下げた。
「コチャの言う通りです。無償で村を救っていただき、ありがとうございました」
「おい…っ!」
隣に座る男が、ダントを肘でつついた。
「えっ?あっ…」
ダントは一瞬、気まずそうな目をブライアンへ向けた。
「…?」
リリアンヌは、不思議そうに隣を見上げた。
ブライアンは、静かに首を振るだけだった。
「……」
どうしよう。
どうしてダントがつつかれたのかも、ブライアンを見たのかも、
さっぱり分からない。
「ええと…無償ではありません」
とりあえず、そこは訂正しなければ。
「代わりに、たくさんのものを貰ったから」
「…たくさんのもの?」
「何の話だ?」
男たちは、答えを求めるようにちらりとルゴットへ顔を向けた。
「…最後まで聞いておれ」
ルゴットは、ふっと微笑むだけだった。
「泊まる場所も、美味しいご飯も、あと、子供たちに釣りも教えてもらいました」
リリアンヌはひとつずつ、指を折って数えていった。
「イライジャ村長にはお風呂も貸してもらったし…あっ、それから、この衣装も貸してもらったの」
ミホバに着付けてもらった、素敵な民族衣装。
「奉納祭も開いてもらったし…こうやって、皆さんと話すこともできた」
遠慮せず話しかけてもらえることが、とても嬉しい。
「何より、皆さんのおかげで精霊を見つけることができました」
もう、片手では収まらない。
「ほら、たくさん」
リリアンヌは両手を広げ、にっこり笑った。
「……」
男たちはぐっと口を引き結び、黙り込んだ。
「…ええと」
何か、間違えてしまっただろうか。
「対価が、増えたの」
ルゴットが、優しく口を開いた。
「…ごめんなさい。欲張りになりました」
リリアンヌは、ふふっと肩をすくめた。
初めは泊まる場所を提供してもらえるだけで恐縮していたのに、
いつの間にか、たくさんのものを貰ってしまった。
「精霊を見つけたので…私たちは、王都に戻らなくてはいけません」
当初の目的は、達成した。
もう、帰らなくてはいけない。
「本当に…皆さんには、お世話になりました」
「…いつ、帰るのですか?」
コチャがそっと尋ねた。
「……」
リリアンヌは、ちらりと隣を見上げた。
「…明日か、明後日でしょうか」
視線を向けられたアランフォースが、静かに答えた。
「じゃあ、明後日」
リリアンヌは再び顔を前に向けた。
「明後日の朝、帰ります」
「…寂しくなるの」
ルゴットは、ぐびりとエールを飲んだ。
「…また、来ます」
リリアンヌは、そっとビッケに視線を向けた。
ビッケは、まっすぐ前を見つめていた。
「ここには、大切なものがたくさんできてしまいましたから…」
まだ、泣くな。
永遠の別れじゃない。
また、会いに来ればいいのだから。
「そりゃ、儂らの台詞だの」
ルゴットは、目を細めてリリアンヌを見た。
「姫さんには、大切なことをたくさん教えてもらった」
「ルゴット院長…」
結局、じわりと涙が滲んだ。
「まだ、あと一日あるだろう。今は、その時ではないぞ」
「…そうですね」
ルゴットの言う通りだ。
今は、この場を楽しまないと。
そっと目元を拭い、そのまま近くにあった菓子に手を伸ばした。
「…これ、美味しそう!」
葡萄が載った、小ぶりの焼き菓子だ。
「…あ!」
ダントが、はっと声を上げた。
「え?」
リリアンヌは一口食べて、びくりと手を止めた。
「それ、葡萄酒がたっぷり入ってるけど。平気ですかい?」
飲み込んだ瞬間、
胸が一気に熱くなり、頭がぐわんと揺れた。




