にぎやかな宴①
リリアンヌ視点
あっという間に、オーリア様と精霊たちが帰っていってしまった。
前回、長く話したからだろうか。
あっさり帰ってしまったことが、なんだか寂しい。
「…姫さん」
「…あっ」
リリアンヌは、はっと振り返った。
「ルゴット院長…!お祈り中に、申し訳ありませんでした」
精霊を見つけた興奮で、祈りの邪魔をしてしまった。
「祈りより大切なものを、見せてもらっただろ」
ルゴットが、優しく微笑んだ。
「ああ、長生きして良かった」
笑いながら、一筋の涙を流した。
「…院長」
「ほれ、姫さんが締めろ」
「…え」
ルゴットの視線に合わせて、辺りを見渡した。
みんな、膝をついたまま固まっている。
「驚かせてしまって、ごめんなさい」
リリアンヌは、村人たちに向かって頭を下げた。
聖院の像と同じ人物が突然現れたら、誰でも驚くだろう。
「でも…これが、私のやりたかったことです。
精霊を見つけて、オーリア様のもとへ帰す。皆様のおかげで、それが叶いました」
頭を上げ、そっと続けた。
「皆様が、私たちを受け入れてくれたから。奉納祭に参加することを、許してくれたから」
そのおかげで、精霊を見つけることができた。
あの、綺麗な蝶の姿をした精霊たちを。
「私のやりたいことは…多くの人の協力なくしては、できません」
精霊と、共生する世界。
まだまだ、遠い道のりだ。
「今やっと…一歩、踏み出せた気がします」
リリアンヌは、にっこり微笑んだ。
「協力してくれて、ありがとうございました」
再び、深く頭を下げた。
これだけ人がいるのに、静まり返っている。
聖樹の葉が揺れる音だけが、辺りに響いた。
ふいに小さな拍手が聞こえ、顔を上げた。
近くでミホバが微笑み、拍手を送っていた。
目が、涙で潤んでいる。
「…最高だったぞー!」
「貴重な時間を、ありがとー!」
「助けてくれて、ありがとう!」
続くように、歓声と拍手が広がった。
「…ふふっ」
良かった。
みんな、笑っている。
「精霊に、楽しむ声を届けよう!」
ルゴットが、隣に並んで声を張り上げた。
「乾杯!!」
あちこちから、一斉に声が上がった。
「うめぇー!」
「最高なもんを見たあとの酒は、格別だな」
「なんて良い日だ、今日は!」
先ほどまでの静けさが嘘のように、がやがやと騒がしくなった。
「儂らも、戻るかの」
ルゴットとイライジャが、敷き物の方へ戻っていった。
「三人とも、ありがとうございました」
リリアンヌはくるりと振り向き、後ろに立つ三人へ礼を言った。
「さすがだな」
キリが、ふっと小さく微笑んだ。
「えっ、笑っ…」
「キリが気付いてくれたおかげだよ」
ブライアンとリリアンヌの声が重なった。
「聖樹の上で、何があったのです?」
アランフォースが眉を寄せたまま尋ねた。
「ええと…精霊たちに、白のちからを送りました」
実際は、もっと慌ただしかったけれど。
キリと、聖樹の上まで跳んだ瞬間――
“物語”で見てきた精霊たちがそこにいて、思わず涙がこぼれた。
涙を拭おうとした拍子に枝が揺れて、精霊が離れていってしまいそうになった。
慌てて白のちからを送り、引き留めた。
少しやり方がずるい気もするけれど、嬉しそうに寄ってきてくれた精霊たちに、自分まで嬉しくなった。
「……」
アランフォースは目を細め、じっとリリアンヌを見下ろした。
「……」
これは…怒られるのだろうか。
「…君が企画した祭りだ。席に戻ろう」
ブライアンが優しく言った。
「…いいですか?」
「…ええ。戻りましょう」
アランフォースは諦めたように目を逸らした。
聖樹に背を向け、みんなで歩き出した。
「リリアンヌ…」
「!」
少し離れたところに、ビッケとネウロがこちらを向いて座っていた。
「二人とも、戻ろう?」
ネウロには聞きたいこともたくさんあるけれど、それは今じゃない。
「…うん」
ビッケは、呆然としながらも立ち上がった。
ネウロはまだ、オーリアが消えた方へ視線を向けていた。
「ネウロ、戻ろう?」
リリアンヌはそっと屈み、顔を覗き込んだ。
反応がない。
「ネウロ~…」
「!」
目の前で手を振ると、ようやく気付いて目が合った。
「大丈夫?」
「…ああ、ええ」
「良かったね、ネウロ」
「…あなたは」
ネウロは眉をひそめ、じっと見つめてきた。
「…っ」
何かを、言いたそうにしている。
「…今は、戻ろう?」
リリアンヌはネウロの手を掴み、引っ張るように立ち上がった。
「今は、一緒に騒ごう?」
「……」
ネウロは静かに立ち上がり、そっと手を離した。
リリアンヌは離れた手にちらりと目を落とし、そのまま敷き物の方へ向かった。
「ほれ、主役が来んでどうする!」
座り直したルゴットが、手招きして呼んでいる。
「主役は、精霊と聖樹ですよね」
リリアンヌは、苦笑しながら敷き物に腰を下ろした。
「精霊と聖樹は、観客だ」
ルゴットは、楽しそうだ。
くいっと葡萄酒を飲み干して、別のジョッキに手を伸ばした。
「あっ、ジョッキ!」
ビッケが、突然走ってどこかへ行ってしまった。
「リリアンヌ様!」
「はい、乾杯乾杯!」
ビッケがいなくなった場所へ、女性たちがわっと集まった。
「わわ…」
女性たちに、酒の入ったジョッキを渡された。
「ほら、王子様も騎士様も!」
「二人で挟んでいれば、そんな警戒しなくたって大丈夫でしょ!」
「誰も、連れて行きやしないって!」
アランフォースとブライアンにもジョッキが渡され、リリアンヌを挟んで半ば強制的に座らされた。
「…あれっ、キリとネウロは?」
ついさっきまで、一緒にいたはずなのに。
きょろりと見渡していると、ビッケがジョッキを二つ持って戻ってきた。
「リリアンヌ、これ葡萄の果汁だから」
ビッケはジョッキを手渡すと、ブライアンの奥に座った。
両手に、よく似た色の飲み物が入ったジョッキがひとつずつ。
「はい、かんぱーい!」
女性たちはジョッキを持ち上げ、ぐびっと飲み干した。
「うわ、すごい!」
いい飲みっぷりだ。
「君は、こっちだ」
ブライアンが手から酒のジョッキを回収して、敷き物の上に置いてしまった。
「…はい」
仕方ない。
女性たちの真似をして、葡萄の果汁をぐいっと勢いよく飲んだ。
「!美味しい」
甘くて濃くて、とても美味しい。
「リリアンヌ様のおかげで、本当、良い日になったよ!」
「私、まだ信じられない!」
「今日を記念日にしましょうよ!ねえ、院長!」
「記念日か!そりゃ、いい」
ルゴットは、かかかっと笑った。
「奉納祭とは別に、また祝いの日を作りましょうよ!」
「精霊王の像の横に、リリアンヌ様の像も作りませんか?」
「それは、ちょっと…」
さすがに、像はやめてほしい。
「でも本当、それほどのことをなさったのだから!」
「もう、感動しちまってさぁ」
「あ、リリアンヌ様。これ美味しいから、食べてみな」
女性たちは、忙しそうだ。
「パンの中の具に、香辛料がたっぷり入っていてね」
「えっ、もしかしてカレーが入ってるの?」
リリアンヌはジョッキを置くと、料理が並ぶ皿へ目を向けた。
一口大のパンが、ころりと揚がっている。
「少し、辛いかもね」
「酒が進むよ」
「いただきます」
リリアンヌはパンを摘まむと、ぱくりと一口で食べた。
「…かっらーい!」
想像していた味と、まったく違った。
香辛料が、つんと鼻を抜けた。
「あははっ、リリアンヌ様には早かったか」
「ほら二人も、リリアンヌ様を見てないで食べなって」
「騎士様、辛いのは得意です?」
「…それで十分だ」
「うん…美味いな」
アランフォースもブライアンも、酒を飲んでいる。
女性たちの薦めるまま、料理も摘まんでいる。
なんだか、嬉しい。
…それにしても。
「…辛い」
口の中が、大変なことになっている。
置いたジョッキを持ち上げ、ごくごくと飲み込んだ。
「あっ」
ブライアンが声を上げた。
「それ、酒の方」
ビッケがリリアンヌの持つジョッキを指さした。
「…あ」
勢いのまま、酒を飲んでしまった。
「…なるほど?」
見た目は葡萄の果汁と一緒なのに、甘くない。
けれど、これはこれで美味しい。
「…大丈夫か?」
ブライアンがゆっくり顔を覗き込んだ。
「はい!美味しいです」
リリアンヌは、にっこり笑って答えた。
それに、体が温まって気分が良い。
「あれ、でも顔が赤いねぇ!」
「ほら、何か食べな」
「葡萄の果汁、もっと持ってきてあげるから」
女性たちが気遣わしげに見ている。
「大丈夫なのに…」
ただ、気分が良いだけだ。
ふいに、後方から軽やかな音色が流れてきた。
「あっ、歌い人の歌が始まったよ」
「さっそく、さっきのリリアンヌ様のことを歌っているわ」
獣人族の女性たちが、耳をぴくりと動かして言った。
「あっ…ラファエル、それは駄目って言ったのに」
「近寄ることは駄目と、言いましたよ」
勢いのまま立ち上がろうとするリリアンヌを、すかさずアランフォースが止めた。
「でも、ルゴット院長が悪い人じゃないって言っていたもの」
「オレも、あいつに近づかない方がいいと思う」
ビッケまで首を振った。
「じゃあ、代わりに私らが近づいてきてあげるから」
「あんた、歌い人に近づきたいだけでしょ!」
あははっと笑いながら、女性たちが続々と席を立った。
「リリアンヌ様、楽しんでね!」
女性たちが手を振り、ラファエルの方へ去っていった。
元気いっぱいで、とても楽しそうだ。




