表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十三章/ラジャタ村
387/401

精霊の申し子の奇跡

ビッケ視点



「葡萄の果汁を、二つくれ」



「ほらよ、ビッケ」


村人の男が、たっぷりと注がれたジョッキを手渡した。



「ありがと」


ビッケは片手で持つと、すぐにリリアンヌたちのもとへ向かった。


院長たちが、前に出ている。


まもなく、挨拶が始まってしまう。



「…あ」


聖樹の脇に、両親が立っている。


母ちゃんが、聖樹を見上げて泣いていた。



「……」

ビッケは、咄嗟に近くの村人の陰へ身を隠した。



「お?ビッケ、どうした?」



「…なんでもない。気にしないで」


適当に返して、慎重に前へ進んだ。


母ちゃんが泣いているところなんて、初めて見た。



「…聖樹が」


声を震わせて、呟いている。


離れていても、よく聞こえた。



「聖樹が、あの時のままね」



「そうだな…思い出の中の、聖樹のままだ」

父ちゃんも、聖樹を見上げた。



「あんなに切られていたのに」



「…リリアンヌ殿下が、元に戻してくださった」



「あんなに苦しめられた王族に…まさか、こんなに」



「ミホバ、落ち着け」

父ちゃんが、母ちゃんの背中を優しくさすった。



「あとで、ゆっくり話そう」

そう言って父ちゃんは、ひとりで聖樹の前へ進んでいった。



「…あ」


院長と村長と合流している。



「今年は、村にとって良い年とは言い難かった」


院長の話が、始まってしまった。



「村の者が人攫いに襲われ、ひとりが王都に連れ去られた」


しかも、自分のことだ。



「山賊どもに門を壊され、家を焼かれた。村にとって、かけがえのない聖樹も切られた」



「……」

ビッケは足を止め、その場でじっと屈んだ。



「だがな、誰も死ななかった」


そうだ。


誰も、死ななかった。



「縁とは…不思議だの」


すべて、リリアンヌのおかげだ。



「…精霊に、感謝を捧げよう」


院長たちの前に、葡萄酒の樽が運ばれてきた。



「ひとりも欠けることなく、こうして再び聖樹のもとで祝えることを、感謝しよう」


祈りの合図だ。


こうなると、立ったままでは目立ってしまう。


諦めてジョッキを置き、その場で膝をついた。


院長に続いて、周りも祈りの姿勢を取った。



「…えっ?」



「え?」


ふいに聞こえたリリアンヌの声に、すぐに顔を上げた。


キリが、立ち上がっていた。



「ど、どうしたの?」


小声だけど、近くの獣人族たちがちらちらと二人へ視線を向けていた。



「リリアンヌ…」


「んん…?」


キリは、何に気付いたのだろう。


聖樹の上の方を指している。



「あっ…!」

唐突に、リリアンヌまで立ち上がった。



そのまま二人で、聖樹の方へ駆け出した。


すぐに、その後をアランフォースとブライアンが追いかけた。



「…なに?」


「どうしたんだ?」


「祈り中だぞ」


周りが気付き、ざわついた。



「どうした、姫さん」

院長が気付いて、顔を上げた。



「あそこに…」


「危険です」


聖樹の上を覗き込むリリアンヌの腕を、アランフォースが掴んだ。



「大丈夫だから」


「スノウの時を、お忘れですか」


何か、揉めている。



「……」

ビッケは低く屈みながら、そっと前へ進んだ。


ネウロも、聖樹の近くまでゆっくりと向かっていた。



「…どうしたのでしょうね」

横に並ぶと、ネウロが囁いた。



「…さぁ」


まったく分からない。



「だからこそっ…」

リリアンヌは眉を寄せ、アランフォースに振り向いた。



「私が、行きます」



「……」



「お願い、アランフォース」


なんだろう。


何を、頼んでいるのだろう。



「私も行く」

キリが、リリアンヌに並んだ。



「…何かあれば、私もすぐに登ります」

アランフォースが、腕を離した。



その瞬間――リリアンヌとキリの姿が、ふっと消えた。



「えええっ!」


「きっ、消えた…!?」


「えっ、どこに…」


一気に辺りが騒がしくなった。



聖樹の葉が、さわさわと揺れている。


二人は消えたんじゃなくて、上に跳んでいっただけだ。



「…おい、まさか」

院長が見上げながら、目を見開いた。



「…何が起こるか分からない。念のため、下がってもらえるか」

ブライアンが、呆然とする村長たちに向かって言った。



「…?一体、何が?」


父ちゃんは、何も分かっていないようだ。



ふいに――聖樹から、強い光が溢れた。



「うわっ…」


眩しくて、何も見えない。



「なんだ…!?」


離れた場所にいるアルジャの騎士たちが、鋭い声を上げた。



この光は、リリアンヌの白のちからだ。


どうして今、使ったんだろう。



眩しさに慣れた頃、キリが、ふわりと降りてきた。



「殿下は…!」



「問題ない」

キリが、上を見ながら答えた。


アランフォースも聖樹を見上げた。



二人の間に、リリアンヌがそっと着地した。


立ち上がると、両手を前に広げ――



「…見つけた!」


その周りに、色とりどりの光が現れた。



あれは…


六匹の蝶…


違う。


光っている。



あれは、


精霊だ。



リリアンヌの周りに、蝶の精霊が集まって飛んでいる。


スノウまで、つられるように舞った。



「…あはっ」

リリアンヌは、嬉しそうに笑った。



「なんだ、これ…」

ビッケは、唖然として呟いた。



ついさっきまで、関係ないようなことばかりしていたのに。


それともオレが知らないだけで、リリアンヌは、ずっと探していたのだろうか。



聖樹への、あの長い祈りは…


精霊を呼ぶためだったのだろうか。



色とりどりの光が、リリアンヌの頬に触れた。



「ふふっ…」

くすぐったそうに笑っている。



どうしてだろう。


リリアンヌが笑うたびに、胸が強く締めつけられた。



再び、聖樹の辺り一帯が光った。


今度は、強烈な緑の光だ。


さっきよりも、もっと眩しい。


目を瞑り、顔を背けた。



「オーリア様…!」


光の中から、リリアンヌの嬉しそうな声が聞こえた。



…オーリア?


あの、オーリア?


精霊王?



何度も目を瞬くと、やっと辺りが見えてきた。


リリアンヌの隣に――



「やあ、リリアンヌ」


聖院にある像と、同じ姿の人物がいた。



キリが、何も言わずに跪いた。


アランフォースとブライアンは、驚いた様子もなく見守っている。



「オーリア様、精霊を見つけました!」



「そうだね。君が、聖樹を元に戻した」

精霊王の声も、嬉しそうだった。



「……」

院長がゆっくり跪いて、その後ろにいた村長と父ちゃんがすぐに続いた。


隣でネウロが跪き、ビッケは慌ててそれに倣った。



「…でも、この聖樹は一度切られてしまいました」

リリアンヌは、悲しそうに聖樹を見上げた。


周りの様子に、気付いていないようだ。



「大丈夫。聖樹は、簡単には死なないよ」

精霊王は、ゆっくりと辺りを見渡した。



「…君に会いに来るたび、新しい光景を見られるね」



「その…オーリア様に、いろいろ聞きたいことがあったのですが」



「ここの件かな」

精霊王が自分の左肩を、とんと叩いた。



「…はい」



「今は、やめておこうか」



「そう…ですね」



「人族の王に、君について伝えたいことがある」



「えっ?」



「だから、人族の王の前で我を呼んでくれないか」



「わ、分かりました…ええと、どうやってオーリア様を呼ぶのでしょうか?」



「スノウに願えば、我はいつでも現れる」



「そうなのですね」


二人で、とんでもない会話を続けている。



リリアンヌが、いつでも精霊王を呼べる?


あいつの左肩に、変な傷跡があるのは気付いていたけど、


それが何を示すのかも分からない。



リリアンヌを分かった気でいて、まだ知らないことだらけだ。


オレだって、あいつのことを知らなかった。



色とりどりの精霊たちが、精霊王の周りを舞った。


何かを訴えるように、体の光を膨らませている。



「…君に、名前をつけてほしいようだ」



「えっ…」



「お願いできるかな?」



「名前…」

リリアンヌが困っている。



精霊たちが、今度はリリアンヌの周りに集まった。


そのうちの一匹が手のひらに止まると、それに続くように五匹が並んだ。


まるで、順番待ちしているかのようだ。



「…うん、決めた」

リリアンヌはこくんと頷くと、小さく息を吸った。



赤く光る精霊を、「ポピー」。


桃色の精霊を、「アンズ」。


紫の精霊を、「アヤメ」。


黄色の精霊を、「ミモザ」。


水色の精霊を、「スイレン」。


黄緑の精霊を、「ナズナ」。



そう、呼んだ。


全部、知らない言葉だ。



「良い名前だね」

精霊王は、優しく目を細めた。



「オーリア様。また、必ず精霊を見つけます」



「ありがとう。でもその前に、我を呼んでくれ」



「分かりました」



「それにしても…」

精霊王は、再び辺りを見渡した。


唖然としている者、


緊張した面持ちの者、


泣いている者、


いろいろな表情を見て、優しく微笑んだ。



「…!君は」

精霊王の視線が、ぴたりと止まった。



「……」

視線を向けられたネウロが、隣で固まった。


自分が見られているわけじゃないのに、一緒になって固まった。



なんだろう。


緊張とも、また違う。


とてつもなく大きな何かに、体を押さえつけられているようだ。


でも、怖くはない。



「君は、良いちからを持っているね」



「…!」



「それは…リリアンヌのちからになる」

精霊王が、すっとネウロに指を向けた。


その瞬間――



ネウロの体が、緑の光に包まれた。



「…え」

光が収まるまで、両手を見つめて呆然としていた。



「ネウロ…!」

リリアンヌは、嬉しそうに笑っている。



「リリアンヌを…助けてくれるね?」


精霊王が微笑むと、また、大きな何かに体を包まれたような感覚がした。



「……」

ネウロはゆっくりと視線を上げ――



「…命に、替えても」

真剣な表情で返した。



何が起きたんだろう。


三人以外は、誰も分からないようだ。



「多くの種族が集まっている。…とても良い場所だね」

精霊王の優しい目が、村人たちへ向けられた。



人族と、


獣人族と、


エルフ族と、


精霊のことだろうか。



「君たちの祈りは届いている。ありがとう」


頭の中で、精霊王の声が優しく響いた。


まるで、直接語りかけられているようだ。



「では…リリアンヌ。また、すぐに会おう」



「はい。精霊たちのお迎え、ありがとうございました」


再び、辺り一帯が緑の光に包まれた。


眩しさが消える頃には、精霊王と精霊たちが消えていた。



「――やはり、欲しい」


遠く後ろから聞こえた歌い人の呟きだけが、妙に耳に残った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ