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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十三章/ラジャタ村
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奉納祭へ③

リリアンヌ視点



聖樹の周りには、藁を編んだ敷き物が各所に敷かれていた。



舟に一緒に乗ってきた子供たちが、一か所に向かっていった。


座る場所は決まっているようだ。



「姫さん、こっちだ」


聖樹の一番近くに置かれている敷き物の方から、ルゴットが手を振っていた。


村長と一緒に座っている。



「ルゴット院長、イライジャ村長」



「ほう、姫さん、よう似合っとる」


「華やかで、いいですな」



「ありがとうございます。ミホバに貸してもらったんです」

リリアンヌは、嬉しそうに二人へ返した。



「随分と、ミホバと仲良くなったみたいですな」

イライジャが、穏やかに言った。



「本当に、すごく良くしてもらって…」


ミホバには、貰ってばかりだ。



「まあ、座んなさいな」

ルゴットが、ぽんと敷き物を叩いた。



「お邪魔します」



「ん?靴は脱がんでいいぞ」



「あっ…ごめんなさい」

はっと、靴を履き直して腰掛けた。


この国では、外で靴を脱ぐことはほとんどないというのに。



「姫さんは、本当に面白いの」

ルゴットが、かかかっと笑った。



「まるで、違う国から来たみたいだ」



「え、ええと…ルゴット院長。奉納祭って、どのような流れなのでしょうか?」

慌てて、話題を変えた。



「なに、特別なことはありゃせん。最初に聖樹の前で奉納してから、皆で騒ぎ、飲み食う」



「リリアンヌ殿下。あなたが、聖樹をここまで戻したと聞きました」

イライジャが、申し訳なさそうな顔を浮かべた。



「あなたには恩ばかり増え、どうしていいのやら」



「こら、イライジャ」

ルゴットが小さく眉を寄せた。



「村の代表であるお主が、それでどうする。まずは感謝だろうに」



「それは、そうですがな」



「あの、イライジャ村長。私は、やりたいことをしたまでです」

リリアンヌは、おずおずと口を挟んだ。



「聖樹を元に戻したいと思ったのは、私自身のためです」



「ですが、村の女どもは皆、我々のために聖樹を戻してくださったと言っております」



「えっ、そうなのですか?」

思わず聞き返してしまった。



「聖樹が死んでしまったと悲しんでいた我々のために、ここまでしてくださったと聞きました」



「ええと…」


それは、少し違う。



「…確かに、聖樹が生きていることをみんなに知ってもらいたいとは思いました。ですが、聖樹を元に戻したのは自分のためなのです」


私に助けを求めた聖樹を、元に戻してあげたい。


一緒に、成長したい。


自分の気持ちに従ったまでだ。



「だから、申し訳なく思わないでください。その代わり、聖樹が戻ったことを一緒に喜びませんか?」



「…あなたには、まだ、襲撃の時に助けてくださったことも」



「それも、自分のためです」

リリアンヌは、きっぱりと言い切った。



「勝手をしたことは、謝ります。ですが、白のちからを送ったことは後悔していません」


自分のやったことに、後悔はしない。



「みんな無事で、良かった。おかげで、こうやって奉納祭に参加できることが、とても嬉しい」


それで、十分だ。



「…はあ、姫さん。数日見ないうちに、随分と変わったの」

ルゴットが顎をさすり、興味深そうな目を向けた。



「そうですか?」


変わるようなことはしていない。



「儂はな、人は一生をかけて喜怒哀楽を等しく味わうようになっていると思っとる」

ルゴットは、まだ面白そうに笑っていた。



「やっと、姫さんの中に哀以外のものが増えてきたの」



「…そんなに、私は悲しそうだったでしょうか?」



「少なくとも、この村に来たばかりの頃は哀しそうだったの」



「でも、今は楽しくて仕方がありません」



「それでいい。楽しい時は、楽しめ」

ルゴットは、優しく頷いた。



「その思い出が、つらい時に助けてくれるぞ」



「つらい時…」


楽しい時間は、いつか終わる。


この村とも、お別れしなくちゃいけない。


ビッケとも…


そう思った途端、胸がずきりと痛んだ。



「ええっ!聖樹が!」


驚く声に、はっと顔を上げた。



「まぁ!本当に、元に戻っているじゃない!」


「ほら、あんた!また光ってるよ!」


嬉しそうな声が、あちこちから上がった。


いつの間にか、周りの敷き物が人で溢れ返っていた。



遠くの席に、アルジャの騎士たちが座ったのが見えた。


兵たちも、きっとあの近くにいるのだろう。



「ああ、そこにいらっしゃるのはリリアンヌ殿下ではありませんか!」


よく響く声が、人々のざわめきを突き抜けた。



「お久しぶりですね。相変わらず、お美しい!」



「あっ…ラファエル…!」

リリアンヌは、さっと立ち上がった。



周りが座り始める中、両手を広げて立つ姿はよく目立った。


顔の半分が隠れる帽子をかぶり、旅人らしい装いをしている。


城下町で見た、お付きの少年と一緒だ。



「ラファエルぅ?」

ルゴットが、訝しむように振り返った。



「なんと、私の名前を覚えてくださっているとは。これほど光栄なことがありますか」

ラファエルは敷き物の間を優雅に抜けながら、まっすぐ近づいてきた。


キリは素早くリリアンヌの隣へ立ち、護衛の二人が行く手を塞いだ。



「彼が、吟遊詩人?」


「あれが、よく来る歌い人」


「あらら、なんだか険悪ですねぇ」


「楽しそうに言うなよ」


ネウロとビッケが、座ったまま囁き合った。



「…私は、相変わらず嫌われているようですね」

ラファエルは悲しそうに笑い、護衛二人の前で立ち止まった。



「初めまして…ブライアン殿下、アランフォース殿」

そのまま、ゆったりとお辞儀した。



「私は、しがない旅の吟遊詩人でございます。どうか、リリアンヌ殿下にご挨拶させてくれませんか?」

顔を上げ、帽子の下から微笑んだ。


ちらりと見える顔は、相変わらず整っている。



「そこからすればいい」

アランフォースが鋭く言った。



「なぜ私は、ここまで警戒されてしまっているのでしょう」

ラファエルは大げさに両腕を上げ、肩をすくめた。



「お前がちからを使ったら、私はリリアンヌとここを去る」



「えっ…あ」

リリアンヌは思わず漏れた声に、ぱんっと口を塞いだ。


今は絶対に、キリに口を挟むところではなかった。



「ちからを使うなど、王族の前で、そのような非礼はいたしません」



「お前は、王都で使っただろう」



「…さすが、エルフ様だ」

ラファエルは、ふっと笑みを浮かべた。



「おい、お前さんよ」

ルゴットが座ったまま、ラファエルを指さした。



「なに、遊んでんだ」



「私は、いつでも真剣ですよ」



「お前さん、姫さんにちからを使ったのか?」



「リリアンヌ殿下には、使いませんとも」



「そんなことしたら、二度と村に入れねぇぞ」

ルゴットが、いつもよりずっと低い声で言った。



「…約束いたしましょう。私は、リリアンヌ殿下にも、この村の者にも、絶対にちからを使わないと」

ラファエルは、薄く微笑んで頷いた。



「それなら、大丈夫です」



「リリアンヌ…!」

ブライアンが、さっと振り返った。



「ちからを使わないと、約束したから…」



「そういう問題ではないだろう」



「じゃあ、ここから挨拶します」


すぐに諦めて、護衛越しに姿勢を正した。



「ラファエル。先日はきちんと挨拶できず、失礼しました」



「とんでもございません。こちらこそ、あの時はご無礼を働き、申し訳ありませんでした」

ラファエルは、丁寧にお辞儀した。



「ラファエルは、よくこの村に来るの?」



「ええ。…通り道ですから」



「通り道?」



「私は、セスランディアだけではなく、世界各地を回っています」



「それは、すごい」


やっぱり、異国の旅人なのだろう。



「次はドーガへ向かうため、こちらに参りました」



「そうなのね」



「そうしたら…偶然にも、リリアンヌ殿下がいらっしゃるではありませんか!」



「偶然なわけがないだろう」



「どうやら私は、あなたの物語を広めるために大きな力に動かされているようです」

ラファエルは、ブライアンの言葉を無視して続けた。



「まるで…運命ですね」

にこりと微笑むその顔からは、何を考えているのか読めなかった。



「はあ、僕よりひどい嘘つきだ」


「こいつがこんなに喋ってるとこ、初めて見た」


ネウロとビッケが、それぞれ呟いた。



「おい、もうその辺にしとけ」

ルゴットは、ラファエルに追い払うような仕草を向けた。



「お前さんは、さっさと後ろに行け」



「あと、ひとつだけ…リリアンヌ殿下。本日は、あなたの英雄譚を歌うことをお許しいただけますか?」



「で、できれば…他のことを歌ってくれると、嬉しいな」


祭りの間、自分の歌が聞こえたら、楽しむどころではなくなってしまう。



「かしこまりました。それでは、ブライアン殿下のお話にしておきましょう」



「えっ」

ブライアンが小さく声を上げた。



「宮廷音楽には到底及びませんが、どうぞお楽しみくださいませ」

ラファエルは深く一礼すると、お付きの少年と後ろへ下がっていった。



「歌い人さん、こっちこっちぃ!」


「何か、歌って!」


すぐに、女性たちが嬉しそうにラファエルを囲んだ。



「まったく。姫さん、すまんな」



「彼は、何者なんです?」

ネウロが尋ねた。



「…あいつが吟遊詩人と言うなら、そうとしか言えん」

ルゴットは珍しく言い淀んだ。



「だが、悪い奴ではない」



「分かりました」



「リリアンヌ…すぐに信じては駄目だ」

ブライアンの表情は、ずっと険しい。



「でも…ルゴット院長がそう言うのなら、私は信用します」


とっくに、ルゴットのことは信じている。



「ですが、近づくことは許可しませんよ」



「分かりました」

リリアンヌは素直にアランフォースへ頷くと、再び座り直した。



「院長。そろそろ始めますかの」

イライジャが、ゆっくりと立ち上がった。



たくさん並べられていた敷き物は、もうどこも満席だ。


目の前にも、気付けば料理が置かれていた。



「そうするか」

ルゴットが、よいせと立ち上がった。



「はいよ、ここの分」

獣人族の男性が、なみなみと注がれたジョッキを敷き物の上にいくつも置いた。



「オレ、葡萄の果汁取ってくるよ」

ビッケが立ち上がり、後方へ駆けていった。


ということは、これは葡萄酒だ。


…ワインのような味なのだろうか。



「姫さん。共に前に出るか?」

ルゴットが、聖樹を指しながら尋ねた。



「いいえ…っ。ここから見ています」


前に出ても、何をするのか分からない。



「今日は、皆で座っての宴会だ。お前さんらも、座りなさい」


アランフォースとブライアンが、後ろに座る気配がした。



ルゴットとイライジャが聖樹の前に並ぶと、喧騒がゆっくりと消えた。


ラガーグがそっと二人の後ろまで移動すると、ルゴットが口を開いた。



「今年は、村にとって良い年とは言い難かった」


静まり返る一帯に、その声はよく響いた。



「村の者が人攫いに襲われ、ひとりが王都に連れ去られた」


ビッケのことだ。



「山賊どもに門を壊され、家を焼かれた。村にとって、かけがえのない聖樹も切られた」



「……」

また、胸がずきりと痛んだ。



「だがな、誰も死ななかった」


ルゴットの声が、まっすぐに落ちた。



「縁とは…不思議だの」


視線が――こちらに向いた。



「…精霊に、感謝を捧げよう」


すぐに視線を逸らし、聞き入る村人たちへ顔を向けた。



「ひとりも欠けることなく、こうして再び聖樹のもとで祝えることを、感謝しよう」


ルゴットが挨拶を締めると、獣人族の男たちが大きな樽を運んできた。


あれが、一番できの良かった葡萄酒だ。



ルゴットたちは、こちらに背を向けて膝をついた。


それに続き、村人たちも聖樹へ向き直った。


これから、祈るのだろう。



リリアンヌも周りに合わせて膝をつき、右手で額に円を描いて――



「…えっ?」

影を感じ、隣を見上げた。



キリが立ち上がり、聖樹を凝視していた。



「ど、どうしたの?」

服を引っ張り、小声で尋ねた。


近くの人たちが気付いて、こちらをちらちらと見ている。



「リリアンヌ…」

キリは、ゆっくりと聖樹の上を指さした。



「んん…?」


目を凝らし――



「あっ…!」


リリアンヌも、素早く立ち上がった。



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