奉納祭へ①
リリアンヌ視点
――白のちからを、使いたい。
そう願うと、心臓の周りが一気に温かくなった。
これを…抑えて使う。
目を閉じていても、分かる。
ロックたちを繋いでいる場所まで、白い光が広がった。
…もう少しだけ。
湖の端まで、白のちからが届いた。
「…っ」
ここで、がくんと体力が奪われる。
ここまでだ。
「…ふぅっ…」
リリアンヌはちからを止めると同時に、聖樹から手を離した。
ちからの加減が、だいぶ分かってきた。
聖樹にちからを送り始めてから、確実に器が大きくなった。
ちゃんと、成長している。
私も、聖樹も。
「…なんて、贅沢な聖樹なんでしょうねぇ」
後ろで屈むネウロが、しみじみと言った。
「…今夜には、お披露目だからね」
リリアンヌはネウロの横まで下がり、聖樹を見上げた。
「キリ、どうかな?」
ぱっと、隣に顔を向けた。
「切られる前くらい、大きくなった?」
「ほぼ変わらない」
キリはすぐに答えた。
「本当?良かった…」
王都の聖樹と同じくらいまで大きくなった。
ラジャタ村の門ほど高いかもしれない。
根元は二股に分かれ、間に人ひとりが通れるくらいの空洞ができた。
キリが言うには、前もまったく同じ形だったらしい。
「なんとか、間に合ったね」
聖樹にちからを送るようになってから、一週間――
今日は、奉納祭だ。
「…ね、ネウロ!一緒に祈ろうよ」
「ええ?」
「今日は、短めにするから」
返事を待たず、リリアンヌは隣に膝をついた。
「やり方は、知っているでしょう?」
「ええ…僕は、敬虔な信者ですから」
ネウロも合わせ、姿勢を正した。
いつものように、右手で額に円を描く。
二人で両手を組んで、目を閉じた。
いろいろ試したけど、ネウロは結局、ちからを開花しなかった。
聖樹に触れても、
もう一度、聖樹を鑑定してもらっても、
触れてもらった状態で白のちからを送っても駄目だった。
でも、諦めたくない。
きっと、何か方法があるはず。
ネウロのちからが、どうか開花しますように。
彼に、精霊王オーリアの祝福がありますように――
祈り、願う。
「…よし」
リリアンヌは、ぱっと目を開けた。
「…ね、ネウロ…え?」
「……」
ネウロは口を結び、じっとこちらを見ていた。
「…どうしたの?」
「いえ…殿下は、何ごとにも一生懸命だなと」
小さく答えると、そっと立ち上がった。
「ええ?今、それを思ったの?」
今は、祈っただけだ。
「殿下が眩しくて、目が潤んでしまいましたよ」
「……」
相変わらず、どこまで本心かが分からない。
話していて、とても楽しいけれど、
まだ心を開ききっていない気がして、どこか寂しい。
歩き出すと、すぐにビッケが隣に並んだ。
「母ちゃんが、一度家に戻ってこいって」
「ん?お手伝いしなくていいのかな?」
「分かんない。先に戻ってこいって」
「?分かった」
今夜の奉納祭に向けて、女性たちは、朝から大忙しで食事の準備をしている。
村人四百人に加えて、たくさん食べる騎士と兵士がいる。
戻り次第、手伝うつもりだったけれど。
それより――
「今日の奉納祭が終わったら、ちゃんと精霊探しを始めよう」
リリアンヌは、申し訳なさそうな顔をキリに向けた。
「キリに任せっぱなしで、ごめんね」
「反応があるだけで、見つけられていない」
「どの辺にいる、とかは分かるのかな?」
「湖の近くだ」
「そっか…」
それなら、明日からは湖に沿って探していくのがいいのだろうか。
「あ…そういえば、私たちはいつまで村にいていいのでしょうか?」
今度は、後ろに振り向いた。
「どういうことだ?」
ブライアンが、首を傾げた。
「滞在する期間を特に伯父上に伝えていないのですが、大丈夫でしょうか」
一度、どこかのタイミングで王都に戻った方がいいのだろうか。
「ああ…私が伝えているから、大丈夫だ」
「えっ、そうなのですか?」
ずっと一緒にいるのに、いつの間に伝えたのだろう。
兵士の誰かが、報告に行っているのだろうか。
「何も気にしなくていい」
ブライアンが優しく微笑んで言った。
「やっと明朝、騎士たちが治療院から出ていきますからねぇ」
その横で、ネウロが溜息混じりに呟いた。
「騎士の方たちと、相部屋だったの?」
「え?いいえ、違います。僕は、キリさんと同じ部屋です」
「…それって要は、一人部屋じゃない?」
キリは、ずっとビッケの家にいる。
「気の持ちようが違いますよ」
「…もう、適当だなぁ」
くすっと、苦笑いがこぼれた。
―――
「ミホバ、ただいま帰りました」
「お帰りなさい、リリアンヌ様。上に来ていただけますか?」
階段の上から、ミホバの声が聞こえた。
「…何かな?」
「さぁ」
ビッケも分からないようだ。
呼ばれるがまま、二階へ上がった。
「こちらです。すみませんが、エルフさんとビッケは、下で待っていてもらえますか」
ミホバが、貸してもらっている隣の部屋から顔を覗かせた。
「分かった」
ビッケとキリが、再び階段を下りていった。
「どうしたのですか?ミホバ…うわっ…!」
部屋を覗き、思わず声を上げた。
床に、綺麗な布地がたくさん広げてある。
「すごい、綺麗…!」
シルクだろうか。
布地には、それぞれ細かく刺繍が入っている。
「これは、ラジャタ村で昔から着られている衣装なのです」
「はい。みんな着ていますね」
南方風の、民族衣装。
「正確には、ドーガ国の伝統的な衣装です」
「えっ、そうなのですか?」
「カレーも、ドーガ国では日常的に食べられている料理です」
「へぇ…!」
一気に、ドーガがどんなところか気になった。
カレーをよく食べているということは、もしかしたら米が…
「リリアンヌ様。どちらを着られますか?」
「…えっ?」
きょとんと口を開けて、ミホバに顔を向けた。
「せっかくなので、奉納祭にはこちらの衣装を着てみませんか?」
ミホバは穏やかに答えた。
「えっ…ええ!本当に?」
「今朝、皆とそういう話になったのです。リリアンヌ様が着たら、とても似合うだろうなと」
「ほ、本当に…?こんな高そうな衣装を、お借りしてもいいの?」
「ええ、もちろんです」
「ありがとう、ミホバ…!」
リリアンヌは、にっこり笑みを浮かべた。
「すっごい、嬉しい!」
「…どれに、しましょうか」
ミホバは、ふっと微笑んだ。
「瞳の色に合わせて、赤もいいと思いますが」
ミホバが持ち上げた布地は、赤と桃色が綺麗に混ざり合っていた。
「あとは…精霊様に合わせて、白もいいですね」
「綺麗な刺繍…」
白生地に金の刺繍が入っている衣装は、どこか神秘的だった。
「リリアンヌ様は、どれか気になるものはありますか?」
「あの…この衣装が、気になります」
リリアンヌは、そっと黄色い布地を指さした。
初めに部屋へ入った時から、気になっていた。
柔らかく優しい色合いが、どことなくビッケを思わせた。
「…そうですか」
ミホバは静かに頷くと、着付けます、と黄色い布地を手に取った。
「ありがとうございます。…スノウ、窓で待っててね」
リリアンヌはスノウが肩から離れると、すぐに着ていたものを脱いでいった。
「…その傷は、どうされたのですか?」
「ん?」
「先日もお着替えさせていただいた時に、見てしまって…」
ミホバの目は、左肩に向けられていた。
「あ…驚きましたよね。ごめんなさい」
黒い瘡蓋が張りついたような傷跡だ。
初めて見る人は、驚くだろう。
「その…討伐の時に、傷を負っちゃって」
これくらいなら、きっと言ってもいいだろう。
「…リリアンヌ様について伝わるお話を、私は信じていませんでした」
「…え?」
「まず、こちらの下着を着てください」
「あ、はい」
手渡された下着を、頭からかぶった。
肩の傷が、少しはみ出てしまっている。
「それから、下にはこれを」
今度は、スカートのような下着を渡された。
「両腕を、肩の高さに上げていてください」
ミホバはそう言うと、布地をリリアンヌの体に巻きつけていった。
すごい。
長方形の布が、衣装になっていく。
「…リリアンヌ様が精霊の加護を授かり、巨人の化け物を討伐されてきたことは知っていました」
再び、ミホバが口を開いた。
「…ここにも伝わっていたのですね」
ビッケも、私が精霊の申し子と呼ばれていることを知っていた。
というか…精霊の申し子だなんて、いつから呼ばれるようになったのだろう。
「ただ…少し、王族を美化して語っているのだろうなと。正直、そう思っていました」
「……」
ミホバの言葉を、否定できなかった。
「すべて…本当の話だったのですね」
静かな声が落ちた。
「本当に体を張り、国を護っていらしたのですね」
「そう言うと…綺麗な話に、聞こえます」
思わず、苦笑が漏れた。
それに、すべてが本当のことじゃない。
「そんな大きな話ではありません」
「でも、本当に巨人の化け物を討伐されたのでしょう?この村も、あなたは救ってくださいました」
「私は…ただ、目の前のことしか考えていないから」
リリアンヌは、そっと首を振った。
「目の前の人を…大切な人たちを、助けたい」
このちからが、誰かの役に立つのならば。
「ただ、必死で生きてきた。ただ、それだけ」
国のためと思ったことは、一度もない。
「…だから、リリアンヌ様はそんなに苦しそうなのですね」
「…苦しそう?」
「はい。あなたはよく感謝の言葉を口にするのに、人からの感謝を、素直に受け取れない」
ミホバの声は、どこか怒っているようだった。
「感謝は――送り、受け取り、育つもの」
「…え」
「院長の受け売りですが…送られた感謝や敬意を受け取ることも、あなたを成長させます」
「感謝は…送り、受け取り、育つもの」
リリアンヌは、小さく繰り返した。
私は…ちゃんと、人からの感謝を受け取れていただろうか。
「これもまた、私たちからあなたへ感謝の気持ちです」
ミホバは、器用に衣装で傷跡を隠した。
「とてもお似合いですよ」
「…うわぁ」
繊細な布地が、きらきらと輝いている。
まるで、太陽のようだ。
「ありがとう、ミホバ…!」
まさか、民族衣装を着られるなんて。
「髪型を変えてもよろしいでしょうか?」
「…あ」
確かに、この格好に今の結び方は似合わない。
「片側に下ろして、まとめましょうか」
「でも…髪を縛るものが、この白い髪紐しかなくて」
備えの髪紐は、ロミにあげてしまった。
「大丈夫です。飾りも、お貸ししますよ」
ミホバは、金の髪飾りで手早く髪を結んでいった。
それから、大ぶりの耳飾りを着けた。
腕にも、何重にも連なる腕輪を着けてもらった。
ミホバとお揃いだ。
「下に行きましょうか」
「はい。スノウ、行こう!」
衣装に合う履き物まで借りて、準備は万端だ。
「このままビッケたちと、先に聖樹へお向かいください」
階段を下りながら、ミホバが後ろから言った。
「お手伝いは?」
「もう、準備は終わっています」
「何も手伝わず、ごめんなさい…」
「気になさらないでください。その代わり、舟で向かっていただいてもよろしいですか?」
「舟で?」
そういえば聖樹へ初めて向かった時も、院長に舟で行くか尋ねられた。
「ええ。子供たちが…きっと、喜ぶので」
「?」
一緒に乗れるのだろうか。
「ええと…護衛がいいと言ってくれたら、舟で向かいますね」
舟に乗るのは、初めてだ。
できれば、許可が欲しい。
「キリ、ビッケ…!お待たせ」
リリアンヌは、二人の待つ部屋に顔を覗かせた。
「よく似合っている」
「似合うじゃん」
「…えへへ」
二人に褒めてもらえた。
「ビッケ、リリアンヌ様を舟の方にお連れして」
「うん、分かった。リリアンヌ、行こう」
「うん、そうだね」
いつもの流れだと、家の外でブライアンが待ってくれているはずだ。




