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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十三章/ラジャタ村
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振り回される者たち①

イーデン視点



「…またいるぞ」


「目立つなぁ」


部下たちのひそめた声が、後ろから聞こえた。



「話しかけられないか…」


「顔だけでも、覚えてもらって」


また、別の部下たちが囁き合っている。



「……」


イーデンは、心の中で溜息をついた。



「あ、駄目だ。今日はもう、王太子が傍にいる」


「なんで、手伝いに王子がいるんだよ」


部下たちの言葉に、そちらへ顔を向けた。



食事の準備を進める女性陣の中に、場違いなほど目立つ三人組が混ざっていた。


リリアンヌを挟み、ブライアンとエルフが作業をしている。


彼女が何か喋ると、女性たちが、どっと笑った。



たった四日で、随分と馴染んでいる。


彼女が二日眠っていたことを考えると、実質二日だ。


自分がここの村人と打ち解けるまで、何年もかかった。


その差に少し悔しい気もするが、問題はそこではない。



浮ついている部下たちの方が、問題だ。



ブライアンは手を動かしつつ、周囲の動きを気にしていた。


リリアンヌと話しながら、彼女がこちらから見えないよう、さり気なく壁になっている。



イーデンは、再び溜息を漏らした。



――ラジャタ村に、王族リリアンヌ・エラドリオールが精霊を探しに行く


――ただし、村が山賊に襲撃される可能性あり


――滞在期間中は、アルジャ騎士総出で、村近辺の巡回をより強化すべし



そんな勅令が届いた時は、思わず頭を抱えた。



ロデオ総長の娘が、精霊の加護を持っていることは知っていた。


彼女の英雄譚は、あまりにも有名だ。


だが、自分にとってはすべて他人事だった。



ラジャタ村は、山賊ごときにやられやしない。


だが、襲撃の可能性がある村に、なぜわざわざ王族が来るのか。


中止するか、片が付くまで延期すればいい。


さらに、最後の一文には、地方長官と共に首を傾げた。



――リリアンヌの行動を制限しないこと。関わらないこと



本当に…これは、国王からの命令なのか。



国王のことは、よく知っている。


民のことを想う良き王だとは思うが、個人を甘やかすような方ではない。


いくら姪にあたるとはいえ、まさかロデオのように溺愛しているわけでもあるまい。



何の意図があるのか、さっぱり分からなかった。



彼女の行動には、初めから驚かされてばかりだった。


神経毒で動けなくなった村人全員に、白のちからを送って治した。


四百人分の支払いができるほどの財力は、この村にはない。



ブライアンは、彼女が使った白のちからについて一切請求する気はないと言った。


確かに、戦時や災害時に送られた白のちからは、国が負担する。



だがそれは、霊拝師(オランス)たちが癒した数十人のことだけだ。


四百人を…しかも、たったひとりの白の使い手が治すなど、聞いたこともない。


その費用を国が負担するなど、本気なのか。


ラガーグではないが、何の意図があるのか、まず疑った。



ここには、獣人族が多くいる。


彼ら自身が目的かとも疑ったが、ブライアンは否定した。


精霊探しは口実で、本当の目的は獣人族の懐柔ではないのか。


現に、彼女は自ら村人たちと関わろうとしている。



勅令で関わるなと言われていたが、同じ村に滞在する以上、王族を無視するわけにはいかない。


ブライアンと違い、彼女は王族としてこの村に来ている。


そう思い、挨拶に行った。



直接話してみて、これはまずいなとすぐに察した。



噂に違わぬ目を引く容姿で、精霊を肩に乗せた姿は、神々しくもあった。


それとは対照的に、庶民のような服装や、王族らしからぬ話し方にはどこか親しみを持てた。



自分の人相が悪いことは、自覚している。


初対面の者には怖がられてしまうが、彼女は躊躇いなく自分へ話しかけた。


さすがあのロデオの娘だなと思ったが、何か違う。



成人前とは思えぬほどしっかりしているかと思えば、突然、意図の読めない質問をする。


まるで、世間話をしているかのような…



王族特有の近寄りがたさが、彼女にはなかった。


距離が、近すぎる。


護衛としてアランフォースとブライアンがいる意味を、すぐに理解した。



部下の中には、野心家も多くいる。


滅多にない王族との接点に、何か好機はないかと狙っている。


彼女に取り入り、あわよくば見初められようと考える者もいる。


今のところ話しかける隙がないが、時間の問題だろう。


彼女は、誰にでも自ら話しかける。



正直…早く帰ってほしい。



精霊を見つけることが目的なら、それに集中してはくれないか。


獣人族を懐柔することが目的なら、手っ取り早く村長を丸め込めばいい。


こんなふうに無防備に、どこへでも顔を出さないでほしい。



――リリアンヌの行動を制限しないこと。関わらないこと



あれは…自分たちに対する、牽制か。


こうなると分かったうえでの勅令だったのか。



「…それでアランフォース様、明日はどうします?」


門の方から、アランフォースと王都の兵たちが戻ってきた。



「今まで通り二人、門の見張りに回れ」

アランフォースは歩きながら、淡々と兵士に返した。



「残りは、アルジャの騎士の指示に従え」



「分かりました」



「……」

イーデンは小さく息を吐き、そちらへ歩み寄った。



「アランフォース殿。少し、話せるだろうか」



「……」

アランフォースは、ちらりとリリアンヌのいる方へ目を向けた。


今はブライアンと並んで石に腰掛けている。



「…分かった」

そのまま治療院の陰へ向かい、イーデンも後に続いた。



「…なぜ、リリアンヌ殿下を自由にさせているのだ」

イーデンは、すぐに切り出した。



「正直、迷惑だ」



「勝手に浮かれているのは、貴殿の部下たちだろう」

アランフォースは、くっと眉を寄せた。



「ここは、王都ではない。王族が村にいることが、どれほど刺激になるか分かっているのか」

イーデンはさらに言い返した。



「当然だ」



「それでも、リリアンヌ殿下を止める気はないのか」



「ない」



「それは、勅令があるからか」


やはり、獣人族の懐柔を国王から――



「違う」

アランフォースは、きっぱりと否定した。



「ではなぜ、リリアンヌ殿下はこんなことをしている。目的が精霊を探すことなら、それに集中すればいい」


いるとは、思えないが。



「彼女が自由に動くために、我々護衛がいる」

アランフォースは、まっすぐに言い切った。



「殿下の行動を制するのは、貴殿の役目ではない」



「……」

イーデンは、思わず顔をしかめた。



なぜ、リリアンヌをここまで甘やかしているのか。


アランフォースは、国王の後ろに付き従い、忠実に命令を守る男という印象しかなかったが…



「…失礼する」



「あ、おい」


アランフォースが勝手に話を終わらせ、足早に去っていった。



治療院の陰から出ると、村長が向かってきているのが見えた。


リリアンヌの方を目指している。



「アランフォース、お疲れ様でした」

リリアンヌが身を乗り出し、ブライアンの横から顔を覗かせた。



「今日の夕飯は、牛肉のシチューですよ」



「そうですか」

アランフォースがこちらに背を向け、ブライアンごとリリアンヌを隠した。



「……」


分からない。


そこまでするのに、なぜ大人しく滞在先に留めておかないのか。



「はい、隊長様」


いつの間にか隣で、獣人族の女性が食事を差し出していた。



「…ああ、ありがとう」

イーデンは、はっとその皿を受け取った。



「いつも、すまないな」



「いいんです!騎士様のおかげで、安心して夜も眠れますから」



「…そうか」


彼女は、こんなにも笑っていただろうか。


獣人族は皆、淡々としている印象があったが。



イーデンは皿を手に、あえてリリアンヌたちの近くで腰を下ろした。



「リリアンヌ殿下」


「!イライジャ村長」


アランフォースの向こう側で、リリアンヌが立ち上がった。



「あなたが、ここで手伝いをしていると聞きましてな。驚きましたぞ」



「勝手をして、ごめんなさい。でも泊めていただいている以上、何かしたくて…」



「村長!働かざる者食うべからず、ですよ!」


女性陣から、またどっと笑い声が溢れた。



「ええと…そういうことです」

リリアンヌは、恥ずかしそうに言った。



「…よく分かりませんが、随分と打ち解けましたな」



「みんな、良い方ばかりです」



「そう言ってもらえて、嬉しいですぞ」



「あの、村長。わざわざ、どうされたのでしょうか?」



「おお、あなたが、奉納祭を企画されたと聞きましてな」



「…私が、企画したわけでは」



「ぜひ、やりましょう」



「本当ですか…!」

リリアンヌの嬉しそうな声が、辺りに響いた。



「村長、ありがとうございます…!」



「それで、日程ですが。門の修復が、あと数日ほどで終わりそうでしてな」


そういえば、彼女は門がいつ直るか気にしていた。


このことだったのか。



「奉納祭は、七日後。いかがでしょうか」



「……」

アランフォースが、小さく頷いた。



「はい、大丈夫です…!」


その後、また嬉しそうな声が聞こえた。



「…あ、イーデン隊長!」


ふいにリリアンヌが、アランフォースの奥から顔を覗かせた。



「!」


咄嗟に立ち上がり、思わず自分まで部下たちから彼女を隠した。



「…なんでしょうか」



「イーデン隊長たちも、奉納祭に参加しますよね?」



「…はい?」


ここの奉納祭については、知っている。


もちろん、参加したことはない。



「リリアンヌ殿下…」


「そうですな。騎士様方には世話になった」


アランフォースの咎める声と、村長の返す声がかぶった。



「もてなしの意も込めて、参加していただけませんかの」



「あら、騎士様も参加するなら、たくさん料理を準備しなくちゃ」


「酒もだね!」


「七日後かぁ。こりゃまた、忙しくなるね」


女性たちは、どこか嬉しそうだ。



「みんなで楽しめば、きっと、聖樹も精霊たちも喜ぶから」

リリアンヌは、アランフォースを見上げてにっこりと笑った。



なるほど。


精霊のことは、考えていたのか。



「…分かりました。参加させてもらいましょう」

イーデンは、こくりと頷いた。



「わぁ、良かった!」



「……」

喜ぶリリアンヌの横で、アランフォースが静かにイーデンへ視線を向けた。



「もちろん、オルトたちも全員参加だからね」


「えっ、私たちもですか!?」


何も気づかないリリアンヌは、兵たちへ笑いかけている。



「……」


王族からの誘いを、無下にするわけにはいかない。


睨むアランフォースを無視して、イーデンは再び腰掛けた。



「ああ、それからリリアンヌ殿下」

イライジャが、はたと口を開いた。



「なんでしょうか?」



「ラガーグの家では、何かと不便もありますでしょう。我が家へいらっしゃいませんか」



「…え?」



「あなたの屋敷に比べたら手狭かとは思いますが、うちには使用人もおります。今よりはまだいいでしょう」



「……」



「ミホバには、私の方から」



「あ、あの…村長」

リリアンヌは、おずおずと切り出した。



「できれば…このまま、ビッケの家にいたいです」


ビッケとは、リリアンヌの傍にいる獣人族の子のことだろう。


人攫いに遭い、彼女たちとここまでやってきたと聞いた。


到着した日に、リリアンヌの件で親子喧嘩をしていたことを思い出した。



「とても居心地がいいので…」



「…そうですか」

イライジャの声が、和らいだ。



「我が家は風呂が自慢でしてな。ぜひ、体験していただきたかったのですが」



「えええ!お風呂があるの!?」


奉納祭が決まった時より、さらに大きな声だった。



「あの…村長、そのっ…お風呂だけを、借りることは」



「もちろん、いいですぞ」



「本当っ!」



「…リリアンヌ殿下」

アランフォースが、とうとう眉間を押さえた。



「アランフォース…お願い」



「…分かっています」



「リリアンヌ。あとで、話そうか」

ブライアンが、そっと口を挟んだ。



「?分かりました…」



「それでは、後ほどお待ちしておりますぞ」

イライジャは一礼すると、その場を離れていった。



「お前、本当風呂好きだな」



「ビッケが、嫌いすぎるだけだよ」



「熱いじゃん」



「熱くないって」

リリアンヌは、おかしそうに笑った。



「じゃあ、ビッケ一緒に――」



「リリアンヌ。早く食べないと、冷めてしまう」

ブライアンが腕を引き、座らせた。



「あ…ごめんなさい」


やっと静かになり、再び女性たちの声だけが聞こえ始めた。



本当に…分からない。



ここまで振り回されてなお、彼女を止めない意味が。


彼女は、王都でもこんなに自由なのだろうか。



だが、ひとつだけ分かったことがある。


リリアンヌ自身には、何の思惑もない。


思うままに発言し、動き、心から楽しそうにしている。



邪推しているこちらが、馬鹿らしくなってくる。


ただ気ままに旅する少女に、自分が余計な干渉をしている気さえした。



――リリアンヌの行動を制限しないこと。関わらないこと



あれは…牽制ではなく、警告か。



…まさか、国王まで振り回されているのではないのか。


この、どこか人を惹きつける少女に。



――関わると、振り回されるぞ



意地の悪い笑みを浮かべる国王の声が、聞こえた気がした。



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