聖樹のふしぎ②
リリアンヌ視点
「…あ」
リリアンヌは、ふと振り返った。
離れたところで、ラガーグがビッケの腕を掴み、呆然と立っていた。
ラガーグの後ろから、ルゴットがひょいと顔を出した。
「ルゴット院長…勝手をしてしまい、申し訳ありません」
許可も貰わずに、勝手に白のちからを送ってしまった。
「長く生きてきたが…こんな不思議なことは、初めてだの」
ルゴットは、ゆっくりとリリアンヌのもとまで進んだ。
「やはり聖樹は、他の樹とは違うようだな」
「そう…ですね」
樹に掴まれるなんて、初めての経験だ。
「聖樹は、長く精霊と生きてきた」
ルゴットが、よいせと隣に座った。
「なあ、そうだろう?」
「…そう言われている。精霊は、聖樹が好きだ」
視線を向けられたキリが、小さく頷いた。
「エルフさんの言う通りだの。精霊と生きてきた聖樹が、何かしらちからを持っていても不思議でない」
「聖樹が、精霊の加護を持っているということでしょうか」
リリアンヌは膝をつき、ルゴットへ向き直った。
「どうだろうなぁ。だが、そう思えばさっきのことも理解できるの」
ルゴットは、考えるように顎をさすった。
「加護を持っていた、が正しいかもな」
「持っていた?」
「加護を持っていた者の子孫に、同じちからを持って生まれる者がいるだろう」
「はい、そうですね」
「それと、一緒なんだろうな」
「?…聖樹の先祖が、加護を持っていたということですか?」
聖樹の先祖とは…なんだろう。
「いや、逆だ。この聖樹に加護を与えた精霊が、消えてしまったんだろう」
ルゴットは根元に目を向けたまま、静かに答えた。
「精霊が先に消えて、与えられたちからだけが残った」
「聖樹に加護を与えた精霊は…消えてしまったのですね」
消えてもなお、ちからだけは残っている。
なんだか、悲しかった。
「いつ…消えてしまったのかな」
「もう、ずっと前の話だ。今の儂らには、どうすることもできないくらい前だな」
ルゴットは、優しく微笑んで答えた。
「姫さんよ。白のちからを、しばらく送りに来ると言ったな」
「はい。許可を貰えるでしょうか」
「許可も何も、儂のもんじゃない」
「では…どなたに許可を貰えばいいのでしょうか」
村長か…それとも、地方長官だろうか。
「そういう意味では、国王だろうな」
「国が管理しているということですか?」
「それに近いかの」
「…ええと」
ちらりと、後ろに顔を向けた。
いつの間にか全員が自分たちを囲み、会話を聞いていた。
その中で、目当ての人物を見つけた。
「ブライアン様…許可を貰えますか?」
「…君が、望むままに」
ブライアンは、ふっと微笑んで頷いた。
「私が責任を持とう」
「ありがとうございます…!」
リリアンヌは礼を言うと、すぐに前へ顔を向けた。
「ルゴット院長。許可が出たので、明日からしばらくここに通いたいと思います」
「…儂からも、お願いしたい」
ルゴットは、静かに頷いた。
「聖樹がどうなるか、儂も見届けたい」
「どう…なるのでしょうか」
今は、地面から短い幹がいくつも突き出ているだけだ。
「さあなぁ」
ルゴットは曖昧に答えながら、姿勢を正した。
「姫さんも、一緒に祈るか?」
「祈る?」
「もう、長年の習慣でな。聖樹に祈りを捧げている」
「一緒に、祈ります」
すぐに、聖樹へ体を向けた。
右手で額に円を描き、その手を胸元まで下ろす。
両手を組み、頭を少しだけ下げる――
「精霊王オーリアの祝福が、姫さんたちにありますよう」
隣で、ルゴットが祈った。
「……」
リリアンヌは、そっと目を閉じた。
聖樹は、世界ができた時から存在していると聖典に書かれていた。
それが事実かは分からないけれど、王都にある聖樹を見れば本当かなと思う。
何千年もの年月をかけて、あそこまで大きくなったのだろう。
きっと、ここの聖樹もそうだったはずだ。
どうして…こんなひどいことができるのだろう。
どうしてお金のために、こんなかけがえのない存在を切れるのだろう。
この聖樹が、再び、大きく育ちますように。
もう二度と、傷つけられることがありませんように。
「ああ…姫さんの波動は、温かいな」
「…え?」
祈る手を下げ、隣へ顔を向けた。
「姫さんの白が、皆を温めておる」
ルゴットの優しく細めた目が、こちらを見ていた。
「…オーラが、見えるのですか?」
「アウラ、だな。ちからの色の話じゃない。姫さん自身が積み重ねてつくってきた色だ」
「積み重ねて、つくってきた色…」
そんなものが、見えるなんて。
ちからの一種なのだろうか。
「波動は、環境で大きく変わる」
「…はい」
なんだか、少し難しい話だ。
「姫さんに自信がないのは、環境のせいだな」
「はい……え?」
リリアンヌは、きょとんと目を瞬いた。
「敵も味方も。すべてが、姫さんの自信を奪っている」
「…え」
味方も――?
「姫さんの優しさを踏みにじるような奴が、この世には多くいる」
ルゴットは一瞬、ちらりと後ろに目を向けた。
「そのちからを妬む者も、いるだろうな」
「それが…敵ですか?」
どこかで、聞いた話だ。
「そうだの」
ルゴットが、静かに頷いた。
「そいつらに負けるなよ、姫さん」
「…!」
「そんな奴らに負けたら、なんにも変えられんぞ」
まるで、心を見透かしているような言葉だ。
「姫さん自身が戦って、勝つんだ」
「…戦う」
戦いとは。
剣を振るうことや、ちからを使うことだと思ってきた。
けれど。
価値観の違いを嘆くのではなく――戦う。
拒絶を恐れるのではなく――戦う。
自分の目指す世界のために――戦う。
「…戦って、いいのですね?」
リリアンヌの目に、力が宿った。
「当たり前だ。ただし、必ず味方と一緒にな」
ルゴットが、後ろを指さした。
その指は、一緒に旅してきた者たちを示していた。
「お前さんらの仕事は、姫さんを護ったり止めたりすることだけじゃないぞ。それじゃあ、ただの用心棒だ」
ルゴットは指した男たちに向かい、にやりと笑みを浮かべた。
「共に戦って、初めて仲間になる」
「……」
この人は…
一体、何者なのだろう。
「儂は、ただ長生きしているだけの爺だ」
ルゴットが、また心を読んだかのように答えた。




