聖樹のふしぎ①
リリアンヌ視点
「ここからは、歩いて向かった方がいい」
しばらく進んだ後、先導していたルゴットがひらりと馬から降りた。
リリアンヌは繋いでいた手を離し、ロックから降りた。
馬を樹に繋ぎ、さらに森の奥へ進んだ。
明るく陽が差していた森が、どんどん暗くなってきた。
やけに、落ち葉が目立つ。
動物や虫の気配が、ない。
空気が、沈んでいる。
瘴気とはまた違う…嫌な感じがする。
ふいに、ルゴットがぴたりと足を止めた。
「姫さん、ここだ」
「…?」
後ろから見たら、何もないように見える。
ルゴットのいる場所まで進んで、隣に並んだ。
「…こ、これが、聖樹…?」
ぎょっとして、声が裏返った。
ぶつ切りにされたような太い幹が、いくつも地面から突き出していた。
根元は黒ずみ、焼け焦げたように変色している。
聖樹の証である光は、どこにも見当たらなかった。
「…ひどい」
「…ひどいことをするよな」
ルゴットが、静かに呟いた。
「光ってない…」
「そりゃな。こりゃもう、死んどる」
「……」
キリが根元の前まで進み、屈み込んだ。
リリアンヌは後を追い、その隣に膝をついた。
「私が精霊の反応を捉えた時は…生きていた」
「…うん」
「ホ~…」
スノウの声も、寂しそうだ。
「…今は、精霊の反応は感じる?」
「……」
キリは、そっと目を閉じた。
「…反応はある」
しばらくして、静かに答えた。
「だが、この辺りにはいない」
「…そっか」
これから、どうしよう。
どうやって精霊を探せばいいのかも分からない。
私には、何も感じない。
「生きて…いますけどねぇ」
「えっ?」
リリアンヌは、ぱっとキリと反対側に顔を向けた。
いつの間にか隣に屈んだネウロが、指先を青く光らせて根元に触れていた。
「この樹は、生きています」
「…樹の鑑定もできるの?」
「したことなんて、なかったんですけどね。樹が生きているなんて結果が出たのは、初めてです」
ネウロは手を離し、しげしげと根元に目を向けた。
「生きているなら…どうにかできないかな」
リリアンヌも、同じように根元へ視線を向けた。
「どうにかって、何です?」
「ええと…」
白のちからは、効くだろうか。
薬療院の菜園のように、栄養が行き渡って、育たないだろうか。
…生きているなら。
「……」
リリアンヌは両手を伸ばし、何気なく聖樹の根元に白のちからを送った。
いくつも突き出す太い幹が、ふわりと白い光で包まれた。
柔らかく幹を照らし、少しずつ光を広げていく。
徐々に光が薄れ――
次の瞬間。
不意に、幹が蔓のように伸びた。
「えっ」
伸びた蔓が、リリアンヌの両腕をがしりとからめとった。
「…!」
キリがすぐに反応し、リリアンヌの右腕を掴んだ。
「殿下!」
ネウロも気付き、左腕に手を伸ばした。
――バチィィンッ…!
別の蔓が、二人を弾き飛ばした。
「キリ!ネウロ!!」
振り向こうとした瞬間、腕を蔓に強く引っ張られた。
「あっ…!」
引き込まれる――
今度は、ものすごい力で後ろへ抱き寄せられた。
後ろから手が伸ばされ、腕から蔓を引き剥がした。
――バチン…ッ!
「!アランフォース…!」
蔓に弾かれたアランフォースの指が、ありえない方向を向いた。
すぐに白のちからを送った。
白のちからを感じた聖樹は、さらにリリアンヌの腕を、ぎぎぎと引っ張った。
「…今は、白のちからは駄目です!」
「…つぅっ…!」
腕が、ちぎれてしまいそうだ。
「こりゃ、たまげたの…!」
「院長、下がって…!お前もだ、ビッケ!」
後ろの方から、ルゴットとラガーグの声が聞こえた。
ふいに頭上が暗くなり、ぱっと空を見上げた。
「…うそ」
空高く伸びた大量の蔓が、一斉に迫ってくる――
「わ、わっ!」
「…!」
後ろから頭を覆われ、何も見えなくなった。
「ホ~…!」
――バチバチィッ…!
「えっ…スノウ!?」
――ドドドドドドドドッ…!
「…!」
今度は、ブライアンの光の連撃の音だ。
アランフォースの腕が頭から離れ、暴れる聖樹の様子が見えた。
襲ってきた蔓の先端が、スノウとブライアンの攻撃によりちぎれていた。
――ブォォンッ…
バシィィンッ…!
いくつもの蔓が、鞭のようにブライアンを襲っている。
ブライアンは軽やかに避け、再び光の連撃を根元に繰り出した。
ぶちっと蔓が根元から切れて、地面に力なく落ちた。
「…ブライアン様!待っ…」
叫んだ瞬間、また絡みついた蔓に前へ引っ張られた。
「いたっ…」
アランフォースが赤く手を光らせ、巻きつく蔓を強引にちぎっていった。
「アランフォース!」
キリの声と同時に、一瞬、後ろに引かれる力が弱まった。
今度は、キリがリリアンヌを後ろから支えた。
アランフォースは暴れる蔓を軽々と避け、大剣の柄を握りながら聖樹の中心へ飛び込んだ。
スノウがアランフォースの肩にとまり、体を白く光らせた。
そのまま、大剣が振り下ろされる――
「…アランフォース!駄目!!」
張り上げた声が、響き渡った。
大剣が、ぴたりと宙で止まった。
「スノウも、待って…!斬っちゃ駄目!」
リリアンヌは、必死で言葉を続けた。
「引っ張ってるだけで、私のことは攻撃していないの!」
その言葉に、蔓の動きが遅くなった。
腕を引っ張る力も、弱まった。
「…白のちからが、欲しかったのかな?」
同意するように、巻きつく蔓が、ぽとりと解けた。
「そうなのね?」
力なく落ちた蔓が、しゅるしゅる…と根元へ引っ込んでいった。
あっという間に、ぶつ切りにされた状態へと姿を戻した。
「……」
キリは、支えていたリリアンヌをそっと下ろした。
「リリアンヌ殿下、申し訳ありません…!」
ネウロが、すぐに駆けてきた。
「僕が余計なことを言いました」
額が切れて、血が滲んでいる。
「ううん。聖樹が生きていることを知れて、良かった」
リリアンヌは右手を伸ばし、ネウロの額に白のちからを送った。
「殿下…!先日、無茶したばかりでしょう」
「無茶なんて、してない」
リリアンヌはネウロに短く答えると、根元の方へ目を向けた。
「アランフォース…もう一度、聖樹に白のちからを送りたい」
「……」
アランフォースは突き出した幹の間に立ったまま、何も答えなかった。
「お願い」
どれくらい白のちからを送ればいいかは分からないけれど、
無茶は、しない。
「…また聖樹があなたを狙った場合、今度こそ、私は斬ります」
「…そんな」
「それが、条件です」
アランフォースは鋭く言い切った。
「…分かりました」
リリアンヌは、こくんと頷いた。
アランフォースとブライアンは、慎重に根元の脇まで移動した。
アランフォースは、大剣を抜いたままだ。
すぐ後ろには、キリが構えている。
聖樹に、理解してもらわなくちゃ。
この聖樹は、白のちからが嬉しくて興奮しただけだ。
生きたいと、願っている。
「……」
リリアンヌは、そっとその場に屈み込んだ。
「これから…白のちからを、送ります」
地面に両手をついて、突き出た幹へ視線を向けた。
聖樹は、言葉を理解している。
そう信じて。
「足りなければ、何度でも送りに来るから」
きっと、大丈夫。
「…誰にも、攻撃しないで」
リリアンヌが言い切ると同時に――
聖樹の根元が、
周囲の枯れた木々が、
周りにいた、全員が。
一気に、白い光に包まれた。
森の中に、柔らかい光が広がっていく。
「…どうかな」
光が収まった頃、そっと尋ねた。
黒ずんでいた幹がぱりぱりと剥がれ、樹の色に戻った。
けれど、蔓はもう伸びなかった。
「…まったく足りないのかな」
聖樹はもう、何も反応しなかった。
「…ネウロ」
「ええ」
ネウロは、すぐにリリアンヌの隣に屈んで根元に触れた。
指先が、青く光る。
「…生きていると、変わらず出ています」
「…じゃあ、また明日、送りに来る」
精霊探しとは、関係ないかもしれない。
でも、無関係とも思えない。
「しばらく、白のちからを送りに来る」
それに、私に助けを求めたこの聖樹を、どうにかしてあげたい。




