のしかかる罪悪感
リリアンヌ視点
「ビッケの家、大きいね」
外から見て、驚いた。
横長の二階建てで、周りに並ぶ家よりもずっと大きい。
「お前が言うなよ」
呆れるように言われてしまった。
「ラガーグは、何をしている人なの?」
「副村長」
「へぇ…!すごい」
リリアンヌは目を丸くして振り向いた。
「じゃあ、ビッケも次期副村長?」
「なんで?」
「息子が、継ぐのかなって」
「違うよ。村長も副村長も、選ばれて決まる」
「そうなんだ…ビッケのお父さんは、人望がある方なんだね」
少し話しただけでも、分かった。
ラガーグは厳格で、周りから頼られていそうだ。
「…そう思ってたけど」
ビッケが、小さく俯いた。
「…けど?」
「リリアンヌ」
「え?はい」
キリに呼ばれて、会話が途切れた。
「あれ」
「あれ?…あ」
キリが指す方から、アランフォースとブライアンが向かってきていた。
「リリアンヌ。起きたんだな」
「…ブライアン様、アランフォース。ご迷惑をおかけして、ごめんなさい」
リリアンヌはやってきた二人に向かい、深々と頭を下げた。
「…いいから。君が目覚めて、良かった」
ブライアンは肩を掴むと、優しく頭を上げさせた。
「リリアンヌ殿下。体調は大丈夫なのですか」
「はい。…いっぱい、寝たから」
リリアンヌは、そっとアランフォースから目を逸らした。
「あ、スノウ」
またアランフォースの肩にとまっている。
「…今日は、どういたしますか」
「ええと…まずは状況を知りたいのだけど、門の方に行ってもいいでしょうか?」
この辺りは、静かで誰もいない。
遠くから微かに、カンッ、コンッと金槌の音が聞こえていた。
「襲撃の件は、もうアルジャの騎士に任せています」
アランフォースは、静かに首を振った。
「あの…私は本当に、精霊探しを進めてもいいのでしょうか」
「もちろんです」
「……」
これは…遠回しに、襲撃の件には関わるなと言われているのだろうか。
「…では、聖院に行きたいです」
リリアンヌは、諦めたように言った。
「院長が、私にお話があるようなので…」
「分かりました」
アランフォースは頷くと、静かにリリアンヌの後ろへ下がった。
ブライアンまで、同じように後ろに回った。
「…ビッケ、聖院の場所を教えてくれるかな?」
「ん、こっち」
ビッケの案内で、みんなで聖院へ向かった。
聖院は、ビッケの家からほど近い場所だった。
この辺りは門から離れた湖側に位置していて、襲撃の跡はない。
聖院の扉を開けると、すぐにネウロの姿が目に入った。
「おや、リリアンヌ殿下。目覚められたのですね」
「ネウロ…!やっと会えたね」
ネウロとは、村に入った後に会った記憶がなかった。
「!あ…」
リリアンヌは、びくりと足を止めた。
ネウロの奥に、村人たちが長椅子の前で立ち上がっていた。
全員振り向き、こちらを見つめている。
「あの…お祈りの邪魔をしてしまって、ごめんなさい」
獣人族の男性たちだ。
「気になさんな、姫さん」
獣人族たちの間から、人族の老人が手を上げて現れた。
白い長衣を着ているけれど、霊拝師のものとは違う。
真っ白な髪を後ろで一本に結んで、大きな輪状の耳飾りをしている。
すごく…不思議な雰囲気をまとった老人だ。
「こちらへおいで」
「あ…はい」
手招きされるままに、老人の近くまで進んだ。
隣に並ぶビッケが、ちらりと後ろへ視線を向けた。
「…?」
「儂は、ここの院長をやってるルゴットという」
リリアンヌが後ろへ視線を向ける前に、老人が口を開いた。
「姫さん、起きたようで安心したぞ」
「ルゴット様」
「様なんて、やめとくれ。皆、儂のことは院長と呼ぶ」
「ルゴット院長。先日は、きちんとご挨拶できずに失礼しました」
「そんなことは、どうでもいい。まあ、座ってくれや」
ルゴットが、空いている席を指した。
「…ええと」
先客たちが、いたのではないだろうか。
「ああ…お前たち、話は終わりだ。作業に戻れ」
立ちすくむ獣人族の男たちに、ルゴットは手で追い払うような仕草を向けた。
男たちは素早く視線を交わすと、ゆっくり歩き出した。
「…あの」
そのまま、リリアンヌの前で足を止めた。
「俺たちを救っていただき、ありがとうございました」
その言葉に続くように、男たちが深く頭を下げた。
「っ…頭を、上げてください」
リリアンヌは、慌てて口を開いた。
「あの…体調は、問題ありませんか?」
「ええ、はい…」
礼を言った男が、慎重に答えた。
「それなら、良かったです」
「……」
男たちは頭を半端に上げたまま、リリアンヌへ視線を向けた。
何か、言いたげだ。
「その…私たちは、精霊を探しにここへ来ました」
ラガーグに、挨拶は不要と言われたけれど…
やっぱり、一言伝えておきたい。
「…はい。お伺いしています」
別の獣人族が、小さく頷いた。
「私たちは、しばらくこの村に滞在させていただくことになると思います」
「…はい」
「もし困ったことがあったら…いつでも、おっしゃってください」
「…困ったことがあったら?」
「私は…白のちからを送ることくらいしか、お返しができないから」
「…!」
男たちは、小さく息を呑んだ。
「…姫さんの言うお返しとは、何かね?」
ルゴットは、静かに尋ねた。
「この村に、泊めていただくお礼です」
「姫さんにとって、泊まることと白のちからを送ることは、同等の価値だと思ってるのかね?」
「…いいえ。白のちからが貴重なことは、知っています」
リリアンヌは、ゆっくりと首を振った。
「でも…村がこんな状況で、他所から人が来たら…」
そのまま、視線が下に向いた。
「しかも、王族が来るなんて…きっと」
どんどん頭が下がり、足元しか見えなくなった。
「きっと、不快だと思うから…」
『手助けは不要ですし、こちらから協力することもありません』
『村の者たちには関わらないでいただけますか』
『ビッケにも、これ以上――』
「お前が姫さんに何を言ったか、分かったか。ラガーグ」
「えっ?」
鋭い声に、リリアンヌは、ぱっと顔を上げた。
ルゴットが視線を向ける扉の脇に、ラガーグが静かに立っていた。
「…あ」
「……」
ラガーグは、じっとリリアンヌを見つめていた。
「……」
思わず、一歩下がった。
「…!」
手を、誰かに握られた。
「…ビッケ」
ビッケが隣に並び、ラガーグを睨みつけていた。
その間に、ラガーグはゆっくりとリリアンヌの前まで進んできた。
「…リリアンヌ殿下」
「…はい」
「状況が分からなかったとはいえ、私は、あなたに失礼な態度を取りました」
「…いいえ。何も失礼なことなど」
「大変、申し訳ありませんでした」
ラガーグが、深く頭を下げた。
沈黙が、辺りに落ちた。
「…頭を、上げてください」
リリアンヌは、ゆっくりと返した。
「謝っていただくようなことは、何もありません」
「…それから、村人をお救いいただき、ありがとうございました」
ラガーグは頭を下げたまま、淡々と続けた。
「ビッケも、リリアンヌ殿下が助けてくださったと聞きました」
「…いいえ。ラガーグ、ですから」
「それにも関わらず、あのような態度を取り、本当に――」
「頭を、上げてください…!」
「…!」
ラガーグは、はっと頭を上げた。
「その…違うんです」
リリアンヌはぎゅっと目を瞑り、小さく首を振った。
「…そうじゃなくて」
私に、礼を言う必要なんてない。
「私…は」
ビッケを、人攫いから助けられなかったことも。
村の襲撃を、防げなかったことも。
過去、人族が獣人族を差別してきたことも。
「私は…何も、救えていないから…」
何も、できなかった。
「リリアンヌ。それは、違うだろ」
「…え?」
力の込められた手に、視線を隣に落とした。
「お前は、山賊が村を襲う可能性にすぐ気付いた」
ビッケは、真剣な表情を向けていた。
「…でも、間に合わなかった」
リリアンヌは、力なく呟いた。
「間に合った。誰も死んでない」
「みんな、毒で苦しんだ」
「お前が、治しただろ」
「…家が、燃えちゃった」
「そんなの、建て直せばいいだけだ」
「ビッケを…人攫いから、助けてあげられなかった」
「助けてもらった」
「私は、ビッケを見つけただけ…」
勝手にこぼれた涙を、そっと拭った。
「お前が、オレを助けた」
ビッケは、再び手をぎゅっと握りしめた。
「お前が、何も知らなかったオレを変えた」
「…ビッケを、変えた?」
「ここにいたら、何も知らないままだった」
「…そんなこと」
「そんなこと、あるんだよ」
俯くリリアンヌの顔を覗き込み、まっすぐな目を向けた。
「オレを助けられなかったなんて、言うなよ!」
「…ビッケ」
ああ…
本当に。
変わるなんて言って、何度も同じことを繰り返している。
また、下を向いていた。
また、誰かを傷つけてしまうところだった。
「いつものあれ、返してやれ」
ビッケは、にっと笑ってみせた。
「いつものって、なあに」
それがおかしくて、あはっと笑った。
息が、吸える。
重く俯いていた頭が、自然と上を向いた。
リリアンヌはもう一度目を拭い、小さく息を吐いた。
「ラガーグ」
ビッケと手を繋いだまま、ラガーグに顔を向けた。
「……はい」
間を置いて、ラガーグも向き直った。
「感謝の気持ちは受け取りました。ですが、謝罪はいりません」
「私は、王族に対して非礼を働きました」
「ここは、あなたたちの村です。王族も何も関係ありません」
リリアンヌは、きっぱりと言った。
「その代わり…私も、遠慮するのはやめるので」
「…遠慮、とは?」
ラガーグは、小さく眉を寄せた。
「引け目を感じることを、やめます」
過去のことに引け目を感じて、距離を置く必要はない。
私から変わろうとしなければ、何も変わらない。
「だから私も…謝罪ではなく、感謝を伝えます」
私が言うべき言葉は、謝罪なんかじゃない。
「私たちを村に迎え入れていただき、ありがとうございました」
笑って、お礼を。
下を向いていては、見えるものも見えなくなってしまうから。
「……」
ラガーグの瞳が一瞬、揺れた。
「…ぐずっ」
小さなすすり泣きが響いた。
ラガーグの後ろに立つ獣人族が、目元を拭っていた。
「えっ」
「無理だって…」
その隣の男が、そっと顔を背けた。
「あ、あの…」
「見事だの」
成り行きを見守っていたルゴットが、遮るように口を開いた。
「そうだ、姫さん。謝ることは簡単だ。礼を言う方が、何倍も難しい」
「その…こんなふうにしてしまうつもりは、ありませんでした」
言われたそばから、謝りたくなった。
「もういいだろ。お前たち、さっさと作業に戻らんか」
ルゴットは、再び追い払うような仕草を向けた。
「ラガーグ。それで、お前はどうするんだ?」
「…残ります」
ラガーグはルゴットに短く答えると、扉の端へ戻っていった。
「お前らは、出ろ出ろ」
ルゴットに促され、獣人族の男たちが聖院から去っていった。
村人たちが去るのを見届けると、ルゴットは改めて空いた席を示した。
「姫さん、やっと話ができるの。座ってくれや」
「あ、はい」
ビッケとキリに挟まれ、席に着いた。
一つ後ろの席に、ネウロが座る気配がした。
アランフォースとブライアンは、近くで立っているのだろう。
「…さて、姫さん」
ルゴットが、前列の長椅子に寄り掛かった。
「精霊を探しに来たと、伺ったがの」
「はい、その通りです」
「どこか、目処はついているのかね」
「それは…」
リリアンヌは、ちらりとキリに視線を送った。
まだ、詳しい話が何もできていなかった。
「あの聖樹の近くで、精霊の反応を捉えた」
視線を向けられたキリは、ルゴットに答えた。
「ははぁ…お前さんは、あそこで精霊を探しておったんだの」
「…ん?聖樹…?」
ラジャタ村に聖樹なんて…
“物語”には、なかったはずだ。
「ふむ…」
ルゴットは腕を組み、ゆっくりとリリアンヌとキリを見比べた。
「あの聖樹だがな、切られてしまった」
「き、切られた…!?」
リリアンヌは、ぎょっと目を丸くした。
「切られたって…どういうことですか!?」
聖樹は、この国の宝とされる存在のはずだ。
伐採は、もちろん禁止されている。
「聖樹を高値で買う国があるからな。ここを襲った山賊どもが、切ったんだろう」
「…ひどい」
物語のラジャタ村に聖樹が出てこなかったのは、すでに山賊に切られていたからなのか。
「根元だけは、かろうじて残っておるがな」
「…どんなふうに、切られているのですか?」
聖樹の光が消えていないなら…まだ、それを頼って精霊が来るかもしれない。
「…見に行くかね?」
ルゴットは試すように尋ねた。
「……」
リリアンヌは振り返り、懇願するような目を向けた。
アランフォースが、静かに頷いた。
「行きたいです」
顔を前に向け、ルゴットに答えた。
どんな状況なのか。
精霊たちが反応しているのなら、行きたい。
「行くなら、ここから馬で一時間はかかる。舟の方が早いが、どうする?」
ルゴットが、今度は直接アランフォースへ視線を向けた。
「馬で頼む」
「どれ、皆で向かうか」
「道は分かる」
「すまんな、エルフさんよ。今日だけでも、同行させてくれ」
ルゴットが、よいせと長椅子の背もたれから立ち上がった。
全員で聖院を後にして、村の中を進んでいく。
やがて、門が見えてきた。
結局、村の入口までやってきた。
村の人たちが忙しそうに動き回り、門の復興にあたっている。
先ほど聖院にいた獣人族の男性たちも、すでに作業へ戻っていた。
人族も獣人族も、同じくらいの人数に見える。
作業をしながら、ちらちらとこちらへ視線を向けていた。
厩舎は、門の近くにあった。
ルゴットが一番手前の馬の手綱を引き、ラガーグがその隣の馬のもとへ進んだ。
それに続き、一行も、それぞれが乗る馬のもとへ向かっていった。
リリアンヌは、ロックのもとへ進むアランフォースを追いかけた。
「…ロックに、乗せてもらえますか?」
「…ええ、もちろんです」
短く答えると、リリアンヌを素早くロックの上へ乗せた。
アランフォースもすぐに後ろへ乗り込み、厩舎を後にした。
馬に乗ったまま、門をくぐっていく。
半壊した門は、開け放たれたままだった。
村人たちは足場を組み、その上で作業をしている。
壊された箇所には、さらに木を重ねて補強するようだ。
門を越えた先は、すでに片付けられていた。
大きな槌も。
大量の弓矢も。
山賊たちの死体も。
もう、何もなかった。
山賊たちは…全員、死んだのだろうか。
同情は、しない。
彼らは、村を襲おうとした。
神経毒を使って、火まで放ったのだから。
「…!」
ふいに手に温もりを感じて、はっと門から目を離した。
アランフォースが、手を重ねていた。
「…あ」
知らず、強く拳を握りしめていた。
慌てて、手を開いた。
先頭のルゴットは、湖に沿うように森の中を進んでいった。
リヨラル山脈がある方角だ。
…山賊たちが、根城にしていた山の方に向かっている。
どうして…状況がまったく違うのに、山賊は来てしまったのだろう。
もしかして、ドーガ国が関係しているのだろうか。
セスランディアの情勢は大きく変わっても、ドーガの情勢が変わっていなかったら。
国内ばかりに、目を向けすぎていたのかもしれない。
“デューゼの森の悪夢”を防いで、終わりじゃない。
物語では、まだ悲劇が続くのだから――
また、手を包まれた。
「…ごめんなさい」
リリアンヌは下を向いたまま、小さな声で謝った。
もう拳を握らないよう、両手を開いてロックの背に置いた。
その手の下に、アランフォースがそっと手を差し入れた。
「……」
この手は…なんだろう。
どうして、手を繋いでいるのだろう。
アランフォースは、何も言わない。
…どうしよう。
何か、尋ねた方がいいのだろうか。
このままだと、自分の手が熱くなっていく一方だ。
アランフォースの手が――ぴくりと、揺れた。
何かを誤魔化すように、ぎゅっと手を握られた。
「……」
心配を…してくれているのだろうか。
この間だって、私のために叱ってくれた。
今日も、山賊の件に近づかせないようにしてくれている。
恐る恐る、アランフォースの手を握り返した。
こんなに優しい人を、怒らせてしまった。
…ごめんなさい。
目を閉じ、心の中でそっと謝った。




