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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十三章/ラジャタ村
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ようやくのはじまり

リリアンヌ視点



「…あれ」


目を覚ました瞬間、まったく知らない天井が視界に広がった。



いつの間に寝たのだろう。


確か…ラジャタ村に辿り着いたはずだ。



村が、襲撃されてしまって。


神経毒が撒かれていて。


聖院まで、案内してもらって。


アランフォースに怒られて。


キリに泣きついて…


そして、寝たのだろうか。



まるで、子供だ。



「……」

むくりと、体を起こした。



肌触りのよい、麻の掛け布が掛けられていた。


おかげで、ぐっすり眠った気がする。



ベッドの脇にある小窓の縁にスノウがとまり、外を覗いていた。



「スノウ、おはよう」


「ホ~」


もしかしたら、おはようと言う時間ではないのかも。


窓から差し込む陽は、もう高い。



ここは、どこだろう。


ラジャタ村のどこかではあるのだろうけれど。



窓からは、湖しか望めない。


穏やかな景色で、襲われた村には見えなかった。



「起きられましたか」



「…あ」

リリアンヌは、ぱっと室内へ顔を向けた。



開いている扉から、獣人族の女性が入ってきた。


手には、盥と手拭いを持っている。



「ビッケの…お母様」



「…ミホバで結構です」

ミホバはベッドまで近づくと、脇にあるテーブルの上に盥を置いた。



「着替えは私がしましたので、ご安心ください」



「!」


麻の服に着替えている。



「ミホバ。ご面倒をおかけして、ごめんなさい」



「どうぞ、まだお座りになってください」

立ち上がろうとするリリアンヌに、ミホバはそっと手を向けた。



「あの…ここは、どこでしょうか」



「ここは私たちの家です。手狭でしょうが、ご勘弁ください」



「!それでは、ここはビッケの家なのですね?」


ここが、ビッケの育った家――


手狭と言うけれど、部屋は広い。


壁が一面黄色で、なんだか可愛らしかった。



「ミホバ…ビッケとは、会えましたか?」



「ええ、おかげさまで。…リリアンヌ様」

ミホバは姿勢を正すと、ベッドに座るリリアンヌに向き直った。



「ビッケのことも村のことも、すべて、あなたがお救いしたと伺いました」



「…いいえ、違います」


ビッケは自力で人攫いから逃げたし、襲撃者を倒したのは、ブライアンたちだ。



「それなのに、お礼が遅くなり申し訳ありませんでした」

ミホバは構わず、深く頭を下げた。



「…!」



「我々を助けていただき、ありがとうございました」



「ミホバ、頭を上げてください」

リリアンヌは、慌てて立ち上がった。



「私は…何もできませんでした」



「…何を、おっしゃっているのでしょう」

ミホバは、眉をひそませながら顔を上げた。



「ビッケが攫われてしまったことも…村が、襲われてしまったことも…」


その可能性を、知っていたのに。



「…それは、リリアンヌ様のせいではありません」



「……」


…違う。


今するべきことは、後悔じゃない。



「…あの、ミホバ。状況を、お聞かせいただけますか?」

リリアンヌは、ゆっくりとベッドの端に座り直した。



「その…昨日、途中で眠ってしまったようで…」



「昨日…?」

ミホバは、きょとんと目を瞬かせた。



「ああ…リリアンヌ様。あなたは、二日ほど眠っていらっしゃいました」



「へっ…」



「村が襲撃されたのは、二日前です」



「えええ…」


思わず、両手で頭を抱えた。



「…ごめんなさい」


咄嗟に、謝罪の言葉が口を衝いた。



「とんでもありません。相当ちからを使われたとのことでしたので、目覚められて良かったです」



「ええと…あの後、怪我人はいらっしゃいましたか?」



「いいえ。リリアンヌ様が助けてくださったビッケと、ナーラ…あの男の子が、最後の怪我人でした」



「そう…ですか」


ほっと、息を吐いた。



「リリアンヌ様。どうぞまずは、食事をなさってください」


その言葉に合わせて、お腹の虫が小さく鳴った。


素直なお腹だ。



「下で、簡単なものですが食事を用意しています」



「!気を遣わせてしまって、ごめんなさい」



「勝手ながら、服は洗わせていただきました」

ミホバが、ベッドの足元を指さした。



ここまで着てきた服が、綺麗に畳まれていた。


服の上には、カヤたちに貰った首飾りが丁寧に置かれている。



「それから、こちらの湯で体をお拭きください。手拭いも多めに置いておきますので、遠慮なく使ってください」



「何から何まで、ありがとうございます」



「お着替えが終わりましたら、護衛の方と下にお越しください」



「護衛?」



「はい。それでは、一度失礼します」

ミホバは一礼すると、部屋から出ていった。



「…?」


護衛…?


扉の向こう側には、誰も立っていない。



「リリアンヌ」


「わっ!」


窓辺から、キリが現れた。



「びっくりした…どこにいたの?」



「上だ」

キリは、小窓の縁に足を掛けたまま答えた。



「キリ…ごめんね。二日も眠っていたみたい」



「そうだな」



「ずっと屋根にいたの?」

ベッドを乗り越え、キリの横から窓の外へ顔を出した。


上には、屋根しかなかった。



「気にするな」

キリはそう言って、静かに室内へ着地した。


そのまま扉まで進み、部屋に背を向けて立ち止まった。



その間に、急いで準備を進めた。


持ってきてもらった湯で、体を拭いて髪も軽く湿らせた。



お風呂に…入りたい。


体を拭くだけなのと、湯に浸かるのとでは、やっぱり違う。


お手製のバッキラ香油のおかげで、髪はなんとか良い香りがしている。


…多分。



拭いた髪をひとつに括り、祭りで貰ったレースの髪紐で結んだ。


少しだけ悩んで、マントは羽織らなかった。


剣も、マントの上に置いておいた。


いつもの装いに、お手製の肩掛け鞄を引っかけた。



「スノウ、行こう」


スノウが窓辺から離れ、リリアンヌの肩にとまった。



「キリ、お待たせ」



「リリアンヌ!」

扉から出ると、ビッケが階段を駆け上がってきた。



「…ビッケ!」


「うわっ」


勢いのままに、ビッケを抱きしめた。


無性に、嬉しい。



「…体調は、大丈夫かよ」



「うん!ビッケこそ、大丈夫?」

体を離して、ビッケの顔を覗き込んだ。



「何が?」



「ちからを、あれだけ使っていたじゃない」


大鷹を四羽も呼んで、何度も水を汲んだ舟を運ばせていた。



「あれくらい、平気だよ。獣人族の体は、頑丈だから」



「そっか」



「それより、早く行こう。下で、母ちゃんが待ってる」

ビッケはくるりと向きを変えると、階段を下りていった。



「うん」

リリアンヌは、辺りを見渡しながらその後に続いた。



とても広い家だ。


ラガーグとミホバは一体、何の仕事をしているのだろう。


それとも村のすべてが、これくらい大きな造りなのだろうか。



「リリアンヌ、ここ」


ビッケが小さく振り向き、部屋に入っていった。



「わ、良い匂い…!」


入った部屋には、香辛料の匂いが漂っていた。


お腹が、また小さく鳴った。



「簡素なものしか用意できず、恐縮ですが…」


ミホバはそう言っているけれど、驚くほど豪勢だ。



「これは、カレー?」

リリアンヌは、目を輝かせて尋ねた。


食卓の上には、何種類ものカレーが盛られた皿が並んでいる。


中央には、薄く焼いた小麦の平焼きが積まれていた。



「ええ、そうです。よくご存じですね」



「大好きなの…!ミホバ、ありがとうございます」


ミホバの格好を見て、少しだけ期待をしていた。


南方風の、伝統的な服。


ラガーグや見かけた村の人たちも、民族衣装のようなものを着ていた。



キリとビッケと一緒に、丸い食卓を囲んだ。



「いただきます」


何日も寝ていた後すぐに、こんながっつりしたものは食べない方がいいのだろうけれど。


この匂いには、勝てそうもない。



「はわ…美味しい」


思わず、変な声が出た。



香辛料がたっぷり使われていて、辛めの味つけだ。


平焼きをつけて食べると辛さが和らいで、ちょうど良かった。



「…懐かしい」



「懐かしい?なんで?」


ぽつりと呟いた声に、すぐにビッケが反応した。



「ええと…前に食べた気がするかな…?」


本当に、何も考えず口に出してしまう。



「…ね、ビッケ。アランフォースたちは、復興のお手伝い?」

誤魔化すように、話題を逸らした。



「分かんない。ずっと、騎士たちと話してる」



「アルジャの騎士って呼ばれた人たち?」



「そう」

ビッケは平焼きを頬張りながら、こくんと頷いた。



「へぇ…」


襲撃者たちの話をしているのだろうか。


あそこまでの大きな集団なら、結構大ごとになっていそうだ。



「オルトたちも、もう来ているのかな」


ここまで一緒に旅してきた兵たちの顔が、ふと浮かんだ。



「とっくに来てるよ。あいつらは、復興の手伝いしてる」



「本当!」


私が手伝うよりも、彼らの方が何倍も力になるだろう。



「…私も、手伝えることあるかな」



「お前は、ここに何しに来たんだよ」



「精霊を探しに来ました…」

リリアンヌは、ごにょりと答えた。


睨まれてしまった。



「院長が、お前と話したがってた」



「院長が?」


そういえば、聖院で院長を待っていたはずだ。


私が寝てしまったことで、結局、会えずじまいだった。



「精霊を探しに行く前に、聖院に来いって」



「分かった。じゃあ、食べたら行きたい…あ」


言いながら、ふと気付いた。



「…まずは、アランフォースたちのもとへ向かうべきかな」


聖院へ行きたいということを、先に伝えるべきだろう。



「ホ~」



「…?」

リリアンヌはカレーを食べながら、窓の外へ飛んでいったスノウを目で追った。


最近は、よく肩から離れる。


移動の間も、気分によってアランフォースやキリの肩にとまっていた。


夜には自分のもとに戻ってくるから、あまり心配していないけれど。



「ん…そういえば、ネウロは?」


ネウロは、騎士でもないし兵士でもない。


一緒に、復興の手伝いをしているのだろうか。



「あいつ、聖院にいるよ」



「えっ、どうして?」



「知らない。治療院に泊まってるからじゃない」



「治療院は、聖院に併設されているの?」



「うん、そう」

ビッケが、こくんと頷いた。



「みんなも、治療院に泊まっているのかな?」



「アルジャの騎士たちも。今は怪我人もいないし、全部の部屋を使っていいって」



「へぇ…」


それは、なかなかの大所帯だ。


こちらの一行だけで、十人以上いる。


アルジャの騎士たちがどれくらい泊まっているかは分からないけれど、


村の治療院って、そんなに広いのだろうか。



「…門の方に行けば、アランフォースたちもいるかな」

水を飲んで、呟いた。



村の様子も確認したい。


家も何軒か燃えていた。


自分たちが今、村のどの辺りにいるのかも知りたい。



「ごちそうさまでした」


置かれていた大量のカレーと平焼きを、三人でぺろりと食べた。



「あの、ミホバ…」

リリアンヌは立ち上がりながら、きょとんと言葉を止めた。


ミホバが、呆然とこちらを見つめて棒立ちしていた。



「…ええと」


何か、作法を間違えてしまっただろうか。


それとも、すべて食べきってしまったことに引かれてしまったのだろうか。



「…あ、ごめんなさい」

ミホバが、はっと口を開いた。



「リリアンヌ様は…ビッケと、そんなふうに話をされるのですね」



「え?」



「まるで友人のようで…驚いてしまって」



「ああ…友人というか…」

リリアンヌは、恥ずかしそうに小さく笑った。



「…仲間です」



「…仲間、ですか?」



「はい…!一緒に旅してきた、仲間」



「まだ、その話してんのかよ」

ビッケの呆れ声が飛んできた。



「あっ…ミホバ、食器はどこに下げればいいですか?」



「えっ、いいです、大丈夫です。リリアンヌ様」

ミホバが慌てて止めた。



「でも、何もしないわけにはいかないから」


ビッケから、聞いている。


働かざる者食うべからず、だ。



「いいよ、リリアンヌ。ちょっと待ってて」

ビッケはそう言うと、高く積み上げた食器をひとりで洗い場まで運んでいった。



「ごめん母ちゃん、あとでオレが洗うから。…行こう」



「…本当に、いいのかな」

リリアンヌは、申し訳なさそうな目を洗い場へ向けた。



「お前の分は、オレがやるから」



「ええ?どうして」



「じゃあ、ここまで連れてきてもらったお礼」



「う~ん…ご馳走になったことや、部屋を借りている方が、大きいと思うけど」



「いいから、行こう」



「あっ、ミホバ…!ごちそうさまでした」

リリアンヌはビッケに背中を押されながら、後ろに顔を向けた。



「行ってきます…!」



「……」


ミホバは、去っていく三人を、ただ静かに見つめていた。



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