表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十三章/ラジャタ村
371/400

やり場のない感情②

ビッケ視点



ビッケは、聖院の扉をそっと開けた。



「ああ、ビッケ君じゃないですか」


長椅子に座っているネウロが振り向き、片手をひらりと振った。


いつの間に、聖院まで移動したんだろう。



ネウロより前の席で、キリが、こちらに背を向けて座っていた。



「キリ…!リリアンヌはっ…」


すぐ傍まで駆けて、はっと言葉を止めた。


リリアンヌが、キリの肩に抱きついたまま眠っていた。



「……」

ビッケは隣に座り、リリアンヌの顔を覗き込んだ。


顔が、真っ白だ。


目の下だけが、赤い。


…泣いていたのか。



「ビッケ君。ちょうどいいところに来ました」

ネウロが、一列後ろの席までやってきた。



「僕、まったくの蚊帳の外で。一体、リリアンヌ殿下は何をしでかしたんです?」



「しでかしたって、何」

むっと、声が尖った。


それじゃまるで、リリアンヌが悪いことをしたみたいだ。



「どうしてリリアンヌ殿下は、アランフォースさんに怒られたんです?」

ネウロは、構わずに質問を重ねた。



「…怒られた?」

ビッケは、きゅっと眉を寄せた。



「キリさんが、教えてくれないもので」



「お前は口が軽そうだ」

キリは、前を見たまま素っ気なく言った。



「僕はこう見えても、岩のように口が堅いんですよ」



「怒られたって、なんだよ」



「それが分からないから、状況を教えてほしいんです。ビッケ君」



「リリアンヌは、白のちからを使って、倒れてた村人をみんな治しただけだよ。なんで怒られるんだよ」



「村人のみんなを、治した?」

ネウロが、ぎょっと目を丸くした。



「…まだ全員が無事だったかは分かんないけど」

ビッケは、眉を寄せたまま続けた。



「あと、村中に広がってた毒を消したって」



「毒を…消した?」



「…何が変なんだよ」


ネウロは、何に引っかかっているんだろう。



「一体…ここの村人は、どれだけいるんです?」



「…四百人くらいだけど」



「…ビッケ君」

ネウロは表情を引き締め、静かに口を開いた。



「国一番の白の使い手でも、せいぜい、十人ほどしか治すことはできないんですよ」



「…え?」

ビッケは、小さく目を見開いた。



「いくら加護のちからがあるからって、四百人近くを治して、その上、毒まで消して?それは、無茶しすぎです」



「それが…普通じゃないの?」



「普通じゃないからこそ、リリアンヌ殿下の名は有名なんですよ。そんなことができるのは、世界中を探しても彼女だけでしょう」



「…それで…なんで、アランフォースは怒ったの?」



「ですから、無茶をしたからでしょう。ちからを使いすぎれば、死ぬことだってあり得ますから」

ネウロはわずかに眉をひそめ、眠るリリアンヌに目を向けた。



「三年も眠っていたのに、また頑張ってしまったんですねぇ」



「……」


まったく、知らなかった。


リリアンヌは、当たり前のように白のちからを使うから――



三年も眠っていたことは、知っていたはずなのに。



「…また、三年も眠るの…?」

思わず、声がかすれた。



「いつ…目覚めるの?」



「大丈夫だ」

キリが、静かに答えた。



「今は、疲れて眠っているだけだ」



「……」


こんなに、顔が白いのに?


本当に?



「…どうして、他人のために無茶するんだよ」



「それは、私も分からない」

キリがそっと首を振った。



「なんで…っ、こんなになってるのに、みんな礼を言いに来ないんだ」


悔しくて、また涙が出てきた。



「まあ…良い顔をされないのは、リリアンヌ殿下だって分かっていたでしょう」

ネウロは、ふっと苦笑を漏らした。



「こいつが、可哀想だ…」

ビッケは、ぐしっと腕で目を拭った。



こんなになるまで、頑張ったのに。


仲間から怒られて、助けた相手から感謝もされなくて。



リリアンヌが、可哀想だ。



「そう思うなら、お前が傍にいてやれ」



「…え?」

ビッケは、きょとんと顔を上げた。



「お前が間に入って、助けてやればいい」

キリが、表情を変えないまま言った。



「それは…今の話?」



「今も、これからも」



「これからも…」


それは、村に滞在する間のことだろうか。


それとも…



「待たせたの」


前方の扉が、きぃっと開かれた。



「…あ、院長!」

ビッケは、はっと声を上げた。



「…おお、旅のお方か!」

院長は、すぐにキリに気付いた。



「……」

キリは何も言わず、じっと院長に目を向けた。



「ははぁ、なるほどなぁ…」

院長は顎をさすりながら近づくと、面白そうにリリアンヌとキリを見比べた。



「…院長!」



「ビッケ、お帰り。お前が無事で良かった」

院長はビッケに手を伸ばし、頭をぐりぐりと撫でた。



「院長、どこ行ってたんだよ!大変だったんだぞ」



「すまん、すまん。儂の方も、いろいろ大変だったんだ」

手を離すと、長椅子の背に浅く腰掛けた。



「たった今、村人全員の安否が確認できた」



「…!みんな、無事?」



「ああ。死者は、一人もおらん」



「…そっか」

ビッケは、そっと息を吐いた。



「…姫さんは、だいぶ無理したようだな」

院長は、眠るリリアンヌを優しい目で見下ろした。



「ああ…本当に、精霊がおるの」



「ホ~」


リリアンヌの頭巾から、スノウがのんびりと鳴いた。



「院長。父ちゃんたちが、リリアンヌに金を払うって」



「ああ、分かっとる」

院長はビッケの言葉を遮ると、にやりと笑った。



「ビッケ、いい啖呵だったぞ」



「…見てたの?」



「最初からな。まったく、礼が先だろうに」



「…!そうだよな」



「あのままだったら、村が全滅していた可能性もあった」



「…え」


その言葉に、ぞくっと背筋が冷えた。



「そんなに…ひどかったの?」


確かに…あの神経毒で、オレも何日も動けなかった。



「時間の問題だったろうな。門が破られていたら、終わりだった」



「門を見ましたが、中央が大きく抉れていましたね。あと少し大槌で打ちつければ、穴が空いていたでしょう」

ネウロが会話に加わった。



「そうか。じゃあお前さんたちが来なかったら、アルジャの騎士が来るまで、何人かは殺されていただろうな」

院長は、まるで他人事のように言った。



「……」


リリアンヌが馬の足を速めていなかったら、


間に合わなかった可能性だってあったんだ。



リリアンヌは…


どうして急に、山賊のことを心配したのだろう。



「さてと…部屋へ、案内しようかの」

院長が、ゆっくりと立ち上がった。



「いつまでもその体勢で寝かせていたら、つらかろう」



「…どこに案内するの?」



「隣の治療院だ。もともと、そこに泊まってもらう予定だった」

院長はビッケに答えると、後ろの扉へ向かっていった。


ビッケは、キリとネウロの後に続いた。



治療院は、聖院の横にある。


部屋はいくつかあるけど、寝床はそんなになかったはずだ。



「お前たち、ここで何しとる。やることは、たくさんあるだろうに」



「えっ?」


院長の咎めるような声に、ビッケは、ぱっと顔を上げた。



「…あ」


扉の外には、村人が大勢集まっていた。


全員、何か言いたげな顔だ。



「…リリアンヌ殿下へ、先ほどの非礼を詫びに参りました」

一番手前に立つラガーグが、代表して口を開いた。



「姫さんは、疲れて眠っとる。後にしてやれ」



「え?」

ラガーグの視線が、院長の後ろに向けられた。



いつの間にかアランフォースが来て、キリからリリアンヌを預かっていた。


リリアンヌは一切起きず、アランフォースの胸元にぐったりと身を任せていた。



「村の四百人も治したんだ。そりゃ、無理したに決まっとるだろ」


院長の言葉に、ビッケは再び顔を前へ向けた。



「…人族だけでなく、我々獣人族も治した」



「ラガーグ。お前、まだそんなことを言っとるのか」



「無理をされてまで助ける意味が、私には分からない」



「お前の価値観だけで、人を判断するな」


院長の声が、厳しいものへと変わった。



「お前らも、いいか」


厳しい声のまま、集まった村人たちへ視線を巡らせた。



「人の善意を、疑うな。踏みにじるな。貰ったもんは、感謝で返せ」



「…!」


自分の感じたもやもやが、言葉になった。



「まずは、感謝をしろ。そうしないと、見えるもんも見えなくなるぞ」



『隠したままだと、見えないものもあるから』


見えないもの――



リリアンヌには何が見えていて、


自分たちには、何が見えなくなっているのだろう。



「リリアンヌ様に…良かったら、お食事を用意させていただきたいのですが」

ラガーグの隣に並ぶミホバが、そっと切り出した。



「今日はもう起きない」

キリが、首を振った。



「…それなら、どうぞ我が家でお休みください」



「ミホバ…!」



「あなたは、黙ってて」

ミホバは、さっとラガーグを制した。



「治療院で休まれるより、うちの方が設備も整っていると思います」



「おお、そうしてくれると助かるの」

院長はミホバに同意すると、アランフォースを見上げた。



「騎士さんよ。それでもいいかね」



「…護衛をつけないわけにはいかない」



「じゃあ、キリも来てよ」

ビッケは、すぐに口を挟んだ。



「それならいいだろ?アランフォース」



「……」

アランフォースはちらりとビッケに視線を向け、すぐに逸らした。



「…私が運ぶ」

リリアンヌを抱えたまま、歩き出した。



「こちらです」

ミホバが先導し、村人の間を進んでいった。



「…眠ってる」


「顔色、悪くないか…?」


「どうしてそこまでして、オレらを」


村人たちがこそこそ話している間を、アランフォースとキリと、なぜかついてきたネウロと通り抜けていった。


また、怒りが込み上げてきた。



「なあ…どうして、リリアンヌを怒ったりしたんだ」

ビッケは、怒りのままにアランフォースを見上げて言った。



「……」



「言い方ってものが、あるだろ」



「…優しく言って止まるような方ではない」

アランフォースは前を見たまま、静かに答えた。



「怒って止めるなんて、リリアンヌが傷つくに決まってるだろ」


全然、分からない。



「そんなのっ…父ちゃんたちと、やってること一緒だ」


あえて、傷つけるようなことをする意味が。



眠っているリリアンヌを見つめる目は、悲しそうなのに。


抱えるその手つきは、とても優しいのに。



「まぁまぁ、ビッケ君」


ネウロはビッケの両肩にぽんっと手を置くと、そのまま後ろに引っ張っていった。


アランフォースとキリと、距離ができた。



「なんだよ」



「アランフォースさんも、傷ついていますから」



「はぁ?」



「嫌われ役を買って出ているのですよ、彼は」



「嫌われ役?」



「リリアンヌ殿下に嫌われてでも、理解をさせなくてはいけませんからね」



「何を?」



「人のことより、まず自分の心配をしなさいってことですよ」



「…普通に伝えればいいじゃん」



「それだと、リリアンヌ殿下にはきっと届かないのでしょうね」

ネウロは、ふっと苦笑を浮かべた。



「…わざわざ、嫌われる意味が分かんない」



「院長がおっしゃっていたでしょう。自分の価値観で人を判断しては、駄目ですよ」



「…!」

ビッケは、はっと口を噤んだ。



「だからその分、ビッケ君がリリアンヌ殿下の傍にいてあげればいい」



「…オレが?」


キリと、同じようなことを言う。



「嫌われ役がいるなら、慰め役も必要でしょう?」



「…キリがいるだろ」



「あの人は、ほら、言葉が足りないじゃないですか」

ネウロが、ふふっと笑って言った。



「それを言ったら、アランフォースさんもか」



「……」


この会話は絶対、前を歩く二人にも聞こえている。



「別に…オレだって言葉は足りないよ」


誰かを慰めたこともない。



「でも、リリアンヌ殿下は一番ビッケ君に気を置いていない」



「気を置いていないって?」



「打ち解けているってことですね。気を遣っていないと言った方がいいかな」



「そう…かな」


ここにいる誰よりも、オレが一番リリアンヌと付き合いが浅いはずなのに。



「ええ。だから、ビッケ君がリリアンヌ殿下の慰め役になってあげてください」



「…それは、嫌われ役が可哀想じゃない?」


思わず、前を歩くアランフォースへ視線が向いた。


さっき見た時より、背中が丸まっている気がした。



「じゃあ、そちらの慰め役にもなってあげればいい」

ネウロは、ぴっと人差し指を上げた。



「ええ…」


アランフォースとなんて、まったく話したことがない。


さっきは勢いのままに話したけど、もしかしたら、あれが初めてだったかもしれない。



アランフォースは…オレ以上に話さない。


ブライアンとよく話しているけど、ほとんど仕事の話だ。


キリや兵たちとも、最低限の会話をしているところしか見たことがない。



リリアンヌとふたりで馬に乗る時は、よく喋る。


アランフォースはそこでだけ、よく笑みを浮かべている。


リリアンヌといる時だけ、優しい顔をしている。



それなのに…嫌われ役にならなきゃいけないなんて。



さっきは…言いすぎたかな。


まだ、怒りは収まらないけれど。



リリアンヌが、目覚めたら。


あいつが、また笑うようになったら。



その時は――


アランフォースにも、謝ろう。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ