表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十三章/ラジャタ村
370/401

やり場のない感情①

ビッケ視点



「ガゥッ…ガゥゥッ…!」


短い咆哮に応えて、大鷹たちが空に帰っていった。



「…ふぅ…っ」


ビッケは、ぶるりと首を振って、吹き出た汗を飛ばした。



久々にちからを使った。


しかもこんなに長く使ったのは、初めてだ。



疲れたけど、まだ体力は残っている。


リリアンヌに、元気にしてもらったから。



「ビッケ!」



「…!」

はっと、声のした方へ振り向いた。



「…母ちゃん!」



「ビッケ…!無事で良かった」

ミホバは、駆けてきた息子を優しく抱きしめた。



「母ちゃんこそ、無事で良かった」



「どこも、怪我はない?」



「もう、ない」



「そう…。護ってやれなくて、ごめんね」

ミホバは体を離すと、そっとビッケの耳を撫でた。



「オレも…母ちゃんを護れなくて、ごめん」



「私が油断したの。…怖い思いをさせたわね」



「…ん、大丈夫」


怖くなかったと言ったら、嘘になる。


でも、王都で知った気持ちは、それだけじゃない。



「村のみんなも、あんたのことを心配してる。戻ろう」



「誰か、やられた?」


大事なことを、聞き忘れていた。



「今のところ、大きな怪我をした人はいないみたい」



「本当?」


オレが駆けつけた時、村の状況は最悪だったのに。



「あの痺れを起こす薬で死にかけたけど…すっかり消えたから」

ミホバは、小さく首を傾げながら答えた。



「ああ…」


きっと、リリアンヌだ。


あいつが、何かしたんだ。



門の方まで戻ると、近くにいた村人たちが一斉に振り向いた。



「おお、ビッケ!無事だったか」


「大変だったなぁ」


「ビッケじゃねぇか!良かったな」


こんな状況なのに、自分のことを気にかけてくれている。



「今の鷹、お前だろ?ありがとな」


「一気に火が消えて、助かったよ」


わらわらと、周りに村人たちが集まった。



「もう、怪我人はいないの?」



「そうだな。なんか、いつの間にかみんな元気だ」

ビッケの問いに、村人の男がきょろりと見渡して答えた。


それもきっと、リリアンヌだ。



「アルジャの騎士が来たぞ!!」


わっと、歓声が上がった。



何度か見たことのある騎士たちが、開け放たれた門から入ってきた。


村人たちは、アルジャの騎士にだけは心を開いている。



その後ろから、ここまで一緒に来た兵たちもやってきた。


オルトたちは、すぐにアランフォースとブライアンの方へ向かっていった。



その間に、アルジャの騎士たちが馬に乗ったまま目の前まで進んできた。


先頭の騎士が、ひらりと馬から降りた。



「遅くなって、すまなかった」



「いいえ、イーデン隊長。そこの騎士様方のおかげで、門は破られませんでした」

村長が返しながら、アランフォースとブライアンの方へ視線を向けた。


二人は視線に気付くと、オルトたちとの話を切り上げ、こちらへやってきた。



「…!ブライアン殿下」

イーデンは、はっとブライアンへ向かって敬礼した。



「…イーデン隊長。私は、リリアンヌの護衛としてここにいます。どうぞ今は、騎士として扱ってください」



「…そのリリアンヌ殿下は、どちらに」

イーデンの目が、鋭く動いた。



「安全な場所へ避難させています」



「挨拶をさせてはくれまいか」



「それは後ほどお願いします。それより、随分と早い到着ですね。アルジャからここまで、四日はかかりますが」



「ああ…この辺りの巡回を強化するよう、勅令が届いていた」



「……」

アランフォースもブライアンも、黙り込んだ。


ちょくれいとは、何だろう。



「それで…アランフォース殿、ブライアン殿。状況を聞かせてもらえるだろうか」

イーデンは、鋭い目をしたまま尋ねた。



「いや…我々も、つい先ほど到着したばかりだ」

アランフォースは、ちらりと視線を村長に向けた。



「夜明け前に、突然、村の中に痺れ薬を投げ込まれましてな」

村長が、三人に向かって口を開いた。



「…痺れ薬?」



「神経毒だ」

首を捻るイーデンに、ビッケはさっと答えた。


知っている話が出て、思わず口を挟んだ。



「リザリの葉を“せいせい”した神経毒だって、ロデオ…さまが言ってた」



「村人全員が、それでやられましてな。鼻の良い獣人族たちが、特に重症だった」

村長は、ビッケの言葉に続けた。



「毒を撒いたのは、門の前にいる山賊どもの仕業ということか」

イーデンが尋ねた。



「そうでしょうな。火の矢も放たれました。動けず、消火することもできなかった」



「だが…見る限り、皆動けているな。どういうことだ」



「それが、さっぱり…怪我した者たちも、いつの間にか動けるようになってまして」

村長が、首を傾げた。



「……」


それは――



「あの…オレ、門の上で見ていました」

ビッケが口を開くより先に、村人の男がおずおずと切り出した。



「突然現れた少女が、白く光るようなちからを、二度ほど使ったんです」



「…二度?」

アランフォースの眉が、ぴくりと動いた。



「リリアンヌだ」


やっぱり、リリアンヌが白のちからを使ったんだ。


村中に広がっていた毒の匂いも、とっくに消えている。



「えっ!あの人が、リリアンヌ様?」



「ウガム、詳しく教えてくれ」

驚く村人の男に、村長がすかさず尋ねた。



「あ、はぁ…一度目の白い光で、まず、門の上にいた者が全員立ち上がれるようになりました」

ウガムは、戸惑いながら答えた。



「で、銀髪の男が、毒だから口と鼻を塞げって言って…それで、またすぐにリリアンヌ様が村に向けて白い光を放ちました。そしたら、空気中の毒が消えたんです」



「白のちからで…毒が消せるのか?」

イーデンは訝しげに眉を寄せた。



「あれが白のちからかは分からんけど、確かに消えました。…な、コチャ!」



「確かにあの後、鼻を刺すような匂いが一切なくなりました」

ウガムに同意を求められた犬の獣人族が、こくりと頷いた。



「それで…あの後、倒れていたようですが…彼女は大丈夫なのでしょうか」



「倒れた?」

今度は、ブライアンの眉間に皺が寄った。



「いや…でも、最後は門から飛び降りてったし…」

ウガムが、頭を掻きながら呟いた。



「そんな状態で、ナーラを助けてくださったの?」



「助けたって、なんだ?」

村長が、ナーラの母の方へ振り向いた。



「…燃える家に、ナーラが取り残されて」

ナーラの母が、焼け崩れた家を指さした。



「そこの騎士様が助けてくださった後に、黒髪の少女がナーラと一緒に白く光っていたんです」

今度は、アランフォースを手で示した。



「何をしているのか分からなかったから、私、つい…リリアンヌ様から、ナーラを奪い取りました」



「あの嬢ちゃんが、リリアンヌ様?」

その横で話を聞いていた村人の男が、目を丸くして言った。



「立てないようだったが、大丈夫だったんか」



「……」

アランフォースが、小さく眉間を押さえた。



「…少し、外す」



「…は?」



「待ってください、アランフォース…!私が言いますから」


突然村の奥へ向かい出したアランフォースを、ブライアンがすぐに追いかけた。



「倒れている山賊の件を、聞きたかったのだが…」

イーデンが、去っていく二人を目で追いながら呟いた。



二人が向かった先には、聖院や治療院がある。


リリアンヌは、聖院にいるんだろう。



「そういえば、彼らが山賊を制圧したと聞きましたがな。本当でしょうか」

村長が、はっと思い出したように尋ねた。



「ああ、そうだろうな…全員に、何かに貫かれたような傷があった」

イーデンが、まだアランフォースたちを目で追ったまま答えた。



「…あれは、ブライアン殿下のちからか」

納得するように頷くと、視線を村長に向けた。



「山賊の死体は、こちらで引き取ろう。生きている者は、アルジャへ連れて行く」



「そうしていただけると、助かりますな」



「あとは、被害の確認…ああ、今のところ怪我人はいないのか」

イーデンがまた、自分の言葉に頷いた。



「イーデン隊長。リリアンヌ殿下は、本当に白のちからを使われたのですかな」



「話を聞くに、そうでしょう。彼女は、白の使い手でもあるはずです」



「この村には、支払えるような金の蓄えもなくてな」

村長が、困ったような声で言った。



「アルジャの町の方から、なんとかなりませんかな」



「このような状況では、仕方あるまい…私の方から、ガルド長官に確認しておこう」



「重ね重ね、申し訳ありませんな」



「…待ってよ!」


気付いたら、口を挟んでいた。



「どうした、ビッケ」

村長が、丸くした目を向けた。



「リリアンヌは、金なんて貰わない!」


むしろ、金なんて貰っても困るだけだ。



「…お前、王族の方を呼び捨てにするな」


後ろから、低い声が聞こえた。



「…!父ちゃん!」

ビッケは、はっと振り返った。



「お前が無事で良かった。だが、王族を呼び捨てにするとは何ごとだ」

父の見下ろす顔は、険しかった。



「そんなこと、今はどうでもいいだろ!とにかくリリアンヌは、金なんて受け取らないよ」



「…村長、何の話でしょうか」

ラガーグは息子に視線を向けたまま、静かに尋ねた。



「村中に撒かれた毒が消えたのも、私らが動けるようになったのも、すべてリリアンヌ殿下の白のちからによるものだったようだ」



「…!」



「いやはや、とんでもないお方だ。…だが、私らには払える金がない」

村長がゆっくりと首を振った。



「だから、そんなの必要ないって」



「お前が決めることではないだろう」

ラガーグは、鋭くビッケに返した。



「それなら、リリアンヌに直接聞いてみればいいだろ」


困るように、眉を下げる。


そんな表情が、すぐに浮かんだ。



「そういう問題ではない」



「じゃあ、どういう問題だよ」



「当然のことだ。霊拝師(オランス)に診てもらうことも無償ではない」



「っ…なら、リリアンヌはみんなを治さなきゃ良かったっていうのかよ!」


金を払えるかどうか確認してからなんて、馬鹿らしすぎる。



「…どうした?」


「ビッケか?」


「何を騒いでんだ」


ビッケの声に、さらに村人たちが集まった。


人だかりの後ろから、アランフォースとブライアンが戻ってくるのが見えた。



「…治してもらったことは、感謝している」

ラガーグは、冷静に言った。



「それなら、感謝だけすればいいだろ!」



「駄目だ。王族に貸しは、絶対に作らない」



「なんで!」



「お前は、何も知らない」

ラガーグは、怒りの滲んだ目で息子を見下ろした。



「父ちゃんだって、リリアンヌを何も知らないだろ!」

ビッケは、さらに声を荒げた。



親子で、じっと睨み合った。



「私…リリアンヌ様に、ひどい態度を取ったわ」

二人の横で、ミホバがぽつりと呟いた。



「てっきり…あんたが自分の意思で、一緒に来たわけじゃないと思って」



「全然違うよ…!」


どうして――



「…どういう状況でしょうか」

戻ってきたブライアンが、静かにイーデンへ尋ねた。



「…リリアンヌ殿下への対価について、揉めている」



「…ああ」

ブライアンは頷くと、まっすぐ村長へ向き直った。



「イライジャ村長。私は、王太子ブライアン・セスランディアだ」



「…王太子?」

ラガーグが、ぴくりと反応した。



「王太子!?」


「う、うそだろ…!?」


周りが、騒がしくなった。



「…先ほど、イーデン隊長がおっしゃってましたな」



「リリアンヌが送った白のちからに関して、金を請求することはない」

ブライアンは村長に向かい、きっぱりと言った。



「緊急時に使われた白のちからの対価は、当然、国が負担する」



「…は」


「なにを…」


村長とラガーグが、固まった。



「王家の人間として、約束する。必要なら、書面に残しても構わない」

ブライアンは構わず、淡々と続けた。



「それより、村の者は皆、無事なのか。確認は――」



「…ブライアン殿下、お待ちください」

ラガーグは、さっと遮った。



「金の代わりに、何を要求するつもりでしょうか」



「そんなものは、一切不要だ」



「…我々の戦力をお望みなら」



「何もいらない。不安なら、すべて誓約書に書いてくれ」

ブライアンは一言ずつ、しっかりと答えた。



「…あなた方王家に服従する気は、二度とありません」

ラガーグは、さらに声を低めた。



「何も望まない。我々はただ、ここに精霊を探しに来ただけだ」



「…ありもしない精霊を――」



「いい加減にしろよっ…!」


ビッケは、吠えるように父の言葉を遮った。



「なんで知ろうともしないで、そんなことが言えるんだよ!」



「…ビッケ、お前は」



「どうしてっ…素直に受け取れないんだよ!」


涙が、ぽとりとこぼれた。


悔しい。


なんだ、この気持ちは。



「リリアンヌは、オレのことだって助けた!」



「お前は、自力で逃げたと聞いた」



「そうだけど!オレのっ…」

ぐずっと、鼻をすすった。



「オレの傷を治したのは、リリアンヌだ!」


体の傷も。


心の傷も。



すべて、リリアンヌが治した。



「…もう、いいよ!」



「…ビッケ!待ちなさい」


父の呼び止める声を無視して、ビッケはその場から駆け出した。



親に言い返すなんて、初めてだ。


父ちゃんを尊敬しているし、優しい母ちゃんも好きだ。



それなのに、どうして素直に感謝できないんだ。



昔、獣人族がひどい扱いを受けてきたことは知っている。


でもそれは、昔の奴らがやったことだ。


それをやったのは、リリアンヌじゃない。



どうして、まるでリリアンヌが悪いような言い方をするんだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ