混乱と拒絶②
リリアンヌ視点
「リリアンヌ殿下ですね?」
「あっ…はい」
また、違う方向から呼ばれた。
声を掛けてきたのは、人族の老人だった。
その後ろに、ライオンの獣人族が立っている。
「…!」
リリアンヌは、小さく息を呑んだ。
彼が誰だか、分かる。
「……」
睨まれて…いるのだろうか。
獣人族の男性は、目を細めてこちらをじっと見ていた。
「私は、村長のイライジャと申します」
手前に立つ人族の老人が口を開いた。
「…初めまして、村長。私は、リリアンヌ・エラドリオールと申します」
リリアンヌは、手前に視線を戻して返した。
「せっかく来ていただいたのに、このような状態で、申し訳ありませんな。
山賊は制圧されたと聞きましたが、まだ村の状況も把握できていない」
イライジャは、困ったように辺りを見渡した。
「いいえっ…どうか、村のことを優先してください」
こんな時に、私のことなんて気にしなくていい。
「申し訳ないが、そうさせてもらいます」
「あの、村長…怪我人は、いらっしゃらないでしょうか?」
「それは我々が確認しますんで、リリアンヌ殿下は、安全な場所でお待ちください」
「…何か、手伝えることは」
「あの騎士様たちが、動いてくださっている」
イライジャが、村人たちに混ざるアランフォースとブライアンを指さした。
「許可をいただければ、あの方たちのお力をお借りしたい」
「それは、もちろんです」
リリアンヌは即答した。
「それで…私は、何をすればよろしいでしょうか?」
「そのお気持ちだけ、受け取っておきます。どうぞ、聖院へお向かいください」
「…聖院?」
そういえば聖院は、避難場所にもなるのではなかったか。
「この者が、案内しますんで」
イライジャは言いながら、ちらりと後ろに視線を向けた。
「…こちらへ」
視線を向けられたライオンの獣人族が、村の奥へ足を向けた。
「あ、待って…」
リリアンヌは振り返り、きょろりと見渡した。
少し離れたところで、アランフォースがまた別の村人と話していた。
目が合うと、小さく頷いた。
「……」
リリアンヌは頷き返し、キリと一緒に獣人族の後を追った。
「まだ生きている山賊どもを縛るぞ」
「縄を大量に持ってこい!」
周りでは、まだ慌ただしく人々が動いている。
「アルジャの騎士が来たぞ!!」
わっと、歓声が門の方から聞こえた。
「…リリアンヌ殿下」
案内するライオンの獣人族が、歩く速度を落として振り返った。
「!はい、なんでしょうか」
リリアンヌは駆け寄り、横に並んだ。
「私は、ビッケの父のラガーグと申します」
「ラガーグさん」
見た瞬間から、ビッケの父だと気付いていた。
「ラガーグで、結構です」
「ラガーグ。ビッケを連れて来るのが遅くなり、すみませんでした」
「いえ…息子を連れて来ていただき、ありがとうございました」
「…その、私は」
「ついでとはいえ、お手数をおかけしました」
「えっ…!?ついでだなんて…!」
リリアンヌは、目を丸くして顔を上げた。
「精霊を探しに来たと、伺いました」
ラガーグの顔は、前に向けられたままだった。
「…はい、そうです」
「このような状況ですので、精霊探しには協力できません」
「もちろん、村の皆さんが第一です。ですから、私も――」
「結構です」
ラガーグは、リリアンヌの言葉をばっさりと遮った。
「状況が確認できましたら、騎士の方々もお戻しするよう、村長に言っておきます」
「…何か、私にも手伝わせてくれませんか?」
「我々の問題です。手助けは不要ですし、こちらから協力することもありません」
前を向いたままのラガーグの目は、冷たかった。
「……」
「ここが、聖院です」
「…あ、はい」
ラガーグに合わせ、足を止めた。
大きな石造りの建物だ。
屋根の上に、小さな鐘楼がある。
「今は院長も出払っています。何もお構いできませんが、しばらくこちらでお休みください」
ラガーグが開けた扉から、聖院の中へ足を踏み入れた。
中央の奥に精霊王の像があり、左右には長椅子が並んでいる。
自分たち以外には、誰もいなかった。
「…あの、ラガーグ。避難されている方は、いらっしゃらないのですか?」
リリアンヌは、そっと尋ねた。
「先ほどまで怪我人や動けない者が避難していましたが…なぜか皆、突然動けるようになりまして」
ラガーグは、小さく首を傾げて答えた。
「今は全員、火消しに向かっています」
「そう…ですか」
それを聞いて、少しだけ安堵した。
ちゃんと、ここまで白のちからは届いていたようだ。
「泊まる場所の案内は、後ほど院長の方からさせていただきます」
「あっ…はい。お手数をおかけします」
慌てて、ラガーグへお辞儀した。
「あの…落ち着きましたら、村の皆様にご挨拶を」
「それも、不要です」
ラガーグが、すぐに遮った。
「申し訳ありませんが、村の者たちには関わらないでいただけますか」
「……」
「ビッケにも、これ以上関わらないでいただきたい」
その声は、どこまでも冷たかった。
「……」
リリアンヌは目を伏せ、ぎゅっと服を握りしめた。
言葉が…
届かない。
「…それでは、失礼します」
ラガーグはリリアンヌへ一礼すると、扉から出ていった。
「……」
「…君に問題があるわけではない」
キリがそっと口を開いた。
「…うん」
そうさせたのは、人族だ。
人族は…彼らを、奴隷にして差別してきた。
『獣人族のことは、知っているのか』
『それでも、村に行きたいのか』
レックスの言葉の…本当の意味を、理解できていなかった。
精霊の時と同じだ。
本質は、何も見えていなかった。
村に泊まれそうなだけ、ましかもしれない。
だけど…
こんなの…
「リリアンヌ」
「…!」
開けられた扉から、ブライアンが入ってきた。
「ブライアン様…!村の様子は、どうですか?」
「君は、また無理したな?」
ブライアンはリリアンヌの言葉を無視して、険しい表情を向けた。
「ブライアン様こそ…大丈夫なのですか?」
あんなに光のちからを使って、なんともないのだろうか。
「あれくらい、何も問題ない。私はまたすぐ戻る」
「あの、ブライアン様…怪我人は、もういませんか?」
「いいから、座って」
ブライアンはリリアンヌを長椅子の端に座らせると、その前に屈み込んだ。
「神経毒に侵されていたと、村人たちが言っていた。まさか、全員を治したのか?」
「全員、治せたでしょうか」
リリアンヌは、不安そうに尋ねた。
「…そうではなくて」
「毒が、残っていましたか?」
「…どう言えばいいかな」
ブライアンは困ったように目を伏せた。
「……」
何を、言いたいのだろう。
まさか…亡くなった人がいるのだろうか。
「リリアンヌ殿下」
「!」
ふと影を感じて、顔を上げた。
「アランフォー…ス…」
そっと、口を噤んだ。
見下ろすアランフォースの表情は、見たこともないくらい険しかった。
「あ…」
すごく…怒っている。
「…私は、言ったはずです」
アランフォースの目が、さらに細められた。
「…勝手をして、ごめんなさい」
咄嗟に、謝った。
「違います。いえ…それもですが」
「……」
どれだろう。
「一昨日。気になることがあるなら言うべきだと、あなたに話しました」
「…はい」
リリアンヌは、慎重に頷いた。
「なぜ、何も話してくれなかったのです」
「…気になるということは、伝えたつもりでした」
「村が襲われる可能性があると、思っていたのでしょう?」
「…それは」
「それで傷つくのは、あなたなのですよ」
「…え?」
リリアンヌは、戸惑うように首を傾げた。
「あなたが我々に気を遣う必要は、一切ありません」
アランフォースは、突き放すような口調で言った。
「あなたが思うままに、我々を動かせばいい」
「そ、そんなこと…」
「我慢した結果、あなたが一番ちからを使い、一番気に病んでいる」
「…!」
はっと、息を呑んだ。
何も、言い返せない。
「…我々は一度、戻ります」
しばらくして、アランフォースは低く口を開いた。
「このまま、ここでキリ殿と待機していただけますか」
「…あの、怪我人がいたら」
「いいから、休んでいてください」
「!」
怒気を含んだアランフォースの声に、びくりと肩が震えた。
「…ゆっくり、休んで」
ブライアンは優しく肩を叩くと、去っていくアランフォースを追っていった。
静かに、扉が閉じられた。
「……」
リリアンヌは俯き、自分の拳に目を落とした。
アランフォースの言う通りだ。
ぐるぐる、ひとりで悩んで…
結局、村は襲撃されてしまった。
でも…
どうやって伝えれば良かったの。
“物語”と現実がずれているのなんて、誰にも言えない。
また、予知夢を見たことにすれば良かったのだろうか。
いつまで私は…
嘘を重ねればいいの?
この胸のつかえを――
どうすれば、いいのだろう。
「…リリアンヌ」
そっと、キリが目の前に屈んだ。
「泣くな」
「…キリ、ごめん…」
ぽたぽたと、涙がこぼれ落ちた。
「君が謝ることは、何もない」
「私を止めてくれたのに…止まらなかった」
門の上から飛び降りた時も、
ビッケと子供を助けようとした時も。
キリの声が聞こえていたのに、止まらなかった。
「本当に駄目な時は、止める」
「うん…」
リリアンヌはさらに俯き、キリの肩にぽすんと頭を埋めた。
キリが、優しく背中をさすった。
「ぐずっ…」
余計、涙が出た。
「あいつは、君に休めと伝えたかっただけだ」
「…うん」
「疲れたなら、寝てもいい」
「…うぅ~…キリ…」
なんて、優しいんだろう。
「私…みっともない」
「君はまだ、子供だ」
「……」
「焦らなくていい」
「…うん」
リリアンヌは両手をキリの肩に回し、ぎゅっと抱きしめた。
嘘や隠しごとをすることで…
胸に、罪悪感が広がっていく。
どんどん、苦しくなってくる。
すべて空回りして、何もかもうまくいかない。
こんなに優しい人が、傍にいてくれるのに。
アランフォースもブライアンも、私を思って言ってくれているのに。
本当の意味で、分かり合えないことが――
ひどく、寂しい。




