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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十三章/ラジャタ村
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混乱と拒絶①

リリアンヌ視点



突然、門の上に現れたリリアンヌに――



「…えっ!」


項垂れていた門番が、咄嗟に弓に手を伸ばした。



「待って!私たちは、味方です…!」

リリアンヌは両手を頭の横に上げ、声を張り上げた。



「もう、襲撃者は――っ!?」


不意に、強い痺れが全身に走った。


体が、ぐらりと傾いた。



「…!」


考えるより先に、白のちからを周囲へ送った。



「…はっ!?」


「なっ、なんだ…!?」


倒れ込んでいた門番たちが、次々と体を起こした。


その間を抜け、音もなくキリが近づいてきた。



「あ、キリ……んむっ」


「全員、口と鼻を塞げ」


キリは言いながら、リリアンヌの口元を手で覆った。



「!」

門の上にいた男たちは、言われるがまま自分の口元を塞いだ。



「これは、リザリの葉の神経毒だ」



「…!」

リリアンヌは、はっと村の方へ視線を落とした。


ビッケの体を痺れさせた、神経毒――



すごく大きな村だ。


けれど今は煙が上がり、その全貌は見えない。


手前の家が、何軒か燃えている。


その周りでは、多くの人が倒れ込んでいた。



体の毒を抜くことは、白のちからでできる。


空中に漂う毒は――消せるのだろうか。



「……」

リリアンヌは口を塞がれたまま、村の方へ右手を伸ばした。


やってみるしかない。



――空中に漂う毒を、すべて消して。


村のみんなを、治して。



辺り一帯が、白い光に包み込まれた。



「…つぅっ…!」


心臓が、どくんと跳ねた。



「…あ…ぐぅっ…」


息ができず、胸を押さえて前屈みに倒れた。


すぐにキリが体を支え、リリアンヌをゆっくりと座らせた。



「はっ…はぁ、はぁっ…うぅっ…」


祭りの時は、これくらいの人数、平気だったのに…


毒を消すのに、体力が奪われたのだろうか。



「い、今のは…?」



「はっ…はぁっ…」


リリアンヌは涙目になりながら、戸惑う声が上がった方へ顔を向けた。


人族と獣人族の男たちが、呆然としてこちらを見つめていた。



「げほっ…キリ、毒は」



「漂っていた毒は消えている」



「…分かった」


まだ、火が回っているところがある。


ゆっくりしている暇はない。



「味方が…下に、来ています。門を、開けてください」

リリアンヌは呆然とする男たちに向かい、門の外を指して言った。



「えっ…?」

すぐに、男たちは門の下を覗き込んだ。



「…あっ!倒れてる」



「もう、毒による痺れは…げほっ…大丈夫なはずです」


ようやく、呼吸が落ち着いてきた。



「…匂いが、消えてるな」

獣人族の男が、鼻をすんっと動かした。



「…よし。門を開けろ!」


「オレらは火を消しに降りるぞ!」


「山賊を倒したことを、みんなに伝えろ!」


男たちが、一斉に動き出した。



「はっ、はぁ、ふぅ…」


私も、下に降りるべきだ。


早く、息を整えて…



「待て、リリアンヌ」



「早く、行かなきゃ」


リリアンヌは、膝に手をついて立ち上がると――



「えっ!ええっ!?」


「おいっ!あぶねぇぞ!」


門番たちが叫ぶ中、門の内側へ飛び降りた。



「動ける奴らっ…!火を消せー!」


「おいっ、体が動くぞ!急げ!」


「今すぐ、湖から水を運んでくるぞ!」


門の真下は、大騒ぎになっていた。



「中に、まだ人がいる!」


「駄目だ、煙の勢いが強すぎる…!」


「まずは火を消すぞ!」


ひとつの家の前で、村人たちが慌ただしく集まっている。


家は燃え盛り、真っ黒な煙が上がっていた。



「ナーラ!!」


「やめろ!危険すぎる!」


「いやぁっ…!」


飛び込もうとした獣人族の女性を、村人たちが後ろから羽交い締めにした。



リリアンヌは、迷いなくそちらに向かって駆け出した。



「リリアンヌ、駄目だ」


すぐにキリが隣に並んだ。



「私が行く…!」



「リリアンヌ――」



「キリは、風を送って!」

リリアンヌは、さらに足を速めた。



「くそっ、煙が…」


「家の中に、二人いる!」


「子供二人だっ…早く水を――」



「どいて…!」



「…あっ、おいあんた、待て待て!」


「ちょっと、嬢ちゃん!」


リリアンヌは村人たちの間をすり抜け、窓から黒煙の中へ飛び込んだ。


黒煙が一気に押し流され、部屋の視界が晴れた。



「…ビッケ!!」


ビッケと小さな男の子が、折り重なるように倒れている――



「ビッケ!大丈夫!?」


肩を揺すっても、反応がない。



「…っ」

リリアンヌは男の子を片腕で抱えると、ビッケの方へ手を伸ばした。


とにかく、引きずってでも出るしかない。



その手の上から、大きな手が重なった。



「…あっ!」


次の瞬間、ものすごい力で二人の子供ごと抱え上げられた。



一瞬で、窓の外まで戻った。


キリが手を下ろすと、家の中は再び黒い煙で満たされた。



「でっけぇ…!」


「騎士様か…!?」


村人たちの脇を抜け、家から離れた場所で下ろされた。



「ビッケ…!」

リリアンヌは、はっと意識のない二人へ白のちからを送った。



「…はぁっ、はぁ…」


慌てすぎたからか、うまく息が整わない。



「ナーラ!」



「…母ちゃん?」


リリアンヌの腕の中で、子供が目を覚ました。


猫の獣人族の男の子だ。



「ナーラ!良かった…!」

獣人族の女性は駆け寄ると、がばっとリリアンヌから子供を引き離した。



「…今の、白い光って」


「これ、さっきも…」



「あの…他に、取り残された人はいませんか?」

リリアンヌは、そっと男たちの方へ目を向けた。



「…だ、誰か分からんけど、もういいから!」


「あとは、オレらが確認する!」


座り込むリリアンヌの肩を軽く叩くと、男たちは別の火事場へ駆けていった。



「リリアンヌ。少し、落ち着け」

キリが隣に屈み、背中を優しくさすった。



「…ごめん」


私が飛び込んだところで、二人を運べるわけがなかった。


結局、アランフォースに助けてもらってしまった。


今は少し離れたところで、村人と何か確認し合っている。



「…っ!ごめん!」

ビッケが、勢いよく上体を起こした。



「ビッケ、大丈夫?」

リリアンヌは、心配そうに覗き込んだ。



「痺れはない?火傷は、治せたはずだけど」



「…オレは、平気だけど」

言いながら、ぐっと口を引き結んだ。



「オレ…余計なことしかしてない」



「ビッケ。火を、消そう?」

俯くビッケに、リリアンヌはまっすぐ言った。



「湖から、どんどん運べ!」


「盥をもっと持ってこい!汲めるものなら、なんでもいい!」


周りでは、水を運びに多くの人が駆け回っている。



「…うん。オレも運んでくる」



「あっ…ビッケ、待って」



「お前は、休んでろよ」



「そうじゃなくて」



「このままだと、隣に火が移るぞ!」


「避難は済んでるのか!?」


「分かんねぇ…!みんな、ついさっき動けるようになったばっかりだ!」



「なんだよっ…」


ビッケは慌ただしく駆ける村人たちに目を向けながら、焦れるように尋ねた。



「…私は、ビッケのちからを、知っている」


二人の間に、静かな声が落ちた。



「…オレの?」

ゆっくりと、リリアンヌに顔を向けた。



「ビッケのちからは、何?」



「……」

ビッケは、困ったように眉を寄せた。



「…動物を呼ぶことができるけど」



「そうだね。それで?」

リリアンヌは構わずに質問を重ねた。



「…言うことを、聞かせることができる」



「うん、そうだね」



「今、関係ないだろ」



「あるよ」

そっと、首を振った。



「なんでだよ」



「湖には、水を運べる舟がたくさんある。違う?」



「…ああ、そういう…」

ビッケは、はっと湖の方へ顔を向けた。


そのまま何も言わず、すぐに駆けていった。



「……」

リリアンヌは、ビッケの姿が見えなくなってもじっと目で追った。


通じた…だろうか。



「ガォォォォ――…ッ!!」



「わっ…!」


ライオンの咆哮が、辺りに轟いた。


これは、ビッケの声だ。



「あっ、あれ…!」


「うわっ!」


水を運ぶ村人たちが、一斉に空を指した。



「あ…あれ…?」


リリアンヌは、ぽかんと口を開けて空を見上げた。



空に――巨大な鷹が、四羽も現れた。


大鷹は湖へ向かい、ばさりと飛んでいった。



「ガゥゥッ…ガウゥゥ…ッ!」


また、ビッケの咆哮が聞こえた。



すぐに大鷹が二羽、再び姿を現した。


――舟の端を咥えて、運んでいる。



「…離れよう」


「…あ、うん…」


キリの手を借り、二人で火事場から離れた。



大鷹たちは、燃え盛る家の上で止まると、ゆっくりと舟をひっくり返した。


舟から水が、滝のように流れ落ち――



――ザパァァァァ…ッ!



大量の水が家へ叩きつけられた。


炎は白い蒸気を上げ、一瞬で勢いを失った。



「うわぁ…」


「えええ…」


村人たちは手を止め、唖然と大鷹を見上げた。



また違う大鷹たちが、舟を咥えてやってきた。


別の燃え盛る家へ向かうと、再び舟をひっくり返した。


滝のような水が炎を飲み込み、瞬く間に火が消えていく。



あっという間に、二軒の家が鎮火した。



「すごい、ビッケ…!」

リリアンヌは、小さく声を上げた。



ビッケは、“共鳴のちから”を持っている。


肉食の動物を呼び寄せ、意のままに動かせる。


“物語”ではビッケはこのちからを使い、動物たちと力を合わせて異形の存在(ゼノプーパ)と戦っていた。



でも…鳥まで呼び寄せるところなんて、初めて見た。


しかも、大きな鷹を四羽も。


こんなに大きな動物にちからを借りるなんて、かなり体力を使うはずだけど、大丈夫なのだろうか。



大鷹たちは、まだ舟を運んでいる。



「…あの」



「えっ…はい」


後ろから掛けられた声に、リリアンヌは、はっと振り返った。



「リリアンヌ様でしょうか」


声を掛けてきたのは、獣人族の女性だった。



「はい、そうです」



「私は…ビッケの母の、ミホバと申します」



「…!ビッケの!」



「リリアンヌ様…このたびは」



「あのっ…ビッケと襲われた時、倒れていたと聞きました。大丈夫でしょうか?」



「は…?あ、ええ…平気ですが」

ミホバが小さく目を瞬かせ、こくりと頷いた。



「そう…ですか」


良かった。



「いえ…私のことは、どうでもいいのです」



「ビッケのことですよね」



「それも、違います。ビッケは今、湖の方にいると分かっていますので」

ミホバは姿勢を正すと、静かに頭を下げた。



「息子をここまで連れてきていただき、ありがとうございました」



「…でも、村が」



「それは、私たちの問題です。気になさらないでください」

ミホバは顔を上げ、きっぱりと言った。



「気にしないでって…」


先ほどまで、みんな倒れていた。


まだ、火もくすぶっている。



「とにかく…息子を、ありがとうございました」

ミホバは再び頭を下げると、そのまま振り返り、湖の方へ向かっていった。



「……」

リリアンヌはミホバの背を見つめながら、ぎゅっと口を結んだ。



あまり…関わりたくないのだろう。


逃げるように行ってしまった。



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