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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十三章/ラジャタ村
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恐れていた未来

リリアンヌ視点



――翌々朝



天幕から出たところで、リリアンヌは思いきり体を伸ばした。



「んん~…!」


強張った体が、ぱきぱきとほぐれた。



さすがに四日も寝袋だと、少しつらい。


そういえば、村ではどこに泊まるのだろう。


どこかの建物を借りるのか、それとも、村の近くに天幕を張るのだろうか。


それも、今日着けば分かること――



「あっ…」


外に立つ兵士が、驚いた顔でこちらを見ている。



「…おはよう、テッド」


伸びをしているところを、見られてしまった。



「…おはようございます」

テッドが向き直り、ぺこりと頭を下げた。



「さすがに、まだ陽が出てないね」



「あの、リリアンヌ殿下…まだ、出立までは早いですが」



「そうだね…でも、目が覚めちゃって」


離れた場所で夜番をしている兵士以外、誰も天幕から出てきていない。



「テッドたちは、今日の夜まで眠らないの?」



「ええ。それは、もちろん」

テッドが、辺りを気にしながら答えた。



「…眠くないの?」



「眠くはなりますが、問題ありません」



「昨日の朝も、早起きだったでしょう?」



「訓練で、慣れていますから…」



「…私は、仕事の邪魔をしてる?」


なんだか、テッドはずっとそわそわしている。



「いいえ…!」

テッドは、勢いよく首を振った。



「その…私なんかが話しているところを見られたら、怒られてしまいます」



「えっ、誰に?」


誰が、怒るというのか。



「あ…いえ、まだ誰にも怒られたことはありませんが」



「だって、怒られるようなことはしていないじゃない」

リリアンヌは、おかしそうに笑った。



「そう…でしょうか」



「あ、カイルだ」


離れた場所に立つ兵士が、こちらをじっと見ている。


手を振ったら、勢いよく頭を下げられた。



「…あれ」


カイルの後ろの崖から、キリが降りてきた。


もうすでに、弓矢を背負っている。



キリは、まっすぐにリリアンヌのもとへ向かった。



「キリ、おはよう」


「村から、煙が上がっている」


声が重なった。



「…ん?煙?」



「向かう村から、煙が上がっている」

キリが、もう一度同じ言葉を繰り返した。



「…どういうこと?」

リリアンヌは、訝しげに眉をひそませた。


こんな朝から、何か燃やしているのだろうか。



「…狼煙か」



「わっ」


突然真後ろから聞こえた声に、びくりと肩が強張った。


いつの間にか、アランフォースが背後に立っていた。



「そうだ」

キリが小さく頷いた。



「煙の色は」



「黒だ」



「…黒か」



「アランフォース。すぐに向かいましょう」

ブライアンまで、アランフォースの隣に立っていた。



「今すぐに出立する。全員に伝えろ」



「分かりました…!」

テッドはアランフォースへ頷くと、胸元から笛を取り出した。



――ピィィィーー…ッ!



野営地に、鋭い音が鳴り響く。


すぐに天幕から兵たちが飛び出し、辺りは一気に慌ただしくなった。



「リリアンヌ殿下、すぐに準備をしてください」



「あ、あの…アランフォース…狼煙って、何?」

リリアンヌは、上擦る声で尋ねた。



「黒の煙には…どんな意味があるのですか?」



「……」

アランフォースはちらりと視線を向け、静かに口を開いた。



「…救援を求める合図です」


その言葉に、頭の中が真っ白になった。



「…あ」


…ああ。


やって…しまった。



…また、


ビッケを――



「リリアンヌ殿下」



「…は、はい」

リリアンヌは、はっと思考を止めた。



「まだ、何があったか分かりません。そのために、急ぎ向かう必要があります」

アランフォースが顔を寄せ、言い聞かせるように言った。



「…そ、そうですね」



「早く、ご準備を」



「…分かりました」


こくんと頷き、足を踏み出した。


その瞬間――



――ビュォォ…ッ!



「!」


ふたりのすぐ横に、強い風が吹いた。


何かが、目の前を通り抜けていった。



「い、今のは、何?」



「…ビッケです」



「えっ!?」


慌てて、通り抜けていったものへ目を向けた。


もう、その姿は見えなかった。



「そんなっ…!ビッケひとりで向かったの?」


話が聞こえていたのだろうか。


ビッケは、馬よりも足が速い。



「お、追いかけなきゃ」



「無理です」


咄嗟に踏み出したリリアンヌの腕を、アランフォースが掴んで止めた。



「でも、ひとりじゃ危ない…!」



「分かっています」


アランフォースの視線は、ビッケが駆けた先とは違うところへ向けられていた。



「そんな…ビッケ」


ここからラジャタ村まで、まだ数時間かかる。



…落ち着け。


まだ、何があったか分からない。


まだ、襲撃と決まったわけじゃない。



ふいに――体が、ふわりと持ち上がった。



「わっ…!」


そのまま、視界が一気に高くなった。


気付いたら、ロックに跨っていた。



「オルト、お前たちは後から追ってこい。荷物は任せた」



「了解です、アランフォース様!」


周りでは、兵たちが慌ただしく天幕の撤去を進めている。


馬に乗ったキリとブライアンとネウロが、こちらに向かってきていた。


自分が呆けている間に、全員が動き出していた。



「飛ばします」

アランフォースはそう言って、ロックの腹を強く蹴った。



ロックは小さく嘶くと、一気に駆け出した。


険しい山道を、勢いよく駆け下りていく。



先導するように、キリが前に出た。


後ろからも、二頭の馬の蹄の音が聞こえている。



「あっ…」


ロックが跳ねた反動で、体が浮き上がった。


アランフォースがすぐに腕を回し、リリアンヌを自身の方へ引き寄せた。



「ごめん…なさい」


何も、できない。



「…ビッケ」


アランフォースの腕を、無意識にきつく握りしめた。



獣人族は、強い。


頑丈な門もあるのなら、簡単には侵入もされないはずだ。



けれど、これが山賊による襲撃なら。


もし、“物語”と同じようにリヨラル山脈からやってきた山賊たちなら。



ラジャタ村は――滅びてしまう。



何も起きない。


物語のような未来は訪れない。


そう思っていたはずなのに――



私は、十二の月に間に合うように向かっていた。


心のどこかで、何かあるかもしれないと思っていた。



「お願い…」


どうか、間違いであって。


どうか、違う理由であって。


どうか――



山を抜け、平坦な道を駆けていく。


向かう先からは、ずっと黒い煙が上がっている。


ドォン…ドォン…と、何かを打ちつける音が辺りに響いていた。



開けた景色が続き、やがて、湖が見えてきた。


その先にあるのは――ラジャタ村の門だ。



「うぁ…」

リリアンヌは小さく呻き、顔を歪ませた。



大きな門の前に、襲撃者が群がっている。


襲撃者たちは大槌を使い、ドォォン…ッと門を打ちつけていた。



…多い。


百人はいそうだ。



火がついた矢をつがえ、門の中へ次々と放っている。


上から反撃しているようだけど、返ってくる矢は少ない。



門の向こう側から、煙がいくつも上がっている。


その煙は、狼煙のものだけではなかった。



「…このまま、門まで突っ切ります」


ふいに、耳元で囁かれた。



「えっ…!?」

リリアンヌは、ぎょっと肩をすくませた。



「人数が多すぎます…!」



「まったく問題ありません」



「で、でもっ――」



「…あっ!?おい、あれ!」


「もう援軍が来たのか!?」


門の前にいた襲撃者たちが気付き、一斉に振り返った。


全員、口元を布で覆っている。



「いや、あれは旅人だろ!」


「たった四頭しかいねぇ!」


「仕留めろ!」


襲撃者たちが、こちらに向かって弓を構えた。



「……」

リリアンヌは前へ目を向けたまま、静かに右手を剣の柄に添えた。



あの時とは、違う。


相手は、操られていない襲撃者だ。


躊躇う必要なんて――



柄を握る右手に、そっと手が重ねられた。



「…え」



「あなたが剣を抜くことは…絶対に、あり得ません」


その言葉が落ちた、直後――


無数の光の束が、ふたりの両脇を駆け抜けた。



――ドドドドドドドドドドドドドッ…!!


光の連撃が、襲撃者たちへ容赦なく叩き込まれた。



「ぎゃああ!」


「いてぇ!」


「ぐぁっ…!」


矢を放つ間もなく、次々と地に伏していく。


瞬く間に、立っている者はいなくなった。



「…うそ」

リリアンヌは、ぽかんと口を開けた。



「くそっ…!なんなんだ!」


「やり返っ…ぐあっ!」


立ち上がろうとした者を、キリが矢で素早く射抜いていった。



「ひゅ~…僕の出番は、一切なしですか」



「まだ生きている奴がいる!油断するな」

ブライアンはネウロに向かって叫びながら、再び光の連撃を放った。



アランフォースは、ロックの足を止めることなく、倒れた者たちの間を駆け抜けていった。


「私たちは味方だ!門を開けろ!」


門の上に向かって、叫ぶ。


何も返ってこなかった。



「…っ」

リリアンヌは、じっと門の上に目を向けた。



門番たちが、弓を握ったまま項垂れている。


こちらの様子に、気付いていない。



「アランフォース…!」


「駄目です」


間髪入れずに返ってきた。



「お願い、行かせて!」

リリアンヌは、懇願するように振り返った。



「行かせません」

アランフォースは言いながら、ちらりとキリに視線を向けた。


キリは馬からひらりと降りると、門へ駆けていった。



「私も」



「今、キリ殿が行きました」



「そうじゃなくてっ――」


はっと、言葉を止めた。


足元で倒れていた男が、突然身を起こした。



「…死ねぇぇ!」


男は一気に迫り、リリアンヌめがけて剣を振り下ろした。


アランフォースは、即座に大剣を抜き――



――キィィンッ…!


リリアンヌを庇うように身を乗り出し、男の剣を受け止めた。



「…!」


今だ――


リリアンヌは、馬上で素早く立ち上がった。



「ごめん、ロック…!」


ロックの背を蹴り、門の上へ一気に跳んだ。



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