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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十三章/ラジャタ村
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小さなくすぶり

リリアンヌ視点



「リリアンヌ殿下は、なんでもやりますねぇ」

隣に屈むネウロが、しみじみと言った。



「私より、みんなの方がもっと働いているでしょう?」

リリアンヌは鍋をかき混ぜながら、苦笑いを浮かべた。



「僕たちは、慣れっこですからね」



「え?ネウロも慣れっこなの?」



「ええ。僕は、元守衛隊兵ですから」



「…ええっ!」


そんなの、初耳だ。



「そんなに驚くことですか?」



「ええと…だって、ネウロは貴族でしょう?」


しかも、侯爵家の長男だ。



「貴族出身でも、兵士はいますよ」



「兵士から、国専属の鑑定士になったの?」



「そうですね。シリル先生がお辞めになる時に、僕に声が掛かったんです」



「それは、いつの話?」



「一年くらい前の話です」



「ああ、なるほど…」


私が眠りについている間の話だ。



「じゃあネウロは、一年前に守衛隊を辞めたの?」



「正確には、一年と半年ほど前です。辞める直前まで、ジェイソンさんとマークさんと同じ班で働いていました」


ネウロは、この旅についてきてくれている兵の名を並べた。



「それは、すごい偶然だね」


守衛隊は、二千人以上はいるはずだ。



「守衛隊の配置換えは、多いですからねぇ。オルトさんやバッシュさんとも、同じ班になったことがあります」



「へぇ…」


守衛隊の配置換えは、多い。


またひとつ学んだ。



「リリアンヌ殿下…!ごめんなさい」


兵士のひとりが、鍋をかき混ぜるリリアンヌのもとまで駆けてきた。



「僕が交代します」



「コリン、大丈夫。私がよそうから、みんなに配ってくれるかな」

リリアンヌは言いながら、皿にスープをよそっていった。



「まさか、ずっと肉が食べられると思いませんでした」

コリンが嬉しそうに皿を受け取った。



「ビッケとキリのおかげだね」



「ほとんど、キリのおかげだよ」

リリアンヌの前にじっと座っていたビッケが、口を開いた。



「なんで一発で鳥を仕留められるの?」



「…経験の積み重ねだ」

ビッケの隣に座るキリが、少しだけ戸惑って答えた。



「ふふっ…」

リリアンヌは、こっそり笑みをこぼした。



王都を出立してから、八日目の夜を迎えた。


キリとビッケは、すっかり仲良くなった。



ずっと一緒に行動している気がする。


意外な組み合わせだけど、どこか微笑ましい。



「良い匂いがするな」



「!おかえりなさい」


ブライアンが、アランフォースと一緒に戻ってきた。


その後ろから、兵たちも続いてきている。



「見回り、お疲れ様でした」



「ありがとう、リリアンヌ」


ブライアンは皿を受け取ると、そのままリリアンヌの隣に腰を下ろした。



「はい、アランフォース」



「ありがとうございます」


アランフォースはリリアンヌの後ろへ回ると、立ったままスープへ口を付けた。



「リリアンヌ殿下…!代わりますから、どうぞ殿下も食べてください」

コリンの後ろから、別の兵士がやってきた。



「ありがとう、ピーター」


料理は任せて、なんて言っておきながら、大したことはしていない。


キリとビッケが狩ってきた鳥を煮込んでいるくらいだ。



「いただきます」

リリアンヌは手を合わせ、小さく呟いた。


鳥肉がたっぷり入ったスープを、ゆっくり口にした。



「あったまるねぇ…」


とっても美味しい。



「山の中は、冷えるからな」

ブライアンが、ふっと笑って返した。



「…誰も、触れないんですねぇ」



「ん?何か言った?ネウロ」



「いいえ。やっぱりリリアンヌ殿下は、見ていて飽きません」

ネウロがにっこり笑って答えた。



「…ネウロは、どうして守衛隊兵になろうと思ったの?」


ふと、気になった。



「おや。殿下は、僕のことに興味がおありで?」



「…個人的なことを聞いてしまったかな」



「いいえ。もっと聞いてくださって結構ですよ」

ネウロは、ずっと笑みを浮かべている。



「僕は、王都で暮らす婚約者の近くにいるために守衛隊兵になったんです」



「ティナと?」



「あれ?僕、婚約者の名前を言いましたっけ?」



「…うん」


…多分。



「僕はね、どうしても王都に来たかったんです」



「ええと…それは聞いてもいい話?」



「ええ、構いません」

ネウロは表情も変えず、けろりと言った。



「ティナとの結婚を許してもらえそうもなかったので、家を出ました」



「そう…なの?」


ネウロが家族とうまくいってなかったのは、“物語”で知っている。


けれど、婚約者なら親が決めた相手なのではないのだろうか。



「兵士になって五年経った頃に…そうですね、父から領地へ戻ってこいと連絡があったんです」


考えている間に、話が進んでしまった。



「王都で鑑定士になれば、ティナとの関係を認めると言われたんです。そんな話に飛びつかないわけにはいかないでしょう?」



「…うん」


何か、肝心なところを避けている気がする。



「だから、僕は鑑定士になりました」



「…ティナのことが、本当に好きなのね?」

リリアンヌは、そっと確認するように尋ねた。



「ええ。心から愛していますよ」

ネウロは、嬉しそうな笑みを浮かべた。



「ふふっ…」


“デューゼの森の悪夢”を防げて、良かった。


ティナが生きていて、良かった。



「それでですねぇ、殿下、聞いてくださいよ」



「うん、なあに?」


ネウロは、本当によく喋る。



少し離れたところで兵たちが集まり、ぼそぼそと話しているけれど、


こっちの輪は、私とネウロ以外、とても静かだ。



目の前にキリとビッケが並び、いつものように静かにスープを食べている。


二人は仲良しだけど、あまり喋らない。



後ろに立つアランフォースも、そうだ。


みんなと一緒にいる時は、ほとんど話さない。


ブライアンは話を振ることもあるけれど、群を抜いてネウロがよく喋った。


気付けば、つい話し込んでしまう。



ネウロとの話がひと段落したところで、ブライアンが静かに立ち上がった。


「リリアンヌ、そろそろ」



「あっ、はい」


口の中でごちそうさまと呟き、急いで立ち上がった。



「二人とも、皿はそこに置いといて」



「ビッケ、ありがとう」


「助かる」


リリアンヌとブライアンは、鍋の横に食べ終わった皿を重ねた。



「ビッケ君は、今何歳なんです?」


「八歳だけど」


「おや、本当ですか。てっきり、十歳は超えていると思っていましたが」


「獣人族は、成長が早いからじゃない」


ネウロが、今度はビッケと片付けをしながら話している。


それを聞きながら、アランフォースとブライアンと少し離れたところで輪になった。



「明日の旅程ですが、一日かけて山道を登ることになります」

アランフォースが、まず口を開いた。



「空を見る限り、雨は大丈夫そうです」



「今のところ、ずっと晴れていますね」

リリアンヌは、こくんと相槌を打った。



夕食を食べ終わったら、アランフォースとブライアンと三人で翌日の確認をする。


これが日課になった。


…主に、アランフォースから旅程の話を聞くだけで終わるけれど。


ラジャタ村への道のりは、二人に任せきりだ。



「明日もう一度山で野営し、明後日の昼にはラジャタ村へ到着する予定です」



「こんなに周りに村落がないって、珍しいですか?」


もう、二日も町も村も見ていない。



「ええ、この辺りは山が多いですから。村同士が離れているのは、そこまで珍しいことではありません」



「ちなみに、ラジャタ村は他の村より、ドーガ国との国境の方が近い」

ブライアンが、アランフォースに付け足すように言った。



「ドーガ国…」


他国のことは、一通り習っている。


だから聞き覚えがあるのだろうか。



「ラジャタ村の西側にあるリヨラル山脈を越えれば、もうドーガに入る。国境まで、半日で行けるんだ」



「リヨラル山脈…!」


ブライアンの言葉に、はっと声を上げた。


今度こそ、記憶が引っかかった。



「…どうしました?」

アランフォースが静かに尋ねた。



「あ…ええと」

リリアンヌは、慎重に口を開いた。



「…リヨラル山脈には、山賊がいますか?」



「…それが、どうしたんだ?」

今度は、ブライアンが尋ねた。



「…その」


何と言えばいいか…



「…ビッケが攫われた時に、お父様たちとその話をしました」


本当は、ただ人攫い集団としか聞いていないけれど。


リヨラル山脈も、山賊も、どちらも父と兄の口からは出ていない。



「…なるほど。確かに人攫い集団の頭目は、元山賊だった」



「えっ…本当にそうなのですか?」

リリアンヌは、ぎょっとブライアンを見上げた。



「……」


二人から、無言で視線を向けられた。



「…あ」


しまった。


今のは、確実に失言だった。



「…リリアンヌ。何が気になるんだ?」



「…気になることがあるなら、言うべきですよ」



「……」

リリアンヌは、考えるように目を伏せた。



“物語”でラジャタ村を襲ったのは、


リヨラル山脈を根城にしている山賊の一味だった。



リヨラル山脈は、セスランディアとドーガの二国に跨っている。


山賊たちは、情勢が悪化したセスランディアを狙い、ドーガからやってきた。



ラジャタ村は、“デューゼの森の悪夢”で異形の存在(ゼノプーパ)に襲われることもなく無事だったのに、


その後、別件で山賊により滅ぼされてしまう。



それが――今年の十二の月の出来事だった。


二日後には、十二の月になる。



デューゼの森の悪夢は、起きていない。


情勢も悪化していないし、そのタイミングで攫われるはずだったビッケも、ここにいる。



だから、物語のような未来はやってこない。


ただの考えすぎだ。



「…お父様から山賊の話を聞いたので、引っかかってしまいました」


それでも、気になるということは伝えるべきだろう。



「私たちが、山賊に襲われる心配をしているのか?」

ブライアンが優しい声で尋ねた。



「…いいえ。それは心配していません」


言われて、気付いた。


私たちだって、山中で襲われる可能性はある。



「気になるなら、馬を急がせますか」



「…え」

リリアンヌは、ぱっと顔を上げた。



「早めに村へ向かいましょう」

アランフォースは、真剣な表情で言い切った。



「…山の道で、馬に負担が掛からないかな」



「気になるのでしょう?」



「…はい」

素直に頷いた。



「では、明朝は早めに出立しましょう。それでいいですか?」



「はい。ありがとうございます、アランフォース」



「…アランフォース、では私がオルトに伝えてきます」



「頼む」



「……」


駆けていくブライアンを、リリアンヌは静かに目で追った。


ブライアンはアランフォースに敬語なのに、アランフォースはなぜかブライアンにため口だ。



「…何か、他に気になることはありますか?」



「あ、いいえ。大丈夫」

リリアンヌは、はっとアランフォースに顔を向けた。



「明日もまた、よろしくお願いします」


ぺこりとお辞儀して、そのまま自分の天幕へ向かった。


天幕へ戻ると、ビッケが入口から顔を覗かせていた。



「どうしたの?」


いつもは中に入り、寝る準備を進めているのに。



「…なんか、心配そうな顔してる」

ビッケが、じっと見つめながら言った。



「ええ?そうかな」


自分の頬に触れながら、入り口をくぐって中へ入った。



「……」



「ね、ビッケ。キリは?」



「…いつも通り、どっか行った」



「そっか」

リリアンヌは、すでに敷かれている寝袋の上に膝を抱えて座った。


スノウが肩から離れ、寝袋の枕の脇に移った。


もう寝るつもりだ。



「…あのね、ビッケ。明日、出発が早くなったの」

スノウに視線を向けながら、ぽつりと口を開いた。



「…どうして?」



「ん~…私の、我儘」



「何が気になるの?」



「…ひとつ、聞きたいんだけど」

リリアンヌは答えず、ちらりとビッケに視線を向けた。



「ビッケが生まれてから、村が山賊に襲われたことってある?」



「…あると思う」

ビッケは、立ったまま頷いた。



「でも、オレまだ小さくて、よく分かんなかった」



「…そっか」



「オレたち獣人族は、人族より強いよ。その時も、誰も怪我しないで追い払ってるはず」



「そうなんだね」



「それに、村は湖に囲まれてる」



「うん、地図で見た」


ラジャタ村の周りは、大きな湖が広がっている。



「頑丈な門を通らなきゃ、村には入れない」



「そうなの?」



「高いし、頑丈。あの門を壊すのは、兵士が百人いても無理」



「百人いても?それはすごいね」



「うん。だから、心配するなよ」



「…うん、そうだね」


ビッケに慰められてしまった。



「ありがとう、ビッケ」



「明日早いなら、準備してもう休もうよ。沸かした湯、そこにあるから」

ビッケは桶と手拭いを指さすと、こちらに背を向けた。



「ありがとう」

リリアンヌは、膝をついたまま桶の前まで移動した。


腰の剣帯を外し、服を脱いでいく。



ビッケはずっと、従者みたいなことをしてくれている。


申し訳ないなと思いつつも、とてもありがたい。



「ここまで、あっという間だったね」



「オレ、初めてアルジャに行った」

ビッケが背中を向けたまま返した。



「栄えていた町だったね」


ラジャタ村が属する、ツァガ領の一番大きな町。


一昨日は、そこの宿に泊まった。


王都とはまた違った賑わいがある町で、たった一泊しかできなかったのが少し残念だった。



「いつか、また一緒に旅したいね」

リリアンヌは、何気なく続けた。



「ビッケとまた、旅したいな」



「オレと一緒に?」



「うん。一緒に旅をすれば、目的が同じだから仲間でしょう?」



「まだ、それ言ってんのかよ」

ビッケは、呆れたように笑った。



「ビッケがいたから…」


わずかに声が震え、言葉を止めた。


そのまま、沈黙が落ちた。



…まだ、考えちゃ駄目だ。


まだ、始まったばかりだ。



「…よし」

リリアンヌは寝間着に腕を通すと、ビッケに目を向けた。



「……」

ビッケは、まだ背を向けていた。



「ね、ビッケ!」


「!」


リリアンヌは、ぎゅっとその背中に飛びついた。



「なんだよ」



「今日は、一緒に寝てくれない?」



「ええ、嫌だよ。暑いし」



「お願い。こうできるのも、あと二日しかないでしょう?」


村に着けば、きっと自分の部屋で過ごすのだろう。



「うう…幸せ」

リリアンヌは、さらにビッケを強く抱きしめた。


相変わらず、抱き心地がいい。



「…暑いよ」

それでもビッケは、手を振りほどかなかった。



「…もう少しだけ」


無理やり王都に連れてこられたビッケにとっては、つらい思い出だったかもしれない。


それでも私にとっては、幸せな時間だった。



頑張り屋で、どこかませていて、私についてきてくれるビッケが、


愛おしくて堪らない。



村に着いたら、いろいろ案内してもらおう。


精霊を見つけるまで、一緒にいてもらおう。


いっぱい、思い出を作ろう。



寂しがるのは、まだ早い。


旅は、始まったばかりなのだから――



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