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とある精霊の夜明け



やがて――


イレは、思いたったようにぱちりと目を開けた。



樹の窪みはすっかり広くなり、その中でイレの体はひどく小さく見えた。


羽を大きく広げ、その窪みから飛び立った。



地下の廊下を進み、真っ暗な階段の上を飛んでいく。


光をふわりと広げ――



――ゴゴゴゴゴゴッ…


封じられた入り口を、開けた。



聖院は、すっかり姿を変えていた。


天井には大きな穴が開き、陽の差す石床には花が咲いている。


蔦が巻きつき、崩れた門を抜け――



何もない丘に出た。


家も、小川もない。



イレは迷うことなく、いくつも続く丘を越えていった。


まるで、何かに導かれるように、


まっすぐ、まっすぐ。



のどかな丘を越え、


森を越え、


大きな町が見えてきた。


町は城壁に囲まれ、その中を見ることはできない。



城壁の向こうからは、音楽や人々の喧騒が聞こえている。


だがイレはまっすぐ通り過ぎ、さらに先へと進んでいった。



イレは、湖が見える辺りで城壁の中へ入っていった。


周辺には森が広がり、静かだ。



やがて、一本の巨大な樹の前に辿り着いた。


その樹は柔らかな光を放ち、辺りを優しく照らしている。



イレは巨大な樹――聖樹の前に降り立つと、


そのまま、力なく落ちた。



体の光が、徐々に弱っていく。



聖樹が、低く脈打っている。


それが、イレにとって心地よい。



イレは、ゆっくりと空を見上げた。


晴れ渡り、気持ちのよい風が吹いている。




『いつか必ず、お前が自由に羽ばたける日が来るからな』




「ホ~…」


イレの光は、さらに細くなっていく。


眠るかのように、そっと目を閉じた。


静かに、聖樹の葉が揺れた。



『いつか、必ず――』



「…あっ!」


微かな声が、イレの耳に届いた。


イレは、動かない。



「あ、あのっ…危ないので、ゆっくり…」


だが、確実に誰かが近づいてきている。



「あの光は、何なのですか」


「…あれは、精霊です」


ぼそぼそと、小さな声が耳をかすめていく。




『いいか…私以外の誰かが近づいたら、逃げるんだ』


『絶対に、捕まってはいけない』




「…!」


イレは目を開き、持ちうるちからを解放した。



――バチバチッ…!


辺りに、火花が散る。


火花の先に、ふたりの人影が見えた。



「…お願い、落ち着いて!私たちは、攻撃したりしないから!」


人影が、何かを叫んでいる。



「そんなにちからを使ったら、消えちゃうから…っ!お願い!」


弾ける音で、声は届かない。


イレは、さらにちからを強めた。



『絶対に、捕まってはいけない』



――バチバチバチィッ…!



「…駄目!」


辺りが――眩い光で溢れた。



イレの体に、温かいものが流れ込んだ。


弱っていた体が、徐々に力を取り戻していく。



『兄ちゃん、元気になったよ!』


このちからが――どこか、懐かしい。



誰かが、ゆっくり近づいてきた。



「…こんにちは」


少女だった。



「…触れてもいいかな?」


小さな両手が、そっと差し出された。



『ほら…おいで』



「ホ~」


イレはぴょんと跳ね、手のひらに乗った。



「小さい…」


少女は手のひらを寄せ、じっとイレを覗き込んだ。


その顔は、悲しそうだった。



「ホ~」

イレは、不思議そうに少女を見上げた。



「…ごめんなさい」


小さな声が、ぽつりと落ちた。



『ごめんな、イレ…』



「遅くなって、ごめんね…」


手のひらを、そっと額へ寄せた。



「本当に、ごめんなさい…」


『…っ…ごめん』



「ごめんなさい…っ」


『すまない…っ』



何度も繰り返される謝罪は、


イレの心を、ゆっくりと溶かした。



「…ホ~」


イレは小さく跳ね、少女の額に体をすり寄せた。



「ふふっ…くすぐったい」


少女が笑った瞬間――


イレと少女の体が、白い光で包まれた。



「え…!?あ…!」


少女は、驚いている。


大きな目を丸くして、じっとイレを見つめた。



「ホ~…」

イレは、小さく首を傾げた。



「…あ、うん、そうだね」


返ってきた言葉は――



「…スノウ。…あなたは、スノウ」



『…ありがとう、イレ』


「スノウ…ありがとう」



「ホ~…!」


嬉しそうに、ばさりと羽を広げた。



そうしてイレは――スノウとなった。



―――五年後



「ホ~」


スノウは、歌うように鳴いた。



「スノウ、随分と上機嫌だね」


かぽ、かぽ、と馬の蹄が響く。



「この道が好きなのかな」


少女は馬上から、きょろりと辺りを見渡した。


進む道の左右には、林しか見えない。



「もしかしたら、この道に思い入れがあるのかもしれませんね」

少女の後ろに乗る男が、優しく答えた。



「ラジャタ村へ向かうまでの道にということですか?」

少女は、前を見たまま男へ尋ねた。



「道というよりは、この辺りに思い入れがあるのか…」


男は小さく顔を上げると、林の向こうに目を向けた。



「…あの方角には」



「何か知っているのですか?アランフォース」



「…いえ。丘が広がっていたはずです」

男は、静かに答えた。



「丘かあ…この辺りに来たことがあるの?スノウ」

少女は、そっと肩に目を向けた。



「もしかして、見つける前はこの辺りを飛んでいたのかな」



「ホ~」



「それじゃあ、答えになってないよ」

少女は、困ったように微笑んだ。



「いつか教えてね、スノウ」



「ホ~」


スノウは、いつまでも丘の方を見つめていた。



幕間Ⅱ・完

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