その関係の名は②
ビッケ視点
店を出ると、ビッケはすぐに頭巾を深くかぶった。
「ビッケ、寂しくなるね」
「え?」
「せっかく、みんなと仲良くなったのにね」
リリアンヌが、寂しそうな顔を浮かべていた。
「…お前は、みんなと会えるだろ」
ビッケは、呆れた声で返した。
どうして、こいつが寂しがるんだろう。
「ビッケは、寂しくないの?」
「……」
獣人族の付き合い方は、あっさりしている。
誰かともう二度と会えないと言われても、そうかと思うだけだ。
だけど…
「…なんか、また会える気がするから」
なんでか、これで最後とは思えなかった。
「うん、そうだね」
リリアンヌは、にこっと頷いた。
「大きくなったら、また王都に遊びに来てね」
「……」
ビッケは答えず、静かに帰り道を歩いていった。
王都に連れてこられてから、一か月近くが経った。
昨晩、母ちゃんが無事で村にいることをリリアンヌの父から教えてもらった。
村の人たちにも、オレが無事で、リリアンヌと一緒に帰ることは伝えられた。
それが知れたんだし、本当は、もう少しゆっくり村に帰りたかった。
ニアに教えてもらった仕事が楽しくなってきた頃だ。
それでもリリアンヌは、予定を変えなかった。
こいつが村へ行く目的は、オレを送ることではなくて精霊を探しに行くことだ。
それを邪魔するようなことはしたくない。
考えごとをしていたら、あっという間にエラドリオール邸へ戻ってきた。
いつものように、門を入ったところでリリアンヌとアランフォースが足を止めた。
「明日は、キリとビッケと厩舎の方へ向かいます」
「いえ、明日も屋敷の前でお待ちしております」
「でも…それではアランフォースは遠回りです」
「そんなことは気になさらないでください」
獣人族は、耳が良い。
離れて待っていても、ふたりの会話は丸聞こえだ。
それに多分、隣にいるキリにも聞こえている。
「…そういえば、ビッケはひとりで乗馬ができません」
リリアンヌは、はっと思い出したように言った。
「…ええ、そうでしょうね」
「ビッケを、ロックに乗せてもらうことは可能ですか?」
「…私は、リリアンヌ殿下の護衛です」
アランフォースは、ゆっくりと首を振った。
「……」
馬は…乗れる。
試したいことがあって、小さい時から父に乗せてもらっていた。
だけど、馬は貴重だ。
自分のためだけに一頭準備してもらうつもりもない。
「そう…ですよね」
リリアンヌは、困ったように首を傾けた。
「じゃあ、兵士の方にお願いして…あれ、そういえば」
「また、キリ殿と同乗するつもりですか?」
「もうひとり…え?」
「私は、リリアンヌ殿下の護衛です」
アランフォースが、同じ言葉を繰り返した。
「…はい」
「…私と同乗することは、嫌でしょうか」
「いっ、嫌だなんて…!」
リリアンヌは、ぶんぶんと首を振った。
「そ、その…アランフォースが、気疲れしてしまうのではないかと」
「そういう理由でしたら、気になさらないでください」
アランフォースは、きっぱりと言った。
「それではリリアンヌ殿下。また明日」
「あ…はい…。今日も、ありがとうございました」
リリアンヌはぺこりとお辞儀すると、こちらへ向かってきた。
「お前は、私の後ろだな」
「うん、よろしく」
やっぱりキリも、ふたりの会話が聞こえていたらしい。
「ごめんね、お待たせ」
リリアンヌは駆けてくると、そのまま屋敷の入り口へ進んでいった。
「……」
ビッケは、隣を歩くリリアンヌをそっと見上げた。
また、嬉しそうに笑っている。
こいつは、心配になるくらい分かりやすい。
今度は、ちらりと後ろへ振り向いた。
アランフォースはまだ門の前に立ち、屋敷へ入っていくリリアンヌを見つめていた。
リリアンヌとアランフォースの関係も、いまいち分からない。
護衛って…護られる側と、対等な立場なのだろうか。
リリアンヌは、どう見ても主人という感じじゃない。
王族らしくもないけど。
それに、お互い敬語だ。
もし年上だからという理由なら、キリやギタンだってそうだ。
それとも、友人じゃないからなのだろうか。
リリアンヌは、家族にまで敬語で話している。
普通、家族が一番気を遣わないと思うけど。
でも、仲が悪いわけじゃない。
むしろ、リリアンヌの父や兄は、こいつをやたら大事にしている。
よく…分からない。
人族の関係は、難しすぎる。
「あまり、深く考えるな」
「ん?キリ、何か言った?」
階段を先に歩いていたリリアンヌが、くるりと振り向いた。
「明日、私がビッケと同乗する」
「…!」
びっくりした。
初めて、キリに名前を呼ばれた。
「うん…!そうしてくれると助かるな」
リリアンヌは笑顔で頷いた。
今日は、ずっと機嫌が良い。
「じゃあ、キリ。今日もありがとう」
そのまま廊下で足を止め、手を差し出した。
「また明日」
キリがその手を握って、離した。
友人同士で、こんな挨拶をするだろうか。
キリに深く考えるなと言われても、気になってしまう。
リリアンヌは去っていくキリから目を離すと、再び階段を上がっていった。
すぐに、その背中を追った。
「ビッケも準備があるだろうし、今日はもう、部屋にいていいよ」
前から明るい声が届いた。
「忘れ物がないようにね」
「…うん」
その言葉に、なぜか胸がちくっと痛んだ。
もう、明日この屋敷を出る。
もう――リリアンヌと、一緒にどこかへ行くことはない。
「…お前にとって、オレって何?」
気付いたら、口に出していた。
「…え?」
リリアンヌは、足を止めて振り返った。
「お前とオレの関係って、何?」
ビッケは、不思議そうに首を傾げた。
どうして、ここまでオレを気にかけてくれるのか。
なんで、当たり前のようにオレと一緒に行動してくれるのか。
その答えを、聞いてみたい。
「…友人って、私は思っているのだけど」
小さな声で返ってきた。
「友人だったら、サムとキリどっちに近い?」
「へっ…?」
「友人の意味が、よく分かんない」
村の子や孤児院の子たちは、分かりやすい。
あれが、オレにとっての友人だ。
だけど、どう考えてもリリアンヌとは違う。
「う~ん…そうだなぁ」
リリアンヌは目を伏せ、小さく唸った。
「…サムは、親友」
「しんゆう」
「なんでも言い合える、親しい友達。仲良し」
「うん」
その言葉の意味は、分かる。
「キリは、仲間」
「なかま…」
「同じ目的のために、一緒に行動する人。仲良しとは違うけど、とても大切な存在」
「…仲間」
ビッケは、同じ言葉を繰り返した。
「どっちも、勝手に私が思っているだけなんだけどね」
誤魔化すように笑っている。
そんなことはない。
友人という言葉より、どっちもしっくりきた。
「アランフォースも、仲間?」
「…えっ!?あ、アランフォース?」
リリアンヌは、驚いたように顔を赤らめた。
「アランフォースは…う~ん…味方?」
「味方」
「そう…だね。とても頼りになる、私の味方」
「ああ…そっか」
きっとアランフォースは、それが寂しいんだ。
遠慮されて距離を置かれていることが、寂しいんだ。
「ん?何が、そっか?」
「それ、本人に言ってやれよ」
余計なお世話だろうけど。
「友人って言葉じゃなくて、ちゃんと伝えてやれよ」
「…私が思っているだけなのに?」
リリアンヌは、戸惑うように首を傾げた。
「友人っていうのは、しっくりこない」
「うぐっ…」
「お前が言った言葉の方が、しっくりきた」
「…本当?」
「うん」
どうしてリリアンヌは、自分に自信がないのだろう。
オレが見ても分かるくらい、みんなに好かれているのに。
「じゃあ、ビッケも仲間」
「…え、オレも?」
ビッケは、目を丸くしてリリアンヌを見上げた。
「だって…正直に言うと、ビッケにも友人って言葉、しっくりこないから」
リリアンヌは、もじもじと上目遣いに言った。
「だけど…知人とか同居人とか、そういうのとも違うし」
「うん」
それは、分かる。
「…駄目かな?」
「…でも、目的が一緒じゃないじゃん」
「う~ん、確かに」
また唸っている。
「じゃあ…今は、ビッケと友人」
「今はって?」
「明日から、仲間」
「ええ?」
思わず、ふはっと吹き出した。
めちゃくちゃな言い分だ。
「…明日からは、旅の仲間」
リリアンヌは、嬉しそうに目を細めた。
「ラジャタ村へ旅する、仲間!」
窓から入る陽ざしが、リリアンヌをちかりと光らせた。
本当に…こいつは、不思議だ。
たまたま、オレを見つけただけなのに。
あっという間に攫った犯人を捕まえて、オレを助けてくれた。
そこから一か月も一緒にいないのに、いろんなことを経験した。
村にいたら、一生できなかったようなことばかりだ。
リリアンヌは、自分の知らないことをたくさん知っている。
頭がいいとか、物知りとか、そういうことだけじゃない。
もっと、大切なものを知っている。
それが、王族だからというわけじゃないことを、
オレはもう、分かっている。
…なかま。
同じ目的があれば、仲間。
それなら、オレは――




