その関係の名は①
ビッケ視点
「…なんか、上機嫌だな?」
店に入ると、サムがきょとんとして出迎えた。
「うん…!良いことが続いたから」
リリアンヌは、えへへっと答えた。
「リリィ、見て~!」
カウンターの後ろの部屋から、ばたばたと少女が飛び出してきた。
「契約書の原版を捺したら、こうなったの!」
そう言って、顔の前に紙を掲げた。
「うわ…!カヤ、本当にすごい」
カヤの掲げる紙を見て、リリアンヌは息を呑んだ。
「カリグラフィみたい…」
呟いた言葉の意味は分からなかったけど、
紙には、綺麗な文字が隙間なく並んでいた。
「オレらに依頼するのって、字を読めない人が多いんだけど」
「それでも、絶対に契約書はあった方がいいよ」
リリアンヌは、じっと紙を見つめながらサムに答えた。
「それだけで、お店の信頼は上がるから」
「まあ、名前くらいは書いてもらえると思うけど」
「それで、十分」
「…ん?ビッケ、何持ってんだ?」
サムは、はたとビッケが抱える大きな包みに視線を向けた。
「あ…っ!ビッケ、ありがとうね」
リリアンヌは、はっと包みを受け取った。
「…はいっ!私からの、開業祝い」
そのまま、ずいっとサムの方へ差し出した。
「…開業祝い?」
「開けてみて!」
リリアンヌは、嬉しそうだ。
「…えー!すっげぇ!」
「え~っ、かっわいい~!」
包みを解いた瞬間、サムとカヤが興奮した声を上げた。
「なに、なに~?…あっ、看板だー!」
カウンターの奥から、メルが顔を覗かせた。
リリアンヌが用意したのは、鉄細工の看板だった。
「べ、ん、り、や、さ、む、り、り、ぃ」
メルが、看板の下に書かれた文字をゆっくりと読み上げていった。
「ごめんね…勝手に意匠を決めちゃったんだけど」
「いや、最高じゃん!これ、スノウだろ?」
サムの指す看板の中央には、ぽってりしたふくろうの影絵が描かれていた。
「間に合って、本当に良かった」
リリアンヌは、また嬉しそうに笑った。
「あ…明日、王都を出て行くんだっけ?」
「うん。朝早いし、来られるのは今日で最後だから」
「こんなにすごいの…ありがとな」
サムは、リリアンヌの頭に手を伸ばしかけて――
「あっ…やべ」
扉の脇に立つ人物をちらりと見て、すぐに引っ込めた。
「リリィ~、もうひとつ、見てほしいんだけど」
「ん?カヤ、なあに?」
リリアンヌはサムの様子に気付かないまま、カウンターの奥へ入っていった。
部屋の端にいたキリが、静かにサムへ近づいた。
「取り付ける」
「えっ…看板を?」
「そうだ」
「本当かよ…!キリ、ありがとう!」
サムから看板を受け取ると、キリはそのまま扉の外へ出ていった。
「……」
ビッケは、そっとその後を追いかけた。
キリは、もう屋根の上へ登っていた。
高いところへ行く時、キリはいつも駆けるように登る。
王都で初めて会った時も、樹から落ちた自分たちを空中で浮かせてみせた。
きっと、風を操るようなちからでも持っているのだろう。
「よっ…」
ビッケは四足を器用に使い、素早く屋根まで駆け上がった。
登るのは、オレも得意だ。
キリは、屋根から身を乗り出して看板を取り付けていた。
どうやって付けるのだろうと思ったら、すでに大きな釘が刺さっていた。
「前の看板跡だ」
作業を見ていると、教えてくれた。
「どうしてキリは知ってたの?」
どうして、跡があったことを知っていたのだろう。
「…見れば分かる」
間を置いて返ってきた。
キリは、エルフ族だ。
獣人族や人族とは、やっぱりどこか違う。
エルフ族は、他の種族と関わることを避けて人前には現れないと聞いていた。
それなのに、キリは当たり前のようにリリアンヌと一緒にいる。
どうして一緒に行動しているのかは、知らない。
アランフォースが護衛としている意味は、分かる。
いつも、静かにリリアンヌの行動を目で追っている。
何かあれば、マントの下に隠している剣を抜くのだろう。
それに、どう見てもアランフォースは強そうだ。
キリも護衛なのかと思っていたけど、今みたいにリリアンヌから離れる時もある。
アランフォースが中にいるから、離れても平気なのだろうか。
同じ護衛だとすると、その方法はまったく違うように見えた。
アランフォースはリリアンヌの後ろを歩き、キリは隣を歩く。
「…ねえ、キリ」
聞いたら、教えてくれるだろうか。
「なんだ」
「キリは、どうしてリリアンヌと一緒にいるの?」
「約束したからだ」
キリはすぐに答えた。
「約束?」
「リリアンヌを護る約束と、リリアンヌと精霊を探す約束だ」
「キリもじゃあ、護衛なの?」
「…違うらしい」
珍しくキリが、困ったように答えた。
「じゃあ、何?」
ステファンやニアたちのような使用人でないことは、分かる。
「…友人」
ぽつりと、返ってきた。
「友人…」
キリの言葉を、繰り返した。
それなら、サムたちと同じ関係ということになる。
「…?」
友人が、友人を護ろうとするだろうか。
友人って…何だ?
「あまり深く考えるな」
キリはひらりと屋根から降りると、音もなく着地した。
「うん」
ビッケも、ひょいっと屋根から飛び降りた。
「わぁ…!キリ、ありがとう」
扉から、リリアンヌが顔を覗かせた。
「良かった、ぴったりだね」
「リリアンヌ様ぁ~!」
「ん?」
リリアンヌは、呼ばれた方へ顔を向けた。
「あっ、ジーナ…!」
「リリアンヌ様っ!今日もいらっしゃってたんですね」
籠を持ったジーナが、大きく手を振りながらやってきた。
「やっほ~」
「おー。ジーナ、ありがと」
何か紙に書き込んでるサムが、カウンターから手だけ上げて挨拶を返した。
「ありゃ…カヤとメルもいたか。足りるかな?」
ジーナが、籠の中を心配そうに覗いた。
隣のドグリ食堂の娘、ジーナは、サムに頼まれて毎日昼食を持ってくる。
何度か、一緒に食べたことがある。
「あ…ジーナ。私たちは、そろそろ帰るの」
「え?」
「そうなんですか?」
リリアンヌの言葉に、サムとジーナが同時に顔を上げた。
「さすがに、明日の準備を進めないと」
「お前、まだしてなかったのかよ」
「準備って、何ですか?」
また、サムとジーナが同時に言った。
「明日からね、旅に出るの」
「旅ぃ?」
ジーナが、目を丸くした。
「そう!ビッケの村に行くの」
「!」
リリアンヌは、ぐいっとビッケの腕を引いた。
「あ、行き先って、ビッケの村だったんだ」
「あれ…言ってなかったっけ?ビッケは、村に帰るの」
「…ってことは、今日が最後か?」
サムは、寂しそうな顔をビッケに向けた。
「うん」
「…ええ、うそー!」
メルが、奥の部屋から飛び出してきた。
「お前、今日が最後かよ」
「そうなの?寂しくなるねー」
カヤもひょっこり顔を出した。
「元気でな」
サムはカウンターから手を伸ばし、ビッケの頭を撫でた。
「ビッケ。私のお父ちゃんを助けてくれて、本当にありがとね」
ジーナは、ビッケの前に屈んで丁寧に言った。
「また、町に遊びに来てよっ!」
「…うん」
気付いたら、頷いていた。
「じゃあ…私たち、もう行くね」
「あっ、あ!」
「リリィ、待って!」
メルとカヤが、慌ててカウンターの扉をくぐって出てきた。
「リリィ、屈んで」
「…?」
リリアンヌは、言われるがままカヤの前に屈んで顔を近づけた。
「はい、これっ!」
カヤは、紐のようなものをリリアンヌの首に通した。
「!わ、素敵な首飾りだね。どうしたの?」
カヤが通したのは、茶色い革紐で編まれた首飾りだった。
綺麗な赤い石がいくつも付いていて、中央では一番大きな石が揺れている。
「作ったのー!」
「つくっ…!?え…!?」
リリアンヌは目を丸くして、カヤと首飾りを見比べた。
「石を集めてきたのは、メルだけど」
「こんな綺麗な石、どうしたの?」
「小川まで行って、集めてきたんだ」
メルは、ふふんと自慢げに言った。
「えっ…もしかして、町の外まで行ってきてくれたの?」
「あっ、違うよ。町の中にある小川のこと」
「へぇ…こんな綺麗な石が拾えるんだね」
「あのね…旅に着けていってほしいなって」
カヤは、懇願するようにリリアンヌを見上げた。
「それを見て、私たちを思い出してほしいなって」
「…くれるの?」
「リリィには、たくさんもらったから。お礼だよ」
メルがにっこり笑って言った。
「メル、カヤ…」
リリアンヌの目が、一瞬で潤んだ。
「ありがとう。大好き」
「わぁ!」
「やった」
リリアンヌは両手を広げ、二人をぎゅっと抱きしめた。
「…こそこそしてると思ったら、そんなの作ってたのか」
サムは、気まずそうな顔を浮かべて呟いた。
「やべぇ…オレ、何も用意してねぇ」
「もう、十分だって」
リリアンヌは、二人から手を離してにっこり笑った。
「サムは、開業の準備頑張ってね」
「…そうだな。お前が帰ってきた時には、もう店が始まってるようにするよ」
「じゃあ、サム」
「…いや、それはさすがに、もう駄目だろ」
両手を大きく広げたリリアンヌから、サムはカウンター越しに後ずさった。
「えー…」
「じゃあリリィ、もう一回!」
「私もー!」
「メル、カヤ…!」
なぜか、リリアンヌはもう一度二人と抱きしめ合った。




