便利屋サムリリィの開業準備②
リリアンヌ視点
「リリィ、またね!」
「じゃあね~!」
北の商店通りに入ったところで、メルとカヤが、別々の道へ走っていった。
「二人とも、もうひとりで出かけているの?」
リリアンヌは二人に手を振りながら、隣に並ぶサムへ尋ねた。
「まあ、あいつらももう、十一歳だしな」
「私が十歳の時は、あんなに気を付けろって言ってたのに?」
「あのな…王族と貧民区の孤児を、一緒にするなよ」
サムは呆れたように眉を寄せた。
「危険なのは、一緒でしょう?」
「だから、全然違うって」
「何が違うっていうの?」
「あれっ!?リリアンヌ様!?」
大声が飛んできて、言い合いは中断となった。
「あら、本当じゃないか!姫さん、こんなところでどうしたんです?」
祭りの時にパンをくれたメリーが、前回も一緒にいた女性と店先で立ち話をしていた。
「こんにちは!」
リリアンヌは、小走りで二人のもとへ近づいた。
「この間は、ねじりパンごちそうさまでした」
「そんなの、ぜんっぜんいいのよぉ!」
メリーが、手をひらっと振った。
「姫さん、今日はどうしたんです?」
「ここの隣に友人が店を出すので、一緒に確認に来ました」
「…え?」
リリアンヌの言葉に、メリーと女性の表情が曇った。
「今ねぇ…ちょうど、その話をしていたんだけど。隣を借りた人が、貧民区の出身っていうじゃない?」
「貧民区出身の人って、ほら、盗みとかするでしょう…?私たち、心配で心配で」
ひそひそと、リリアンヌにだけ聞こえるように言った。
「サムたちは、絶対に犯罪なんてしない」
「サム?」
「隣に店を出す子です…サム!」
リリアンヌは振り返り、友人の名を呼んだ。
「…こんにちは」
「あら…あんた!うちのパンをいつも買ってくれてる子じゃない!」
「…いつも、美味いパンをありがとうございます」
驚くメリーに、サムが遠慮がちに頭を下げた。
「それで、何の店を出すって?」
メリーが、勢いのままに尋ねた。
「便利屋です」
「べんりや?」
「はい。ちょっとした手伝いとか、そういった仕事をしています。例えば…代わりにパンを配達に行くとか」
「そんなこともしてくれんの?」
「あとは、掃除とか、修理とか。何か困ったことがあったら、ご依頼ください」
サムは、再びぺこりとお辞儀した。
「…はぁ」
「へぇぇ…」
「店の名前は、便利屋サムリリィって言うの」
「へっ?」
メリーたちは、ぽかんとリリアンヌに顔を向けた。
「おい、リリィ…まだ」
「この店の子たちはみんな私の友人で、信用できる子ばかりです」
リリアンヌはサムの言葉を遮り、ずいっとメリーたちに向かって言った。
「私にも、何かあったらご依頼ください」
「…姫さんに、依頼ぃ?…あっはっは…!」
「なんて、贅沢な依頼よう!」
本気だったのに、大笑いされてしまった。
「どうした?」
奥から前掛けを着けた男が、ひょっこり現れた。
「あら、あんた。今、姫さんと話しててさ」
「はぁーー?」
「こんにちは」
「おい、おい…!本当に姫さんじゃねぇか!」
男は、慌ててリリアンヌたちのもとへ駆け寄った。
「これから隣によく来ると思うので、ご挨拶に来ました」
「えっ…隣?」
リリアンヌの言葉に、男はちらりとメリーに視線を送った。
「お前、貧民区の奴が来るって…」
「みんな、とても良い子たちです」
「絶対に、迷惑はかけません」
リリアンヌとサムは、同時に深く頭を下げた。
「……」
メリーたちは、素早く視線を交わした。
「姫さんがそこまで言うなら、安心かねぇ」
やがて、メリーがふっと息を吐いた。
「…ちょっと、待ってな」
「あっ、メリーさん…!今日こそ、パンを買うから!」
店の奥へ向かっていったメリーに、リリアンヌは、はっと付け加えた。
「…いいから、いいから!」
遠くから、メリーの声が返ってきた。
「姫さん…この間、祭りで白のちからを使ったでしょう?」
「ん?はい」
男の言葉に、リリアンヌは頷いて答えた。
「あれで、あいつの母ちゃんが元気になったんです」
「メリーさんの?」
「転んで足を悪くして、歩けなかったんですよ」
今度は、女性が答えた。
「そうだったの…」
「…だから、姫さんには返しきれない恩があるのよ!」
メリーが、大ぶりの包みを二つ抱えて戻ってきた。
「メリーさん、嬉しいけれど、お代を」
「姫さんには、もっといいもんを貰ったから!」
メリーは包みをリリアンヌへ手渡した。
「ほら、あんたも!」
「えっ…!オレ…私は、何もしていません」
サムは、包みを押し付けられながら首を振った。
「ちょっと早いけど、開業祝いだね」
メリーが、にかっと笑って言った。
「姫さんがそこまで協力してくれてんなら、あんた、頑張んなきゃいけないよ!」
「…はい。それは、もちろんです」
サムは、真剣な表情で頷いた。
「…ありがとう、メリーさん」
リリアンヌは、包みを両手でぎゅっと握った。
「あれ…!今日は、騎士さんがいるじゃないか!」
メリーが、はたとリリアンヌたちの後ろへ目を向けた。
「私の、護衛なの」
「友人に、護衛かぁ!姫さんは、忙しいねぇ」
「メリーさん、次こそ、買いに来るから」
「はいはい、また来て頂戴ね」
軽く流されてしまった。
最後にもう一度礼を言い、メリーママの店を後にした。
「はぁ…お前、すげぇよ」
店から離れるなり、サムが小さく溜息をついた。
「隣との関係なんて…諦めてたのに」
「そんな…だって、これから長い付き合いになるんだから」
近所の付き合いは、大切だ。
「…ここが、借りたとこ」
「えっ…!」
サムの指した先の建物を見て、思わず声を上げた。
「大きくない…?」
橙色の温かな屋根が目を引く、横長の建物だ。
中央には、可愛らしい木の扉が構えている。
その左右には大きな丸窓があり、店内の棚やカウンターがここからでも見えた。
「古いんだよ、建物が」
サムが扉を開けて、リリアンヌたちを招き入れた。
「もともと雑貨屋だったんだけど、このカウンターを受付にしたら、ちょうどいいかなって思ってさ」
「へぇぇ…」
入って右側にあるカウンターの後ろには、小部屋がある。
左側の空いた場所には、古い棚やテーブル、椅子が何脚かすでに置かれていた。
「…なんか、いいね」
まだ、何もないけれど。
どこか落ち着く空間だった。
「だろ?オレも、すぐ気に入った」
サムはカウンターに手を置き、嬉しそうに言った。
「ね、サム。備品を買いに行こうよ」
「掃除が先だって」
「じゃあ、掃除しよ」
「それはさすがに、オレたちにやらせてくれ」
張り切るリリアンヌに、サムが苦笑をこぼした。
「…何か、手伝えればいいんだけど」
「十分だって。それより、ここに五人もいたら狭く感じるな」
サムの目が、扉の傍に立つアランフォース、キリ、ビッケに移った。
「…大人数で、ごめんね」
リリアンヌは、申し訳なさそうに謝った。
そのうち二人は、背丈もかなり高い。
「…焦げ臭い」
「え?」
ぽつりと聞こえた声に、振り返った。
「焦げ臭い。たぶん、隣の店」
ビッケが頭巾を外し、メリーママの店と反対側へ顔を向けた。
「隣は食堂だったはずだ」
サムが素早く言った。
「何か焼いていて、焦げちゃったのかな」
「分かんないけど、火の燃える匂いもする」
「えっ…!?」
ビッケの言葉に、リリアンヌはぎょっと肩を強張らせた。
「サム…私、様子見てくるね」
「えっ、オレも行くよ」
サムは包みをカウンターに置くと、リリアンヌに続いた男たちの後を追った。




