便利屋サムリリィの開業準備①
リリアンヌ視点
「じゃあ本当に、もう開業の許可が出たのね?」
リリアンヌは、念を押すように尋ねた。
「ああ。お前らのおかげだよ」
サムは、上機嫌だった。
「本当は、オレらの調査とか保証人の審査とか必要なんだけどさ。キリが隣にいたら、一発で許可が出た」
「お金は、足りそう?」
「ん。必要な分は、キリが全部払ってくれた。なっ!」
サムに同意するように、キリが頷いた。
キリは、休みなく豆をさやから出し続けている。
「お店は、どの辺りにするの?借りるのかな?」
リリアンヌは豆を手に取ると、同じようにさやから出して籠の中へ落とした。
「もう、借りた」
「えっ」
「元からいいなって思ってたところはあったんだ」
「どの辺り?」
「メリーママの店の、隣」
「じゃあ、サムたちの家からも近いんだね」
北の商店通りにある、ねじりパンをたくさんくれたパン屋だ。
「すごいね。一気に話が進んでる」
リリアンヌは、ふふっと嬉しそうに笑みを浮かべた。
「お前が始めたんだろ」
「何か、私に手伝えることあるかな」
「あ…ある。手伝ってほしいこと」
サムは、はっと思い出したように言った。
「組合の担当にさ、契約書を作るべきだって言われたんだ」
「何の契約書?」
「依頼を受けるなら、その内容と依頼料を記載した契約書を作った方がいいって」
「うん、その方が安心だね」
契約書があれば、余計な問題も減るだろう。
「見本を貰ったんだ」
「見本?すごいね」
職業組合で、そこまでやってくれるなんて。
行けなかったことが、余計に悔やまれる。
「これなんだけど…オレ、こういう文章はまだ理解できなくてさ」
サムは気まずそうに頬を掻きながら、紙を取り出した。
「どんなふうに直せばいいかな」
「ちょっと待ってね…」
リリアンヌは紙を受け取り、さっと目を通した。
「…うん。ほとんど、このまま使えそう」
軽く読んだだけでも、しっかりした内容だということが分かった。
「どんな依頼を受けたか記入して、依頼料としてこれだけ貰いますって、金額を記載する箇所があって」
サムの方へ紙を向けて、該当する箇所を、とん、とんと指で叩いていった。
「その下に、お互い守るべきことが箇条書きされているの。ここはもう少し簡単にしてもいいかも」
「だけど…こんな立派な紙を依頼のたびに消費してたら、仕事にならないな」
サムは、紙をぴらりと持ち上げて言った。
「…紙って、高いの?」
「こういう紙は高い。これじゃ、利益がほとんど残らない」
「もっと安い紙は駄目なの?」
「駄目じゃないけど、これくらい書き込むと滲むだろ」
「そっかぁ…」
リリアンヌは首を傾げ、う~んと唸った。
でも依頼を増やしていくなら、契約書は必要だ。
「あら、キリ。できた?」
「あ…っ!ごめん、キリ」
リリアンヌは、はっとテーブルに視線を向けた。
いつの間にか、すべての豆がさやから出されていた。
「あなたたちも難しい話はいったん終わりにして、休憩にしない?」
シルヴィアが大きな籠を抱えて言った。
「裏の方へ行きましょう」
「うん、そうだね」
「リリィ~~!」
立ち上がったところで、薬療院の扉が勢いよく開いた。
「あっ、メル」
「今日こそは会えるって…わっ!」
飛び込んできたメルは扉の脇へ視線を向けると、びくりと肩を震わせた。
「メル、祭りの時ぶりだね」
「…あの人、知ってる。なんでここにいるの?」
メルは、扉の方を見つめながら小声で尋ねた。
「…私の、護衛だから」
リリアンヌは、さらに小声で答えた。
「キリは?」
「キリは、友人」
「ふ~ん…」
「メル、お仕事お疲れ様」
リリアンヌは手を伸ばし、メルの鼻についた煤を指で優しく拭った。
どうやら今日も煙突掃除に行ってきたらしい。
「また、すぐ行かなきゃだけど」
「大忙しだね」
「オレ、そろそろ煙突掃除できなくなるから、今のうちに稼ぎたいんだ」
「無理しないでね?」
「うん!あ、シルヴィア、オレが運ぶよ~」
メルは、扉へ向かうシルヴィアの手から籠を受け取った。
「あとは、今依頼してくれている人たちが契約書に名前を書いてくれるかだよな…」
サムはぶつぶつ言いながら、テーブルに置いてある薬缶を持ち上げた。
「そこは、お願いしないと」
リリアンヌは重ねたコップを両手で持ち、サムたちの後を追いかけた。
みんなで庭を歩き、長椅子のある裏手へ回った。
「みんな、休憩しましょう」
「わーい、休憩だぁ!」
「今日は、何のおやつ~?」
「リリィ、難しい話は終わった?」
シルヴィアの声に、菜園にいた子供たちが一斉に駆けてきた。
「ビッケ、お疲れ様」
リリアンヌは、子供たちと一緒にやってきたビッケに手を振った。
「大丈夫?疲れてない?」
「村でもやってるから、平気だよ」
「ビッケ~!あのね、シルヴィアがね、おやつを作ってくれるんだよ」
「うん」
「はい、ビッケも!座ろ~!」
「ありがと」
ビッケはリリアンヌから離れると、子供たちと一緒に地面へ座り込んだ。
「…ふふっ」
ビッケを連れてきて、良かった。
子供たちは、すぐにビッケを受け入れた。
獣人族の耳に強く反応したけれど、スノウやキリを見た時と同じように興味津々なだけだ。
もう、仲良くなっている。
「だからお前は、さすがに椅子に座れよ」
地面に座ろうとしたリリアンヌを、サムが腕を掴んで止めた。
「キリと座れって」
「ごめん…ありがとう」
大人しく、キリと並んで長椅子へ腰掛けた。
「良かったら、騎士様も」
シルヴィアは、リリアンヌの後ろに立つ人物へコップを差し出した。
「…いえ、私は」
「護衛中の騎士は、受け取らねぇぞ」
菜園からやってきたギタンが、代わりに答えた。
「あら、あなたはすぐ受け取るのに?」
「俺は、護衛でも騎士でもねぇ」
ギタンはシルヴィアからコップを受け取ると、どさりとリリアンヌの隣に腰掛けた。
「ったく…とんでもねぇ奴を護衛として連れてきやがって」
「…だってギタンが、味方を増やせって言ったから」
リリアンヌは、ちらりと後ろへ目を向けた。
せっかくアランフォースには、大剣も持たずに私服で来てもらったのに。
騎士ということは、ばればれだった。
佇まいが、護衛の騎士そのものだ。
それでも、町民のような服装で、腰の剣を隠すようにマントを羽織った私服姿は、
思わず見入ってしまうほど格好良かった。
「俺が言ったな。だから嫌味を言っただけだ」
ギタンは、はっと鼻を鳴らすと、斧を長椅子の端に立てかけた。
「…どうして、斧?」
てっきり、ギタンも菜園で収穫をしていたのかと思っていた。
「森の方で、薪用の木を伐ってた」
「ああ…なるほど…」
窯を使うのに、薪は必需品だ。
「…あ!」
リリアンヌは、ぱんっと両手を合わせた。
思いついた。
「ギタン。木を売ってもらうことって、できる?」
「あ?売り物でもねぇし、ここのでもねぇ。好きに持っていけ」
「でも私、木は伐れない」
「店で使うなら、サムにやらせろ」
ギタンには、なんでもお見通しだ。
「…ね、サム!安い紙でも大丈夫かも!」
「…はっ?ちょっと待って、何の話?」
菓子を摘まんでいたサムは、きょとんとリリアンヌを見上げた。
「さっきの件。安い紙で契約書を作れば、ちゃんと利益も出るでしょう?」
「その代わり、手間もかなり増えるだろ。滲んで失敗したら損だし」
サムは菓子をごくんと飲み込みながら答えた。
「原版を作れば、失敗もしないと思うの」
「…げんばん?」
「ええと…」
木版印刷を、何といって説明すればいいのだろう。
「…まず木に文字を書いて、文字の周りを削るの」
「うん」
「そうすると文字の部分が残って、出っ張るよね?」
「ああ、それにインクをつけて、紙へ捺すのか」
「そうそう!」
この世界にだって、活版印刷の技術はある。
印刷業者へ頼めば原版も作れるだろう。
だけど、それでは依頼料一年分ほどかかってしまうかもしれない。
それでは意味がない。
「インクの量に気を付ければ、安い紙でも大丈夫だと思うの」
「依頼によって、内容も金額も違うけど」
「そこだけ、手書きにするの。お互い守ろうねの部分は、同じで大丈夫だから」
「…そもそも文字だけ残して削るなんて、相当細かい作業だぞ。オレはできない」
サムは顔をしかめて首を振った。
「…私も、無理」
自分で提案しておいて、細かい作業は大の苦手だ。
「細かい作業なら、私得意だよ~!」
サムの隣で話を聞いていたカヤが、はいはいと手を上げた。
「彫るのとか、好き~!」
「そうだね、カヤは字も綺麗だし。お願いしたいな」
リリアンヌは、にっこりと頷いた。
「サム、さっそくだけど、原版にする木を厚めに伐っておいてくれないかな」
「いつまで?」
「できれば…明日。契約書の内容は、考えておくから」
午前中だけなら、明日も来られるだろう。
「そんなに早く?」
「うん。…もうすぐ、出かけるから」
「…また、しばらく王都を出るのか?」
「そうだね。少なくとも…一か月くらいは」
ラジャタ村まで往復するだけでも、二十日かかる。
「忙しいのに、ありがとな」
サムが申し訳なさそうに言った。
「ううん。こちらこそ、あまり協力できなくてごめんね」
「十分だって」
「そうかなぁ…」
開業の仕方は、分からない。
けれど何かを新しく始めるということは、絶対に大変なはずだ。
こんなことしか協力できないことが、なんだか申し訳ない。
「…あのさ、リリィ」
サムは、どこか気まずそうに切り出した。
「店の名前なんだけどさ」
「ん?うん」
「お前の名前を使ってもいい?」
「えっ」
「…やっぱり、駄目だよな」
「駄目とかじゃなくて!サムのお店じゃない」
「出資者は、お前だ」
「でも…普通は、働く人の名前をつけるものでしょう?便利屋サム、とか」
「ありきたりなんだよな」
サムは、小さく肩をすくめた。
「それなら…便利屋サムメル?」
兄弟の名を重ねたら、親しみやすさが出る気がする。
ただ少し…猿っぽい。
「それなら、サムリリィは?」
「えっ?」
二人は、きょとんとメルに顔を向けた。
「便利屋サムリリィ。いひひっ…オレ、少し前からその名前を考えてたんだ」
メルが、楽しそうに笑って言った。
「便利屋サムリリィ…!なんか、可愛いね」
リリアンヌは、にこっと同意した。
「お前は、それでいいのかよ」
サムは、困ったように眉を寄せた。
「どうして?駄目かな」
サムと名前を並べるなら、そこまで恥ずかしくはない。
「いろんな意味で、まずいと思うけど…」
「ふふっ…休憩のはずなのに、仕事の話が尽きないのね」
シルヴィアが、くすっと笑って口を挟んだ。
「ごめんなさい…せっかくお茶を淹れてくれたのに」
リリアンヌは、慌ててお茶を飲んだ。
「オレ、そろそろ仕事行ってくる」
「私も~」
立ち上がったメルに、カヤが続いた。
「カヤも、煙突掃除?」
「ううん。今日は、ロンじぃのとこ行くの」
「ロンじぃ?」
「お得意さん!ロンじぃ、文字が読めないから、代わりにお手紙を読んだり、書いたりしてあげてるの」
「すごい…!カヤ、もう字をすべて読めるのね?」
三年前にも書くことはできたけど、まだゆっくりだったはずだ。
「リリィのおかげ!」
カヤは、満面の笑みをリリアンヌに向けた。
「カヤ…」
可愛すぎて、胸がいっぱいだ。
「オレもそろそろ行こうかな」
サムが、服についた土を払いながら立ち上がった。
「サムも仕事なの?」
「違う。店、今日から借りてるから。内装を確認してくる」
「!私も行っていい?」
「えっ!」
サムは、ぎょっとリリアンヌへ目を向けた。
「あっ!」
リリアンヌは、はっと後ろへ顔を向けた。
「……」
後ろに立つアランフォースが、静かに頷いた。
「サム、いいかな?」
リリアンヌは再び顔を前に向け、きらきらした目で見上げた。
「…いいいも何も、お前、その格好で行くのか?」
「うん。メリーさんにも、お礼を言いたいし」
リリアンヌは立ち上がると、輪になっている子供たちの方を見た。
「ビッケ、出かけてくるけど、どうする?ここで待ってる?」
「オレも行く」
ビッケは子供たちの輪から抜け出すと、マントを頭からかぶりながら駆けてきた。
「大所帯だな」
サムは、困ったように苦笑した。




