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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十二章/旅の仲間
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私の専属護衛

リリアンヌ視点



「…せんぞくごえい?」

リリアンヌは、ぽかんとしながら繰り返した。


言葉の意味が、飲み込めない。



「さっき、言っただろ。護衛をつけるって」

レックスは、当然のように言った。



「…それは、ラジャタ村へ行く時の話ですよね?」



「違う。お前が出かけるなら、どこへでも連れて行け」



「…ええっ!」


思わず、大きな声が出た。



「え、ええと…キリがいれば、いいって」



「今も、いないじゃねぇか」



「こ、これは、たまたま――」



「キリがいようが、いまいが。エラドリオール邸を一歩でも出るなら、こいつをつけろ」



「…アランフォース副団長は、伯父上の専属護衛ではないのですか?」



「それも違う。それに、今日からはお前の専属護衛になった」



「……」


頭が、追いつかない。


アランフォースが、私の専属護衛…?



「お前が、勝手をしすぎるからだろ」

黙り込むリリアンヌに、レックスは容赦なく続けた。



「…伯父上が、自由にしていいとおっしゃいました」



「たった一週間で、ここまで問題を作るほど自由にさせた覚えはねぇよ」



「問題だなんて…」


心当たりは、なくもないけれど。



「また、ヌシカみたいな奴が現れたらどうする」



「…!」


ぎくりと、肩が震えた。



「狙ってくるものは、人間だけとは限らねぇだろ」



「でも、オーリア様の側近はもう…」


いない、と言いかけて、はたと言葉を止めた。


何かを、忘れている気がする。



「精霊が絡めば、何が起こるかも分からない」

レックスは、リリアンヌの言葉を待たなかった。



「だから、こいつをつけろ。その上で、お前のやりたいことをやれ」



「……」


本当に、ギタンと同じようなことを言う。



「…あとは、お前らで話せ」

レックスは、静かに立ち上がった。



「必ず、精霊王から話を聞いてこい」



「は…ぇ」


リリアンヌは小さく口を開けたまま、扉へ向かうレックスを目で追った。



まだ、心の準備ができていない。


呼び止めたいのに、言葉が出なかった。



「こいつは、二週間後にラジャタ村へ向けて出立したいんだと。話を進めてやれ」



「…分かりました」



「…じゃあな」


レックスはアランフォースの肩を軽く小突くと、部屋から出ていった。


扉の向こう側に、ちらりとエドガーが見えた。



「……」

アランフォースは、内側から静かに扉を閉めた。



「……」


どうしよう。


どうすれば、いいのだろう。



「怒って…いらっしゃるのでしょうか」


静かな声が、そっと耳に届いた。



「…えっ?」

リリアンヌは、ぱっと伏せた目を上げた。



「私に…怒っていますか」

アランフォースはわずかに眉を寄せ、じっと見つめていた。



「えっ…いいえ。怒ることなんて、何もありません」


なぜ、そんなことを聞くのだろう。



「…アランフォース副団長、ご挨拶が遅くなりました」


はっと、その場でお辞儀した。



「お久しぶりです…三年前は助けていただき、ありがとうございました」


一番、お礼を言いたかったのに。


最後になってしまった。



「……」


何も返ってこない。



「…あの」



「では、なぜ私を避けていたのでしょう」



「…!」



「目覚められてから、私を避けていましたね」

アランフォースは、そっと目を細めた。



「……」


気付かれていた。



いや、違う。


避けていたわけじゃない。


そうじゃなくて――



「その…どうすればいいか、分からなかったのです」

リリアンヌは、白状するように口を開いた。



「…何がでしょうか」


アランフォースは、答えを待っている。


どう言えばいいだろう。



「…三年前、王城の地下を探索した時です」


小さく息を吐き、そっと続けた。



「あの時に…アランフォース副団長は、私に変わらないでとおっしゃってくださいました」



「…ええ。確かに、そう言いました」



「私は…あの言葉に、応えられませんでした」




『誰かを助けるために、一生懸命なあなたのままでいてください』


『どうか、そのままの殿下でいてください』




「誰かを助けるどころか…私は、人を…!」


震え出した右手を、さっと左手で隠した。



違う。


こんな話をしたいわけじゃなかったのに。



「ええと、とにかく…三年前、アランフォース副団長とどう話していたか、分からなくなってしまって」

リリアンヌは誤魔化すように笑うと、ソファに腰掛けて顔を背けた。



「本当に、ごめんなさい。避けていたわけではなくて――」


はっと、言葉を止めた。


視線の先にあった自分の両手に、大きな手が重なった。



「…え」


小さな震えごと、優しく包み込まれた。



「私の言葉が…あなたを苦しめていたのなら、申し訳ありません」



「……」

リリアンヌは、ゆっくりと顔を上げた。



「そういう意味で言ったのではありません。あなたは、あの頃から何も変わっていない」

アランフォースは、まっすぐな目を向けていた。



「…私は、人を」



「あなたの心は、綺麗なままだ」


言い切る前に、力強い言葉が返ってきた。



「…その言葉を、憶えています」


その言葉を――三年前、ザンビア砦の屋上で聞いた。



「アランフォース副団長の言葉が…私を、戻してくれた」


そうだ。


そうだった。


瘴気に飲み込まれそうになっていた私に、必死に言葉を掛けてくれた。



「この手が…私を、正気に戻してくれた」

リリアンヌは、ゆっくりと笑みを広げた。



「三年前は…本当に、ありがとうございました」



「…それは、こちらの台詞です」

アランフォースが、優しく微笑んだ。


その笑みを見た瞬間、胸の奥でつかえていたものが、すっとほどけた。



「アランフォース副団長、この三年間は――」



「…アランフォースと」



「…え?」



「アランフォースと、呼んでくれませんか」

真剣な目で、きっぱりと言った。



「私はもう、副団長ではありません」



「…!?ええっ!」


無意識のうちに、アランフォースの襟元へ視線を向けた。


三つ並び輝いていたサファイアが、一つになっていた。



「アランフォース副団長…!どういうことですか!?」



「ですから、もう副団長ではありません」



「…アランフォース様!」



「いいえ、アランフォースと」



「…!」


この人は、こんなに頑なだっただろうか。



「ザンビア砦の屋上では、できていましたよ?」

アランフォースは、わずかに笑みを浮かべた。



「…アランフォース」


間を置いて、小さく呼んだ。



「ええ、その呼び方でお願いします」



「あ、あの…どうして、副団長を」



「私が護衛では、不満ですか?」



「はぇっ…?い、いいえ…っ」



「嫌なわけでは、ないのですね?」



「嫌だなんてっ…あり得ないです…!」

リリアンヌは、ぶんぶんと首を振った。



「それを聞いて、安心しました」

アランフォースは手を離すと、ゆっくりと立ち上がった。



「あなたに護衛を断られることは、想定していなかったものですから」



「……」


どうやっても、副団長ではなくなった理由を教えてくれなさそうだ。



「二週間後に、ラジャタ村へ出立ですか」



「そう…考えています」


話を変えられてしまった。



「随分と急ですね」



「村の子を、保護しているので…」



「その話は聞いています」



「早く、その子を帰してあげたいのです」



「本当に、それだけですか」

アランフォースの声が、わずかに鋭くなった。



「…あとは、精霊を早く見つけたいです」

リリアンヌは、視線を逸らしたまま答えた。



「…そうですか」



「出立は、二週間後でも大丈夫そうでしょうか?」



「できる限り早く、準備を進めておきましょう」



「あの…キリと、保護している村の子以外に、もうひとり一緒に行きたい人がいるのですが…」

リリアンヌは、おずおずとアランフォースを見上げた。



「誰でしょう」



「鑑定士の、ネウロです」



「先ほどの…?」

アランフォースの眉が、ぴくりと動いた。



「はい。いいでしょうか」



「…理由をお伺いしても?」



「ええと…一緒に、行きたいそうです」



「……」



「私も、鑑定のちからがある方がいらっしゃったら心強いなと思ったので」

何か言われる前に、慌てて付け加えた。



「伯父上にはもう、確認を取っています」



「…それなら、私には反対する理由はありません」



「…お手数を、おかけします」


本当に…アランフォースも、一緒に村まで行くのだろうか。


それに…専属護衛とは、一体――



「今日は、この後どうされるご予定ですか?」



「あ…ええと、エラドリオール邸へ戻ります」


はっと、立ち上がった。


早く、サムの開業の話を聞きたい。



「分かりました。参りましょう」



「…参りましょう?」

リリアンヌは、ゆっくりと首を傾げた。



「…私はもう、あなたの護衛です」

アランフォースは小さく笑みを浮かべ、静かに扉へ進んでいった。



「…イヴリとコルネは?」



「とっくに交代しています」



「本当に…専属護衛?」



「ええ、そうです」



「これから、毎日?」



「リリアンヌ殿下が、出かけられる時は」



「……」



「…行きましょう」



「あっ…ごめんなさい…」


はっと足を進め、アランフォースの開ける扉をくぐっていった。



大聖堂へ通っていた時も、週に一度、護衛をしてもらっていた。


また、後ろにアランフォースがいる。


また、この不思議な感覚が戻ってくる。


しかも、出かける時はいつでも。



そんな、


そんなことが――



「エラドリオール邸まで、歩いて向かわれますか?」



「あ、いいえ」

リリアンヌは、後ろへ振り向いて答えた。



「……」

アランフォースは肩をそっと押し、前を向かせた。



「…もう、大丈夫です」


今度は、前を見たまま答えた。



「馬車に乗って、屋敷へ戻ります」



「…分かりました」

そう言うと、アランフォースは再び静かになった。



ゆっくりと、階段を下りていく。


そのまま王城を出て、入り口で待つ馬車へふたりで乗り込んだ。



「…明日のご予定を、お伺いしても?」

馬車が動き出すと、アランフォースが口を開いた。



「…明日は」


明日は…薬療院へ行く予定だ。



「…あの、アランフォース副団長は」



「アランフォースと」



「…アランフォースは、私がどこへ行っても驚きませんか?」



「それは…どうでしょう」


わずかに、声が低くなった。



「あの…できれば明日は、私服で来ていただけませんか?」

リリアンヌは、ちらりと黒の軍服に視線を向けた。



「…私服ですか?」



「はい…城下町の方へ、行きたいので」


黒の軍服は、とにかく目立つ。


大剣も、十分に目立つけれど。



「…もっと、自由になさってください」



「…え?」



「そんな窮屈そうになさらないでください」

アランフォースは、困ったように眉を寄せていた。



「…ごめんなさい」


咄嗟に、謝罪の言葉が出た。



「いえ、そうではなく…」


何か、言葉を探しているようだ。



「…陛下も、おっしゃっていたでしょう。リリアンヌ殿下は自由にしていいと」



「…自由にしすぎだと、怒られました」

つい、苦笑いが漏れた。



「私は、ただ殿下について行くだけです。私のことは、気になさらないでください」



「そんなわけにはいきません…!」


そんなこと、できるわけがない。



「その代わり、何でも話してください」

アランフォースは、真剣な目を向けた。



「どこに行き、何をしたいのか。私に、必ず話してください」



「アランフォース副団長に?」



「……」



「あ、アランフォースに…?」



「ええ、そうです」



「あの…アランフォース」



「なんでしょう」



「私のことも…リリアンヌと呼んでいただけませんか」


自分だけ呼び捨てにすることが、なんだかいたたまれない。



「…それは、できません」

アランフォースは、静かに首を振った。



「でも…私の方が、ずっと年下です」



「そういう問題ではありません」



「そう…ですよね」

リリアンヌは、しゅんと肩を下げた。



分かっている。


“物語”では同じ騎士として、リリアンヌと呼んでいた。


けれど、ここでは王族と護衛という関係だ。


物語のように、呼び捨てになど――




「…リリアンヌ」



「はい…っ!」


一気に、背筋が伸びた。



「…ふたりきりの時は、リリアンヌと。そう呼びましょう」


アランフォースは、優しく微笑んでいた。



「…!はい、ありがとうございます!」

リリアンヌは、嬉しそうに顔を綻ばせた。



「それで…リリアンヌ。明日のご予定は?」



「四塔付近の貧民区に、ずっと通っている薬療院があります。そこに、ビッケを連れて行きたいと思っています」



「……」


沈黙が落ちた。



「あ…ビッケというのは、獣人族の子の名前で」



「いえ…そこではなく」

アランフォースは、そっと言葉を遮った。



「…いいえ、違いますね。分かりました。続けてください」



「ええと…それで、馬車ではなくて、抜け道から行きたいと思っています」

リリアンヌはアランフォースの顔色を窺いながら、ゆっくりと言葉を続けた。



「…抜け道?」



「はい。エラドリオール家の土地に、町へ出られる抜け道があるのです」


抜け道を塞ぐ檻の上部の隙間なら、アランフォースも登れるだろう。


けれど、その大きな体ではぎりぎりかもしれない。



「…その抜け道のことを知っているのは?」



「キリと…あとひとり、薬療院の方が知っています」



「……」



「その…ごめんなさい」


正直に言いすぎただろうか。


でも結局、明日護衛に来るのなら、すべて知られてしまうことだ。



「…いいえ。何でも話してくださいと言ったのは、私です」

アランフォースは、決意の込めた目をリリアンヌへ向けた。



「私が、順応してみせます」



「…あはっ」


思わず、吹き出してしまった。



「…何か、おかしかったでしょうか」



「ふふっ…アランフォースが、まるで何かへ挑みに行くみたいで」



「…それは否定しませんが」



「…信じられないくらい、嬉しいです」

リリアンヌは、笑顔のまま続けた。



「アランフォースが、私の護衛をしてくださること。とっても嬉しいです」


これから出かける時は、いつでもアランフォースが護衛として傍にいてくれる。


それほど幸せで、心強いことはない。



「…大変、光栄です」


アランフォースは、優しく目を細めた。



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