着々と進む計画③
リリアンヌ視点
「獣人族の子を保護したと聞いた」
紅茶を一口飲んだ後、レックスが切り出した。
「はい。前回お話しした薬療院の近くで、隠れているところを保護しました」
「ラジャタ村に連れて行くのか」
「そうですね。親御様のもとへ帰してあげたいと思っています」
「獣人族のことは、知っているのか」
「…はい。獣人族の歴史については、学びました」
本当は、“物語”の知識だ。
獣人族は、つい十数年前まで王都で奴隷として働かされてきた。
レックスが国王となり奴隷制度を撤廃した後に、ラジャタ村へ全員移り住んだ。
誰も、この歴史を教えてくれなかった。
「それでも、村に行きたいのか」
「…はい」
そこに精霊がいるのなら、行かないわけにはいかない。
「いつ行くか、決めたのか」
レックスは、淡々と質問を重ねた。
「まだですが…あと二週間くらいで村へ向かいたいと思います」
仕立て屋には、かなり無理を言った。
その頃には、特注の靴もできあがっているだろう。
「随分、急だな」
「でも、ビッケ…保護した獣人族の子を、少しでも早く帰してあげたいです」
「お前と一緒に向かう必要はないだろ。早く帰してやりたいなら、そうしてやればいい」
「……」
リリアンヌは、小さく口を尖らせた。
それは、そうだ。
だけど、ビッケとは一緒に村へ行こうと約束した。
「目的が、変わってんじゃねぇかよ」
呆れたような声が飛んできた。
「変わってません。どちらも、大切な用事です」
「俺は、確かにお前の精霊探しに協力すると言った」
レックスは目を細め、静かに続けた。
「だが、危険を伴うなら別だ。行く時期もお前の行動も、俺が決める」
「危険…?何が、危険なのですか?」
こんなやり取りを、三年前もしなかったか。
「いくらでもある。まず、獣人族は他所の人間を歓迎しない」
「…歓迎は、望んでいません」
それは…想像できていたことだ。
中には、奴隷時代を過ごしてきた人たちもいるのだろうから。
「でも、精霊を探しに行く以上、村の人たちの許可は欲しいです」
「その獣人族の子は、村の近くで人攫いに遭ったと言ったな」
レックスは、答えることなく続けた。
「周りの安全が確認できるまで、待て」
「ビッケを攫った者たちは王都で全員捕らえたと、お父様とお兄様から報告を受けています」
「まず、先遣隊を村に向かわせる」
再び、レックスは無視した。
「お前が行くのは、村の受け入れ準備と周囲の安全が確認できてからだ」
「……」
レックスの言いたいことは、分かる。
というか、何もかも正論だ。
王族がどこかへ向かうというのは、想像以上に準備が必要なのだろう。
けれど――
「それなら、あの褒美をここで使わせてください」
リリアンヌは、まっすぐに言い切った。
「……」
レックスは何も言わず、じっとリリアンヌを見つめた。
「二週間後にビッケを連れて、ラジャタ村へ向けて旅立つ。
精霊を見つけるまで、村か、もしくは村の近くに滞在する。それを私の望みとして叶えてください」
確かにビッケも、母の無事が分かれば急がないとは言っていた。
けれど、十二の月になる前には、どうしても村へ向かいたい。
旅程を考えれば、ぎりぎりだ。
「お前は、阿呆だな」
「…どうしてですか」
むっと、頬が膨らんだ。
「村に行かせないと言っているわけではないだろ。貴重な望みを使ってまで、急ぎたいのか」
「…はい。できる限り、早く行きたいです」
そもそも…精霊探しに関すること以外、望みは思い浮かばない。
もうすでに、城下町で自由にしていいという許可は貰っている。
「……」
しばらく沈黙が落ちた。
「…分かった。お前の望みを、叶えてやろう」
やがて、ゆっくりと口を開いた。
「…!ありがとうございます!」
「だが、お前には護衛をつける。それは断るなよ」
「はい。それは、お願いします」
リリアンヌは、素直に頷いた。
「それから、村に行く時は兵をつけろ」
「…兵ですか?なぜでしょう?」
「荷物運びと見張り役として、連れて行け」
「連れて行けって…ついてきてくださる方は、いらっしゃるのでしょうか」
自分の伝手では、絶対に無理だ。
「当然だ。守衛隊から十人、選抜してある」
「えっ…十名も?」
「少ないくらいだ。それは受け入れろ」
「わ、分かりました…」
妙に準備がいい気がする。
もしかして、私が早く行きたいと言い出すことを読まれていたのだろうか。
「ええと…護衛でついてきてくださる方は、何名ほどいらっしゃるのでしょうか」
「二人だ」
「国王直属騎士団の方でしょうか」
「ひとりはな。あとの詳細は、本人に聞け」
「…本人?」
「入ってこい」
レックスは、よく通る声を扉へ向けて放った。
「失礼します」
「…!」
入ってきた人物を見た瞬間、リリアンヌはさっと立ち上がった。
「……」
その人物はリリアンヌへ向かい一礼すると、静かに扉の脇に立った。
「お前の護衛だ」
「は……え?」
「今日からこいつが、お前の専属護衛になる」
レックスの指は――扉の脇に立つ、アランフォースに向いていた。




