着々と進む計画②
リリアンヌ視点
馬車から降りて王城の入り口へ向かうと、国王直属騎士団の二人が待っていた。
「イヴリ、コルネ!」
遠征の時に、一緒に料理をした二人だ。
「一週間ぶりだね」
「私たちが、部屋までご案内します」
イヴリが敬礼しながら言った。
「部屋?」
玉座の間ではないのだろうか。
「ええ、部屋です。どうぞ、足元に気を付けて」
今度はコルネが答えると、先導して王城へ入っていった。
二人は、どんどん階段を上がっていく。
案内された部屋は、一週間前に国王と二人きりで話したテラス付きの客間だった。
お前にやると言われてから、一度も使っていない。
「戻ったら知らせる」
「うん。よろしくね、キリ」
キリは足を止めることなくテラスへ進み、そのまま飛び降りた。
「あっ…!」
扉の脇に立つイヴリが、驚いた声を上げた。
「あっ…ごめんなさい。次からは、ちゃんと入り口から帰るように言っておきます」
しまった。
つい、エラドリオール邸と同じことをしてしまった。
「…いえ。エルフの方は、自由に城内を移動していいと聞いています」
「えっ、そうなの?」
「…はい」
イヴリは、ちらりとコルネへ視線を送った。
言って良かったのか、という顔だ。
「…もしかして、私も?」
リリアンヌは期待を込めて、自分を指さした。
「……」
二人は、静かに首を振った。
「…そう」
私は駄目で、キリはいいのか。
納得できないまま、ソファに腰掛けた。
「失礼します」
使用人たちが入ってきて、紅茶や茶菓子をテーブルに並べていった。
「ありがとう」
淹れてもらった紅茶に、すぐに口をつけた。
一体、何の呼び出しなのだろう。
…いや、分かっている。
ラジャタ村へ行きたいことを、ブライアンが伝えてくれているはずだ。
そういえば…ビッケを保護していることは、どこまで知られているのだろう。
父と、その話を共有しているのだろうか。
「お前は、落ち着かない奴だな」
「!」
リリアンヌはさっと立ち上がり、扉から入ってきた人物を出迎えた。
入れ違いで、イヴリとコルネが部屋から出ていった。
「俺と話してから一週間で、よくこれだけ問題を起こせるな」
「……」
嫌味を言われていることは分かっていたけれど、それどころではない。
リリアンヌは、レックスと一緒に入ってきた人物に目を奪われていた。
青と黒が混ざった髪を一本の細い三つ編みにして、胸元まで垂らしている。
どことなく、猫を思わせるような吊り目。
文官とも使用人ともまた違う、特徴的な服装。
彼は――
「…こいつは、ネウロ。鑑定士だ」
リリアンヌの視線に気付いたレックスが、くいっと顎で指した。
「リリアンヌ殿下、初めまして。鑑定士のネウロ・パルミアと申します」
ネウロは、リリアンヌに向かって丁寧にお辞儀した。
「以後、お見知りおきを」
にっこりと笑い、糸目のようになった。
「…お初にお目にかかります。パルミア先生、お会いできて光栄です」
なんとか、いつものように挨拶を返した。
「先生なんて、やめてくださいよ。どうぞ、ネウロとお呼びください」
再び、にっこりと目が細められた。
「…ネウロ。どうぞ、よろしくお願いします」
「挨拶は終わったな。座れ」
レックスが、いつの間にか座っている。
「噂に違わぬお方ですねぇ。肩にいる精霊様が、またなんとも」
ネウロは小さく呟くと、レックスの横に腰掛けた。
「あ…伯父上、このたびはお時間を――」
「要らねぇ」
「…何の用事だったのでしょうか」
リリアンヌは腰を下ろしながら、少し拗ねたような声で尋ねた。
「いろいろだ」
レックスは、ちらりと使用人たちに目を向けた。
使用人たちは準備を終えると、静かに部屋から出ていった。
「…まずは、お前を鑑定する。いいな」
扉が閉まると同時に、レックスが口を開いた。
「えっ…どうして、急に?」
「お前が持っているちからのことを知りたい」
「この間、お話しした通りです」
「ひとつ、分からないものがあっただろ」
「あ…」
黒のちからのことだ。
「でも…どんなちからかは、もうお伝えしたはずです」
「それでもだ。調べて分かることなら、調べる」
「…分かりました」
いいも何も、拒否権はない。
「シリル先生ではないのですね」
八歳の時に鑑定してくれた人の顔が、すぐに浮かんだ。
「シリルは、定年で辞めた」
「そうですか…」
それは、寂しい。
けれど今は、ネウロと出会ってしまったことの方が衝撃だった。
「精霊の申し子を鑑定できるなんて、大変光栄です」
ネウロは、にこっと笑って口を開いた。
「僕の婚約者に、羨ましがられてしまいますよ」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします…」
ネウロの言葉に、内心、ほっとした。
それにしても…見た目も性格も、“物語”とまったく違う。
ネウロ・パルミア――
精霊の目を持つ一族、パルミア侯爵家の息子で、国お抱えの鑑定士。
彼は、仲間のひとりだ。
ネウロには、ティナという婚約者がいる。
物語で彼女は、“デューゼの森の悪夢”で異形の存在に襲われ、亡くなってしまう。
大事な時に大切な人を護れないのなら、こんな目は要らないと、ネウロは自分の目を潰してしまう。
潰してしまった目をマドカが治した時に、また話が進むけれど――
彼の目は今、潰れていない。
それに…こんなに明るい性格ではなかった。
ティナが生きていることは嬉しい限りだけれど…なんだか戸惑ってしまう。
「では、さっそく…」
ネウロが立ち上がり、目の前で跪いた。
「リリアンヌ殿下、失礼します」
「あ…はい。お願いします」
はっと、差し出された手に手を重ねた。
一瞬で、二人は青い光に包まれた。
「…!」
一気に鳥肌が立って、むず痒い。
すごい…ちからが、強い。
「……」
光が収まっても、ネウロは何も言わずに見上げていた。
「……」
リリアンヌも、じっとネウロを見つめ返した。
綺麗な、青い瞳…
物語とは見た目が違うけれど…やっぱり彼も、美青年だ。
「おい、ネウロ」
「…興味深いですねぇ」
ネウロはゆっくり立ち上がると、レックスの隣へ戻っていった。
「…?」
何が見えたのだろう。
「リリアンヌ殿下が持っているちからは、四つです」
ネウロは腰を下ろすと、すぐに切り出した。
「まず、白のちから。これは確実に分かります」
「…はい」
「それから、足が強化されるようなちから。足が速いとか、高く跳べるとか、そういうものでしょう」
「!そうです」
すごい。
そこまで、はっきりと分かるものなのか。
「あと、ちからを蓄えられるような共有の類のもの。これは、精霊様のちからですね」
「はい、吸収のちからです」
リリアンヌは素直に言った。
「最後のひとつは…正直、真っ黒な塊にしか見えませんねぇ」
「…塊ですか?」
「はい。ちからをお持ちの場合、鑑定すると光が見え、その光の色によって何の系統かが分かります」
「ええ。そう、シリル先生に聞いています」
「ちからを使うと、体が光るでしょう?あれと同じで、この辺りに光が見えるのです」
ネウロは胸の前で、ぐるりと円を描いた。
「殿下の中にある黒いものは…光というより、塊のように見えます」
「それが、なんだ」
レックスが鋭く口を挟んだ。
「さっぱり分かりません。黒い塊のちからなんて、見たことも聞いたこともありません」
ネウロは、困ったように首を傾げた。
「僕には、その塊が白のちからに張り付いているように見えました」
「…張り付いている?」
「はい。白のちからに、黒い塊がまとわりついている」
「……」
リリアンヌもレックスも、黙り込んだ。
まったく意味が分からない。
黒の塊は、きっと黒のちからのものだろう。
けれど黒のちからは、瘴気を操るものだ。
白のちからとは、まったく別物のはずだけれど。
「お前でも分からないか」
「あまり良いちからでないことだけは、分かります」
ネウロは、静かにレックスへ答えた。
「お前は、早く精霊王に聞くべきだな」
レックスは、視線をリリアンヌに向けた。
「精霊を見つければ、オーリア様にお会いすることができると思います」
リリアンヌは、こくりと頷いた。
枷の件と、合わせて教えてくれるだろうか。
「…その話を進めるか」
レックスの目が、今度はネウロに向いた。
「ご苦労だったな。お前は、もういい」
「ええ、分かりました」
ネウロは立ち上がると、ゆっくりと歩き出した。
「…リリアンヌ殿下」
「え…はい」
ソファの脇で足を止めたネウロを、はっと見上げた。
「精霊様を探しに行くと、伺いました」
「はい、そうですね」
先日、公表もされている。
「僕も、連れて行ってはくれませんか?」
「…えっ?」
「精霊の目を持つ一族として、リリアンヌ殿下の行動に、大変興味があるのです」
ネウロの表情は、真剣だった。
「行動って…ええと、精霊を探すということ?」
「それもですが。殿下がやろうとしていることにです」
「……」
リリアンヌはネウロを見上げたまま、困惑の表情を浮かべた。
これは…どう受け取ればいいのだろう。
物語のネウロは、何を考えているのか読めない性格だった。
発言のほとんどが嘘か冗談で、仲間に心の内を見せようとしなかった。
今は、真剣な顔をしているけれど――
「…精霊を見つけても、私は必ずオーリア様へお返しします」
もし精霊の加護を授かろうと思っているのなら、あまり力になれることはない。
「…ああ、違います!」
ネウロは、すぐに首を振った。
「精霊様をどうしようという気は、一切ありません。
ただ僕の力が、殿下のお役に立てればと思っているだけです」
「ネウロのちからが?」
「はい。鑑定のちからと、あと、槍の腕前には自信があります」
「……」
それは、知っている。
彼は、槍術に秀でている。
「…伯父上」
リリアンヌは、ちらりと助けを求めた。
「お前が決めろ」
レックスは短く答えた。
「私が決めていいのですか?」
「そいつの力が必要だと思えば、連れて行け」
「……」
本音を言えば、ついてきてほしい。
彼もまた、“仲間”なのだから。
ただ…目の前にいるネウロの本心が、さっぱり分からない。
そういえば…物語では、どうしてネウロは仲間になったのだろう。
ブライアンのお付きとして、ついてきたはずだ。
きっかけは、何だったのだろう。
「…分かりました」
…考えても仕方ない。
「一緒に行きましょう、ネウロ」
「…!ありがとうございます!」
ネウロの顔に、笑みが広がった。
「必ず、お役に立ってみせますので」
「いえ…そんな、無理はしないで…?」
そんなつもりで、ついてきてほしいわけではない。
「僕への連絡は、陛下へ伝えてくださいねっ」
ネウロは嬉しそうに言うと、失礼しますと出ていった。
「す、すごい方ですね…」
国王を通して、連絡とは。
「ある意味、お前より図太い」
「…私は、図太いと」
「褒め言葉だ」
「……」
図太いが、褒め言葉なわけがない。




