予想外の出会い④
ビッケ視点
「モアナ、いいですか」
きっちりした雰囲気の男が、念を押すように口を開いた。
確か、ステファンという名前だった。
「ビッケ殿は、お嬢様の大切な客人ですからね」
「分かっています」
モアナは、笑顔で返事した。
「さ、ビッケ様。こちらへどうぞ」
前に出ると、先導するように廊下を進んでいった。
「……」
ビッケは、きょろりと見渡しながらモアナについていった。
とんでもなく広い家だ。
村で一番大きな村長の家よりも、ずっと大きい。
それに、見たこともないほど豪華なものがたくさんある。
間違って壊したら、怒られるどころでは済まなそうだ。
どうしてオレは、こんなところにいるのだろう。
父ちゃんから、何度も言い聞かされてきたこと――
外は、とても危険なところだ。
特に王都には、大人になっても絶対に近づくな。
村の人族以外とは、関わらなくていい。
本当に、その通りだった。
村の外で初めて会った人族は、最悪だった。
母ちゃんと二人で、森にいたところを襲われた。
変な匂いが鼻を突いた瞬間、体が痺れて動かなくなった。
あんなのがなければ…母ちゃんもオレも、負けなかった。
気付くと、ぐるぐるに縛られて転がされていた。
布をかぶせられて何も見えなかったけど、男たちの声だけはよく聞こえた。
――半獣のガキは、高く売れる
――人間になりそこなった種族がよ
――もし起きちまったら、腹でも蹴って眠らせておけ
少しでも身じろぎすると、すぐに腹を蹴られた。
やっと痺れが取れたところで、縛られている縄をちぎって逃げた。
乗せられていた荷馬車の中に、母ちゃんはいなかった。
母ちゃんは…無事なのだろうか。
「きゃぁぁっ…!」
「…!」
耳に飛び込んできた叫び声に、ビッケはさっと身構えた。
「も、モアナ…?そ、その可愛い子は…!?」
廊下の先に、モアナと同じような服を着た女が立っていた。
「お嬢様のご友人の、ビッケ様です」
なぜか、モアナが自慢げに言った。
「これから、お風呂へ入りに行くの」
「私も、手伝う手伝う」
現れた女は、すぐにモアナの横に並んだ。
「ちょっ、スーザン!あんた、自分の仕事は」
「あんたひとりに、お嬢様の客人を任せられるものですか」
「あのねぇ、私がお嬢様に頼まれたの」
モアナとスーザンは言い合いながら、どんどん廊下を進んでいった。
「……」
ビッケは黙ったまま、二人の後に続いた。
連れて行かれた先は、信じられないくらい広い風呂場だった。
大きなライオンの口から、水が流れている。
自分の口から出ているみたいで、なんだか妙な気分だった。
「…風呂」
思わず、顔をしかめた。
風呂は、好きじゃない。
「ほら、座ってください」
されるがままに服を脱がされ、風呂場の中にある椅子に座らされた。
「お屋敷内を歩くなら、綺麗にしなくては駄目ですからね」
モアナは、勢いよくビッケの頭を洗っていった。
「お耳は、触っても大丈夫?」
「…自分でやる」
耳は、あまり触れてほしくない。
「服には血が付いていたのに、怪我はなさそうねぇ」
スーザンが、腕や背中を確認しながら洗っていった。
「…ああ」
あれだけ腹を蹴られて、足も踏みつけられたのに。
いつの間にか、すべて綺麗に治っていた。
痛みもとっくになくなっている。
あいつが、治したんだろうか。
白く光ってたから、あれが白のちからなのかもしれない。
人族を、簡単に信用しちゃ駄目だ。
そう思うけど――
『…ビッケ、ごめんね』
『一緒に、帰ろう?』
あいつは…何なんだろう。
まるで、あいつがオレを攫ったかのように謝った。
当たり前のように、オレをここに連れてきた。
王族だから、あそこまで人のことに首を突っ込むのだろうか。
オレの住んでる村を知ってることには驚いたけど、
考えてみれば、この国に獣人族がいるのは一か所だけだ。
でも…頭巾を外す前に、なんで獣人族って分かったんだろう。
唸ったからだろうか。
それとも、あのエルフの人が先に教えたのだろうか。
ていうか…エルフなんて、初めて見た。
それにあの男は、少し前に聖樹に通い詰めてた旅人だ。
匂いじゃ分かんないけど、マントが同じだった。
どうして、エルフが王族の娘と一緒にいるのだろう。
さっぱり、訳が分からない。
まだオレは、人族のことを知らなすぎる。
「少し大きいけど、我慢してね」
「これ、サイラス様の服?」
「そう。まだ取っておいて、良かったわ」
風呂から出た後に、モアナとスーザンに綺麗な服に着替えさせられた。
袖をまくってもぶかぶかだ。
「はぁぁ…可愛い…」
「スーザン、気持ちは分かるけど、お嬢様のご友人だからね?」
「分かってるわ。さ…ビッケ様、行きましょう」
スーザンは、廊下に続く扉を開けた。
「お嬢様は、まだ授業中ですからね。厨房で時間を潰しましょう」
「それはいいわ!お菓子でも出してもらいましょう」
モアナはスーザンに同意すると、そっとビッケの背中を押した。
促されるまま、その後をついていく。
広すぎて、どこを歩いているかよく分からない。
長い廊下を歩き続け、モアナたちは扉のない入り口をくぐっていった。
「おおっ、獣人族の子か!久しぶりに見たな」
「あら~、可愛い子!」
「菓子でも食うか?」
大きな厨房に入った瞬間、前掛けを着けた人たちが一斉に集まった。
あっという間に椅子に座らされ、目の前に大量の菓子が置かれていった。
気付けば、勝手に周りを囲まれていた。
「えっ、お嬢様の客人なのか?」
「相変わらず、顔が広いなぁ」
「さすが、お嬢様だわ」
厨房にいる人たちは苦笑しながらも、どこか嬉しそうだった。
「お嬢様も、もうすっかり元気になって。本当に良かったわ」
後ろに立つモアナが、しみじみと言った。
「病気だったの?」
気になって、つい尋ねた。
「あら、あなたは知らないか」
隣に座るスーザンが、ぼりぼりと菓子を食べながら言った。
「お嬢様はね、国を救う代わりに、三年間も眠ることになったの」
「スーザンお前、それは端折りすぎだって」
前掛けを着けた男が、咎めるように眉を寄せた。
「あら、タナー。間違ってはいないでしょう?」
「まあ…そうだけど」
「…ああ、巨人の化け物を倒したって話か」
急に、院長が話していたことを思い出した。
突如現れたでかい巨人の化け物を、加護を持った王族の娘が命を懸けて倒した。
そのせいで長く眠っているって聞いたけど、まさか三年もだとは知らなかった。
「あれは、本当の話だったんだな」
ずっと、作り話だと思っていた。
「本当よ~!」
スーザンが、ぐいっと身を乗り出した。
「お嬢様がいなかったら、ここもどうなっていたか分からなかったのだから」
「王国軍が戦力を揃えて向かっても、勝てなかったと言われているからな」
タナーが、うんうん、と頷いた。
「うちのお嬢様は、英雄なのです」
モアナが、ふふっと嬉しそうに笑った。
「…へぇ」
ビッケは耳をぴくりと動かしながら、焼き菓子をひとつ頬張った。
「ビッケ、お腹すいてるの?パンでも出す?」
前掛けを着けた女が、すかさず尋ねた。
「あ…ううん。パン食ってきた」
「ちょっと、メグ。お嬢様の客人なんだから。呼び捨ては駄目よ」
スーザンが菓子を口に入れながら咎めた。
「あら、そうね。つい、息子と同じように話してしまったわ」
「いや…気にしてないけど」
様付けの方が、ずっと落ち着かない。
「それにしても、お嬢様の二人目の客人が獣人族の子なんてね」
「初めての客人がエルフの時も、驚かされたよな」
「いやいや、その前に精霊を連れて帰ってきただろ」
「あの時も、大騒ぎだったわね」
「ふふっ…次は、ドワーフ族でも連れてくるのかしら」
再び、賑やかな話し声が飛び交い始めた。
ビッケは、黙々と菓子を食べながら耳を傾けた。
「こら~!」
また別の女が、騒がしく厨房に駆け込んできた。
腰に手を当て、頬を膨らませている。
「あら、ニア」
「あら、じゃないでしょう、スーザン!何、あんたたちだけで楽しんでるの!」
「楽しんでるって、あんたね」
「交代よ。お嬢様から私に、ビッケ様のお世話を任されました」
「私だって、お嬢様にお願いされたわ」
モアナがニアへ言い返した。
「お風呂まででしょ?…ビッケ様、初めまして。私は、お嬢様の専属侍女のニアと申します」
ニアはまっすぐビッケのもとへ近づくと、にこっとお辞儀した。
「…うん」
ビッケは、気圧されるように頷いた。
「さ、ビッケ様。お時間まで、庭園にでも行きませんか?」
「今、厨房に来たばかりよ!そうはさせないわ!」
「そうよ、ニア!あなたには渡さないわ!」
スーザンとモアナが、ビッケを庇うように立ち塞がった。
「な、何をぅ…!?」
「…お前ら、いい加減にしないと、ステファン様に叱られるからな」
タナーが、思いきり溜息をついた。
「……」
王都は、とても危険なところ。
父ちゃんから、そう言われていたのに。
ここは、変な人族ばかりだ。




