予想外の出会い②
リリアンヌ視点
「あら、また随分と可愛らしいお客さんだこと」
薬療院に入ると、シルヴィアがテーブルに茶菓子を並べていた。
「お腹が空いてるでしょう?良かったら、食べて」
さらに、調理場からパンの入った籠を持ってきた。
「それとも、肉がいいか?」
ギタンがさりげなく尋ねた。
「…ううん」
「そうか。そこに座れ」
「…うん」
ビッケは頷くと、椅子に腰掛けた。
「シルヴィア、何かお手伝いすることある?」
リリアンヌはビッケがパンにかじりつくのを見届けると、その正面に腰掛けた。
食べているのを、じっと見ているわけにもいかない。
「じゃあ、豆に切り込みを入れてくれる?」
シルヴィアは、そら豆が載った籠と小ぶりのナイフ二本をテーブルに置いた。
「あなたたちも、ぽかぽか茶で良かったかしら」
「うん。ありがとう、シルヴィア」
「ぽかぽかちゃ…?」
「檸檬を蜂蜜で浸けた飲み物だよ」
リリアンヌは、そら豆をさやから取り出しながらビッケに答えた。
「ビッケ、ここのパン美味しいでしょう?」
「うん」
「シルヴィアの作る料理は、なんでも美味しいの」
取り出した豆にナイフで浅く切り込みを入れ、空の籠へぽいっと入れた。
隣に腰掛けたキリが、同じように黙々と作業を進めた。
「…お前、本当に王族?」
ビッケはパンを食べながら、不思議そうに二人の様子を見つめていた。
「本当に、王族だよ」
くすっと、苦笑混じりに答えた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
シルヴィアが、テーブルにコップを置いていった。
相変わらず、甘くて美味しい。
「お前、ビッケって言うのか」
ギタンが、ビッケの隣にどかりと座った。
「うん」
「ビッケ、どうしてこんなところいる?」
「村の近くの森で、母ちゃんと木の実やきのこを採ってたら、知らない男たちに襲われた」
「えっ…?」
リリアンヌは、さっと眉をひそめた。
「それじゃあ、お母さんも王都に連れてこられているの?」
「…分かんない。変な匂いがしたと思ったら、すぐ頭に布をかぶせられて、何も見えなくなったから」
ビッケは目を伏せ、小さく首を振った。
「だけど、オレが最後に見た時は、母ちゃん倒れてた」
「…ひどい」
まさか、何か薬を嗅がされたのだろうか。
獣人族は鼻が良いから、人族より効いてしまいそうだ。
「その後はたぶん、ずっと荷馬車の中にいた。体が動かなくって、何もできなかった」
「その状態で、よく逃げられたな。檻には入れられてなかったのか?」
ギタンが質問を重ねた。
「うん。体が動くようになって、縄をちぎって逃げた。気付いたら、ここにいた」
ビッケは、こくりと頷いた。
「…許せない」
リリアンヌは、ぎゅっと拳を握りしめた。
こんなことを、していいわけがない。
「…ビッケを連れてきた人たちは、まだ王都にいるのかな」
その人攫い集団は、まだ王都に潜んでいるのだろうか。
「リリィ、先走るな」
ギタンはすかさず釘を刺した。
「でも…もしかしたら、ビッケのお母さんが捕まっているかもしれないでしょう?」
そうだとしたら、すぐにでも助けに行きたい。
「そうだとしてもだ。やりたいことをしたいなら、どうしろと言った?」
「…まずは、味方を頼れ?」
「そうだ」
「……」
リリアンヌは、すぐに隣を見上げた。
「…情報が足りない」
視線を向けられたキリは、静かに首を振った。
「そう…だよね」
人攫いが遭った時って、誰に知らせればいいのだろう。
守衛隊だろうか。
「…まずは、お父様に相談してみようかな」
父なら、間違いなく対応してくれる。
今日は、何時に帰ってくるだろうか。
「なんで、お前が聞くんだ?」
素朴な疑問が、ぽつりとこぼれた。
「へ?」
リリアンヌは、きょとんと顔を上げた。
「オレのことだ」
ビッケは、同じような顔でこちらを見つめていた。
「うん。お母さんが攫われているかもしれないでしょう?」
「オレが、母ちゃんを探すべきだ」
「でも、犯人は何人もいるのだから。危ないよ」
「…オレ自身の問題だ」
「うん。だからビッケも、私がお父様に話をする時に一緒についてきてくれるかな?」
「……」
ビッケは、そっと口を閉じた。
「くくっ…話が噛み合ってねぇな」
ギタンが小さく笑って、間に入った。
「ビッケ。人攫いが関わっているなら、お前だけの問題じゃねぇ」
「そうなの?」
「リリィの父親は、軍の中で一番偉い奴だ。どう動けばいいか知ってる」
「……」
「ビッケ…すぐ助けに行けなくて、ごめんね」
リリアンヌは、申し訳なさそうに眉を下げた。
「…母ちゃんは、村から連れてこられてないかもしれない」
間を置いて、ビッケは小さく答えた。
「それでも。どのみち悪い人たちは、捕まえなきゃ」
人攫いということは、ビッケをどこかに売るつもりだったのだろうか。
獣人族だからと、買うような人がいるのだろうか。
“物語”とは、まったく状況が違うのに…
物語では、“デューゼの森の悪夢”の後、国内の情勢は悪化した。
レックス国王亡き後、奴隷制度が復活してしまう。
王都に連れてこられたビッケは、八歳から五年間も奴隷として働くことになる。
瘴気が多く漂う死の大地に、麻薬の原材料であるリザリの葉を採りに行かされる。
すぐ瘴気に飲み込まれてしまう人族と違い、ビッケは、ひとりで五年も耐えてみせる。
そうして死の大地で、リザリの葉を集めているビッケと仲間たちは出会う。
ブライアンにより、奴隷の印である首輪を外され、そのまま一緒に旅へ行くことになる。
ビッケは今、八歳だ。
情勢も状況も違うはずなのに、それでも物語通りに連れてこられてしまった。
一体、どうして――
「足りたか?」
ギタンの声に、リリアンヌは思考を止めた。
「うん」
ビッケは、山盛りに置いてあったパンをぺろりと食べた。
相当、お腹が空いていたみたいだ。
「ここに来てから、何も食べてなかったの?」
「ううん。畑の野菜をとって食ってた。ごめんなさい」
ビッケはリリアンヌに答えると、ギタンに向かってぺこりと謝った。
「気にするな。どうせすぐに生える」
ギタンは何でもないことのように言った。
「…あ、終わってる」
籠に伸ばした手が、空ぶった。
いつの間にか、大量のそら豆を剥き終わった。
「シルヴィア、できたよ」
ほとんどやってくれたのは、キリだったけど。
「あら、早い。ありがとうね」
シルヴィアが調理場からやってきた。
「孤児院の方には、寄るのかしら?」
「ううん。今日はもう、帰らなきゃ。お茶、ごちそうさまでした」
リリアンヌは、がたりと立ち上がった。
「それじゃあビッケ、行こう」
「えっ?」
「え?」
リリアンヌとビッケは、再びきょとんと見つめ合った。
「さっき、一緒に帰ろうって言ったでしょう?」
「…それは、村にって意味だろ?」
「それもだけど。村に帰るまで、一緒に私の家で過ごそう」
「お前、王族だろ?」
「うん。それとも、ここにいたいかな?」
「……」
ビッケは、助けを求めるようにギタンを見上げた。
「あいつの傍にいれば、誰もお前を悪いようにはしねぇ」
ギタンは、リリアンヌに視線を向けたまま答えた。
「不安なら、ここにいてもいい。お前が選べ」
「……」
ビッケはしばらく考えた後、ぴょんと椅子から下りた。
ついてきてくれるようだ。
「ギタン、シルヴィア。また来るね」
二人に手を振り、薬療院を後にした。
「ビッケ、少しの間だけ頭巾をかぶっていてくれるかな」
獣人族は、エルフより見た目が特徴的だ。
犯人がどこにいるか分からない以上、まだビッケの存在は隠していた方がいい。
「お前らは、隠さないのか?」
ビッケは、頭巾をかぶりながら首を傾げた。
「うん。隠したままだと、見えないものもあるから」
「見えないもの?」
「説明は少し、難しいかな」
リリアンヌは、困ったように笑った。




