予想外の出会い①
リリアンヌ視点
祭りを、たっぷりと楽しんだ夜――
母から、呼び出しを受けた。
「淑女教育を、やり直しましょう」
にこにこと言い放った。
薄々…気付いてはいた。
自分の言動に、淑女らしさが一切なくなってしまっていたことに。
母は、さっさと予定を組んでいった。
前回と違い、午前にも午後にも授業がある日もできた。
祭りから、五日目。
ようやく、昼過ぎまで時間ができた。
「行ってきます…!」
「お嬢様、屋敷内では走ってはいけませんよ」
「ごめんなさい、ステファン!お昼には帰ってくるね」
諫める家令に答えながら、リリアンヌは、屋敷の入り口から勢いよく出ていった。
外へ出ると、いつものようにキリが空から降りてきた。
「キリ、ごめんね。ずっと屋敷で待っていてもらって」
「出かけたい時は言う。問題ない」
二人で屋敷の門をくぐり、まっすぐ抜け道へ向かっていった。
「早く、服できないかな」
動きやすいものとはいえ、今もドレス姿だ。
「靴も、汚れちゃう」
洞窟や森を歩くだけで、泥だらけになってしまう。
「表から行けば問題ない」
大正門から出て向かえば、跳びもしないし、汚れもしないと言いたいのだろう。
「そうだけど、今日はあまり時間がないから」
リリアンヌは、小さく苦笑して答えた。
「大正門から出たら…その、中央市場の方に行きたくなっちゃうし」
それに、目立つ。
うぬぼれかもしれないけれど、
また顔を隠さず大正門から出たら、薬療院まで向かえない気がした。
―――
「おっ、リリィ」
「おお、本当だ」
「よっ!五日ぶり」
門をくぐったところで、薬療院の扉から友人たちが出てきた。
「サム!ヌイ、ワンス!会えて良かった…!」
リリアンヌは笑顔で手を振り、三人に駆け寄った。
「お前…また、そんな目立つ格好で」
「職業組合には、話を聞きに行けたの?」
サムから小言が飛んでくる前に、素早く尋ねた。
「ああ、行ってきた。保証人と一緒に来いって言われたよ。すぐに開業の手続きができるらしい」
「えっ、もうそんな話になるの?」
随分と簡単に店は開けるようだ。
「エルフが保証人って、自慢しちまったからな」
サムは、にっと口角を上げた。
「そういうことだから、今度、お前たちについて来てほしいんだけど…」
「もちろん!」
リリアンヌは、嬉しそうに頷いた。
「ええと…次の風の日は、どう?」
授業が休みの日だ。
「分かった、空けとく。ありがとな」
サムは、ぽんっとリリアンヌの頭を優しく撫でた。
「あっ、やべ…また癖で」
「別に、いいのに」
リリアンヌは、えへ…とはにかんだ。
「おい、そんなところで喋ってないで中に入れ」
扉から、ギタンが顔を覗かせた。
「じゃあ、オレらは仕事に行くわ」
「みんな、お仕事頑張ってね」
門へ向かうサムたちを、手を振って見送った。
「…あっ!ギタン、森にいる奴!リリィに伝えといて」
「ん?森にいる奴って?」
「じゃあ、またな」
サムは答えず、門を閉めるとヌイとワンスと走り去っていった。
「森にいる奴って?」
リリアンヌは振り向き、同じ言葉をギタンに繰り返した。
「…まず、行くか」
ギタンは薬療院の扉を閉め、菜園の方へ足を向けた。
「菜園の先の森で、子供を見つけた」
「子供…?」
きょとんと首を傾げ、歩き出したギタンに続いた。
「ええと…孤児院の子じゃないってことだよね?」
「そうだ。どっから来たか知らねぇが、もう三日いついている」
「えっ…そんなに?」
それは、心配だ。
「警戒して、樹の上から降りてこねぇ」
「呼んでも、駄目なの?」
「無理だ」
「ギタンでも捕まえられなかったの?」
「獣みたいな唸り声を上げて、樹の上を素早く移動しちまう」
「獣みたいな唸り声…」
…まさか。
記憶の奥に、強く引っかかった。
ギタンは、森の手前で足を止めた。
「俺が近づくと、警戒されちまう」
「とりあえず、行ってみるね」
リリアンヌは、キリと一緒に森の中へ足を踏み入れた。
「…誰かいるのかな?」
きょろりと、辺りを見渡した。
私には、何の気配も感じない。
迷いなく奥へ進んでいくキリを、小走りで追いかけた。
ふいに――
「がるるるるる…」
「!」
近くから、獣のような唸り声が聞こえた。
この唸り声を――覚えている。
逸る気持ちを抑え、声の聞こえた樹の手前で足を止めた。
「ええと…降りてきてくれないかな?」
「がるるるぅ…」
樹の上に、子供がいる。
マントを頭から深くかぶり、こちらを警戒している。
「……」
降りてきてくれそうもない。
可哀想だけれど…強行手段だ。
「…キリ、行ってくるね」
「私も行くか」
「ううん、大丈夫」
リリアンヌは樹を見上げたまま、軽く地を蹴った。
――トッ…
一瞬で樹の上まで跳び、子供のいる太い枝に、そっと着地した。
「…!」
子供はびくりと肩を震わせ、慌てて背を向けた。
「待って…!」
逃げちゃう――
両手を伸ばし、子供を後ろから勢いよく抱きしめた。
「…離せっ!」
子供は、思いきり身をよじらせた。
「お願い、落ち着いて…っ!」
まだ小さいのに、すごい力だ。
「離せっ!噛むぞ!」
「…っ」
暴れた子供の爪が、リリアンヌの頬をがりっと引っかいた。
「な、何もしないから!」
「嘘つくな!」
暴れるたびに細かい枝に引っかかり、がさがさと葉が落ちた。
「お願い、逃げないで…!」
まったく力では敵わない。
もはや、背中にしがみついたまま振り回されている。
それでも絶対、離さない。
この子を、知っている。
顔を見なくても、分かる。
この子は――
「あっ」
暴れた拍子に、二人で枝からひっくり返った。
頭から落ちていく――
「…っ!」
リリアンヌは、ぎゅっと子供の頭を抱えた。
地面にぶつかる直前に、ふわりと体が浮いた。
「…キリ、ありがとう」
座った状態で、子供と一緒にゆっくり着地した。
「…いま、浮いた」
子供は、ぽかんと口を開けてキリを見上げた。
「…あれ?お前…」
「……」
…この子の気が逸れている隙に。
子供を抱きしめたまま、白のちからを送った。
二人は、ふわりと白い光で包まれた。
「…なに、いまの」
頭巾の下から覗く目が、きょとんとリリアンヌを見つめた。
「…落ち着いた?」
リリアンヌは、抱きしめる腕をそっと緩めた。
「もう、逃げない?」
「…逃げても、行くとこない」
子供は、諦めたように目を伏せた。
「…私は、リリアンヌ。彼は、キリ」
自分とキリを順に指し、ゆっくりと名乗った。
「…あなたは?」
子供に顔を近づけ、そっと囁いた。
「…ビッケ」
小さな声が、ぽつりと答えた。
ビッケ――
“物語”で出てくる、仲間のひとりだ。
彼は、“デューゼの森の悪夢”の後に村を山賊に襲われ…
奴隷として売られ、王都へやってくる。
「…ビッケ、ごめんね」
リリアンヌは悲しそうに眉を寄せ、ビッケの手をぎゅっと握った。
「…お前に、何もされてない」
ビッケは、不思議そうに首を傾げた。
「そう…だけど」
デューゼの森の悪夢を、防げたはずなのに。
山賊に襲われる未来は…まさか、変えられなかったのだろうか。
「…ね、ビッケ。いつ、ここに来たの?」
「たぶん、三日前くらい」
「村から連れてこられたの?」
「うん。もっとずっと前に、村の近くで襲われた」
「…それは怖かったね」
「…ここ、どこか分かんない」
ビッケは、じっとリリアンヌを見上げた。
「オレ、村に帰りたいだけだ」
「うん。帰ろう」
「…オレの村、知ってんの?」
「うん。知ってるよ」
リリアンヌは手を離し、真剣な表情を向けた。
「ビッケ…マント、取ってもいいかな?」
「……」
ビッケは、自分で頭巾をぱさりと外した。
茶色い、くりっとした瞳が印象的だ。
顔も、体も、人族と変わらない。
けれど、柔らかな黄髪の上では特徴的な耳がぴくぴくと動き、
マントの下からはしっぽが覗いている。
ビッケは、ライオンの獣人族だ。
「あのね、私たち、もう少しでラジャタ村に行くの」
リリアンヌは、ゆっくりと続けた。
「一緒に、帰ろう?」
「…何しに行くの」
「精霊を探しに」
「精霊?」
「そう。肩の子も、精霊」
「ホ~」
「!」
ビッケは、びくりとスノウへ目を向けた。
「…お前、精霊の申し子か」
「うっ、そう…かな?」
自分で認めるのは、なかなかに恥ずかしい。
「院長が、お前のこと話してた」
「院長?」
「聖院の、院長」
「ああ、なるほど…」
ラジャタ村にある聖院のことだろう。
「加護をもらうのは、キセキだって」
「うん。とても貴重なちからだね」
リリアンヌは、こくんと頷いた。
「偉いやつって、聞いたけど」
「うん?う~ん、そうだね。私は、王族」
「……」
ビッケは、まだじっとリリアンヌを見つめていた。
「……」
…どうしよう。
とっても可愛い。
耳を撫で回したい。
マントの下で、ぱたぱたと揺れているしっぽを触ってみたい。
でもそんなことをしたら、また逃げてしまう。
しかも、それどころじゃない。
彼は、意味も分からないまま王都に連れてこられたのだから。
「おい、大丈夫か」
後ろからギタンがやってきた。
「!」
ビッケが素早く立ち上がった。
「ビッケ、大丈夫」
リリアンヌは、すかさず言い添えた。
「ここの人たちは、大丈夫」
「ああ…獣人族の子だったか」
ギタンが、納得するように頷いた。
「久しぶりに見たな」
「…オレたちを見たことあるの?」
「昔な。少なくとも、お前の横にいるエルフよりは珍しくねぇ」
ギタンはそう言うと、こっち来い、と三人を呼んだ。
「リリアンヌ。君も治せ」
キリが、自分の頬をとんと叩いた。
「あっ、そっか…」
すぐに、自分にも白のちからを送った。
見下ろすと、ドレスの裾が破けていた。
ニアにまた、たっぷりと怒られそうだ。
「お前…ちからを持ってんのか?」
「うん、持ってるよ」
リリアンヌは立ち上がると、ビッケの手をぎゅっと握った。
「ビッケ、行こうか」




