祭りのあと
ルイージ視点
「ラジャタ村?」
レックスは、ぴくりと眉を寄せた。
「はい。キリ殿が、そこで精霊の反応を見つけてきたようです」
執務机の前に立つブライアンが、こくりと頷いた。
「…また厄介なところの名が出たな」
レックスは頬杖をつき、不機嫌そうな表情を浮かべた。
「獣人族は、村の外の人族とは交流したがらないと聞くな」
ルイージは、何気なく会話に加わった。
「それはそうだろう。つい十数年前まで、彼らは王都でひどい扱いを受けてきた」
ブライアンの横に立つロデオが、渋面を浮かべて言った。
「そんな村に、娘が行くのか?」
「止めることはできないだろ」
レックスが短く答えた。
「本人は、すぐにでも行く気でした」
「勝手に行かせるなよ」
「それは大丈夫です」
ブライアンは、自信ありげに頷いた。
「あいつには、危機感がまったくねぇな」
レックスは、不機嫌そうな顔のまま呟いた。
「三年前より悪化している」
「確かにな…」
ルイージは、思わず苦笑を浮かべた。
今日の祭典で――
突然、彼女は大正門の上から聴衆のもとへ飛び降りた。
それだけで、人々は十分に度肝を抜いたというのに。
さらに、キリと共に正体を隠さず祭りに参加し、白のちからを民たちに送った。
そう報告を受けた時は、さすがに頭を抱えた。
だがその突拍子もない行動のおかげで、あの現実離れした物語に真実味が増した。
「まあ…リリアンヌは、それでいいのではないでしょうか」
ブライアンが肩をすくめて言った。
「そのために護衛がつくのですから」
「…さっさと呼び出すか。ブライアン、報告ご苦労だったな」
「いえ、あとはよろしくお願いします」
ブライアンは一礼すると、ロデオと共に扉へ向かっていった。
「兄上、くれぐれも娘に無茶をさせるなよ」
出ていく間際に、ロデオが振り返った。
「無茶をさせてんのは、どっちだ」
レックスは、露骨に顔をしかめた。
「あいつは、目覚めてからも相変わらず面倒だな」
二人が出ていっても、まだ文句を言い続けている。
「…そのわりには、お前は嬉しそうだな」
ルイージは、ちらりとレックスへ視線を向けた。
「あ?」
「門の上では、随分と楽しそうだったな」
『彼女が、精霊の申し子だ』
『リリアンヌ・エラドリオールは、解き放たれた…!存分に知れ!』
こいつが、民に対してあんな挑発のような言葉を向けたのは初めてだ。
それに、今日だけではない。
昨日夜遅くまでリリアンヌと話した後も、ずっと機嫌が良かった。
今も、不機嫌そうな顔をしているだけだ。
本気で苛立っている時は、こんなに喋らない。
「あいつは…今日一日、国王直属騎士団を使えなくした」
「…ああ」
レックスの言葉に、そんな大袈裟なとは言い返せなかった。
リリアンヌから直接感謝を述べられた国王直属騎士団の騎士たちは、皆どこか浮ついていた。
感極まる者や、呆然と立ち尽くす者。
普段の彼らからは考えられない姿だった。
無事だったのは、その場にいなかった団長と副団長くらいか。
いや…それも、ただ変わらないように見えただけかもしれない。
「三年前より、強烈になっている」
「……」
また、言い返すことはできなかった。
三年前も、リリアンヌはよく礼を言った。
たまに見せる可愛らしい笑顔に、こちらまで心が温まった。
それが十三歳となり、成長した彼女は…人を惹きつける力が増した。
自分でさえ、どきりとするような笑顔を見せるようになった。
可愛らしい少女が、少しずつ美しい娘へ花開いていくようだった。
本当に…眠っている間に、彼女は精霊になってしまったのではないか。
そんな馬鹿らしいことを考えてしまうほど、彼女は変わった。
「民に、あいつの破壊力を事前に知らせてやるのも王の仕事だろ」
「実際…たった一日で、王都中が大騒ぎになったな」
大正門から飛び降りた時のことを思い出し、また苦笑いがこぼれた。
「…また忙しくなる」
そう呟くレックスは、やはり、どこか嬉しそうだった。
「それにしても、ラジャタ村か…過去、何度か山賊に襲撃されていたな」
ルイージは、思い出したように呟いた。
「さすがに、ツァガ領の兵が守衛しているか」
「いや。ラジャタ村には、常備兵を置いていない」
レックスはすぐに答えた。
「過去、襲撃を受けているのにか?」
ルイージは、さっと眉を寄せた。
「それどころか、国境のリヨラル山脈もほぼ獣人族が守っている」
「人員が足りていないのか…」
辺境では、民が自衛を担うことも珍しくないが。
「…お前、本当にリリアンヌ殿下を村へ行かせる気か?」
そんな警備の手薄な場所へ、本気で向かわせるつもりなのか。
「そのための護衛だ」
レックスは平然と答えた。
「…そうだな」
リリアンヌは目覚めたら、絶対に精霊を探しに行くと言い出す。
そう読んだレックスは、とっくに準備を進めていた。
護衛の名を聞いた時、驚いたが納得はした。
彼らがいれば…それに、キリもいる。
あれだけの面子が揃っていれば、山賊が百人いようが千人いようが勝てやしないだろう。
それにしても…
本当に実現したら、なかなかにすごい一行となる。
それこそまるで、どこかの物語に出てきそうな――
…ああ。
本当に、物語なんだな。
リリアンヌ・エラドリオールの、旅物語――




