初めての祭り⑤
リリアンヌ視点
大広場に戻ると、すでに音楽は止んでいた。
人はまだ大勢いるけれど、もう片付けに入っているようだ。
「間に合わなかったかぁ…」
リリアンヌは残念そうに肩を下げ、とぼとぼと大正門の方へ向かった。
「あれっ、姫さん!お帰りなさい」
「リリアンヌ様がいらっしゃるぞ!」
「戻られるの?」
気付いた大広場の人たちが、わっと周りに集まった。
「リリアンヌ様!せっかくだから、一言!」
「ああ、そりゃあいい!」
「ええっ…?いいえ、お話は――」
「なに、リリアンヌ様がお話してくれるの?」
「精霊のお話~?」
「ほら、あんた、早く!姫さんが話をするってよ!」
集まった人々が、広場の中央でリリアンヌとキリを囲んだ。
わくわくと、誰もが言葉を待っている。
「……」
どうしよう。
話なんて、できない。
でも…良い機会かもしれない。
「…ええと」
「喋られるぞ!」
周囲の人たちが、一斉に口を閉じた。
「…今日は、皆さんのおかげで楽しかったです」
リリアンヌは、意を決したように顔を上げた。
「皆さんが私を温かく迎えてくれて…とても嬉しかった」
「あったり前だよ」
うんうん、と聴衆が頷いた。
「…これは、楽しませてくれたお礼です」
言葉を言い切ると同時に――
辺りが、白い光で溢れた。
「…へぇ!?」
「えっ?」
「何この光!?」
驚く声が、伝播していく。
光は徐々に広がり、やがて広場中を包み込んだ。
「…綺麗」
「なんだか、体が温かい…」
人々はただ、その光を見つめ続けていた。
「…あれ、腰が痛くない」
「まぁぁ…!耳がよく聞こえる」
「あんた、足!」
しばらくして、はっと騒ぎ出した。
「…は、はぁっ…ふぅ…」
リリアンヌはその間に、静かに息を整えた。
「これ…もしかして白のちからか!?」
「い、一気にちからを送ったのか!?」
「しかも、治ってる!」
気付いた聴衆が、興奮の囁き声を上げた。
「これが、精霊のちからです」
リリアンヌが再び口を開くと、またすぐ静かになった。
「精霊はとても純粋で、私たち人間のことが大好きです」
肩にとまるスノウを、愛おしそうに撫でた。
「この世には、まだこの子以外にも精霊がいます」
みんな、真剣に話を聞いてくれている。
「ですが、奪おうとしたり傷つけようとすれば…精霊は、二度と現れなくなります」
どうか、ここだけでも。
「ここの皆さんだけでも、精霊の大切さを分かってほしい」
私の言葉が、届いてほしい。
「どうか…私と一緒に、精霊を大切にする未来をつくってください」
リリアンヌは話を締めると、深く頭を下げた。
しばらく、静寂が続いた。
「…ぐすっ」
「ううっ…!」
「…えっ」
聞こえた声に、慌てて顔を上げた。
周囲の人たちが、泣いている。
「ご、ごめんなさい…」
泣かせるつもりなんてなかった。
「こんな貴重なちからを、私らにまで…」
「なんて優しい方なんだ」
「本当に…特別なお方だ」
「……」
精霊の話は、伝わったのだろうか。
涙を流す人もいれば、呆然としたままの人もいる。
このまま、去ってもいいものか…
人々の間を縫って、小さな少女が駆け寄ってきた。
「リリアンヌさまっ!お礼です!」
「!」
少女は、ぱっとリリィの花を差し出した。
「ありがとう。嬉しい」
リリアンヌは、にっこり笑ってその花を受け取った。
「姫様、私も!」
「こりゃ、リリアンヌ様のお花だ」
「もらってくだせぇ」
「あ、ありがとう…」
周りにいた人々が、どんどん花を渡していった。
「ほれ、エルフさんも持ちな!」
「あんたも!」
リリアンヌの手が満杯になると、今度はキリの腕の中に花が積み重ねられた。
「……」
キリは、ただ黙って花が増えていくのを見ている。
「ふふっ…」
それが、なんだかおかしかった。
二人の手から花が溢れ落ちそうになったところで、やっと大正門へ足を向けた。
門の前に立つ守衛隊の兵たちが、道を空けてくれている。
「みんな、ありがとう…!また遊びに来るね!」
最後に町の人たちに声を張って返し、門の方へ振り返った。
「門を守ってくれて、ありがとう」
リリアンヌは敬礼を向ける門番たちに、リリィの花をひとつずつ手渡した。
「えっ」
「あのっ…」
「お仕事、お疲れ様です」
戸惑う兵たちに笑顔を向けて、門をくぐっていった。
歩いている間も、町の方からはまだ歓声が聞こえていた。
「すごいことになっちゃったね」
リリアンヌは、くすくすっと笑った。
「…楽しかったか?」
「うん、とっても!」
「…そうか」
また少し、キリの表情が和らいだ気がした。
―――
「おや…随分と楽しまれたようで」
溢れるほどの花を抱えて帰ってきた二人を、家令が温かい笑みで出迎えた。
「飾ってくれるかな?」
「勿論ですとも」
ステファンが、後ろに控える使用人に合図を送った。
「これね、私とスノウの象徴なんだって」
「ええ、そうですね。精霊祭の時もリリィの花を身につけます」
「えっ、そうなの?」
誕生祭だけではなくて、精霊祭もだとは。
「お嬢様が加護を授かってからは、毎年配られていますよ」
「そうだったのね…」
自分の名が入った花がそんなに配られているなんて、なんだかむず痒い。
「お嬢様、こちらにお入れください」
使用人が、大きな籠を持ってきてくれた。
「ありがとう」
花が傷つかないよう、ゆっくりと籠に移していった。
「ステファン、どうぞ」
籠の中から何本かリリィの花を拾い、一本を家令の胸元に挿した。
「お嬢様…ありがとうございます」
ステファンは、嬉しそうに目を細めた。
「アンも、はい」
「えっ、私もですか?」
「もちろん」
リリアンヌは、籠を持ってきた使用人の前掛けにも花を挿した。
「ありがとうございます…お嬢様」
「こちらこそ、いつも助かっています」
リリアンヌは笑顔で頷くと、手に一本花を握ったまま、その場を後にした。
「…そういえばキリは、今日帰ってきたんだよね?」
二人で階段を上がりながら、はたと気付いた。
「帰ってきたばかりなのに、ずっと付き合わせちゃったね」
いまさらながら、申し訳なかった。
「君が元気そうで、安心した」
「えへ…ありがとう」
これだけ遊んできても、まだ高揚感は残っている。
とっても元気だ。
キリの部屋がある階で、二人は足を止めた。
「キリ…三年前は、本当にありがとう」
まだ、ちゃんとお礼言えてなかった。
「…礼を言うのは、私の方だ」
キリは静かに首を振った。
「ううん。キリがいなかったら、私は砦の外まで吹き飛ばされていた」
本当に…たくさんの人に助けてもらった。
「それから、戻ってきてくれてありがとう」
リリアンヌは手を伸ばし、キリの手を握った。
「キリが帰ってきてくれて、嬉しい」
「……」
キリは、じっと手を見下ろしていた。
「また、よろしくね」
ぎゅっと手を握り、離した。
「…ありがとう」
微かな声が、耳をかすめた。
「…え?」
「……」
キリは、すぐに背を向けて部屋の方へ去っていった。
「……」
リリアンヌは小さく首を傾げながら、ゆっくりと階段を上がった。
今のは、確実に。
見間違いではない。
キリが、微笑んでいた。
「お嬢様、お帰りなさい」
自室へと戻ると、すぐに侍女がやってきた。
「…あら?お嬢様、とても嬉しそうな顔をされてますね」
「…分かる?」
「よほど、お祭りが楽しかったのですね」
「うん、とても楽しかったの」
リリアンヌは答えながら、ニアの前掛けにリリィの花を挿した。
「えっ」
「ニアにも、お裾分け」
「お嬢様ぁ…ありがとうございます」
ニアの顔が、くしゃりと泣いてしまいそうに崩れた。
「うちのお嬢様は、何度使用人たちを泣かせれば気が済むのでしょう」
「えっ?泣かせてしまったの?」
「お嬢様が倒れて帰ってきた時は、みんな泣いてましたよぉ」
「…心配かけて、ごめんなさい」
「それが起きたと思ったら、今度は、にこにこ笑って駆け回ってるんですもの」
「駆け回ってる…ね、うん」
さっきも祭りで、だいぶ駆け回ってきた。
「まるで、昔のお嬢様に戻られたようです」
「ん?昔って?」
「お忘れですか?お嬢様が七歳になる頃までは、同じように笑って屋敷中を駆け回っていたじゃないですか」
ニアが懐かしそうに、ふふっと笑った。
「そっか…」
そこまで変わったつもりはなかったけれど…
いろいろなことに気を取られ、自然と笑みも減っていたのだろう。
「…ごめんね。これからも駆け回っていいかな?」
でも、もう変わると決めた。
本来の私でいると、決めた。
「もちろんですよ!」
ニアは、自慢げに胸を張った。
「お嬢様はどんなことをされていても、エラドリオール家の宝なのですから」
「ありがとう…」
リリアンヌは、ふふっと照れたように笑った。
「さ、お嬢様。お着替えしますよ」
「うん」
「あら?出かける前と髪紐が違いますね」
「お祭りで貰ったの。とても綺麗でしょう?」
「ええ、丁寧に作られてます。まるで、お嬢様のために作られたものみたいです」
「えへへ…そうなんだって」
リリアンヌは、嬉しそうにはにかんだ。
「あれ、本当にそうなのですか?」
「うん。それにね、肉串やパンとか、たくさん貰っちゃった」
「それは良かったですね~」
「あのね…みんな、優しかったの」
勇気を出して、顔を隠さずに行ってみて良かった。
本当は、少しだけ怖かった。
また…探るような目を向けられるのかなって思っていた。
けれど、全然違った。
もっとさっぱりしていて…みんな、よく笑っていた。
それを知ることができて、良かった。
「それじゃあお嬢様、奥様のところへ行きましょう」
ニアの開けた扉をくぐり、階段を下りていく。
「…あ」
リリアンヌは、町が見下ろせる窓の前で足を止めた。
すっかり夜だというのに、町はまだ灯りに照らされて明るい。
この町は、本当に良いところだ。
活気もあるし、何よりみんな明るい。
きっと、伯父上のおかげだ。
レックス・セスランディアは、残酷王なんかじゃない。
民がどうすれば盛り上がるか、よく考えている。
『お前が自由に動けば、勝手に物語に真実味が出る』
『もっと、名を売れ』
名を売りたいとは思わないけれど、
なんとなく、レックスの言いたいことは分かった気がした。




