第一章Ⅵ(善意と同情)②
リリアンヌ視点
しばらく、四人で野菜を切ることに集中した。
「おっわり~!」
ワンスが、細かく切った野菜を籠の中に追加した。
「よし、運ぶか」
「あ、じゃあ、私は洗い物をしておくよ」
「えっ、井戸の場所分かんの?」
「うん。薬療院の横だよね」
リリアンヌはヌイに頷いて答えると、重ねた籠にナイフを入れて抱えた。
「洗う時、手ぇ切るなよ?」
「大丈夫。ありがとう、サム」
孤児院に向かうサムたちと分かれ、柵沿いに井戸を目指した。
「…あれ」
井戸の前に、先客がいた。
こちらに背を向け、屈んで盥を覗き込んでいる。
「ええと…カヤ?何しているの?」
「あっ、リリィだぁ~!」
小さな女の子が振り向き、とびきりの笑顔を向けた。
「えっ…髪を洗ってたの?」
リリアンヌは籠を井戸の横に置き、慌ててカヤに近づいた。
カヤの髪の先が、ぐっしょりと濡れている。
ぽたぽたと水が垂れて、上衣まで濡れてしまっていた。
「髪のさきにね、いっぱい粉がついちゃったの」
カヤが小さな両手で、ぎゅううっと髪を絞った。
「そのままだとばっちいから、シルヴィアが、洗ってとってきなさいって」
「…ああ、そうだったんだね」
髪が長いから、下を向いてついてしまったのだろう。
「てぬぐい、てぬぐい」
「カヤ、私が拭いてあげる」
「えっ、ほんと~?ありがと、リリィ!」
「じっとしていてね」
リリアンヌはカヤの後ろに両膝をついて座り、そっと髪を拭いていった。
「私はね、じゃまだから、髪を切っちゃいたいの」
下を向くカヤが、ぽつりと言った。
「それは、もったいないよ。カヤの髪、綺麗だもの」
さらさらな栗毛の髪だ。
軽く拭いただけで、もうふんわりと柔らかく広がった。
「シルヴィアもね、そう言うの。でも、じゃまだよ~」
「結ばないの?」
「髪ようのひも、きれちゃったの。シルヴィアが、今度またもらってきてくれるって」
「じゃあ、私のあげる」
「あげるって、なあに?」
「ええと…家に替えがあるから、これ、あげる」
リリアンヌは自分の頭に手を伸ばし、桃色の髪紐を解いた。
「ええっ!?色つきのひもだよ~?」
カヤが目を丸くして振り返った。
「うん。カヤに、似合いそう」
「ほんとに?ほんとに、かしてくれるの?」
「ううん、あげる。結んでいいかな?」
「うん!」
カヤは嬉しそうに笑うと、再び背を向けた。
リリアンヌはカヤの髪に手を伸ばし、素早く頭頂部でまとめた。
「…ええと」
少しだけ考えて、高い位置でひとつにまとめた。
活発そうな顔立ちのカヤに、一番似合う気がした。
「はい、できた」
「にあうっ!?」
「うん。すっごく似合う」
「ありがと、リリィ~!たいせつにするね!」
カヤは嬉しそうに頭を振って、まとめた髪を揺らした。
「ふふっ…」
なんて良い子なのだろう。
「リリィ、部屋にもどろっ!」
「…あ、私は、このナイフと籠を洗ってから戻るね」
リリアンヌは、籠に手を伸ばして引き寄せた。
「リリィは、サムみたいだね~!」
「!」
「サムよりちいさいのに、ふしぎ~!」
カヤはリリアンヌに後ろからのしかかり、肩に手を巻きつけた。
「か、かわ…っ!」
思わず叫びそうになるのを、なんとか堪えた。
後ろから抱きしめてくれるなんて、すごく可愛い。
「リリィ、野菜ようのナイフは、ゆすぐだけでだいじょうぶだよ~」
「あっ…はい」
「そうそう、そうやって、水でながすのー」
カヤは後ろからくっついたまま、嬉しそうに言った。
「リリィ、大丈夫かー?」
「あーっ!カヤ、ずるいー!」
後ろから、二つの声が聞こえてきた。
「オレもー!」
その声と同時に、背中にさらに重みが加わった。
「うわわっ」
重みに耐えられず、リリアンヌはぺたんと前屈みになった。
「あはは!リリィ、うわわっ、だって~」
「おい、メル…!馬鹿!」
一緒に来ていたサムが、メルを背中から引き剥がした。
「ナイフ洗ってんだから、危ないだろ」
「もう洗い終わったから、大丈夫」
リリアンヌは座ったまま、洗い終わったナイフを籠の中に戻した。
「サム、だっこ~」
「ん?はいはい」
カヤが背中から手を離し、重みがなくなった。
「リリィ、メルとカヤが悪かったな。洗い物も、助かるよ」
「ううん――…えっ、すごっ」
振り返った先の光景に、思わず素の声が漏れた。
「お、カヤ、その髪紐似合うじゃん」
サムは背中にメルをぶら下がらせたまま、カヤを片手で抱っこしていた。
「でしょ~?リリィがくれたの」
「モモが羨ましがるな」
「今度、また持ってくるよ」
リリアンヌは籠を抱えて立ち上がると、孤児院の方へ向かうサムたちに続いた。
「リリィはね、とくべつなんだよー!」
メルが、サムにぶら下がりながら振り返った。
「特別?」
「だって、リリィがきた日に、みーんな元気になったから!」
「…!あ、そうだね」
リリアンヌの肩が、びくりと揺れた。
「…シルヴィアが癒したって、聞いたよ」
「つぎの日にシルヴィアのお茶をのんだらね、もっともっと元気になったの!」
メルが嬉しそうに続けた。
「…本当?」
そのお茶には、多分、自分の白のちからが込められている。
「おなかのあたりがね、すっごくあったかくなったの」
カヤが、サムの肩から顔を覗かせた。
「それでね、二回もごはん、おかわりしちゃった!シルヴィアがとくべつって、許してくれたんだよ!」
「…うん」
良かった。
あんな現象がどうして起きたかは分からないけれど、ちゃんと効いてくれたようだ。
「…メル、カヤ。それは内緒だってシルヴィアに言われただろ?ここ以外で、絶対にその話をするなよ」
サムが、前を見たまま静かに言った。
「わかってるよー!リリィだから、してるに決まってるじゃん!」
メルが、むっと頬を膨らませた。
「それに、どこにも行けないから、話す人もいないもん!」
「え?どういうこと?」
リリアンヌは小さく首を傾げた。
「年少組は、森の先からひとりで行っちゃいけないんだ」
サムが答えた。
「…それは、危ないから?」
「まあ、そうだな。ひとりで出かけられるのは、自分の身を護れるようになってからだ」
「…サムって、何歳?」
思わず、尋ねた。
「ん?十か十一歳か、その辺だったと思うけど」
「……」
しっかりしすぎではないだろうか。
いや…先日のお茶会で、王都のことを教えてくれたヨセファも、それくらいの歳だった。
もしかしてこの国の子たちは、
自分が思っているより、ずっと大人なのかもしれない。
「あーあ。私も、たきだしについて行きたいなぁ」
カヤが残念そうに言った。
「別に、面白いもんじゃないって。もう少し大きくなってからな」
「…サム。私は、炊き出しについて行ってもいい?」
「ええ?」
サムが、ぎょっとして振り返った。
「わぁぁ」
振り返った勢いで、メルの足がぐるんと宙に浮いた。
「私も、まだ小さい?」
リリアンヌは、真剣な表情を向けた。
「いや…お前を止めるようなことは、オレにはできないけど」
サムは眉を寄せ、じっとリリアンヌを見下ろした。
「…その格好は、ちょっとな」
「え…駄目?」
確かに、少し身綺麗な格好ではあるけれど。
「服装もだけど…う~ん」
「…?」
「…まあ、いいや。ちょっと待って」
「ちょっと待って?」
「とにかく、部屋で待ってて」
サムはそう言うと、カヤを抱えたまま孤児院の扉を開けた。
「わ、良い匂い」
部屋に入った瞬間、美味しそうなスープの匂いが充満した。
「メル、下りろ。お前は、手伝いの途中だったろ」
「サム、私もおりる~!」
「はいはい」
サムはメルとカヤを下ろすと、ひとりで階段を上がっていった。
「ひしゃくのじゅんびぃ~」
「じゃあ私は、よびおさらのじゅんび」
メルとカヤが、調理場の中へ進んでいった。
「シルヴィア、何か手伝うことあるかな?」
リリアンヌはテーブルに籠を置き、調理場に顔を覗かせた。
「いいえ。あとはもう、これができたら運ぶだけだから大丈夫よ」
シルヴィアは、たっぷりと野菜が入った大鍋をかき混ぜていた。
確かにこの量なら、二百人には優に配れそうだ。
「炊き出しには、シルヴィアも行くの?」
「ええ、もちろん…あ、リリィ。薬療院の方のテーブルに、薬の入った袋があるのだけれど」
シルヴィアが、はっと思い出したように囁いた。
「あれを、炊き出しに持っていくの。取って来てくれないかしら」
「ボノさんに渡す分だね」
「ええ、よく覚えていたわね」
「取ってくるね」
リリアンヌは頷くと、薬療院に繋がる扉へ向かっていった。




